第541話 ゲームの後片付け

 ケビンに一喝された生徒たちが話し合っている中で、怖がる風でもなくケビンに近寄ってきた生徒から質問の声が上がる。


「ねぇ、魔王様」


「何だ、お前は?」


弥勒院みろくいん香華きょうかだよ」


「ふむ。香華きょうかとやら、我に何か用か?」


「魔王様の言う通りにしたらケーキをくれる?」


「ケーキ?」


「うん。ずっと食べたかったけど、麗羅ちゃんが魔王様の所に行っちゃダメだって言うから」


「ケーキが好きなのか?」


「好きー! ケーキって甘くて美味しいんだよ。こっちの世界に来て探し続けたけど1個も売ってないから、ケーキを食べてる先生たちが羨ましかったの」


 よもやこのようなところで生徒会長2号となりそうな生徒が出てくるとは思わずに、ケビンは弥勒院みろくいんを引き込むかどうか真剣に悩み始めてしまう。下手をすれば生徒会長みたいに、口を開くたび『ケーキ!』と言われかねないからだ。


 そのような後顧の憂いがある以上ケビンはすぐさま回答を出さず、弥勒院みろくいんが生徒会長予備軍かどうかを判断するために質問をすることにした。


香華きょうかよ。ちなみに、ちなみになんだが、生徒会長の行動はどう見えた? ミートソーススパゲティを探す旅しかしていなかったようだが……」


「うーん……生徒会長にこう言うのはいけないことだけど、節度を持った行動をしないと生徒会長とは言えないかなって……」


「合格! 香華きょうか、我のところに来い! ケーキをご馳走するぞ!」


 ケビンの質問に対して良識的な回答をした弥勒院みろくいんのことを、ケビンは生徒会長2号になることはないと判断してしまうと、すぐさま回答を行いケーキを与える口約束をしてしまう。


「やったー! 麗羅ちゃん、ケーキを食べに魔王様のところに行こ!」


香華きょうか……貴女って人は……」


 ミートソーススパゲティの旅をしてしまう生徒会長ほどではないが、ケーキ欲しさに魔王のところへ行くことを決めてしまった弥勒院みろくいんに対して、勅使河原てしがわらはやはり自分がついていないと何をしでかすかわかったものではないと思い至る。そして、弥勒院みろくいんの今後に対し拭いきれない不安が頭をよぎってしまうので、弥勒院みろくいんとともに魔王の軍門に下ることにしたのだった。


 だが、この時のケビンは弥勒院みろくいんの見識を甘く見ていたのだ。弥勒院みろくいんが答えたのは『生徒会長としてどう思うか』であり、大好きなものを追い求める一般人としての回答はしていない。ゆえにケビンが後ほど火を見るのは明らかであり、図らずも大好きなものへまっしぐらの人物をもう1人作り上げてしまったことに後悔するのは、まだ先の話である。


 それからケビンは生徒たちの判断待ちをしている間に、蚊帳の外だった団長たちの処遇を決めることにすると、団長たちの所へ足を運ぶ。


「さてお前らの処遇だが……タダで帰すのも癪だから世界旅行に行ってもらうことにしよう」


「世界旅行……?」


 誰とはなしにそう呟く声が聞こえてくると、ケビンは世界旅行の内容を告げていく。それは、全員をバラバラに転移させていき、世界各地に散らばってもらうという内容であった。


「ちなみにお前らの所持金は没収だ。身一つで旅をしてもらう。お金を持っていたら楽に帰ってしまうゆえ、路銀は地道に稼ぐがよい。《ヒプノシス》」


 そう言うケビンが催眠魔法をかけると、教会を頼ることや道行く人を頼るのを禁止し、自ら稼いだお金のみで旅をするように暗示をかけると、催眠状態を解除する。


「では、我からの贈り物である旅行を楽しむとよい」


 最後にそう告げたケビンは1人1人別々の場所へと転移させていき、この場に残ったのはタイラーのみである。


「あんちゃん、俺は何処に飛ばされるんだ? ってゆーか、俺には催眠をかけてないよな?」


「お主はこのままだ」


「……は?」


「【団長】シリーズのシークレットを手に入れるのだろう? 大いに励むがよい。バングルの件、無敵から話は聞いておる。これは最後まで悪事に手を染めなかったお主へ対する、我からの褒美である」


「マジか……俺を飲んだくれにするつもりかよ……」


「フハハハハ! これからもどんどん帝都に金を落とすのだ!」


 ケビンとタイラーがそのような話をしている中で、勇者サイドの一部の生徒たちは、団長の1人であるタイラーがお咎めなしということに抗議を上げていた。


 だが、そのことについてケビンから説明を受けたら、それなら自分たちにも教えて欲しかったという、相手の立場も考えない生徒たちの主張に対してケビンが一喝すると、生徒たちは納得がいかないまま納得を強要される。


