ジレルドット攻略戦(2)
「死んだか」
トニオ・トルバイン戦死の報に触れてもアクス・アチェスの心は動かない。
(あれほどの執着は人の心を蝕む。まともではいられなかっただろう)
彼の理解ではそうだ。
周り全ては自分を際立たせるための凡人であり、ただ見下すだけの存在。挑んでくる者は無謀の徒であり、踏み台になる存在。
届かぬ頂に手を伸ばし続け、がむしゃらにもがき、取っ掛かりの無い岸壁に爪を立てて踏ん張るだけの生き方。そんな苦行に耐えられるように人間の身体はできていない。
(しかも、下地の感じられない、誰かに植え付けられたかのような願望。それは人の芯たり得ない)
目指しているように本人には思えても、心の奥底から衝き動かすほどの渇望が無ければ走り続けることなど不可能だろう。
(それはいい)
予想したよりも早い気もするが、想定内の結果だと思える。
「ほぼ未帰還だと?」
フォア・アンジェ撃破を狙って繰り出した五隻もの戦力がほとんど失われたというのだ。アクスが目を通している、一般には公表されない報告書には綴られている。
「何が起こったのだ?」
そんな疑問が口をつく。
戦力比では考えられない結果であるが、僅かな帰還者の証言も不明瞭で合理性に欠き、確たる原因が伝わってこない。ガンカメラ映像の分析もセンサーデータの解析も、ただ蹂躙されるかのような状況を示しているだけで明確な結論を出せていない。
(面白くないな。だが何であれ我が野望の前に立ち塞がるのであれば打ち砕くのみ)
相手するのがガルドワの新兵器であれ、強力なパイロットの駆るアームドスキンであれ関係ない。
(最有力はあの黄色いアームドスキンの少年。一度は後れを取ったがあれは意表を突かれたに過ぎない。もう絶対に油断などするものか)
アクスの中でぎらぎらとした闘志が燃え盛る。
彼の身の内に刻まれて消えない渇望には抗し得ないのだ。
◇ ◇ ◇
雪が大嫌いだ。そこら中にいくらでもあるのに、アクスに何一つ与えてくれない。
育ち盛りの五歳の男の子が空腹に耐えきれず、どれだけ口に含んでも僅かな満足感さえ感じられない。ただ埃の味を微かに感じられるだけで、なけなしの体温までも奪っていく。
それでも何かを腹に入れないと死んでしまいそうで怖い。また雪を口に入れて後悔する。飢えが彼を狂わせているのだ。
母の記憶はおぼろげにしかない。或る日を境にぱったりと帰ってこなくなった。のちにパイロットだった彼女が戦死したと教えられた。
父も子供を構っている余裕などなかった。彼もパイロットであり、地下の老朽化したプラントが生み出す僅かな食料を優先的に回される立場ではあったが絶対量が知れているのだ。自分が動ける状態を維持するのが精一杯だったのだろう。
子供を作ったのは首脳部の推奨事項であり、将来の戦力確保が目的だったと思われる。愛情の無い家庭に生まれたアクスであったが、そんなものを望んだりはしなかった。それ以上に寒さと飢えが彼を蝕んでくるからだ。
制限された電力環境で温かくもない寝床と、ぎりぎり何とか生き延びるだけの食料しか五歳の少年には与えられていない。それでも少しは子供のほうがマシだったのかもしれない。老いて戦えなくなった者は食料の配給さえ滞り、いつしか姿を見なくなっていく。
外に出ても見渡す限りの雪。空虚な目でそれを貪る少年は正気ではなかっただろう。
二十数年前、父も帰ってこなくなってしばらくしてから状況が一変する。
十分な食料の配給が行われるようになり、エネルギー供給も円滑になる。資材が運び込まれて、地下のスペースに食料プラントが新造される。物資は豊かになり、地下施設は拡張の一途を辿った。
いくつかの旧地下都市が繋がって巨大な施設へと成長する。およそ8kmもの半径を持ち、地下400mまで掘り下げられた地下施設。ジレルドットと名付けられたそこはザナストの最大都市となった。
十六になったアクスはパイロットとしての才能を存分に発揮し、豊かな暮らしが保証されている。しかし、ひどい環境に育った彼には家庭に対する憧憬が無い。家族を持とうなどとは欠片も欲していなかった。
首脳部は彼の能力の継承を目論み、多くの女性をあてがってきた。半ば命令のような行為には身を染め、おそらく子供も生まれたのではないかと思われるが、彼の中に情愛や家族愛などという感情は存在していないようだった。
アクスの欲望は、幼い頃に刻み付けられた飢えと寒さを忘れられるほどの豊かさを求めることだけに働く。その渇望を忘れない限りは、彼は上だけを向いて戦い続けられると信じていた。
◇ ◇ ◇
(愚かしいものだ)
過去を振り返れば、彼の経験した変化がどこからの支援によるものか容易に想像できる。どうやらその勢力は戦場という実験場を強く欲していたらしい。
(彼らは何を育てたのか分からないのだろう。理解した時はもう遅い。食らい尽くされた時だからな。それが鬼子というものだ)
その豊かさも全て奪ってやればいい。
「ほう、完成したか、『ジレルドーン』。それもこの動きの一因なのだな」
ジレルドット内で進行している状況にも納得がいく。
「コード『ナストバル』の開発も順調のようだ。妄想に駆られた連中め、『ナゼル・アシュー』を与えても理解できないとでも思ったか? 我らとて技術力を培ってきているのだぞ。悔いるがいい」
迫っている戦いに、彼の中の飢えた獣を目覚めさせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます