第584話 九十九の進化と百鬼にお灸

「《MSミートソーススパゲティダークネス》!」


 そう声高に口にしながら敵を蹴散らしているのは、【闇黒魔法少女ダークネスマジカル】に変身したモモこと九十九である。


「ぬるい、ぬるいぞキングども!」


 先程から九十九の独り舞台により、数々のオークキングが倒されていくが、あまりの手応えのなさに九十九は不満を感じているのだった。


「これでは新必殺技の《グラタン風MSミートソーススパゲティダークネス》が、お披露目できないではないか!」


 だが、そのような九十九に転機が訪れる。それは別の現場からドッカンドッカンと鳴り響く爆音がきこえてきたからだ。


「ん? 何だ?」


 ケビンがまた何かしているのかと思った九十九が音のする方へ視線を向けると、その音の原因を見てしまい雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


「なっ――!?」


 その九十九の視線の先では、【オクタ】のメンバーがロケットランチャーをぶっぱなしている最中なのだ。


「ズルい! ロマンは共有するものだろう!」


 思い立ったが吉日と言わんばかりに動き出そうとした九十九だったが、目の前で唸り声を上げるオークキングが、よそ見をしている九十九に斬りかかる。


「邪魔だ、ゴミ!」


 だが、《闇黒剣ダークネスソード》となった魔法のステッキにより、ゴミ呼ばわりされたオークキングは為す術なく細切れにされてしまった。オークキングにとっては全くもって理不尽であり、『解せぬ……』と言ってしまいそうである。


 それから現場を離れた九十九は、恋人と一緒にミニガンを撃っているあずまのところへすぐさま駆けつけた。


「正信! 私とお前の仲でありながら、どうして私にはロケットランチャーがないんだ! ロマンを独占する気か!」


「うっ……そういうつもりではないのでありますが、如何せん生産数が追いついていないという現実が立ち塞がりまして。小生としても使いたいのは山々なのですが、そこは我慢して親友たちに譲ったという次第であります」


「そこは何としてでも私に使わせるべきだろ! まさか正信はほ〇らたんの降臨を邪魔するつもりなのか!?」


「なっ――!」


 その瞬間、あずまは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


「近代兵器は魔法少女である私が使ってこそ、絵面的にも映えるというもの! おあつらえ向きに私の衣装は黒がベースだ! ここでほ〇らたんにならず、いつなると言うんだ!」


 九十九の熱意溢れる主張により、あずまはその場で膝をついて項垂れてしまう。


「しょ、小生……誰よりもオタクであることを自負していたというのに……オタク歴3年のもも氏に気付かされるとは……何たる不覚っ!」


 そのようにして落ち込むあずまの肩に九十九が手を乗せると、優しい口調で語りかける。


「正信……オタクに日数など関係ない。関係あるのはそこへかける情熱があるかないかだ」


「くっ……」


 九十九によってオタクがオタクたる所以を思い出させられてしまい、あずまはガバッと顔を上げると同時に感涙の雫をこぼした。


もも氏っ!」


「さあ、一緒にオタろうではないか」


 穏やかに微笑む九十九の顔を見たあずまは、闘志を奮い立たせて立ち上がると、ケビンから特別に創ってもらったトランシーバー型魔導通信機を懐から取り出した。


「オール ステーション ディス イズ マサノブ。カムバック ヒア オーバー」


「ディス イズ トモヤ ラジャー」

「ディス イズ シスイ ラジャー」

「ディス イズ ソウスケ ラジャー」


 そして、通信が終わると鳴り響いていた爆音もやがて止まり、集合した【オクタ】のメンバーが一同に介する。


「して、何事でござるか?」


「小生は自分のオタク道にあぐらをかき、傲慢だったのであります」


 懺悔のように語り出すあずまによって、理由を知らない面々は意味がわからないといった表情をする。そして、未だに1人でトリガーハッピー状態のいちじくを見てしまい、同じく意味がわからないが放っておくことにしたようだ。


