第52話 刺客

「くそったれぇぇええええ!」


 思わずソファから立ち上がり手にしたコンパクトミラーを壁に叩きつけてしまった。


「ハァハァ……」


 怒りで呼吸が乱れて肩で息をする俺を見て、フィーネアとゆかりが心配そうな目を向けている。

 俺は2人を見やり「ははは……はは」と乾いた愛想笑いを浮かべた。


「だ、だいじょうぶよ……ゆう君なら……先輩の力を借りられなくったってきっとなんとかなるわ。うん、そうよ絶対に大丈夫なんだから」

「え、ええ! ゆかりの言う通りですよ。これまでだってユーリはどんな困難も乗り越えてきたのですから、きっと今回も大丈夫だとフィーネアはなにも心配していませんよ」


 嘘だ……2人の目は完全に泳いでいる。

 俺を気遣い必死に動揺を隠している様子だが、ズバズバッとお見通しなんだからな。


 つーか、今の瓜生との会話を聞いていて動揺しない奴の方がどうかしてるし、2人の反応はいたってまともなんだよ。


 瓜生の言う通り娼婦殺人容疑をかけられた明智を救い出すことは難しい。

 物的証拠が何一つないとは言え、状況証拠……的なものは完璧なんじゃないか?


 それに憲兵に捕まったのは最悪な展開だ。

 瓜生の話しでは教会が俺を異端者だと意味不明なことを言っているせいで、国王が俺を捕らえるために刺客を差し向けているという。


 さらに明智は脱走兵なんだよ。

 憲兵が明智の身元を調べれば直ぐに脱走兵であることがバレてしまう。

 そうなれば……明智を捕らえるために王国兵が押し寄せてくる可能性もゼロじゃない。


 いや、最も不味い展開は俺が明智と一緒にいると思われていた時だ。


 おそらく瓜生の言っていた刺客は俺の居場所を知らないはず、だが明智と一緒にいると少しでも思われていたら……間違いなく刺客もここオーランドへとやって来るだろう。


 何故なら国王や大臣は俺と明智が友人関係だということを知っている。

 あの時の国王の間での一件でそれは完璧に知られているんだ。


 そうなった場合、教会に捕らえられてしまった5人を助ける余裕なんてなく、逃げの一手でいっぱいいっぱいになる。


 非常に不味い。

 出来ることなら明智と5人を救出して刺客が来る前にどこか安全な場所に非難するのが一番だろう。


 だけど……最も難しいのは5人の救出だ。

 そもそも捕まった5人はどこに捉えられているんだ?


 仮に居場所がわかったとしてもバカ正直に真正面から突っ込んではいけない。

 相手は七大国を束ねる巨大組織なんだ。まともにやり合って勝てるわけがない。策を練るにしても相手がデカすぎる。


「ユーリ、ユーリ! 落ち着いてくださいユーリ」


 俺は顎先に指を当てて無意識のうちに部屋中をクルクルと何周も歩いていた。

 そんな俺を心配してフィーネアが声をかけてくれたのだ。


「あ、ああ。すまん。こんな時にジタバタしてもだらしないよな。もっと俺がしっかりしなきゃいけなかったのに……」


 フィーネアは違うと首を振る。


「いいえ、ユーリはとても頼りになります。あの時だってフィーネアを助けてくれたじゃないですか」


 あの時……?

 ああ、女郎城でフィーネアが気を失っていた時のことか。

 あの時はただ必死で……後先のことなんて考えちゃいなかったからな。


「それに……ユーリはもっとフィーネアに頼ってください。1人ですべて抱え込まなくていいんですよ。1人では見上げるほど大きな壁でも、力を合わせ協力すればそれほど高くないかもしれません」

「そうよ! あたしたちに何か出来ることはない? あたしはフィーネアのように強くはないけど、それでも力になりたいのよ。女は度胸! 度胸だけはあるつもりよ!」

「フィーネア、ゆかり……」


 フィーネアの言う通りだと胸を叩くゆかりは、もうあの時の泣きじゃくっていることしか出来なかったゆかりではないのかもしれない。


 そうだ、俺たちはこの世界に来て少しずつだけど確実に強くなっている。

 それはステータスでは決して補うことのできない心の強さ。


 悩んでいたって何も変わらないし始まりもしない。

 今はできることをやるしかないんだ。


「よし! 取り敢えず飯食って風呂入って寝よう!」

「ユーリ……?」

「ゆう君?」


 開き直ったように声を上げる俺を見てポカーンとあんぐりする2人に言う。


「明智と5人を助け出すためには体調を万全に整えなくちゃいけないからな。救出は明日の朝行う! もちろん俺1人ではどうすることもできないから、2人にも協力してもらうつもりだ。だから今日はしっかり休んでくれ。明日から死ぬほど忙しいからな」


