呪われた宝珠 四 隊商の長

 翌日の午後、ユニとマリウスは昨日も訪れた連絡場所の宿に向かった。

 昨日ユニたちの宿を伝えておいたので、隊商到着の報せが届いたのだ。


 隊商自体は、赤城市の郊外でキャンプを張っている。

 三十頭余りのラクダを入れる馬房を持った宿などないし、その背に乗せた荷物を放っておくことはできないからだ。

 隊商のおさだけは、さまざまな手続きや現地商人との打ち合わせがあるため、数日市内の宿に泊まるのだ。


 ユニたちが訪れると、ちょうどおさが宿の小さなロビーに腰をおろし、一人の男と話し込んでいるところだった。

 二人はユニたちに気づくと立ち上がり、手を握って互いに挨拶をする。


「あんたがユニさんだね。

 私が隊商を束ねているサイードだ。みんなは〝おかしら〟って呼んでいるから、あんたたちもそれで頼むよ。

 今回は無理な願いを聞いてくれて感謝する。

 私も長いこと隊商を率いてきたが、これほどしつこいオークは初めてなんだ。

 どうかよろしく頼みますぞ」


 サイードは五十代の後半だろうか。背が低く、少し肥えてはいるが、がっちりとした頑丈そうな体つきをしている。

 豊かな顎髭を生やし、白いゆったりした衣装につばのない円筒形の帽子という、典型的なサラーム教徒の格好をしている。

 にこやかな笑顔を浮かべているが、太い眉の下の双眸は油断なく鋭い光を放っている。


「そうそう、こちらは護衛隊の隊長をしているアシーズだ」

 サイードに紹介された背の高い男が進み出てユニの手を握る。

「護衛隊長をしているアシーズだ。よろしく頼む」


 アシーズは、三十代の後半くらいに見える。やはり口髭と顎髭を生やしているものの短く刈り込み、軽装の革鎧を身に着けている。

 浅黒い肌に黒い髪と瞳、明らかに南方系とわかるが、帽子フェズは被っていない。

 彼はユニの迷いを見透かしたように言葉を継いだ。

「俺はこの赤城市の生まれでな。元は王国軍の兵士だ。

 一応サラーム教徒だが、あまり熱心な信者じゃなくてな――」


 その時、ユニの頭の中に宿の横手の路地で待機しているライガの声が届く。

『おい、そいつ召喚士じゃないか? 幻獣の気配がするぞ!』


 ユニは驚いて目をみはった。

「アシーズさん、あなた召喚士なんですか?」

 彼もまた驚いた顔をする。

「よくわかったな?

 ――ああ、そうか。あんたの幻獣が報せたのか……」


 護衛隊長はすぐに納得した。

 召喚された幻獣同士は種族が違っても、近くにいれば互いの存在を感知できるのだ。

「あんたはオオカミ使いだったな?

 こっちの幻獣は普段俺の影の中に隠れているんだが、こんな街中では出せないんだ」


 彼はユニの耳元に顔を寄せると小声でささやいた。

「俺の幻獣は〝哭き女バンシー〟なんだよ」


 バンシーは妖精族の一種で、死者が出そうな家に現れて泣くという、ただそれだけの存在である。

 彼らが現れたから人が死ぬのではなく、人が死ぬ家に現れるというだけで、もちろん人に危害を加えることなどない。


 ただ、人間側からしたら「縁起でもない!」となるのは当然で忌み嫌われているから、気の毒とも言える。

 こんなところで姿を現せば、パニックが起きること必定である。


 アシーズに言わせると、攻撃力皆無と言えども、これでなかなか役には立つらしい。

 隊商に襲撃をかける野盗たちは、無知蒙昧もうまいやからで極端に迷信深い者が多い。

 不吉なバンシーが現れ耳元で泣き叫ばれると、震えあがって逃げ出す者が多いのだ。


「だが、オークにはまったく効かないんだよ」

 アシーズは忌々しそうに嘆いた。

「奴ら、驚くことは驚くんだが、無害だとわかるともう完全に無視するんだ」


 ユニは彼が召喚士だと言った時から気になっていたことを訊いてみた。

「あの、アシーズさん。

 召喚士だってことは、ひょっとしてゴーマを知っていますか?」

 彼は〝ゴーマ〟という名を聞いて、それまでの仏頂面を引っ込めて明るい表情を見せた。


「何だ、あんた。ゴーマ先輩の知り合いなのか!

