第60話 ダークファンタジー

 俺の怒号が響き渡ると、千金楽と明智が顔をこちらへと向ける。

 千金楽はお化けでも見たかのように驚愕に目を見開き、呆然としていた。


 明智も一瞬目を見張ったのだが、すぐに俺を見て微笑み、涙を流した。


 俺にはもう千金楽のことなど見えていなかったし、どうでもよかった。

 それよりも明智が心配でたまらなかったんだ。


 俺が明智の元に駆け寄ると、千金楽は距離を取るようにバックステップで後方に下がる。

 俺は血まみれの明智を優しく抱きかかえた。


「バカヤロー! なんで……なんでごんなむじゃしだんだっ!」

「ユーリ……どの。ぶじでよがっだでごじゃる……」


 俺は涙が止まらなかった。

 あの時から……明智はまるで別人になっちまったんじゃないかと思うほど、キャラじゃないことをしているんだ。


 俺の知っている明智はスケベでずるくてお調子者で、とても臆病な奴だ。

 それなのに……それなのに明智は一人で二度も千金楽に立ち向かい、両脚を失った今も戦意を失っていない。


 どれほど痛いだろう、苦しかっただろう、怖かったただろう。

 その痛みを、苦痛を恐怖を俺もよく知っている。


 俺は一度足を失い、泣き叫ぶことしかできなかった。

 二度目に腕を切り落とされた時は逃げることだけを考えていた。


 それなのにこいつは……明智は今もなお戦おうとしている。

 割れた眼鏡の奥に宿る目はとても優しく俺を見据え、明智光秀という一人の男の強い魂が見えるようだ。


 それはまるで……俺が憧れていたジャンプ的ヒーロー、そのものじゃないか。


「ユーリ……どの、それがし……それがしごんどはぜぇっだいにじがんをかじぇいでみじぇるでごじゃるよ。しんでもやぐぞぐまもるでごじゃるよ」

「もう゛いい、もう゛いいがら喋るな゛あげちっ!」


 俺は明智を抱きしめた。力いっぱい、だけど壊れぬように優しく、赤子を抱きしめるように大切に。


「なんで月影先輩がここにいるんですか? あっ! そうか、本当に死んだらコンテニューできるんだ~。やっぱりこれはゲームなんですね~クスクス。なら早くそこの死に損ないのゴキブリを叩き潰して、始まりの街とかどこかに転送させてあげたほうがいいんじゃないんですか~。クスクス」


 明智を抱きしめる俺の元に、耳障りな弾む声音が聞こえる。


「さっきからみっともないんですよね~そのゴキブリ。月影先輩みたいに殺してくれぇ~て泣き喚いている方がよっぽどボキャブラリーがあって面白いのに~。いや~あの時は本当に傑作でしたよ~。あっはははは!」


 俺は外套の内ポケットから再生薬を取り出して、そっと明智に飲ませる。


「もう大丈夫だぞ、明智」

「ごれで……それがしの……それがしも復活で、ござるな?」

「ああ、ああ。ごめんな。もっと早く治してやるべきだった」

「ちょっと~僕の話し聞いてます~? ひょっとしてシカトってやつですか~?」


 俺がそっと明智を地面に寝かせると、周囲を取り囲む兵たちが武器を翳し始めた。

 その様子にメアちゃんが唸りを上げて威嚇している。


「おい、聞いてんのかって言ってんだよ月影っ!」


 先程から無視をする俺に苛立ちを募らせる千金楽が、吐き捨てるように言葉を口にする。


「何度でも生き返れるんなら何度でも壮絶な痛みをプレゼントしますよ~。死ねないことが苦痛だと月影先輩たちが喚き散らすまで~」


 俺は立ち上がり千金楽を一瞥し、メアちゃんに声をかける。


「メアちゃん、あそこの兵の首をどれでもいいから噛みちぎてやりな」

「ムッゴォォオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 メアちゃんは地面を蹴り上げて一瞬で兵の元に向かうと、悲鳴を上げる兵たちなどお構いなしに首を噛みちぎりその体を爪で切り裂いた。


「「「うわぁああああああああ!」」」

「あれ……? 痛くない?」

「どうなってんだ?」


 メアちゃんに首を噛みちぎられた兵や、体を切り裂かれた兵が断末魔を叫んがのだが、すぐに素っ頓狂な声に変わる。


 その光景に再び驚きを隠せずにいる千金楽。


「どういう……ことですか?」

「千金楽、お前は俺を殺したと勘違いしていたようだけどな、殺せてねぇーんだよ」

「えっ!?」

「幻魔獣ナイトメア、通称メアちゃん。メアちゃんは悪夢や苦痛を好んで食べるが、メアちゃんに喰われたり傷つけられても痛みはなく血も出ない。つまり死なないんだよ。なんなら頭部だけになっても生きることが可能なんだ」


