第18章 新章(仮)
第596話 迷子? サバイバル? そして、第1村人発見!?
「ここ何処だよ……」
そう愚痴りながら歩いているのは、絶賛迷子中である殺人鬼勇者だ。この者は馬鹿正直に西へと歩いていたのだが、広大な魔大陸でポツポツと点在する集落や街などには一切行き当たらず、ただ同じ景色に見える魔大陸をひたすら歩き続けていたのだ。
ただ同じ景色の中を歩き続けるのならば、既に精神に異常をきたしてもおかしくないのだが、そこは人肉を喰らおうとする魔物たちのおかげで、適度に憂さ晴らしという名の気分転換ができていた。
だが、結構な距離を歩いている勇者は、ここまで来ると『歩く方角を変えようかな?』という思考が後を絶たない。しかし、ここで方角を変えたら何だか負けた気分になるので、頑なに西への進路を意地でも変えようとはせず、融通の利かない頑固な一面を見せている。
その勇者はもう既にマジックポーチに備蓄していた食料も尽きてしまい、背に腹は変えられないとして片手をガスバーナーに変化させると、倒した魔物を焼いて食べてみるというチャレンジに挑み、結果、思いのほか食べられるものだという確証を得る。
それからというもの、勇者はただ焼いただけの肉では味気ないとして、木々が生い茂っている場所を見つけると、香辛料代わりになりそうな木の実や食材になりそうな果物を探すというサバイバル生活へ、いつしか身をやつしていた。
そして、本来の目的も達成できず(相変わらず本人は魔物を魔族と思っているので、本人なりの達成感はある)、サバイバル生活が板に付いてきたサバイバル勇者に転機が訪れる。
「きゃー!」
唐突に聞こえた甲高い声を耳にしたサバイバル勇者は、その聞こえた方角に視線を向ける。
すると、その視線の先では走っている子どもの姿と、それを追いかけるダークゴブリンの姿を目にする。
「ん? 人族がこんな所にも住んでいるのか? ジジイの話じゃ、魔大陸は魔族の領土だって言ってたような……」
兎にも角にもサバイバル勇者は、追いかけられている子供を助けるために、その方向へと走り出した。
実はこのサバイバル勇者、たとえ世間からシリアルキラーと言われていようが、本人なりのこだわりはちゃんと持っているのだ。それは、力のない女子供には絶対に手出しをしないし、何かしら乱暴を働こうとする大人を見かけると必ず殺すと決めている。
ゆえに、サバイバル勇者の殺した人の中には、女子供を殺そうとしたり暴行を加えようとした大人の被害者もいる。それもあってか、一部の者たちからは殺人鬼と言うよりもヒーロー扱いを受けていて、獄中にお礼の手紙が届いたりもしていたのだ。
そういう者たちが減刑を求める活動をしていたのだが、襲われている人を助けた件とは別で普通の殺人も犯していたので、減刑活動がニュースとなり話題に上がることはあっても、裁判で減刑を認められることはなかった。
何はともあれ、サバイバル勇者は異世界でも自らのこだわりを捨てずに、本物の勇者らしくヒーロー活動を行う。本人は全くヒーローになろうとは思っていないが。
「死ね、魔族!」
現場に駆けつけたサバイバル勇者がそう口にすると、逃げていた子供は前からも後ろからも襲われてしまい、逃げ場がないことに絶望して顔を歪ませる。
だが、全てを諦めてしまい立ち止まってしまった子供の横を通り抜け、サバイバル勇者がダークゴブリンの方へ向かうと、逃げていた子供は唖然としてしまう。
「え……」
そして振り返ってみれば、ダークゴブリンを嬉々として殺すサバイバル勇者の姿があった。
「ははっ! 所詮は魔族。大したことねぇな!」
その言葉を聞いた子供はますます混乱してしまう。いま目の前で魔物を殺している人物は、ダークゴブリンに対して“魔族”と言っているのだ。
あまりにも清々しほどにそう叫んでいるので、子供は『ダークゴブリンって魔族だったの?』と、サバイバル勇者の言葉を信じてしまいそうになってしまう。
「ったく、弱ぇくせに数だけはそこら辺にわんさかいやがる。ゴキブリみたいな魔族だな」
ダークゴブリンを殺したサバイバル勇者は、よほどダークゴブリンと遭遇ばかりしていたのか、気持ちのこもった愚痴をこぼしていた。
そして、戦いを終えたサバイバル勇者が振り返れば、視線の先にはポカンとしている子供が立っている。
