ナーザルク(12)

 白いアームドスキンは片膝をついて手を差し出してくる。打ちひしがれたユーゴは縋れるものを探すようにその手へと踏み出す。


(顔がある。勇ましいけど、どこか優しそうな感じがする)


 全体に白いが、各パーツは赤く縁取られていて存在感を放っている。鋭角的な印象のほうが強い。それなのに安心感を与える何かがある。


 コクピット内は少し簡素に感じる。正確にいえば機能的に纏まっている所為で足りない感じがするのかもしれない。


『そのσシグマ・ルーンに付け替えるがいい』

 シートの上には少し大振りな装具ギアが置かれている。素材が違うのか、持ち上げてみると今までの物より軽い。

『記録されている中で、汝の最新のデータがダウンロードしてある。不足は感じないはずだ』

「リヴェル、だよね?」

『その通り。呼び掛けは聞こえていたであろう? 我は先史文明の人工知性。汝らが「ゼムナの遺志」と呼ぶものである』


 言われた通りにσ・ルーンを付け替えると3Dアバターが浮かび上がる。ただし、輝線で線描されたものではなく、色付けしてあって質感を伴っていた。それでも二頭身なのに変わりはない。

 紫色の長い髪を流した頭に端正な顔立ち。ゆったりとした巻き衣のような衣装をまとってふわりと浮いている。ユーゴの顔の前30cmで真っ直ぐと見つめ返してきている。


「これを僕に?」

 リヴェルは微笑を浮かべて頷く。

『今の汝には必要であろう。我を受け入れれば願いは力へと変わる。飛び立て、新しき子よ』

「助けてくれるの?」

『そのために来た』

 見つめ返す紫の瞳が優しげに細くなる。

「ずっと?」

『我は永遠とわに汝とともにあろう』

「うん!」


 ユーゴの意思をσ・ルーンが受け取り、対消滅炉エンジンの音が高まってくる。パイロットシートへと背中を預けると、彼の身体を柔らかく押し包んだ。


『搭乗者をユーゴ・クランブリッドで固定登録します』

 リヴェルとは違う大人びた女性の声が告げてきた。

σシグマ・ルーンにエンチャント。スリーツーワン機体同調シンクロン成功コンプリート

 操縦用フィットバーに腕を填めると測ったように馴染んでくる。これは彼専用のアームドスキンだと実感できた。

『リヴェリオン、始動』


 音もなくハッチが閉じ、カメラアイが一瞬眩いばかりの光を放つ。真の搭乗者を得た機体の隅々までに力が行き渡り、それが自身であるかのような感覚をよみがえらせる。これこそ少年がアームドスキンに求めていたものだ。


「いくよ、リヴェリオン!」

 瞬時に舞い上がった白い機体は自由に空を泳ぐ。


 リヴェリオンにはラウンダーテールが付いていない。もちろん推進機はあるのだが、それは背部の隆起に収まっているらしい。中心から五方向へと延びる太めのスリットからイオンジェットの黄色い光芒を放ち、軽快に空を駆ける。

 かなり大きめのショルダーユニット後部から尾翼のような物が後ろ斜め下へと伸びているが、それは推進機とは違うようだった。同じく肩から斜め上に伸びた短めの尾翼状突起は姿勢制御用パルスジェットらしい。


(こんなに違和感を覚えないのなんて初めて)

 重さ軽さといった操縦感覚を超越している。リヴェリオンはユーゴの意思をそのまま吸い取って動く器であった。溢れることなど考えられないほどの大きさの。


「これなら、あの馬鹿馬鹿しい妄執に捕らわれたあいつを止められる! 手伝って、リヴェル!」

 一度は諦めかけた思いが息を吹き返す。

『無論である』

 肩に座るリヴェルは迷いもなく答えてくれる。戦闘に赴く怖さを雲散霧消させてくれる心強い声で。


 戦場では朱色のアームドスキンが縦横無尽に飛び回っていた。いくつもの光球が膨れ上がるのに歯噛みする。


(ごめんなさい。僕が心折れたばかりに)

 悔いても始まらない。今は戦うのみだ。


「トニオー!」


 ユーゴの咆哮が戦場を駆け抜ける。


   ◇      ◇      ◇


「止められない! 手に負えないよ!」

 メレーネの悲嘆は分かる。しかし、スチュアートにも術は見いだせない。

「複数で当たるしかない。囲むな。弱いところを狙われる。纏まって撃たせろ。躱してカノンインターバルで突っ込む」

「インターバルなんて無いって! あれのテールカノン、四門も有るの!」

「それでもやらないと味方の被害が増えるばかりなんだって!」


 損害覚悟で彼が突っ込んでいくしかないのかもしれない。ただ、相討ちになったとしても、二倍近い数の敵を隊員たちに背負わせる羽目になる。その判断が正しいなんて思えず、懊悩に苦しんでいる。


(それでも止めてみせるしかない! 偉そうに命じる立場に居るのはこういう時に命を懸ける度胸があるからだろう?)

 鳴るほどに奥歯を噛み締め、自分のテンションを上げていく。


「未確認機? 違う! 味方の信号出てる! でも見たことないし!」

 急速接近する白いアームドスキンに彼らは反応する。

「識別でフェイントはあり得ない。味方だろ、メル」

「どーゆーこと、フレア?」

「できるなら連携するさ。数は多いに越したことはない。やるんだろ、スチュー?」

 フレアネルは覚悟を決めたらしい。

「やる。確認しよう。そこの不明機、どこの……?」

「トニオー!」

「ユーゴだ!」


 希望は白い閃光となって戦場を駆け抜けてきた。

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