 千金楽は鋭い視線を俺へと向けて、少し考えたあと口にした。


「あの時のは……そういうことだったんですか~。なるほどね~。でっ、得意げに種明かししてくれたのはいいですが~、もうその手は通用しないってことですよ~。次は確実に殺してあげますね~」

「勘違いするな千金楽。俺が種明かしをしたのはお前に死ねば生き返ることなどありえないと教えるためだ」


 俺は見下すように千金楽を見やり、感情の抜け落ちたような声で淡々と説明する。


「俺は今からお前を殺す。この世界はお前が考えるようなゲームじゃない。死ねばそれで終わりだ。生き返るなど絶対にない」

「はぁ~? 僕を殺す? この勇者の僕をオールFの雑魚が殺す!? 頭大丈夫ですか~? 沸いてるんじゃないですか~? クスクス」


 自分以外は皆雑魚だと嘲笑う千金楽が槍を構える。


「身の程をわきまえない雑魚にお仕置きを兼ねて、甚振ってから殺してあげますよ~、クスクス」


 俺は千金楽から視線を外すことなく外套に手を忍ばせて、小瓶を取り出しそれを一気に喉の奥へと流し込む。


「自分が今から地獄のような苦痛を味わうって時に、このバカはジュースなんか飲んでますよ~、あっはははは」

「ごちゃごちゃうっせーんだよクソガキ! 殺してやるからさっさとかかって来いや、雑魚がっ」


 俺が飲み干した瓶を地面に投げ捨てると同時に、千金楽は怒り狂うマントヒヒのように歯を剥き出しにし、まるで瞬間移動したように俺の目前に現れた。


 俺に千金楽の姿を……その槍の速度を捉えることは不可能だった。


「あっははははっ! 口ほどにもないですね~! 簡単に土手っ腹に大きな穴が空いちゃいましたよ~、あっはははは、傑作だ~」

「ユーリ殿っ!」


 千金楽の放った槍は超高速で俺の体を貫き、俺の体からヌメヌメと体液が漏れ始める。


 その光景に大笑いする千金楽と、悲壮な顔で俺を見上げる明智だが、俺は痛みに悶絶することもなく無表情だ。


 俺の体からは赤いドロドロした体液が漏れ、千金楽の黄金の槍にまとわりつき絡め取る。

 体液はまるで生き物のように槍を伝い、千金楽の腕にもまとわりつく。


「なっ、なんだこれ!?」


 俺は手に持つダガーを千金楽の太ももへゆっくりと突き刺した。


「アッ、アアアアアッ、痛いだろうがっクソ野郎っ!?」


 千金楽は痛みに慣れていないのか、涙目になって透かさず後方へと跳躍した。


「あっ、脚が! 僕の脚がぁぁあああぁあああああ゛!! このゴキブリがぁっ!」

「ぎゃあぎゃあ騒ぐなクソガキ。今すぐお前の四肢を解体してやるからよ」

「はぁ!? 意味わかんないんだよ。それに……なんなんだその体は……!?」


 千金楽が驚くのも無理はない。

 俺は確かに千金楽の槍をまともに受けたのだから。

 ただ、今の俺に物理攻撃は効かない。


 何故なら俺が今しがた飲んだモノは……スライム人間になるための飲み物だ。

 スライムの体になった俺に千金楽の槍など無意味でしかない。


 俺の体から漏れ出た液体……スライムが後方へ退避した千金楽の体にまとわりつき、口や鼻に入り込んでいく。


「ぐぼっおっ……いぎが……」


 千金楽は池で溺れる子供のように手足をジタバタさせながら身をよじっている。

 千金楽は口と鼻を塞ごうとするスライムを必死に手で払おうとするが、まとわりつくスライムは簡単には取れない。


「鬱陶しいんだよ! なんなんだよこの気色悪いのはっ!」


 腹に突き刺さったままの槍が、スライムたいになった俺の体から抜け落ちて音を鳴らす。


「千金楽、もう諦めろ。準備を整え本気になった俺にお前如きじゃどう足掻いても敵わない」

「ふざけるなぁっ! それより、今ならその実力を認めてやって僕の、勇者パーティーの荷物運びくらいにならしてやってもいいんだよ? だからすぐにこの気持ち悪いヌルヌルを何とかしろよっ!」

「…………」

「なにシカトしてんだよ! 雑魚の癖に僕が……この僕が下僕にしてやるって言ってんだ! 泣いて喜ぶところだろ! ゲホゲホッ」


 千金楽は苦しそうに噎せて膝を突いた。

 口や鼻から体内に侵入するスライムが千金楽をむしばみ、その体力を徐々に奪っていく。


 千金楽は余程苦しいのか、手で首元を掻き毟り始める。


「くそっ……いぎが……なんだよごれっ!」


 俺はそっと千金楽へと近付き、射貫くように視線を向ける。


「その手……邪魔だな?」

「へっ……!? アッ、アアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」


 俺は千金楽の右腕に剣先を突き刺した。同じように左腕も……。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ………おっ、おまえふざける……なよ。ぼぐは、ぼぐはゆうじゃなんだぞ。ゆうじゃのぼぐがなんでごんなざごに……ゲホゲホッ」


 未だ自分が本当に勇者で特別な存在だと勘違いしてるバカは、高飛車に物申している。


「わがっだ……おまえ"の"づみもぼぐがながったごどにじでやる……だがらはや"ぐだすげろ」


 このクソガキがっ! それが人にモノを頼む態度かよ!


