第59話『阿弥陀さんに帰国の挨拶を』
せやさかい・059
『阿弥陀さんに帰国の挨拶を』
一か月ぶりの我が家。
おばちゃんの「ゆっくりしてからでいいじゃない」の心遣いを「ゆっくりしたら忘れてしまうさかいに(^▽^)」と明るく返して本堂に向かう。
無事な帰国を、まずは阿弥陀さんに報告する。
ご内陣の前に正座して、南無阿弥陀仏(なまんだぶ)を三回。
南無阿弥陀仏は阿弥陀さんへの呼びかけの言葉。南無はサンスクリット語で「ナーム」で「もしもし」てな意味。下半分は阿弥陀仏やから「もしもし、阿弥陀さん」になるわけで、この念仏一つで感謝にもなるし挨拶にもなるし、時には「ちょっと困ってまんねん」とか「頼んます」とか「ありがとうございます」とか、万感の思いが加わる。
下半分の世俗的な意味を口にせんでも阿弥陀さんはお分かりなんです。
念仏し終えて気ぃついた。
「なんで、ここに居てるんよ?」
外陣の端っこにラジオ体操人形がおる。
ほら、夏休みに入ったころに諦兄ちゃんが檀家周りでもろてきて、わたしにくれたやつ。お腹を押さえてやるとラジオ体操の歌を歌いだす。たしか、部屋の本棚のとこに置いといたはず。
「さくらちゃんが置いていったと思ってた」
麦茶を淹れながらおばちゃん。
「え、あ、そうかな?」
言われると確信がない。
「毎朝、七時になると自動で鳴るのよ、ラジオ体操。セットした?」
「え? どやろ……」
合宿に出かける前のことは、なんか遠い昔のような気ぃがして、よう思い出されへん。
「まあ、夏休みも終わりだから、部屋に戻してあげた方がいいかもね」
「うん、そうします」
「長い旅で、疲れたでしょ。お風呂湧かしてあるから、さっと浸かって休むといいわ」
そう労って、おばちゃんは庫裏の方へ戻っていった。
偉いと思う。お寺の坊守(住職の奥さん)やってるだけでも大変やのに、コトハちゃんとテイ兄ちゃん育てて、姪のわたしにも気配りしてくれる。
わたしも、世間の基準からいくと幸せな境遇やないけど、おばちゃんの言葉はありがたいと思う。
しみじみと麦茶をいただく。合宿に行く前は境内のあちこちで喧しく鳴いてた蝉の声がせえへん。
せやなあ、まるまる一か月留守にしてたんやもんなあ、気配は、まだまだ夏やけど、季節はうつろうてんねんなあ……。
エディンバラともヤマセンブルグとも違う空気を、とても懐かしく思う。
ここへ越してきてから五カ月あまりやけど、すっかり自分の世界になってきた。
やっぱり、自分の家はええもんや。
最後に、もう一回手を合わせて……クルリと阿弥陀さんの方を向くと、視界の端に人の気配、あれ?
目を凝らすと、外陣の隅、ラジオ体操人形を持って……。
制服姿のわたしが座ってたああああああああああああ!
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