 それから語られるあずまの話によって、一同はあずまが何故いきなり集合をかけたのかを知るのだった。


もも氏は凄いでごわす!」

「自らその発想に至るとはオタクの鏡ですぞ!」

「近代兵器を扱う魔法少女……まさにほむほむ降臨でござる!」


「ふむ、理解してもらったところで、そのロケットランチャーを受け取ろうか」


「「「承知!」」」


 そう言って九十九に渡したのは、あずまにのまえの攻撃手段である近代兵器。【オタ134改】、【RPGーオタ改】、【オタ202改】の3種だ。


「ん? 【オタ134改】もなのか?」


もも氏、ここまで来たらとことん行き詰めるであります」


「では、これらは大事に使わせてもらおう。私の勇姿を見ておくといい」


「「「「バッチリと!」」」」


 こうして九十九はあずまたちから近代兵器を受け取ると、敵の所へは向かわずケビンの所へ向かうのだった。


「おや? ケビン氏の所へ行ったでありますな」


「ロケットランチャーを2丁構えるとミニガンが撃てないでごわすから、オートモードにしてもらうのでは?」


「おおっ、小生としたことが、人の腕が2本しかないことを失念していたであります!」


「それはそうとして、拙者と百武ひゃくたけ殿はいいでござるが、2人はどう戦うでござるか? 武器は【オタ202改】が1丁残っているだけでござる」


 猿飛の抱いた懸念に対して、あずまはドヤ顔でそれに答える。


「こんなこともあろうかと」


「「「まさかっ!?」」」


 そして、あずまがマジックポーチから取り出したのは、かつてケビンとにのまえの合作で作り上げた魔法の白手袋だ。


「小生はこれより大佐になるであります!」


「では、某は別の魔法が刻まれた白手袋を使うでごわす」


「拙僧も使いたいですぞ!」


「拙者もでござる!」


 こうして【オクタ】の男子メンバーたちは、またワイワイガヤガヤと新しい玩具の実戦投入に沸き起こるのであった。


 その頃、ケビンの元に辿りついた九十九は、ケビンに対しオネダリをしていた。


「旦那様、時間を止める盾をくれ!」


「…………は?」


 突然来たかと思えば開口一番そう言ってのける九十九によって、ケビンは全く話についていけない。


 そのような呆気に取られているケビンに対し、九十九はこんこんと熱く語っていき、何故それが必要なのかを説明していく。


「あぁぁ……オタたちの影響か……」


「な? いいだろ、旦那様?」


「あれは確か装着型だったよな?」


「ああ、左腕だ!」


「まぁ、創るのは別に構わないけど、使用には注意しろよ? 時空魔法は燃費が悪いからな。ステッキに仕込んである魔法みたいにばかすか使えないぞ」


「わかった!」


 それからケビンは妻である九十九の願いを叶えるために、装着型バックラーを創り上げてしまう。


「ちょっと装備して、シールドの裏にあるボタンを押してみろ」


 そう言われた九十九が素直にバックラーを装備すると、シールドの裏にあるボタンを押してみた途端、九十九が光に包まれる。


 そして、その光が収まれば九十九の魔法少女スタイルは、黒いカチューシャを頭につけ、黒いインナーの上に白いコートとリボン、そして下はプリーツスカートにアーガイル柄タイツといった、完全にコスプレ仕様となってしまった。