「千金楽……俺は勇者さまでもなければお優しいヒーローでもない。気に食わねぇー奴はぶち殺すと決めたサイコ野郎だ! 言ったろ? テメェーはぶち殺すって」


 俺は千金楽の下っ腹に下から上へとダガーを突き刺した。

 俺の腹に穴を空けたように、俺も千金楽の腹に風穴を空けてやる。


 自分の体から勢いよく噴き出る鮮血に、千金楽の顔が青ざめていく。


「イギャアアアアアアアアアアッ!? ちが……ちがっ! ウェッ……さっ、さむい、さむいよ。ごのま"ま"じゃじぬ……!? だずげでぇ」


 千金楽は蛆虫のように地面を這い蹲り、明智へと助けを求めて手を伸ばすが、脚が再生した明智はにたーっと笑みを浮かべて千金楽の顔面を蹴り飛ばす。


「誰が助けるでござるかっ! ざまあでござるよっ!」


 明智は先ほどまで死にかけていたとは思えないほど声を弾ませている。

 嬉しそうに立ち上がっては俺に詰め寄ってきた。


「ユーリ殿、ユーリ殿! それがしにもこのクソガキの解体ショーを手伝わせて欲しいでござるよ!」


 上機嫌で転がっていた剣を拾い上げると、明智は「えーいでござる」と千金楽の脚に刃を突き立てて、切断した。

 それは明智が切断されていた箇所とまったく同じ箇所だった。


「プークスクス! 愉快でござるなユーリ殿! それがしひょっとしたら前世は殺人鬼だったのかもしれんでござるよ!」

「ああ、同感だ明智。こんなにもこのクソガキを殺すのが楽しいなんて思いもしなかったよ」

「それがしたちはダークファンタジーに生きるでござるよ。まさにダークヒーローでござるよ!」


 両脚を失った千金楽は周囲の兵に助けを求めて手を伸ばした。


「だじゅげろ~、ぼぐは……ぼぐはゆうじゃだじょ~」

「こんなに情けない勇者がいてたまるかでござる」

「まったくだな」


 偽りの勇者千金楽の哀れな姿に兵たちは顔面蒼白となり、雲の子を散らすように絶叫しながら走り去って行ってしまった。

 そんな兵たちの後ろ姿に手を伸ばす千金楽は酷く滑稽だ。


「さて、そろそろトドメを刺すか」

「そうでござるな」

「まっ、までぇ! お願いだ! 謝るから見逃しでぐださい」

「千金楽……謝って済むなら世の中はどこもかしこも平和だ。それに何より俺たちはさ……」


 そう言い、俺は明智を見た。明智も俺を見てコクリと頷く。

 そして――


「「お前が死ぬほど嫌いなんだよっバーカッ!!」」

「…………」


 俺と明智の声が見事に晴れ渡る空に清々しくシンクロすると、


《MFポイント 50000ポイント獲得》


 紛い物でも勇者か……。


「悪夢は見れたかよ、千金楽!」


 盛大にお漏らしをした千金楽が失神する。

 そう、千金楽はただ失神しただけだ。


 千金楽は四肢をどこも失ってなどいない。

 俺のスライムには幻覚作用を含む毒が混ざっていたのさ。


 その毒に犯され、千金楽は幻覚を見て恐怖のあまりお漏らしをし、数十年時を経たように髪は抜け落ちた。


 あれほど美少年だった千金楽凜は死んだ。

 これが俺なりの殺し方なのさ。


 変わり果てた姿で生きることが、千金楽凜に与える俺なりの罰って訳だ。


「相変わらずユーリ殿はえげつないことをするでござるな。しかし……ブッサイクなジジイでござるな~、これ本当に年下でごさるか? それがしの祖父のようではござらんか!」

「ちょっとやり過ぎたか……」

「まぁ……自業自得でごさるな」


 俺たちは老人みたいに変わり果てた千金楽を見て嘆息し、空を見上げた。



「今日は晴天でござるな、ユーリ殿。ひつじ雲が静かに流れているでござるよ」

「ああ。俺の心も晴れたよ」

「さて、それではフィーネア殿たちと合流するでござるか?」

「ああ、そうだな」


 気を失った老人千金楽をそのままに、俺たちがゆっくりと歩き出したとき――また空がピカっと光を帯びた。


「落雷? でござるか?」

「フィーネアたちが心配だ。明智、メアちゃん、急ぐぞ!」



 俺と明智はメアちゃんにまたがり、フィーネアたちの元へと急いだんだ。

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