 2人は顔を見合いクスクスと笑っている。


「はい! 明日の為に英気を養いましょう」

「そうね。それにあたしお腹ペコペコよ!」


 俺たちは笑った。

 笑ってフィーネアが『メイドの極意』で用意してくれた飯を食い、風呂に入り眠りについた。



 ――そして翌朝。


 俺たちは再びオーランドへとやって来て二手に分かれた。

 俺はメアちゃんと、フィーネアはゆかりと共に行動を開始する。


 フィーネアたちのすることは単純。

 教会に異端者として捕まった5人の所在を突き止めること。

 その際、俺はフィーネアにキツく言った。


 女郎街の時のように俺の許可なく絶対に勝手な行動はしないようにと。

 ゆかりにも同様のことをキツく言い聞かせた。


 例え目の前で友達が酷い目に遭っていても堪えるんだと、助けたければ我慢も必要になってくるのだと。

 ゆかりは少し悔しそうに顔を歪めていたが、これはとても重要なことなんだ。


 一方、俺も1人ではおっかないというのが本当のところなので、用心棒代わりと言ったら変かもしれないがメアちゃんを連れてきた。


 俺がすることもいたってシンプル。

 明智の脱獄だ。


 本当は娼婦を殺害した真犯人をホームズのように名推理なんかでスバッと解決して、そいつを憲兵の前に突き出してやりたいのだが、そんなことをしている時間がない。


 悠長に時間を費やしていたら国王が俺を捕らえるために放ったという刺客がやって来てしまうかもしれないんだ。

 問題山積みの中、そんなのまで相手にしていられない。


 街の中央には教会が所有する大聖堂がデカデカとそびえ立ち、南東には憲兵団が所有する建物が立っている。


 俺はひょっとしたら国王からの通達で憲兵団に顔がバレているかもしれないと懸念して、念には念を入れてスッポリと外套を頭から被り、その中で隠すようにメアちゃんを抱きかかえてる。


「いい子だから静かにしててね」

「ムキュッゥゥウウウ!」

「あっ! しー、しーだよメアちゃん」


 外套の中に隠したメアちゃんに一声かけると元気よく鳴くからびっくりしてしまった。


 憲兵団の本拠地前にやって来た俺は見張りの兵がどれくらいいるのかを確認する為に、通行人の振りをしながら視線だけを外套の中からそちらへ向けて確認する。


 正面の入口には気怠そうに欠伸をするおっさん憲兵の姿が2人ほど確認でき、警備はそこまで厳重ではないように窺える。


 俺はそのまま一旦建物を素通りして物陰に身を隠すと、直ぐに懐から幽体化を二本取り出して飲み、もう一本をメアちゃんに飲ませた。


 明智救出のためと5人の救出のために必要な物は昨夜ミスフォーチュンで購入済みだ。

 ま、もし万が一足りなくなったらミスフォーチュンへ出向き買い足せばいい。


 俺は透明になって見えなくなってしまったメアちゃんを地面にそっと降ろして小さく声をかける。


「ちゃんと付いてくるんだよ、メアちゃん」

「ムキュッゥゥウウウ!」

「ああー、メアちゃん声のボリューム落としてよ。姿は見えなくても声は聞こえるんだから」

「ムキュッゥゥ」


 その姿は見えないが、メアちゃんはちょっといじけたような声で鳴いていた。

 もう今すぐに抱きしめてモフモフをいい子いい子してあげたくなってしまう。


 俺は透明になったメアちゃんと共に出来るだけ音を立てずに建物の前へと素早く移動する。

 めんどくさそうに怠けるおっさん憲兵の間をすり抜けて敷地内へ侵入を果たすと、辺を素早く見渡した。


 正面玄関の扉は閉まっている。

 いくら透明になっているとは言え、さすがに開けるのは不味いな。


 自動扉でもないのに勝手に開けば不審がられるかもしれない。

 ということで俺は建物の外周を手際良く見て回ると、一箇所換気しているのか窓が開いている。


「あそこから侵入できそうだな。行くよメアちゃん」

「ムキュッゥゥウウウ!」

「ちょっちょっ、ちょっとメアちゃん。三度目だよ! いい加減にしないとパパ怒っちゃいますよ~」

「ムキュ」

「うん。それでいい」


 俺はメアちゃんと共に窓から建物の中へと侵入を果たし、先ほどと同じように部屋を見渡す。

 殺伐とした部屋には人影はない。


 どうやら憲兵団の数はそれほど多くないのか、或は何か用事があってみんな出払っているのだろうか?

