黒い泥(7)

 所属艦であるエオドラッドの艦橋に呼び出されたアクス・アチェスは意外な命令を受けていた。


「追え、だと?」

 階級でいえば上でありながら発言権で劣るという中途半端な立ち位置に苦慮する艦長は、言い難そうにしている。

「或る事実が判明した。この前の戦闘で、君のガンカメラに映っていた人物の確保が必要だと上層部は判断したのだ」

「誰だ?」

 そんな重要人物を見た記憶が欠片もない。


 しかし、彼の前に投影された2Dパネルの内容を目にしてにやりと笑う。

 そこには確かにアクスのグエンダルのカメラに収められていただろう静止画に映る少女の姿と、その横には顔画像を含めた人物データが列記されている。


(ほほう、これは)

 命令ももっともだと思う。

(となれば、いずれあの訳の分からないパイロットとも再会しなければならないだろうな。その為に、今は追撃には参加できん)


「解ったな?」

「付き合えんな。俺は開発部に『ホリアンダル』の試乗に行かねばならない。調整が間に合えばそのまま投入する」

 艦長は額を押さえて嘆息する。

「分かった。離隊を許可しよう」


(もう一度、相まみえるというのなら、今度こそ真の差を見せつけてやらねばならん。それにはホリアンダルはちょうどいい)


 アクスは獰猛な笑みを顔に貼り付けて艦橋をあとにした。


   ◇      ◇      ◇


「はぁ、保護要請だぁ!?」

 夜通しのがれき撤去作業の果てにそんなことを言われれば神経がささくれ立ちもしてしまう。


 生存者を見つければ抱き合って涙をし、拝み倒す勢いで感謝もされる。それで疲れも報われるというものだがそんな状態など稀でしかない。

 ほとんどは遺族にも見せるのを躊躇うような遺体ばかりだ。落胆を見せられるならまだいい。時には作業が遅いなどとなじられもする。相手の精神状態を慮ってぐっと堪えもするが、ストレスは溜まる一方だ。彼らがその言葉を後悔する時には自分はいないのである。


 軌道上に駐留していた救護船と護衛艇も連なって降下してきたが、全く手は足りてない。腕は操縦用フィットバーに固定されたまま、カロリーバーを噛み砕くような状況でそんな注文までくれば大声で苦言を呈したくもなる。


「あたしに吠えたって知らない! 上からの指示なの!」

 ウインドウの中のメレーネは眉を逆立てている。

「お、おう……。すまん」

「いいよ。こんな状態だもん。でも一応頭に入れておいて」


 ターナミストは一日を経過して、もうほぼ収まっている。戦闘中ならハイパワーの回線で音声を伝えるのがせいぜいだが、今は暗号の掛かった部隊用の秘匿回線で映像通信ができるところまで回復している。


(上だって現場の状況を把握しているはずだぞ? 回線が復旧したところであれだけがなり立てたんだからな)

 救護艦の派遣を強く要請したのだ。

(そこへこんな指示を下してくるってことは、こいつは重要案件か?)

 スチュアート・クロノは腕を動かしながらも思考に沈む。


「はぁ……、喉が荒れちゃう。胃液苦いし何も食べる気になれない」

 二十歳になったばかりの女性パイロットにはつらすぎる現場だ。昨日から何度も嘔吐しているのだろう。

「それで、この娘たち、誰?」

「添付データは無いようだな」


 保護要請に添付されていたのは顔画像だけである。

 見たところ年若い少女が二人。おそらく姉妹であろう二人はアッシュブロンドの髪に青い目をした、大概の者が美人だと答えるであろう容姿をしている。カメラに向けて微笑む表情はどこか寂しげな空気を纏っているようだが、健康であるのは間違いなかろう。


「名前も『ラティーナ』と『サディナ』としかないのよ。変じゃない?」

 メレーネの言い分も確か。

「これだけ可愛ければ目立つでしょうけど、確定するにはちょっと足りない気がするし。もっとも、この有様じゃ容姿を確認できなくても仕方ないんだけど」

「……ああ」

「どうしたの、スチュー」

 煮え切らない返事を訝しく思われてしまう。

「まさか一目惚れとか言わないでしょ?」

「冗談はよせ。それよりこいつはちょっとばかり本腰入れたほうが良いかもしれないぞ?」

「えー、どういうことー?」

 彼女が戸惑うのも当然。スチュアートも考えが纏まらないでいるが、何か引っかかる部分があるのだ。


(ミドルティーンの姉妹? どういうことだ? もしや……)

 一つの推測に繋がる。


「俺たちのスポンサーはどこだ? 誰だ、メル? 顔くらい拝んだこと、あるだろう?」

「ちょ、待って! それって!」

 メレーネも思い至るところがあったようだ。

「いやいやいや……。でも、それにしたってこんなんじゃ、遺伝子データを提供されたって身元確認も……」


 レズロ・ロパの七割が対消滅反応に飲み込まれて失われている。それは人間も同じことである。


「わー! 駄目駄目! そんなの……! 待って待って待って! お金が全てでこんな稼業してるんじゃないけど、ギャラが無いと困っちゃう! 何か忘れてない?」

 慌てまくっている。

「有ったー! 西の外れの住居を重点的に捜索ってあるー!」

「早く言え! 西なら可能性があるぞ。抜けて確認してこい!」

「りょーかーい!」

 メレーネのアル・スピアは飛び立って西へと進路を取る。


(西の外れ? 待てよ、アクス・アチェスがあの辺りで……)

 スチュアートの記憶に更に引っ掛かるものがある。

(まさかな)


 西の森へと飛び去る黄土色のアームドスキンの姿を思い出していた。

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