「おい、大丈夫か? 怪我とかしてないか?」
サバイバル勇者にそう尋ねられた子供は、こくこくと頷くだけで声を出せなかった。
「お前、何でこんな所をうろついてんだ? 魔族に襲われるぞ」
やはり勘違いのままでいるサバイバル勇者だったが、目の前の子供は自分が魔族であることよりも、ダークゴブリンが魔族であると聞かされていることの方が驚きである。
「魔族ってあれ?」
子供がダークゴブリンに指をさすと、サバイバル勇者は当たり前だと言わんばかりに頷く。
「見た目からして凶悪だろ。魔族ってのは恐ろしい奴らなんだぞ」
やはり子供は思う。この人は何か決定的に間違えているのではないかと。自分が親から教わったのは、ダークゴブリンは魔物という種別だからだ。
だから、子供はサバイバル勇者に尋ねた。他の魔物はどう思っているのかを。
「犬みたいなやつは?」
「あれは野生動物というものだな」
おかしい……何かがおかしい……
「豚の顔をした大きいのは?」
「あぁ、あの猪みたいな牙を生やした魔族か。そこの魔族よりかは戦いがいがあるな」
やはり……
「足が8本あるのは?」
「ああっ、あれか! あいつは気持ち悪いな! 人よりも大きい蜘蛛を見たのは初めてだぞ! あぁ……思い出しただけでも鳥肌が立つ。科学実験とかで突然変異でもしたのか?」
どうやらスパイダー種は魔族とは思っていないらしい。そしてここで、子供は確信に迫る。
「私は?」
「お前? お前は人族だろ。南の方出身なのか? 日焼けしてんな」
子供は合点がいく。どうやら目の前の人物は魔物を魔族と思っていて、魔族……と言うよりも、魔人族を人族と判断しているのだ。
「それよりもお前、ここで何してたんだ?」
サバイバル勇者は再度子供に対して問いかけた。
「お母さんが病気だから、薬草を取りに来たの」
「薬草? 薬草ってのは傷口に塗ると治りが早くなるアレか?」
「うん」
「手ぶらだな? 今から取りに行くのか?」
「逃げる時に落とした」
そこで腕を組み考え込むサバイバル勇者。それをぼーっと見つめる子供。
そして、思考をやめたサバイバル勇者がポーチから草を取り出した。
「薬草ってのはこれか?」
「そっ、それ!」
「でもこれって傷を治す用だろ? 病気に効くのか?」
サバイバル勇者は自身の経験と、いつの間にか身に付けていた【サバイバル術】というスキルにおいて、手にある薬草が傷口用だというのを理解している。
そういうのもあってかこれが病気に効くとは思えないが、自分の知らない使い方をするのかもしれないと思い至ったので、子供にそう尋ねたのだった。
「効かないの?」
質問を質問で返されたサバイバル勇者は困惑してしまう。だが、子供に知識を求めても致し方がないと思ったのか、とりあえずは危険だから家に帰るように説得を始める。
「薬草……」
「薬草を取りに行っても違うのだったら二度手間だろ」
母親のために“薬草”という名だけを頼りにして探しに来た子供を無下にはできず、サバイバル勇者はひとまず必要な薬草が何なのかをきちんと確認してから取りに行かないと、全くもって意味がないことを説明する。
それを聞いた子供は明らかに落ち込んでしまうが、兎にも角にもサバイバル勇者は家に帰ることを優先させて話を進めていく。
「家は近いのか?」
「あっち」
距離のことを聞いたサバイバル勇者だったが、返ってきたのは方角であった。それは、サバイバル勇者の目指していた西ではなく、南の方角を子供は指し示していた。
「……仕方ない。西ではないが家まで送ってやる」
送ってやると言いつつも、地理のわからないサバイバル勇者は子供に連れられて家まで行くことになるのだった。
そして道中でのこと。
「おじちゃん、助けてくれてありがとう」
子供はサバイバル勇者にお礼を伝えたのだが、サバイバル勇者はそれよりも聞き捨てならないことを指摘する。
「おじちゃんじゃない! お兄さんだ!」
「お兄さん? おじちゃんじゃないの?」
「どこからどう見てもお兄さんだろ!」
「でも、私よりずっと年上だよね?」
「これだからガキは……何で年上を見ると『おじちゃん』と馬鹿の一つ覚えみたいに口にするんだ……」