「完璧じゃないか、旦那様!」


「思いのほか上手くいったな。シールドの時間停止効果は10秒、対象指定型で対象の半径50メートルが効果範囲だ。あまり無茶はするなよ」


「わかってる! 愛してるぞ、旦那様!」


 こうして九十九はオネダリの結果、新しい玩具を手に入れたので意気揚々と戦場に向けて駆け出していくのだった。


 そして、元の現場に到着した九十九は、早速新しい玩具の性能実験を行うため、テンションアゲアゲでオークキングを挑発する。


「待たせたな、オークキングども! 今の私はちょー無敵だ! 貴様らなんぞ、木っ端微塵にしてくれる!」


「抜かせ、矮小なる家畜風情が! 俺様の苗床にしてくれるわ!」


「ん? 何だお前……喋れるのか? 他のやつは『グギャー』とか『ガギャー』としか言わなかったが」


「そこら辺の新参どもと一緒にするでないわ!」


「まぁいい。どっちみちお前の苗床になる気はない。この身も心も全て愛する旦那様のものだからな。お前の入る余地はない」


「くだらん! 家畜は家畜らしく苗床になってろ! 行け、部下どもよ!」


 イキり立つオークキングの合図によって、控えていたジェネラルやナイトが九十九に対して一斉に襲いかかる。


「フッ……《時よ止まれ》」


 すると、九十九の装備するシールドの中心部のギミックが開き、オークキングを中心とした半径50メートルの一切合切が、静止画を見ているかのような光景となる。


「キタコレー!」

「ケビン氏の所へ行ったから何かと思いきや、完全再現を目指していたでごわす!」

「見た目に飽き足らず効果までもが再現されているですぞ!」

「しかも、デ〇オのようでござる!」

「『WRYYYYYYYYYY――――ッ』ってするの? しちゃうの!?」


 いつの間にかトリガーハッピーから脱したのか、いちじくあずまたちと一緒にはしゃいでいて、【オクタ】の一部メンバーは熱狂に包まれていた。


 そのような中でも、九十九は制限時間があるためにロケットランチャーをどんどんと撃ち込み、ミニガンを乱射していく。その全ての弾はナイトやジェネラルたちの前で止まり、物理法則からは逸脱していた。


「時は動き出す……」


 そして、決めゼリフとともに九十九がキリ顔を見せると、シールドのギミックが閉じたのと同時に止まっていた弾が再稼働を始めて、魔物の群れに突き進んでいくのだった。


 それにより爆音が一斉に鳴り響き、攻撃を受けた魔物たちは九十九の宣言通りに木っ端微塵と化す。


「な、何だ?! 何が起こった!?」


 爆発の余波を受けたのか、それともミニガンの弾丸を浴びてしまったのか、オークキングは血を流しながらも起きたことを認識できていない。そして、混乱のさなかにあるオークキングに対して、九十九は勝ち誇った顔で言葉を口にする。


「どうした、キング。頼みの綱の手下は木っ端微塵になったぞ?」


「き、貴様ぁ……家畜の分際でいったい何をした!」


「何だかんだと聞かれても、お前に答えてやる情けはないな……フッ……」


「貴様ぁぁぁぁ!」


 そして、怒り狂ったオークキングが九十九に襲いかかる。だが、九十九は空気を読まず……いや、オタたちの空気を読んで再び時を止めると、斬り結ぶという熱い戦いはせずに、近代兵器でオークキングを地に沈めた。


 その後も九十九は、魔力の続く限り新しく手に入れた力で並みいる魔物たちを倒していき、1人で無双しながら戦い続けるのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 九十九が新しい力で魔物と戦っている頃、別の場所ではその姿に呆れている者たちがいた。


ももさん、はしゃいでいるね」

「見たことある格好だよ」

「趣味全開」


 それはケビンの前世で姪という親戚筋だった三姉妹だ。


ももさんって羞恥心とかないの?」

「おにぃからしてみれば、コスプレしてくれる奥さんって重宝しそうだよね」

「楽しんでるし、羞恥心はないはず」


 そのような会話を続ける三姉妹だが、敵はきっちりと倒している。


 精霊や使役した魔物、召喚した魔物という他力本願だが……


「おねぇ、サラマンダーの数が減ったよ」


「えっ、それじゃあ追加でお願いしてみるね」


「ねぇ、シルちゃんたちを回復して」


「それなら先に回復をお願いするよ。光の精霊さん、シルちゃんたちを回復してください」


 サラマンダーの数が減ったということで追加しようとした結愛ゆあだったが、シルちゃんことシルバーウルフの群れが怪我をおっているので回復を優先させると、前線で戦うシルバーウルフたちは光に包まれていき、傷が見る見るうちに塞がっていく。


