黒い泥(10)

 梢を切り裂いたビームが紺色のアームドスキンの肩から脚へと焼き切っていく。エンジン外殻の一部も失われた機体は、対消滅によって放出された存在エネルギーを転化された水蒸気プラズマに食い潰される。

 高熱による爆炎とともに蒸散した液体ターナブロッカーは拡散する放射線を変調させて、爆炎球を更にまばゆい光で彩って広がっていく。


「なんで森の中の僚機が狙撃される! まぐれ当たりか!」

 共用回線から混乱した敵の様子が流れ込んできている。

「動き回れ! 飛び上がる時には一斉にだ! 狙われるぞ!」


(何したって無駄だよ。見えて・・・いるんだから)

 もう一射がまた一つ命を散らす。


 カノンインターバル中に一斉に森を抜けてきた敵機の群れにカザックを後退させて距離を取ったユーゴは、そのまま降下させて身を隠しつつ前進に転じる。


「くふっ!」

 掛かるGに翻弄され、サブシートから息を詰まらせたような喘ぎが聞こえてくる。

「我慢して! 何とかするから!」

「大……、丈夫。気にしないで……」

 必死な面持ちでアームドスキンを駆る自分に気遣いを見せてくれている。


(負けられるか!)

 ラティーナを守り切らなければその苦しみに意味はない。


 今度は樹林を割って飛び出してくるであろうユーゴを待ち構えて、上空で待機する敵部隊。彼は意図的に樹々の切れ間で立ち止まり、敵機に砲口の輝きを見せる。反応して機体を横滑りさせるのに合わせて射線をずらし、胴体に直撃させると爆散した。


「あんな旧式に!」

 砲火が集中するが、その場に留まっているほど迂闊ではない。

「好きにさせるな! どうした?」

「ですが、同志! あの敵は何か変です!」

「死にたいなら立ち止まって悩んでいろ! 死にたくない奴は手を動かせ!」


(半分以上は感応制御の機械に乗っているのに。ああやって恫喝して人殺しを命じてきた連中が!)

 湧き上がってくる憎しみに食われそうになる。


「あああっ!」

 樹林を抜け出たユーゴが、隊長機らしき敵アームドスキンを下から切り裂こうとする。待ち構えていた相手は容易く躱して見せた。

 しかし、その時には胴体に砲口が突き付けられている。

「貴様ー!」

「終われよー!」

 光芒に貫かれた機体は爆炎を振り撒いてカザックを押し飛ばす。


 その瞬間、コクピット内の球形モニターがブラックアウト。頭部を狙撃された。

 瞬時に別カメラの映像に切り替わってモニターは生き返るが、その時にはビームが右膝を撃ち抜いていて、衝撃で揺さぶられる。


「まだぁ!」

 反射的に大地にカザックを降下させて片脚と噴射だけで立て直す。

 舞い降りてきた敵機のブレードをジェットシールドで逸らしながら砲口を向けるが、身を沈ませて躱され虚しく空を撃ち抜いてしまう。

 反重力端子グラビノッツを強めに利かせて噴射で飛び上がり、残った左足で蹴りつけながら離脱。しかし、相手は腕で払いながら追い縋ってくる。


「追い詰めたぞ」

「やられるわけにはいかないんだよ!」

 砲口を向けつつ、その動きに集中する。


 上空からのビーム光が敵機を貫き大地に叩き落とす。爆炎から逃れつつ目を見開くと、状況が一変していた。

 飛来した青と黄色のアームドスキンが敵と交戦を始めている。一つ噴かせて機体を浮かせて観察すると、それはレズロ・ロパで最後にやってきた部隊と同じ機種を有している。


(ラーナが言っていたカウンターチームってやつだ)

 ユーゴは困惑する。中途半端に介入すれば敵と判断される可能性だってある。

(どうする?)

 カザックからは完全に気が逸れているし、カウンターチームのほうが圧倒する強さを持っている。

(今のうちに逃げる? それが裏目に出るかも)


 叩き落された藍色のアームドスキンが近くに落下。反射的にビームカノンを向けて撃ち抜いてしまう。だが、青い部隊の反応はない。


「ちょっとこのままで様子を見ましょう?」

「問題ないかな?」

 振り向くと、彼女は首を振って見せる。


 いくらもしないうちにザナストの部隊は相互に撤退を口にしつつ離脱していく。そのままでは全滅だと覚ったのだろう。


(追っていってしまえ)

 彼はそう思うが、カウンターチームは深追いせずに上空で待機する。うちの一機が森の中まで降下してきた。


「逃亡中のカザック! 聞いているか?」

 ボリュームが上げられた外部スピーカーからの音声が森に響く。

「我々はフォア・アンジェ。ツーラから民間人の保護要請を受けている。ラティーナ嬢とサディナ嬢はそこに居るのだろう? 敵ではない。合流してほしい」


 二人は目を合わせる。ラティーナは頷いてみせた。


「こちらです」


 彼女が訴えると、青い機体が接近してくる。ユーゴは油断なくビームカノンを構えるが、意図的に砲口は少しずらしている。

 それに対しハッチを開いて相手パイロットが敵意がないのをアピールする。緩衝アームがシートを前に突き出し、スキンスーツに包まれた成人男性の姿が確認できた。


「ラティーナ嬢ですね?」

 彼は一瞬目を瞠るが、落ち着いて問い掛けてきた。

「ええ。保護要請はガルドワインダストリーからで間違いありませんか?」

「その通りです。こちらに」

「確認させてもらいます。それまでは身を任せるわけにはいきません」

 敢然と言い放った彼女に対して男は訝しげな表情を見せる。

「その少年はあなたの護衛ですか?」

「いいえ、善意の協力者です。彼を拘束したりするのも禁じます」

「了解しました」


 こうしてユーゴとラティーナの逃亡行は終わりを迎えたのだった。




注) 次回更新は『ゼムナ戦記 伝説の後継者』第一話「アルミナの不良少年」になります。そんな感じで一話ごとに交互に連載していく形です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る