 そのような時に、ケビンに対して恐る恐る声をかけてくる生徒たちがいた。


「あ、あの……」


「何だ?」


「実は――」


 その生徒たちは何を隠そう、居残り組だった小鳥遊、百足ももたり六月一日うりはり一二月一日しわすだの4人であり、魔王サイドに寝返ろうにも皇都に残してきた暫定嫁と子供のことが気になるらしく、1度皇都に戻って連れ出したいとのことだった。


「責任を取るのか? このまま知らんぷりするという手もあるであろう?」


「そんなことはしない! 俺は皇都に帰ったらプロポーズするって決めてたんだ!」


「まさかまさかの死亡フラグ重ねがけですと!?」

「そういえば死んでないでごわす!」

「1回目のフラグはへし折られたみたいですぞ!」

「そもそも拙者たちが相手をしていたので死ぬわけがないでござる」


「「「なるほど!」」」


 小鳥遊の主張に対してあずまたちが騒いでいると、それを聞いたケビンが悪ノリする。


「ふむ、そなたらは死亡フラグを建築したのか……ならば我が殺そう。なに、痛みは一瞬だ。天井のシミでも数えているうちに終わるであろう」


「魔王様直々にフラグ回収をしてしまう件」

「痛みは一瞬なのに天井のシミを数えさせようとする件」

「そもそも外なので天井はない件」

「夜まで待って星を数えるというのはどうでござろうか?」


「「「それだ!」」」


「『それだ!』じゃねーよ! 何で俺たちが死ぬこと前提なんだよ?!」


「死亡フラグを立てたせいだと小生は思いますが、何か?」

「フラグは折るか回収するか二者択一でごわす」

「いやいや、すっかり忘れてしまいスルーというのもありますぞ」

「フラグを乱立すると把握しきれないでござるからな」


 小鳥遊たちとあずまたちがわいわいと騒いでいる中で、ケビンは小鳥遊たちの暫定嫁や子供がどこにいるのか尋ねると、皇都の宿屋にいるということを口にする。


 それを聞いたケビンが【マップ】で皇都内から小鳥遊たちの暫定嫁や子供を検索すると、宿屋ではなく神殿にいることがわかったので名前を伝えて本人かどうかを確かめていき、最終的な結論を伝えるのだった。


「そなたらの嫁たちは教団に捕まって人質になっておる」


「「「「なっ!?」」」」


「恐らく失敗して戻ってきた時に再出発させるための保険であろうな。あとはそなたらを手駒にすることくらいか……都合の悪いことはバングルを使えば、都合のいいことへ変換可能であるゆえ」


「教団相手に戦うぞ!」

「やるしかねぇ!」

「何としてでも助け出す!」

「ぜってぇ許さねぇ!」


「ふむ……嫁や子供を大事に思っているのは真実のようだ。その心意気に免じて我が力を貸そう」


 ケビンが小鳥遊たちにそう告げると、小鳥遊の暫定嫁たちをこの場にサクッと転移させた。


「「「「えっ……??」」」」


 先程まで教団相手に戦おうという意気込みを見せていた小鳥遊たちは、目の前に座り込んでいる自分たちの暫定嫁と子供が現れたことにより、開いた口が塞がらないまま呆然としてしまう。


「シュウトさん……?」

「キョウキさん……?」

「リクさん……?」

「ソウタさん……?」


 それは奇しくも赤子を抱えている暫定嫁たちも同様であり、今まで神殿に囚われていたのに視界が変わったかと思いきや、目の前に愛する人が現れて混乱が後を絶たない。


「これでそなたらの後顧の憂いは取り除かれた。今後はこの魔王の手足となりて汗水流しながら働くがよい」


 一件落着と言わんばかりにケビンが決めゼリフを言ったことにより、その声に反応した小鳥遊たちの暫定嫁たちは、ケビンの姿を見てしまうとその場で悲鳴とともに気を失ってしまうのだった。


「解せぬ……」


「健兄……普通の人がその姿を見たら、そりゃ驚くよ……」

「魔王らしさを見せつけたね……」

「恐怖の魔王……」


「旦那様、いつまでその格好でいるのだ? 私としてはいつものケビン殿の姿の方が好きなのだが」


ももっ、名前を出すな! 俺の名はダークネスシュナイダー・アビスゲートだと教えただろ!」


「あら、ケビンさんはやはりダークネスシュナイダーさんに改名されるのですか?」


「ガブっ、お前もかぁぁぁぁ!」


「麗羅ちゃん、ケビンって生徒会長と無敵君が追っかけしてた人だよね?」


「そうですわね……これで色々と納得がいきましたわ。つまり九鬼君は恐らく……あそこの仮面の方ですわね。髪色は違うようですけど背丈は同じようですし……しかも仮面がどことなく般若の面になっていますから、あれを知るのは日本にいた九鬼君しかいませんわ」