サバイバル勇者は地球で同じようなことがあったとでもいうのか、吐き捨てるように言った言葉には何やら重みを感じる。それもこれもひとえに大人びた外見が印象的で、老け顔ってわけでもないが若い頃から年相応に見られなかったことが原因だろう。
「まぁいい。お前、名前は?」
「ラズベリー。おじちゃんは?」
「おじっ――! ……ふんっ、俺はジョンだ。あと、俺のことは『お兄さん』と呼べ。『おじちゃん』と呼ぶな」
「わかった。ジョンおじちゃん」
「――っ! だから『お兄さん』と呼べとっ! わざとなのか? わざとだろっ!?」
ムキになって『お兄さん』を主張するサバイバル勇者ことジョンだが、ラズベリーにとってはそれがおかしく見えたらしい。ラズベリーは楽しそうに笑いながら、しっかりとその手はジョンの手を握っていたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
やがて辿りついた小さな村にて。ジョンはラズベリーに引っ張られ、家へと案内される。道中でだいぶジョンと打ち解けたのか、ラズベリーに迷いはない。
だが、魔大陸でも奥地にあった魔人族の村に人族が来たとして、ジョンは好奇の視線や警戒心の強い視線、はたまた敵対するような様々な視線に晒されていた。
そのような中でもジョンが揉め事なく歩けているのは、ひとえに魔人族のラズベリーが手を引いて歩いているからだろう。更には、ジョンが武器などを所持していないことも起因するかもしれない。
そのような背景があることにも気づかず、ラズベリーは我が家をジョンに紹介する。
「ここが私のおうち」
「普通だな」
ジョンの目の前にある案内された家は、木を素材にして家屋を建てているのか見た目はログハウスそのものだった。目の前に限らず辺りの家は全てその建築様式だが。
そして、ラズベリーに連れられてジョンが家の中の1室に入ると、ベッドにて伏している女性の姿が目に入る。
「お母さん、ただいま!」
帰宅した娘の声を聞き、身を起こしてラズベリーを迎えようとした母親は、視界の中にジョンの姿を収めると固まってしまい、二の句が告げられなくなってしまう。
「ゴホッゴホッ……ラ……ズ…………」
それを見たジョンは目を見開いている母親と視線が重なり、『知らない男が突然来たら驚くよな』と、割かしこういうことには慣れているのか、意外と平静を保っている。
そのような状態である母親の近くに駆け寄ったラズベリーは、ジョンのことを紹介する。相変わらずジョンを呼ぶ時は『ジョンおじちゃん』のままだが。
そのジョンはジョンでラズベリーから『ジョンおじちゃん』と呼ばれ、とても訂正したい気分に陥ってしまうが、人様の家でラズベリーを怒るわけにもいかず、苦虫を噛み潰したような顔でグッと堪える。
それから、拙いラズベリーの説明に代わりジョンが細部を補足していく。
「初めまして。実は、かくかくしかじかで――」
「まあ。それはそれは、うんぬんかんぬん――」
すると、母親はラズベリーの命の恩人に感謝の意を示していたが、大人の会話はラズベリーにとってつまらないようであり、その話の最中に割り込みをすると本題について問いかけるのだった。
「ジョンおじちゃん! 薬草!」
「おまっ――! ……おほん、ラズベリー。いい加減『おじちゃん』と言うのをやめないか。やめないと薬草の件は聞かなかったことにする」
つい、「お前」と言いそうになったジョンは、とても大人げない交渉を持ち出すと、ラズベリーに対し何がなんでも「おじちゃん」呼びを止めさせようとする。
そしてそれを言われたラズベリーは、渋々といった感じで「おじちゃん」呼びを止めることになるのだった。
「……ジョンお兄ちゃん、薬草」
ジト目を向けながら再度催促をするラズベリーに対し、ジョンは母親に尋ねてどういう症状が出ているのかを確認していく。すると、母親が言うには「頭がぼーっとしてガンガンするし、咳が止まらない」というもので、それを聞いたジョンは楽観的思考で『ただの風邪では?』と、結論を導き出していた。
「風邪薬はないのか?」
ラズベリーにそう尋ねたジョンだったが、それを聞かされたラズベリーは首を傾げる。
「かぜぐすりって何?」
「…………は?」
ジョンはしばらく固まってしまうが、子供だから知らないのだろうと思い母親に同じことを尋ねるも、返ってきたのはラズベリーと同じ内容だった。
