ナーザルク(11)

 とめどもなく流れる涙を邪魔する無粋な存在の圧力を感じる。感じ慣れてきてしまったそのともしびはトニオのものだろう。


「なんだ、まだ生きてたのか? でも、死んだみたいだな」

 傲岸不遜な物言いが神経をささくれ立たせる。

「あまり待たせるな。決着の時だぞ」

「……また殺したな?」

「なんだよ」

 噛み締めた歯の間から怒りに染まった熱い息が漏れる。

「なんでお前たちは罪もない無垢な灯を消して何も感じない? 足蹴にして自儘に振る舞ってそれが許されると思っているのかー!」

「許されるさ。プロトゼロも踏み台だ。そしてお前もな、プロトツー!」


 フィメイラのコクピットに駆け上ったユーゴはすぐに飛び立たせる。悠長に構えているナゼル・アシューに真っ正面から体当たりをさせると、全出力で上空へと押し上げていった。トニオにこれ以上彼女の遺体を傷付けさせるのは我慢ならない。


「絶対に許さないからな!」

「やってみせろよ」

 余裕の態度は崩さない。最前の戦闘で力量を測ったつもりらしい。


 右腕で押し上げながら左腰のラッチからビームカノンを外す。脇に押し当てて撃とうとしたが、軽く右手で払われた。ビームは彼方へと消えていく。

 右手にブレードグリップを握らせようとショルダーガードの下にもぐらせたら、その間に蹴りが胸部を襲う。衝撃でぶれる視界にテールカノンの砲口。咄嗟に左へと機体を横滑りさせながらブレードを振るが、既に距離を取られていた。


「ぬるいんだよ。お前の攻撃は何一つ通用するものか」

 反応が重い感じを拭えない。それ以上に怒りが手元を狂わせている。

「ここで負けたら僕に意味なんてない!」

「認めたな? お前だってナーザルクなんだよ!」


 身体が熱い。ただ闘争本能に身を任せる。全く機体を省みない戦い方になっている。前に前にと、こみ上げる感情に衝き動かされる。

 ビームが装甲表面を焼く。加熱警報がけたたましく耳を打つ。何もかもが気にならない。ただ、ぎりぎりの戦いの中へと自分を没入させていく。


(倒す! 倒す! こいつだけは倒す! 絶対に譲れない! それさえ叶えば死んでも……!)

 何かが意識をよぎったような気がする。だが、それも怒りの炎に飲み込まれて灰になって消えた。

(何がおかしいっていう? これが当たり前なんだ。僕は破壊するために生み出されたのだから、こいつだって壊してしまえ! それが正しいんだ!)

 視界が赤く染まる。憤怒の炎に身を投げる。

(フィメイラのパーツの一つになれ。そうすれば破壊は思いのままだ。だって、アームドスキンはそのための道具なのだから!)

 機体同調器シンクロンの水面へとゆっくりと身を沈めていった。


 ブレードを振った勢いのまま機体を回転させる。どれだけ球面モニターの画像が激しく移り変わろうが関係ない。集中しているのはトニオの灯だけ。そこをビームかブレードで貫けばユーゴの願いは達成される。


 放った右のテールカノンは躱され、時間差で撃ち込んだ左もジェットシールドで弾かれた。

 明らかに少年の意思とは少し遅れている。アームドスキンが思いのままに動かない。指先まで自分の神経が繋がっていたかのようなあの感覚が戻ってこない。


(どうして動いてくれないの、フィメイラ。動いてくれないとフィメイラの仇が討てないよ。僕の願いを叶えてくれるからずっと共にあろうと決意したのに。心が張り裂けそうに痛んでも我慢しようと思ったのに)

 黄色のアームドスキンは応えてくれない。


 持ち上げたビームカノンの砲身が斬り裂かれて落ちていく。ブレードを持った右腕を掠めるようにビームが通り過ぎ、ショルダーガードを吹き飛ばしていく。左腕が根元から刎ね飛ばされ、誘爆警報から自動で左肩がパージされた。

 横に流れるナゼル・アシューからのテールカノンを避けようとしたがワンテンポ遅れる。横合いからのビームが推進機ラウンダーテールを両方とも貫いた。小さな誘爆に機体が押し出される。

 モニターが白く染まり視界が歪む。頭部も半分溶かされたらしい。衝撃で機体がロールを始める。2D投映コンソールには右脚が失われたと表示された。


「憐れだな、プロトツー。所詮、当て馬でしかなかったということだ。諦めて、僕が最強へと至る道となれ」

 トニオに右肩を撃ち抜かれ、その衝撃がフィメイラを地面に打ち付けた。

「これで証明された。お前になどもう価値はない。流れ弾にでも焼かれて命を失うのがふさわしい」

 横倒しの機体から這い出るユーゴへと哄笑が叩きつけられた。


「なんでだよぉ……」

 地面を両の拳で叩く。

「なんであんな奴に負けるんだ! それでいい訳がない! どうして僕には力がないんだ!」

 軋みをあげる心に耐え、怒りだけに身を任せたというのに何もできない。悔しくても見返す力がない。無力感に苛まれる。


(あいつの言った通り、流れ弾を食らって終わっちゃうのかな?)

 戦場では未だ光芒が飛び交い、その一部が少年の近くへも落ちてきている。

地獄エイグニルに落ちる決心はついているけど、こんな死に方するなんて思わなかったなぁ。これが報いなんだね、人の命を奪うことの)

 泥に汚れた頬を涙が伝う。

(最後にラーナに会いに行けるかな?)


『我が力を求めよ、新しき子よ』

 σシグマ・ルーンからその声が聞こえてくる。


 振り向くとそこには白いアームドスキンが佇み、彼へと手を伸ばしていた。

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