 まぁどちらにせよ好都合だな。


 俺は部屋の出入り口の扉を慎重に音を立てないようにゆっくりと開けて、顔を覗かせ廊下の安全を確認する。


「右よし、左よし」


 俺は忍者のようにサササッと壁に沿うように素早く移動しながら、明智が捕らえられている場所を探す。


 すると、二階と地下へ続く階段を発見した。同時に二階から弾むような女性の声が聞こえてくる。

 俺は階段の脇で身を潜めるように腰を落として上を見上げた。


 俺の双眼が捉えたのは淡いラズベリー色とライム色の二枚のパンツ。


 それを目にした途端、俺の鼻からは放物線を描くように鮮血がシュッと舞い上がり、思わず後ろにのけ反り倒れてしまいそうになる。


「キャァッ!? パンツがっ!」

「えっ!? どうしたの?」

「わかんない、なんかいきなりパンツが濡れたのよ……」

「やだー、あんたそれ尿漏れってやつじゃないの? まだ20代で若いのに……すぐにトイレに行きなさいよね」

「ええー。誰かに水をかけられたみたいだったんだけど……」


 しっ、しまった。

 思いっきり上を見上げていたせいで事務的なお姉さんのおパンツに俺の鼻血を引っ掛けてしまった。

 危うくバレるところであった。


 しかし……お姉さんの生パンチラ……ありがたやーありがたやー。

 俺は廊下を去っていくお姉さんたちの背中を拝んで感謝する。


 そしてズズッと鼻を啜り外套でゴシゴシ鼻を擦り血を拭う。

 うん、完璧。


「よし、行くよメアちゃん」

「ムキュ」


 俺はメアちゃんに行くことを伝え、2階ではなく地下へと続く階段を降りていく。

 なぜ上ではなく下なのか……そんなものは決まっている。


 牢屋といえばやはり地下牢だ。

 俺の漫画的アニメ的知識にはそういう風に定められているのだ。


 なのでこのまま壁に手を突き慎重に降りていくと、薄暗い廊下の先に鉄扉を発見した。


「間違いない。おパンツの力で頭に上っていた血がスッと抜けて、冴え渡る俺の脳みそがあそこで間違いないと言っている」


 ラッキーなことに見張りはいないようだ。

 警備が甘甘だな。

 まっ、所詮は憲兵団。こんなものか。


 俺は鉄扉に耳を当てて中の音を確認するが……分厚すぎて何も聞こえない。

 ほっぺが冷たいだけだ。


 ――ギギギギギッ!


 鉄扉をゆっくりと開けているにも関わらず、錆びているのかやたらと鳴きやがる。

 ちゃんと錆止めスプレー振りなさいよね!

 心臓に悪いだろうがっ!!


 中に入ると気味が悪いくらいひんやりと肌寒い。それにカビ臭い、最悪だな。

 俺は並ぶような鉄格子の中を確認していくと……居た!!


 明智は檻の中に閉じ込められた猿のように呑気にイビキを掻いてやがる。

 おまけに汚い鉄食器に出された飯は空っぽ、綺麗に平らげてやがる。


 一体どんな神経してんだよこいつは……。

 信じられんな。


「おい、明智!? 起きろバカッ! 何を呑気に寝てんだよ!」

「んん? 飯の時間でござるか?」


 このバカは何を言ってんだ。

 尻を掻きながら屁をこいて、間抜け面で寝惚けてんじゃないのか。


「おい、お前助けていらないのか?」

「その声……!? ユーリ殿でござるか! おおおっ! 助けに来てくれたでござるな、感謝感謝でござるよ。さぁ、それがしを今すぐにここから連れ出して欲しいでござる」

「ったく、待ってろ」


 透明人間になっている俺のことは当然明智には見えておらず、キョロキョロと頭の悪い猿みたいに頭を振っている。


 俺はすぐ後ろに立てかけられていた明智のクソの役にも立たない剣を取り、鉄格子の隙間から明智に差し出した。


「おおおおっ! イケメンソードがそれがしを求めて宙に浮き、こちらへプカプカと飛んできているでござるよ!」

「いいから早くしろよバカッ!」

「ああ……なんだユーリ殿でござったか」


 能天気な明智に約立たずソードを手渡した瞬間――部屋の奥から嫌な感じがして、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「随分遅かったですね~。待ちくたびれちゃいましたよ~」


 声の主に顔を向けると……そこには黄金の槍を肩に乗せて欠伸をする千金楽凛ちぎらくりんの姿があった。



「姿が見えないですけど~、そこにいるんですよね~月影先輩? 僕、勇者なのに国王のパシリで先輩を捕まえて来いって言われちゃったんですよ~。勇者なのに。あっ! 生死は問わないらしいですよ~せ・ん・ぱ・い!」



 黒すぎる……真っ黒なクソガキが不敵な笑みを浮かべている。

 刺客って……コイツかよっ!!

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