「それじゃあ、火の精霊さんに再度お願いを……」


「おねぇ、それよりも雷の精霊の方がいいんじゃない? ビリビリ攻撃の方が動きを鈍らせると思うよ」


「それもそうね。雷の精霊さん、力を貸してください」


 祈る結愛ゆあの願いを聞き届けたのか、何もない空間から雷を纏ったサンダーバードが多数現れては、キングたちへと殺到して戦闘を開始する。


 キングたちは今まで陸上からの攻撃に注視していれば良かっただけのはずが、サンダーバードによる空からの攻撃も加わったことにより、巻き返していた戦況を覆されるのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 また別のところでは、何の苦労もなく九鬼が無敵と無双しており、相変わらず討伐数の勝負を行っている。そして、一緒に戦っている十前ここのつは、安定感のある働きを見せていた。


「おい、いつまでこいつらは湧いてきやがるんだ」


「少々飽きてきたな」


「そんなの知るかよ。ケビンさんに聞いてくれ」


 殺しても殺しても森から出てくる魔物たちを相手に、無敵がうんざりしていると、十前ここのつがそれに同意し、九鬼はケビンに丸投げするのだった。


 それらの戦いを、後方から指示を飛ばす勅使河原てしがわらが眺めていると、勅使河原てしがわらもまた終わりの見えない戦いにうんざりとする。


「数の暴力とは、よく言ったものですわ」


「今日中には終わりそうにないね」


 勅使河原てしがわらの傍に控える弥勒院みろくいんも終わりのない戦いにうんざりしているのか、元気なく相槌を打っている。


 せめて、ケビンの嫁たちが本格的に戦いへと参戦すればまた違ったのだろうが、ケビンからの指示は“勇者たちが死なない程度の支援”であり、勇者たちに経験を積ませているケビンの意向を尊重しているのである。


 それからも戦い続ける両軍は、夕刻が差し迫ると再びケビンからの介入により強制中断させられることになってしまい、この日の長かった戦いを終えた。


 その後は、ケビンが初日を無事に乗り越えた勇者たちを集合させて、労いの言葉をかけていく。


「お疲れさま。今回は魔物という相手だったが戦争はどうだった?」


「……疲れましたわ」


 ケビンからの問いかけに答えたのは、本当に疲れきった顔をしている勅使河原てしがわらである。


 勇者たちは軍とは違い人数が少ないことから、ある程度落ち着いたところでケビンの嫁たちの手助けを受けながら、ローテーションを組み小休憩を挟んでいたとはいえ、ぶっ通しで戦っていたのだ。疲れてしまうのも致し方がないとも言える。


「明日はまだマシだろうが、敵が魔物の補充をしたら今日と一緒だな」


「魔物の補充がありますの!?」


 “魔物の補充”という部分に反応した勅使河原てしがわらが驚愕すると、他の勇者たちも同じように驚愕し、ケビンはそのような者たちに現実的なことを告げる。


「“ない”と考える方がおかしいだろ。兵士とかと違って魔物なんかそこら辺にいるんだから、大数は揃えられないにしても簡単に補充できるだろ? 腹が減れば共喰い、数が減れば現地調達かゴブリンやオークを使い増殖。楽観視していると足元をすくわれるぞ」