 知ってるも何も、ゴーマ先輩は魔導院で俺の二つ上だよ。

 それだけじゃない。軍隊時代も世話になったんだ。


 ――あ、そうか!

 あんたカイラ村から来たんだっけな。

 ゴーマ先輩が軍を辞めた後、カイラ村で警備兵をしているって話は聞いたことがあるよ。

 くそっ、懐かしい――ってか、会いたいなぁ!

 どうだ! 先輩は元気にしているのか?」


 アシーズの喜びようを目の当たりにして、ユニは己の質問を後悔した。

「ゴーマさんは……その、去年旅立たれました」


 アシーズの表情が固まった。

 笑顔を作っていた頬の筋肉が弛緩し、その顔に見る間に諦念の表情が広がる。


「……そうか、逝ったか……。

 そうだよな……もう俺たちはそんな歳だもんな。

 ――まぁ、俺もあと二、三年だろうから、あっちの世界幻獣界に行ったら先輩と会って、仲良く昔話をすることになるだろうよ」


「〝仲良く〟ってのはどうでしょうねぇ……」

 ユニの懐疑的な感想に、アシーズはむっとした顔をする。

「そりゃ、どういう意味だい?」


「いえ、確かバンシーは妖精族ですから、それなりに美形ですよね?」

「あ? ……ああ。

 透き通ったゼリーみたいな身体をしているが、よく見れば美しい女だぞ。

 それがどうした?」


 ユニはかつてのゴーマの軽口を懐かしく思い出して微笑んだ。

「彼は常々言ってたんですよ。

 幻獣界に転生したら、裸のお姉ちゃんと〝きゃっきゃうふふ〟する生活を送りたいって。

 でも、ゴーマは火蜥蜴サラマンダーに生まれ変わっているはずですから、アシーズさんがバンシーに転生して会ったら絶対文句を言われますよ。

 『ずるいぞ!』って――」


 アシーズもようやくユニの冗談が理解できたようだった。

「なるほどな……ゴーマ先輩らしいな。

 あんた、本当に先輩と仲がよかったんだな。

 ……ひょっとして、これか?」


 彼は小指を立てて見せた。

 ユニは苦笑する。

「違いますよ!

