協定者(8)

 アルミナ政府のゼフォーン統制の悪評はラティーナも耳にしている。だが、それがゼフォーン内にユーゴのような協定者を生み出すほどとは思ってもみなかった。


 申し合わせたかのように皆が興奮を抑えるために一息入れる。彼女も飲み物を口にして考えを改める。それならばまずアルミナは動けないだろう。

 動揺が広がる中で普通にしているのはユーゴだけ。少年はリヴェルにどういう情勢の話なのかを説明されている。チルチルが腕組みして頷いているところをみると、それなりには理解しているらしい。


「そういった状況なので情報管理は求めません」

 頃合いを見計らってラティーナは告げる。

「胸を張ってザナスト討伐に尽力をお願いします」

「閣下のおっしゃる通りです。隠密行動は不要。どうあれ、この規模の艦隊では困難でしょう」

 一連の話は確認に過ぎなかったのをオービットも認める。そのうえでラティーナは本題を切り出した。

「つきましては少し懸念を拭い去りたいと思っています。今後の作戦行動の参考にするため、本宙域で全体演習を行うつもりです。それに関してご意見はありませんか?」


 上層部としては正規軍とフォア・アンジェの確執を取り除きたいのだと提示する。それは誰もが危惧していたことのようで反対意見は出ない。


「現段階ではツーラ進発部隊とフォア・アンジェの部隊とで対戦形式の演習を企画しています」

 これにはざわめきが上がる。皆は混成部隊で演習させることで連帯感を育む形式なのだと思い込んでいたようだ。


(それでは無理なの)

 ラティーナは根から断つつもりだった。

(反目し合う者同士を争わせれば対立は深まるかもしれない。でも、にわか作りの連帯感は何かの拍子に壊れてしまう)


 だからいっそのこと、ぶつかり合って本音を曝け出したほうがわだかまりは無くなるのではないかと考えた。乱暴な方法だが、成功すれば絆は育めるだろうし、失敗したときは諦めて部隊編成で対応したほうが有効だと思える。オービットとフォリナンに相談して編み出したのがこの方法だった。


「意見は無いようなので進めますね?」

 ラティーナは笑みを浮かべて続ける。

「クランブリッド二金宙士にも参加してもらいます」

「シミュレータじゃなかったらいいよ」

「ええ、実機演習よ」

 そうでなくては少年の力は認められない。ユーゴの力量を知らしめる思惑も彼女にはある。

「僕はどこの所属で参加するの? エヴァーグリーン?」

「それなら下りる!」


 フォア・アンジェの隊長を務める面々は首を痛めるのではないかというくらいに振っている。彼らはラティーナが確認したのと同じリヴェリオンの戦闘映像を実際に目にしているのだ。比較にならないと思い知っているのだろう。

 怖気づく様を見たツーラ進発組のアームドスキン部隊長たちは蔑むような視線を向ける。口にはしないが心の中で馬鹿にしているのだろう。


(演習終了時にはこの雰囲気が変わっていることを祈るしかないわね)


 司令官の彼女は深い溜息をつく。


   ◇      ◇      ◇



「あ、リヴェリオンが盗まれそう」


 ボッホ艦長たちをスチュアート機で帰したあとに、ラティーナと協定者関係及び近衛隊関連の説明を受けていたユーゴが格納庫ハンガーまでやってきた時の第一声がそれだった。


『接近を察知してハッチは閉めたのだが、それでは足りなかったか』

 金髪の男が虫のように機体に張り付き、這いまわっている。

「もしかして持ち上げちゃうのかな?」

『あの様子ではやりかねん。もう少し見ているか?』

 いくら格納庫の重力端子グラビッツは0.1Gに設定されているとはいえ持ち上げられるような重量ではない。


 少年と3Dアバターが軽口に興じているのは、リヴェリオンがユーゴ以外に起動できないようロックが掛かっているからである。操縦殻コクピットシェル内にσシグマ・ルーンを着けたユーゴが居るか、リヴェルが特別な指令を送らない限り、リヴェリオンは指先一つさえ動かせない。


「……ごめんなさい。すぐに剥ぎ取るから」

 ラティーナは脱力している。

「何しているの、ヴィーン! 離れなさい!」

「おお、閣下。おいででしたか? 今はちょっと取り込んでおりまして」

「何にかしら?」

 その質問は失敗だろうと思う。

「決まっているではありませんか! ご覧ください、このアームドスキン!」

「見えてるから」

「まるで姿勢制御用パルスジェット並みのショートストローク加速器でありながら余裕のある推力を生み出す推進システム! 一体型可動砲の冷却装置であるかのように見えて大口径砲の射出口へと早変わりする効率の良いビームノズル! 全てが洗練された機構でありながら、優美さを兼ね備える精緻な設計! 閣下、これは一つの芸術品なのですよ!」


 朗々と歌い上げるように男はリヴェリオンを賛美している。正直、ユーゴはかなり引いていた。


「すみません、閣下。あたしでは止められませんでした」

 小さくなっているのは赤茶色の髪の若い女性整備士である。

「無理なのは分かっているわ、リズ。いいからさっさと降りてきなさい、ヴィーン! さもないとエドに引き摺り下ろしてもらうことになるわよ?」

「ああ、せっかく堪能しているというのに無粋なお方ですね」

「エド!」


 苦笑いしながらも飛び上がったエドゥアルトは、ヴィーンと呼ばれた男の襟首を掴んで降りてくる。捕まった男はぶら下げられたまま「愛でていただけなのに」とこぼしている。


「こう見えて優秀なのよ」

 にわかには信じられない。

「エドやレンの機体や、私のアル・ティミスも彼に整備を担当してもらっているの」


 ユーゴは思わず彼女の正気を疑ってしまった。

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