 ケビンの言葉を聞く勇者たちは言葉を失う。ただでさえ延々と続いた魔物との戦いが、下手をしたら明日も同じようにあるかもしれないと告げられたのだ。


「ケビンさんはバシッと敵の指揮官を倒すとかしてくれませんの?」


「やろうと思えばできるが、それを仮にやったとしたら、残ってる魔物が指揮系統を失って彼方此方に散らばるぞ? それら全てに対応できるのか?」


「し、しかし、今の閉じ込めた状態でケビンさんが根こそぎ殲滅したら、その心配もなくなるのではなくて?」


「俺に森林破壊をしろと? イグドラに住む人の恨みを一身に背負えと?」


「うぐっ……」


 ケビンの言う通りで、魔王軍は身の隠せる森林を拠点としており、これがまた殲滅に時間のかかる原因ともなっていた。たとえ追撃をしようにも国境を越えることになり、そこは魔王軍との戦時中でもあることから大目に見てもらえるが、見通しの悪い森林に軍を投入するのは戦術上憚られるのだ。


「まぁ、魔物の数さえ減ってしまえば、後ろでコソコソと隠れている奴も出てくるだろ。そこまで悲観することもない」


「魔族……」


「か、もしくは魔王かもな。もしかすると両方かもしれないが、それはその時になってみないとわからない。とにかく今日はお疲れさまってことで、あとは野営の準備でもして体を休めろ」


 それから解散した勇者たちは、各々で持ち寄ったテントを張りながら野営の準備に取り掛かったが、その勇者たちはあるものを見てしまい愕然とする。


「お、おい……」

「アレって……」

「家か? 家なのか!?」


「う……嘘よね……?」

「ロ、ログハウス……」

「この格差はいったい……」


 自分たちの張っているみすぼらしいテントとは違い、勇者たちが目にしたのはケビンが野営時に使用する【携帯ハウス】である。そして、その恵まれた環境に反応するのは、女子力を失っていない女子たちだ。


「「「「「ケビンさん!」」」」」


「なに?」


「その中は普通の家なんですか!?」

「キッチンとかお風呂とかトイレとかあるんですよね!?」


「そりゃ家なんだからあるに決まってるだろ」


「「「「「使わせてください!」」」」」


「何で?」


「お風呂に入りたい!」

「血がこびりついたままなんて嫌なんです!」

「魔物の匂いが取れないんです!」


「桶に湯でも張って、タオルで拭えばいいだろ。それが野営の常識だ」


「目の前の非常識を見せられたら、常識に戻れません!」


 それからどうしたもんかとケビンが考えていると、珍しく九十九が女子たちを援護した。


「旦那様、使わせてやればよいではないか。頑張ったご褒美というやつだな」


「彼女たちが使えば、俺たちが使うのが遅くなるぞ?」


「私は別に構わないぞ。だが、ここはお義母さんに意見を聞くべきだな」


 そう言って九十九がサラに視線を向けると、サラはニコニコと微笑みを浮かべてそれに答えた。


「私は構わないわよ。同じ女性として気持ちはわかるもの」


「母さんがそう言うなら……」


 ケビンがそう結論づけると、オネダリした女子たちの表情は明るいものとなり、対して今まで黙っていた男子たちは暗い顔となる。


「お前たちにも貸してやる。露天風呂だがな」


「「「「「露天風呂!?」」」」」


「ああ、さすがに女子が露天風呂を使えないだろ。覗かれる心配とかあるだろうし、お前らなら覗かれたってどうってことないだろ?」


「「「「「よっしゃあぁぁぁぁ!」」」」」


 思ってもみなかったことに対して喜びの声を上げる男子たちに、ケビンが釘を刺すように条件をつけた。


「ただし! 魔物の処理を終わらせてからだ。本当なら俺がやる予定だったが、風呂を貸すんだからそれくらいの奉仕作業はしてもらう。素材はお前たちの好きにしていいぞ。臨時収入としてガンガン解体していけ。廃棄する分は確実に燃やし尽くして、仮に骨が残ったら砕け。寝ている時にアンデッドやスケルトンに襲われたくないだろ?」