 ……でも、そういうのも悪くなかったかな?」


      *       *


 マリウスの方は、もう王都でサイードやアシーズと顔を合わせていたので、簡単な挨拶で済んだ。

 ユニは宿の者が運んできてくれたコーヒーを飲みながら、改めて彼らと話し合った。


「それで、私たちの役割ですけど――。

 オーク専門ってことでいいんですよね?」

 サイードは鷹揚にうなずく。


「ああ。野盗相手の警護はアシーズの隊の役目だ。

 あんたたちはオークが襲ってきた時に、護衛隊と協力して迎え撃ってほしい。

 その場で倒せればそれに越したことはない。

 だが、これまでの例からすると、オークの逃げ足は速い。

 討ち洩らした時には、隊商を離れてこれを追ってもらいたい。

 そして、必ず仕留めて今後の憂いをなくしてほいいのだ」


 ユニは違和感を覚えずにいられない。

「そこまでおっしゃるということは、今回のオークがこれまでとは全く違うということでしょうか?」

 サイードの顔が苦々しくゆがんだ。


「――そういうことになる。

 そのへんの詳しい話はアシーズに聞いてほしい。

 オークを仕留めたら、レリンの町で成功報酬を受け取れるよう手配をしておく。

 その場合は、ユニさんの仕事はそこで終了。勝手に帰国してかまわないよ」


 そう言うとサイードは立ち上がった。

「私はこれから赤城市の商人たちと会わねばならん。

 後の細かいことはアシーズと打ち合わせてくれ」

 隊商のおさは、召使いらしい小僧を連れて悠然と立ち去った。


      *       *


 残された三人は、より具体的なことを詰めていった。

 特にマリウスの防御魔法に関してはアシーズもよく知らなかったらしく、大いに喜んで連携や陣形についての打ち合わせが行われた。

 ひととおりそれが済むと、ユニはアシーズに尋ねる。


「それで、肝心のオークのことなんだけど、情報がほしいの。

 隊商を襲うオークは珍しいって聞くけど、今回の奴らは何が違うの?」

 護衛隊長は少し考え込む。


「確かにオークの襲撃はこれまで稀だったんだが……。

 あんたは辺境の専門家らしいが、南方のオークについてはどれだけ知っているんだ?」

「ほとんど何も――」

 ユニがはあっさり認める。こんなことで見栄を張って得することなど何もない。


「一応、密林地帯に土着しているオークで、数も少なく、辺境に現れる〝はぐれ〟に比べると体格的に劣る――知っているのはそんなところかしら」

「――だろうな」

 アシーズはうなずく。


「密林のオークも、もともと〝はぐれ〟だったと言われているが、誰も本当のことは分からないんだ。

 とにかく、〝穴〟から吐き出されたオークの何頭かが偶然出会って群れになり、餌の豊富な南部の密林で自活するようになったってことらしい。

 あんた、オークのメスを見たことがあるかい?」


「いえ、ないわ。

 考えたこともなかったけど……そうね、メスがいない方がおかしいのよね」


 ユニは正直驚いた。

 オークは他種族とも見境なく交合して子を産ませることで知られている。

 だが、もともとはオークだけで群れをつくり、繁殖していたはずだ。

 それならばメスが存在するのが当然だろう。


「奴らの中にもメスはいるが、その割合は極端に低いんだ。

 そのかわり、オークのメスは恐ろしく多産だ。

 見境なくオスと交わって、半年ごとに五~八頭の子を産む。


 ――奴らにとって幸運なことに、密林オークの祖先となった群れにたまたまメスが混じっていたんだろうな。

 とにかく、奴らは繁殖し、生き延びた。

 長い年月を経て体格は劣化して小柄になったが、その代わり知恵もつけた。

 辺境に出るオークに比べて、密林オークははるかにずる賢い。

 これは覚えておいたほうがいい」


 ユニは黙ってうなずいた。

 知恵のあるオーク? 考えただけでうんざりする。


「これは俺の勝手な推測だが、密林オークは奴らなりの掟で人間を襲うことを禁じているんだと思う。

 奴らは数も少ないし、体格的にも人間に勝るものの圧倒するわけではない。

 人間を襲ったとして、その仕返しに武器を持った大軍に攻められれば、どっちが滅ぶのか目に見えているからな」


「だから、たまに隊商が襲われる事件は、何らかの理由で群れを追われたオークが起こした破れかぶれの行動だと考えている」


 ユニにもだんだん話が見えてきた。

「――と言うことは、今回のオークは偶発的な襲撃ではなく、明確な意図を持って襲ってきたってわけね?」


 アシーズはうなずく。

「これまで襲ってきたオークも馬鹿ではない。

 狙われるのは何かの理由で、あるいはうっかり隊商から遅れたラクダに限られた。

 ただ、襲撃は例外なく単独だった」


「それが今回は、五頭の集団で隊商の本体を襲ってきた。

 食糧を積んだラクダも、最後尾のラクダも無視してだ。

 無論、俺たちが追い払ったが、奴らは簡単には逃げ出さなかった。

 奴らには手傷を負わせたが、こっちにも死傷者が出た」


 彼は死んだ部下のことを思い出したのだろう、唇を噛み手をきつく握りしめている。

「しかもそれが三度だ!

 奴らは大公国から王国に辿り着くまでの間に、三度も襲ってきやがった」


 ユニが念のために尋ねる。

「それが同じオークだってことは間違いないの?」

「ああ。多分間違いない。

 奴ら額に変な模様を描いていた。入れ墨かもしれん」


 ユニはしばらく考え込んだ。

「……なんだか裏がありそうな話ね……」

 アシーズもうなずいた。

「俺もそう思う……」


 ユニはゴーマがよく言っていたセリフを思い出し、背の高いアシーズの顔を見上げてにやりと笑った。

「『それを探るのも、あんたの仕事だ』かな?」


 アシーズも笑い返す。

「そのとおりだ。話が早いな、助かるよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る