第十二話

ハザルク(1)

 軽い音とともに噛み取った物を咀嚼すると彼女は不満げに鼻を鳴らす。どうやら想像したレベルの出来具合ではなかったらしい。


「やっぱり腕が落ちちゃってる。実践から離れてたら駄目ね」

 そのひと言に同じ物を口にしている女性陣はギョッとした。

「こ、これで駄目なんですか?」

「十分美味しい気がする」


(確かに昔に比べると落ちているみたい。表面のサクサク感はかなり再現されているけど、中のふわっとしたところがちょっと硬いかも)

 記憶を探ったラティーナはそんな感想を抱く。


 ジーンの焼いたスコーンなら数えきれないくらいご馳走になったし、一緒に作ったことも多い。同じレベルを目指して努力を重ねたものだ。

 なのに、ちょっとしたコツが完全に盗めず、同じ頂には立てなかったのが悔しい。その後も努力して上達はしたがジーンの味に追い付けた気がしない。美化されてしまっているのかもしれないが。


「家庭料理レベルではこれくらいだと思いますけど。うちの母が焼いた物はもっとガリガリでした」

「パパ、お菓子作りが趣味で凝り性だったけど、これよりちょっと下?」

 ペリーヌやリムニーには、これを家庭で作るレベルとは思えないらしい。

「そう? 今日のはちょっと上手くいったから追い付けた感じ」

「え、ラティーナ様ってお料理できたんですか?」

「結構失礼なんですけど」

 ペリーヌの暴言にジト目で応じる。

「いえっ! そんな意味では……。ただ、お嬢様だから大概の物は買っていたのかと」

「街外れに住んでいたし、寒いから暇してた、ラティーナ?」

「違うの! おば様を見習ってたら自然にできるようになっていったの! これほどの腕を見せつけられたら女性として思うところあるでしょ?」

 二人もちょっと考えた後、うんうんと頷いている。


 ジーンとラティーナはプレーンスコーンを焼いたが、リムニーとペリーヌはレシピと首っ引きでチョコチップやドライフルーツを練り込んだものを焼いていた。バターをふんだんに使ったラティーナのスコーンはそのままでも味わえる物だったが、ジーンのは昔通りの完全にプレーン。その代わり付け添えてあるのはバターやサワークリーム、手作りのジャムなど豊富に並べられている。気分で味わえる代物だ。


「すげーなぁ、女の子ってこれが普通にできちゃうんだもんな」

 ご相伴に与かる許可をもらったレイモンドは目を輝かせている。

「心していただけよ。閣下が手ずからお作りになったスコーンだぞ。これほどの栄誉はそうあるまい」

「そんな上等なものではないわ。遠慮せずにどうぞ」

「では、いただきます」

 エドゥアルドも少し緊張した面持ちで手を伸ばす。

「おお、これは! さすがですね、プリンセス。……って、なん……だと?」

「むぅ……」

 ラティーナ作に続いてジーン作を勧められた護衛宙士は絶句する。

「それそのものは決して主張しない。なのに付け添えたジャムと見事に馴染み、深く程よい味を演出している。軽い食感と相まって奏でられるハーモニーは人を虜にすること請け合いじゃないか!」

「長い。だが、お前は正しい」

「うふふ、ありがと」


 レクスチーヌの食堂カフェテリアあでやかな花が咲く。大の男二人が見惚れるほどだった。彼らが掴まれたのは胃袋だけではないかもしれない。

 となれば対抗心が燃え上がってしまうのは性だろうか。リムニーたちも頻りに自作を勧める。守勢となった男性陣は的確なコメントをしなければ場が収まりそうもない。


「美味しい?」

 勧めるまでもない相手もいる。ユーゴは最初から夢中になって頬張って、今や小動物コルネのように頬が膨らんでしまっている。

「美味しいよ。また母さんとラーナのスコーンが食べられて幸せ」

「喉に詰まってしまうからゆっくりね」

 そう言いながら飲み物を渡す。

「わたしのも美味しいでしょ?」

「わたしのチョコチップスコーンはどう?」

「うん、美味しい!」

 平等に口へと詰め込んでいる。


(変に気を遣わず当たり前にできちゃうのがユーゴなのよね)

 最高の笑顔でそれぞれの作を褒めちぎっている。ペリーヌたちも満足だろう。


「この子ったらモテモテなのね。ちょっと声を掛けただけで女の子たちが頑張っちゃうんだもん」

「可愛いじゃないですか。男を感じさせないのにちゃんと男の子なところが堪りません」

 ペリーヌの鼻息が荒い。

「うん、全然そんな感じはしないのに、いざとなれば頼もしい」

「そうそう、分かってるわね、リムニーも」

「当然」

 母親ジーンは何とも言えない面持ちで眺めている。

「でも、ユーゴは大きくなるかも? だって戦士として生まれてきたんだから生身のフィジカルに弱点があったら駄目じゃない。たぶんこれから成長期に入って大柄になっちゃうけど?」

「え、そうなんでしょうか?」

「それはちょっと微妙かも」


 少年趣味という共通点で繋がっている二人は戸惑っている。しかし、ラティーナは恐らくそうなのではないかと思っていた。


「おば様の子供ですもん。背は伸びるはず」

 確かにジーンは女性としては背が高く、1m75cmはあるだろう。

「なるほど」

「一理ある」

「エドみたいな身体にこの顔が乗っていたらちょっとアレかもな」

 レイモンドの言に二人は想像している。

「変なこと言わないで。彼だって年齢なりに男らしい顔つきになっていくでしょう」

「無論です。俺だって幼い頃は可愛かったのですから」

「え……?」

 エドゥアルドを見つめた女性陣は、顔を見合わせ笑いに包まれる。


 大男の近衛宙士はちょっと傷付いたように俯いた。

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