「「「「「サー、イエッ、サー!」」」」」


 男子たちは露天風呂に入れるのがよほど嬉しかったのか、疲れていたはずなのに戦い始める前以上に元気になって、死屍累々の魔物の所へ駆け出していく。


「ケビンさん、私たちはしなくてもよろしいんですの?」


 男子たちが奉仕活動をするとあってか、同じくお風呂を借りる女子たちの中から勅使河原てしがわらが疑問を口にした。


「俺たちが風呂を使う時間が遅くなる」


「先に入っていただければ……」


「風呂上がりで飯を食いながらゆったりとしているところに、お前たちは汚れた格好で通っていく度胸があるのか?」


「……ありませんわ」


「それなら麗羅たちはさっさと風呂の準備をして、可能な限り汚れを予め落としてから家の中に入ってくれ」


「わかりましたわ」


 そうケビンに返事を返した勅使河原てしがわらは、女子たちの方へ振り返ると言われた通りのことをするため指示を飛ばす。


「さあ、みなさん。まずは装備を外して身軽になったら、お風呂の準備をしてからこの場に再集合ですわ! ケビンさんの家にお邪魔するのですから、服についた泥や靴の裏の泥をしっかりと落としてから向かいましてよ!」


「「「「「はい!」」」」」


 そして、女子たちがバラけていくと、ケビンは男子たち用に【携帯浴場】を設置して、他には男女別の【携帯トイレ】を設置すると嫁たちとともに家の中へ入っていく。その後は、女子たちがわんさかやってくる予定なので、とりあえず家の中を拡張してから嫁たちとのんびり過ごすことにしたのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ちょーヤバかったし! 檜風呂とかセレブじゃね?」


 そう言って騒いでいるのは百鬼なきりである。よほどケビンの作った檜風呂もどきがお気に召したのか、リビングのソファに腰掛けて何故だかくつろいでいる。


夜行やえちゃん、そろそろ帰らないとご主人様に怒られちゃうよ」


 そう言ってオロオロとケビンの顔色を窺いながら、百鬼なきりに帰ろうと促しているのは千喜良だ。


 実は女子たちがお風呂の使用を終わると、ケビンたちがその後に使ったのだが、お風呂から上がってみればソファでくつろいでいる百鬼なきりたちを発見したのだ。しかも、勝手に冷蔵庫を開けたのか、飲み物をセルフで飲んでいる姿でだ。


 ちなみに、千手はケビンがお風呂から上がってきたところで、飲み物をいただけるかお伺いを立てており、それに千喜良もきちんとケビンに許可を取っている。堂々と勝手に飲んでいたのは百鬼なきりだけだった。