「いやいやいや、風邪薬だぞ? 風邪薬!」
「「…………?」」
ジョンがどれだけ主張しようとも、2人の反応はキョトンとしたものから変わらない。
「ま……マジで知らないのか……」
ジョンが額に手を当てて天井を仰ぎみると、不意に手を額に当てたことによって対処療法を思い出す。
「とりあえず……お母さんの名前は?」
「ラバスです」
「ラバス、ちょっとおでこを触らせてくれ」
「え……? ええ」
いきなりおでこを触りたいと言い始めたジョンの言葉に、ラバスは一瞬戸惑ったものの、特に減るものではないので了承すると、ラバスのおでこを触ったジョンは『やっぱり風邪じゃねぇのか?』と、熱くなっているラバスの体温にそう感じ取るのだった。
「風邪だな」
「風?」
ジョンの出した結論にラバスは窓を開けていただろうかと、そちらへ視線を向けてみるが、当然のことながら開けた記憶がないので窓は閉まったままだ。
そして、どうにも言葉の内容に食い違いが発生しているのだが、ジョンは全く気が付かずにラズベリーに対し、桶に入れた水とタオルを用意するように伝えると、ラズベリーはよくわからないが言われた通りに用意するのだった。
それからはジョンの現代知識が活躍し、身を起こしていたラバスをベッドに再度寝かせると、首に水で濡らしたタオルを当てて安静にするように伝えた。
「ラズベリー、これからラバスのタオルがぬるくなったら、その都度水で濡らして置き直すんだ」
「うん!」
「あの……これはどういった……?」
今されている奇妙なことが何か意味があるのかわからないラバスは、困惑しながらジョンに尋ねると、ジョンは濡れタオルの効果を説明していく。
「ひんやりしてて気持ちいいだろ?」
「はい」
そして、ジョンを見つめたまま続きの言葉を待つラバスと、何も言わないジョンによって沈黙がこの場を支配する。
やがて、沈黙に耐えかねたラバスがジョンに尋ねる。
「…………あの、それだけですか?」
ラバスとしてはジョンの施した濡れタオルの効果が、ただひんやりして気持ちいいだけなのでいまいちピンときていない。説明をしないジョンのせいで当たり前ではあるが。
「難しいことを聞いてもわからないだろ? なんせ、風邪薬がわからないんだからな」
「風薬……?」
やはり食い違いにより何か勘違いをしているラバスだが、その勘違いによって窓を開けた方がいいのだろうかと思ってしまう。しかしながら、今までにも窓を開けていたこともあったので、ジョンの言う“風薬”の意味がよくわからない。実際にはジョンが言ったのは“風邪薬”だが。
「とりあえず、旦那が帰ってきても面倒だから俺は出ていく」
ジョンは一家の大黒柱が帰ってきてから、無駄な面倒事に巻き込まれたくないと思って言ったのだが、ラバスから返ってきたのは思いもしないことだった。
「主人は狩りの最中に魔物から襲われて亡くなりました」
とても気まずい雰囲気がお互いの間で流れていると、ジョンはとりあえずありきたりの言葉を告げることにしたようだ。
「それは……すまない。配慮が足りなかった」
「いえ……初めて会ったのに主人が亡くなっているかどうかなんて、普通はわかりませんから。それに、もう心の整理はついていますので」
不幸な話によってどことなくしんみりしてしまった雰囲気が、暇を持て余していたラズベリーによって壊される。
「ジョンお兄ちゃん、薬草がまだだよ」
「お前は強いな」
ジョンはラバスとラズベリーの父親が亡くなっていた話をしていたのに、それを気にもせず薬草の話をするラズベリーに感心していたが、ラズベリーはジョンの告げた言葉の意味がわかっていないようだ。
「私が強かったらあの時に逃げてないよ」
ダークゴブリンから逃げていた話を始めてしまったラズベリーに対し、ジョンは苦笑いを浮かべる。
それからジョンは、ダイニングテーブルを作業場所として借りたい旨をラバスに告げ、ラバスは何をするのかを尋ねた後にそれを了承するのだった。
そして、ジョンはラズベリーにラバスの看病をしておくように伝え、自分は部屋から出て行き、作業場所としてのダイニングテーブルに向かうのであった。
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