狂える神(4)
ユーゴの状態はレクスチーヌの戦力という意味でも影響が大きい。その確認も行っておかなくてはならないとマルチナは考える。
「コクピット内での精神状態は問題無いようなのだけれど、それ以外の面は戦闘に耐えうる状態なのかしら? 機体の状態はどうなの、エックネン班長?」
担当整備士は彼だ。
「何も問題ない。一回やらかしたからきっちり全部見てる。それに壊さなくなった。坊主は整備士から見れば一番相手しやすい部類だ。感じたことを全部伝えてくれるからな」
「ハード的には大丈夫なようね。ペリーヌ?」
担当SEのほうに話を振る。
「
「問題有り?」
「また黄文字が出てきちゃってます」
駆動不全とまではいかないが、駆動未達の命令信号が有るという意味だ。
「今のところ赤文字は出ていませんが、黄文字は増える傾向にあります」
「それは困るな」
ボッホ艦長も顎を撫でる。
ペリーヌの説明によれば、レクスチーヌ帰還の直近辺りの戦闘から駆動未達の信号が出ていたらしい。傾向は偏っておらず、
「精神状態の悪化と反比例するように能力は増大しているということ?」
動体視力や反射神経。パイロット適性に関わる能力が拡大傾向にあるようだ。
「皮肉な話ですけど事実は事実です。フィメイラはユーゴくんの要求に応えられなくなってきています」
「対策は可能?」
「ソフト的には無理です。たぶんハード的にも……」
エックネンも唸っている。
フィメイラは彼のような極めて高い適性を持つパイロット用に設計された機体であり、スペックをいっぱいまで引き出せば頭打ちになるのは仕方ない。量産機のような個々人に合わせるための遊び部分が皆無と言っていい。
「だとすると、どうすべきなのかしら? 乗せないのがベストかもしれないけど、それだと……」
「余計に悪化しそう」
リムニーがマルチナの弁を引き継ぐ。
「わたしもそんな気がします。ですがフィメイラでは駆動状態は改善できません」
「フィメイラでは、というのは?」
「おそらく頭打ちになるごとに発展型を使う設計思想なのだと思うんです」
興味深い意見に耳を傾ける。
「送ってもらったガンカメラ映像に有ったあの機体。確かナゼル・アシューってコードネームでしたよね? 徐々に上位の機種に乗り換えることで問題を解消していく思想で造られているんじゃないかと?」
チムロ・フェンでその存在が確認されたもう一人の
その
「では、フィメイラの今の状態を情報として流せばあの機体、もしくは別の発展型アームドスキンが送られてくる可能性は高いな。その対応は上に図ってみよう」
フォリナンはこちらでは判断しないと決定する。移送の過程を監視できれば組織の情報が掴めるかもしれないからだ。
「当面の対策は不可能なようだが、私は彼から職務まで取り上げて完全に狂気に捉われるよりは良いのではないかと思う。責任は全て負う。ユーゴくんはこのままパイロットとして扱う」
艦長が断じてくれるのは下として動きやすい。
「ただ、このままでは彼の生活のほうに支障が出る。ここに居る各人でフォローを願いたい。できるだけ悪化しないよう慮ってやってくれ。頼む」
それでいて情も見せる。改めてフォリナンはバランスの良い指揮官だとマルチナは感じた。
こうして艦内最上位者の判断が下り、ユーゴへの対処が決まって今に至っているのだった。
◇ ◇ ◇
(こうしていると少しはマシなのよね)
だからペリーヌは彼に付き合っていた。
ユーゴは今、レクスチーヌの恒星ウォノから影になる部分で宇宙を遊泳している。細いワイヤ―ラインで繋がっており、特に推進機などは着けていない。
「ペリーヌさんも来ない? 楽しいよ」
器用に身体を反転させて尋ねてくる。
「わたしはいいわ。無重力は苦手なのよ」
「面白いのになぁ」
スキンスーツに充填されているターナブロッカーがウォノからの宇宙線を受けて光へと変換する。なので彼の身体は影の中にあってもほのかに輝いて見えた。
その様子がとても儚げに見えて、そのまま宇宙に溶けて消えてしまうのではないかとペリーヌに思わせる。ユーゴの状態を知っているからこその幻想にすぎないが哀しげに見えてどうしようもない。
(どうしてこの子だけがこんなに苦しまなくてはいけないの?)
本人がどう感じているかは分からないが、彼女にはそう思えてしまう。
「今日も来てくれたの?」
無線を通して誰かと話しているのが聞こえる。
「でも、そうするとどうなるの?」
同じ回線なのにペリーヌのほうには何も聞こえていない。
「うん、考えておくね」
何かが聞こえると感じているのだろう。
「誰なの、ユーゴ?」
「リヴェル」
「そう。学校の友達?」
いつものだと思って尋ねる。
「知らない」
「あらら、困っちゃうわね」
(戦闘中以外はずっと夢を見ているような状態なのね。こんなの……)
憐れでならない。
「楽しかったね、サーナ」
そう言って、エアロックから彼女へと手を伸ばす。
「っ!」
ペリーヌは堪らず彼を抱き締めた。
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