「あっ、そうだ! ケビンに渡すものがあった」


 思い出したかのようにして百鬼なきりがソファから立ち上がると、ケビンがくつろいでいるダイニングテーブルに近づく。


「ケビン、これ借金返済用だし、ちょー稼げた感じでウハウハっしょ!」


 そう言って百鬼なきりがテーブルに金貨を10枚置いた。


「休憩時間でこれだけ稼いだのか?」


「それは私の取り分だし。稼ぎは3人で山分けした感じ」


「そうか。だがな、夜行やえ。残念なことに夜行やえの身分が1つ追加されたぞ」


「身分って何だし?」


「犯罪奴隷だ」


「…………へ?」


 ケビンに言われたことに理解が追いつかないのか、百鬼なきりはポカンとしている。


「人の所有物をその人の許可なく勝手に飲み食いし、更には所有者がその場にいなかったとなれば、言い訳の余地なく完全に窃盗罪だ。ちなみに終身奴隷となる」


「…………は?」


 やはり理解が追いつかない百鬼なきりは、口を開けたまま固まっている。


「せめて、俺の国でやってれば刑期が定められていたんだがな。残念なことにここは他国だ。俺の力が及ばなくてすまない、許してくれ」


 全然心にも思っていないことを口にするケビンだが、再起動を果たした百鬼なきりが猛反論を始めるのだった。


「ちょ……いやいやいや、うちは飲み物を飲んだだけだし! 飲み物を飲んだだけで終身の犯罪奴隷とかありえないっしょ!」


 百鬼なきりが助けを求めるかのようにして千手や千喜良を見るも、その2人は可哀想な者でも見るかのような視線を百鬼なきりに向ける。


「私はちゃんと言ったわよね? 『やめておきなさい』と」


「私もちゃんと忠告したよ。ご主人様に飲んでいいか聞いた方がいいって」


「う……嘘だよね? うち、犯罪者じゃないよね?」


 泣きそうな顔で親友2人を見る百鬼なきりだったが、その2人は視線を逸らした。


「ケ……ケビン……ケビンさん……ケビン様……う、うち……どうなるの?」


 犯罪奴隷と言われたのが相当ショックだったのか、百鬼なきりがビクビクとしながら質問すると、ケビンは犯罪奴隷の仕事を伝えるのだった。


「犯罪奴隷は一般的に鉱山送りとなって、過酷な環境下でタダ働きだ。もしくは使い道があったら、奴隷商で売りに出される。夜行やえの場合は見た目がいいから、性奴隷という使い道が選択されるだろう」


「え……」


「貴族たちがこぞって金を積みそうだから、オークションに出されるかもな。そして、でっぷりと肥えた変態貴族に買われて、死ぬか飽きるまでずっと性奴隷だ」


「や……やだよ……うち、うち……遊んでるように見られるけど、好きな人としかしないって……初めてが変態貴族なんてやだよぉ……」


 変態貴族にでも買われてしまうのを想像したのか、百鬼なきりはぐずり始めてしまう。


「マジか!? 夜行やえは処女だったのか! これはオークションで高値がつくぞ。貴族ってのは穢れを嫌う傾向にある処女好きで、更には異世界勇者という希少性! 金持ち貴族たちが競り落とすのに躍起になるぞ」


 そこまで伝えたケビンによって、とうとう百鬼なきりはその場で崩れ落ち、本格的にわんわんと泣いてしまった。


「ケビンさん……」

「ご主人様……」


 親友が泣き出してしまったので、千手や千喜良がケビンにどうにかならないかと視線を向けるが、大袈裟に窃盗罪や犯罪奴隷と言われても、確かに許可なく飲み物を飲んだことも事実なので、庇いたくても庇えないという気持ちが心を占める。


 だが、そのような時にサラが口を開いた。


「ケビン、その辺にしておいたら? この子を買う金持ちなんてケビン以外いないわよ」


 そう言うサラの言葉が疑問に思ったのか、状況を見守っていた結愛ゆあがサラに問いかける。


「どういうことですか、お義母さん」


「この子はケビンの借金奴隷でしょう? つまり、奴隷商人に売ることにしたとしても、まずはその奴隷商人が、この子の借金をケビンに支払わなければならないのよ。そして、商品として売る時に、その借金分を売却価格に上乗せするの」


「価格が高すぎて貴族が誰も買わないってことですか?」


「それもあるけど、その前に奴隷商人が買わないのよ。どのくらい返済が済んでいるかわからないけど、当初は大金貨50枚でしょう? とてもじゃないけど割に合わないわ」


「割に合わない?」


「確かにケビンの言う通りで異世界勇者という希少性の上に処女なら、もしかしたらどこかに買える人がいるかもしれない。だけど、奴隷に大金貨を大量に積む人の話なんて聞いたことがないし、売れない可能性が高い商品を買っても奴隷商人が損をするだけなのよ。マリーはそんな取り引きって聞いたことがある?」


「私はオークションに参加したことがないからわからないけど、大金貨を大量に積むということになると、買い手は王族関係か、もしくは侯爵か辺境伯辺りじゃない? でも、奴隷遊びが好きな大貴族ってこの辺りじゃ聞かないわね。もちろん王族は論外よ。ヴィクトールはそんな無駄遣いをしないもの」


「じゃあ、健兄は何であんなことを言ったの?」


 そこで話を振られたケビンが、ずっと思ってる百鬼なきりの危険性について語っていく。


夜行やえは気の知れた相手なら、図太い神経の持ち主だろ? あと、考えなしだ。このまま自立したとしたら、必ずどこかで失敗して奴隷になって売られている未来が簡単に想像できる」


 ケビンのオブラートに包まない百鬼なきりの評価に対して、結愛ゆあは素直に頷けないせいか苦笑いで返す。


「そういうことがあるかもしれないから、今回のはちょっとした予行演習という名のお仕置きだな。本人には良い薬になっただろ」


 そこまで言ったケビンが立ち上がり百鬼なきりの前でしゃがむと、頭に手を乗せて諭すように伝える。


「もうこれに懲りたら行動する前にちゃんと頭を使えよ? 使ってもわからない時は、奏音かのんの言う通りにしろ」


「……ぐずっ……うち……売られない? ケビンに捨てられない?」


「売らないし、捨てない。もったいないだろ、せっかく手に入れた可愛い奴隷だってのに」


 ケビンから売られないと言われて安心したのか、百鬼なきりはケビンに抱きつくと謝り始めた。


「ごめんなさい! うち、もうケビンのもの勝手に飲まないし、食べない! ちゃんとケビンに聞く!」


 その言葉を聞いたケビンは、ふと“食べない”という部分に反応して、『もしかして、俺が知らないだけで何か食べていたのか?』と思ってしまうが、本人が反省していることもあったので、これ以上追い込むような追及をすることはやめようと思い至った。


 そして、百鬼なきりが落ち着いた頃にケビンが「食事を摂ろう」と言い出し、この場にいるついでということでケビンが誘い、千手たち3人も一緒に食卓を囲むことになる。


「これ、美味しいし! ケビン、コックになれるし!」


 美味しい食事によって明るさを取り戻した百鬼なきりがケビンを褒めると、それに反応したのはケビンではなく九十九だ。


「旦那様は既に私のコックだからな。美味しいのは当然だ」


「ふふっ、それならお母さんはケビンのコックね。たまにご飯を作ってってせがまれるもの」


「私も料理を覚えようかしら。食べる側しか経験したことがないのよね」


 サラのケビンからせがまれるという言葉を羨ましく思ったのか、マリアンヌがそう言うのだが、気まずい空気を出す嫁が2人がいる。


「肉が焼ければ充分よね」

「サラダが作れれば充分」


 そう言いつつ気まずい空気を醸し出しているのは、あのプリシラが教育を投げてしまった、壊滅的とまでは言わないが料理の才能がないティナとニーナだ。その2人の得意料理と言えば、ただ肉をそのまま焼くことと野菜をちぎってサラダと言い張る2種類だけなのである。


「ケビン様、私もお料理を覚えた方がよろしいですか?」


「お姉ちゃんもケビンが望むなら料理を覚えるわ!」


「私は作れるから問題ないかなー」


 アリスがケビンの希望を聞き出そうとすると、シーラもそれに相乗りするが、クリスはケビンに作ったことがあるので余裕の態度を見せている。


「主殿への手料理か……それは試してみたくあるの」


「私は食べ専だ! 旦那様のミートソーススパゲティは世界一だからな!」


 そして、クララが手料理に興味を持つと、九十九は食べる専門であると主張して、ミートソーススパゲティの主張も忘れない。


「健兄、私はお料理できるからいつでも言ってね。懐かしの日本料理だよ」

「おねぇのサポートなら任せて」

「サポート専門」


「ケビンくん、私は今お勉強中だからもう少し待ってね」


 そこへ三姉妹も参戦してくると、弥勒院みろくいんは見習い中であることを伝えて、そのうち手料理を振舞おうと意気込む。


「ご、ご主人様が望むなら、私も作るよ?」

「手料理かぁ……料理をするのって調理実習以来よね」

「うちら3人が集まれば凄いのができるんじゃね?」


 そして、最終的にはゲストである千手たちも手料理への意気込みをみせてしまい、食卓は賑わいをみせるのであった。

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