「あれが九鬼君なの? 九鬼君、久しぶりー!」


 生徒会長の発言によりケビンが声を上げ、更なる天然をかましたガブリエルによって、弥勒院みろくいんが“ケビン”という名について記憶していたことを口にすると、勅使河原てしがわらは更にそこから九鬼へと結びつけてしまい、口を閉ざしていた九鬼は頭をフル回転させて抵抗を見せる。


「私はラクシャスです。そのような名の者は知りません」


「あれー? 麗羅ちゃん違うってよ?」


「彼には彼の事情があるのですわ。中二病なんて思われたら精神ダメージが計り知れませんもの。そっとしておきましょう」


 勅使河原てしがわらの優しさが見事に精神ダメージとして九鬼の心を抉ると、それを聞いていた無敵はラクシャスこと九鬼の肩へ手を乗せる。


「……泰次やすつぐ、もういい歳なんだから中二病は程々にな」


「ぐはっ!」


 そこへ空いているもう片方の肩へ十前ここのつがそっと手を乗せた。


泰次やすつぐ、そんなことをしていたら【鬼神】じゃなくて、【中二神】ってあだ名がつくぞ。まぁ、以前みたいに恐れられることはなくなるだろうが」


「がはっ!」


 1番知られたくなかった無敵と十前ここのつに知られたことにより、その2人から友としての優しい言葉をかけられてしまった九鬼は、その場で項垂れてしまい八つ当たりでケビンを責めるのだった。


「ケビンさんが身バレなんかするから、関係のない僕まで巻き添いを食ったじゃないですか!!」


「ふざけんな! 今回のは俺じゃなくて、どう見てもももとガブが悪いだろ!」


「そもそもその2人に身バレしたのはケビンさんでしょうが!」


「身バレしたのはももにだけだ! 教団の奴らは元から魔王がケビンだって知ってんだよ! こいつらが俺を魔王認定したんだからな! 悪いのはこいつらだ!」


「うぅぅ……ケビンさんごめんなさい……」


「あらあら……ケビン、ガブちゃんを怒っちゃダメよ? 結構そのことを気にしているんだから」


「母さんまでっ!」


「ふふっ、もうゲームは終わったんだし、お母さんも早く“ケビン”って呼びたいの……ダメ?」


「はぁぁ……」


 上目遣いにサラから言われてしまってはもう何も言い返せないケビンが、サクッと衣装チェンジするといつもの村人A服装に戻るのだった。


「おお、旦那様! もう遊びは終わりなのか?」


「誰のせいだよ……誰の……」


 1ミリたりとて自分のせいだとは思っていない生徒会長がケビンにそう問うと、ケビンは疲れ果てた声で力なく生徒会長に主張するが、それが生徒会長に通じるかどうかはまた別問題である。


 それから生徒たちは1人を残して魔王サイドに寝返ることを決めたのだが、1人最後まで抵抗を見せていた月出里すだちは無敵が有無を言わさず黙らせてしまい、強制的に魔王サイドに組み込まれてしまう。


「ぜってぇテメェにはケツを振らねぇからな!」


「黙れ馬鹿下。ヤローにケツなんか振られたくもねぇ。それを言うなら“ケツ”じゃなくて“尻尾”だ」


「馬鹿下ぁぁぁぁ!」


「千代、てめぇ!」


「既に三下ですらない馬鹿下に怒鳴れる筋合いはありませーん」


「クソが!」


「ぷーくすくす……語彙力なさすぎー馬鹿下だから馬鹿の下? つまり馬鹿未満? 馬鹿にすらなれないなんて……ぷっ……」


「ぶっ飛ばすぞ!」


「あれあれー? 神官の月出里すだちがアサシンの私に勝てると思ってるの? 後ろからグサだよ、グサ!」


「くっ……」


 口でも能力でも勝てないことを突きつけられた月出里すだちは、悔しそうに地面を蹴ると不貞腐れるのであった。だが、ケビンの制止により水を得た魚のごとく、月出里すだちが息を吹き返す。


「そこまでにしておけ、チェケっ娘」


「う……チェケじゃないし……」


「ぎゃはははは! チェケっ娘、チェケっ娘かよ! 既にチェケラッチョですらねえ! ざまぁ!」


「馬鹿下ぁぁぁぁ、お前がそれを言うなぁぁぁぁ!! それを言ってもいいのはケビンさんだけだぁぁぁぁ!」


「うるせぇ、テメェだっていつも人のこと馬鹿にしてんだろ! チェケラッチョが!」


 月出里すだちと千喜良による低レベルな争いが続いていると、ケビンは溜息をつきつつ千喜良を後ろから抱きしめて、月出里すだちには頭上からの風をぶつける。


「ふえっ?!」


「ぷぎゃ!」


「落ち着け千代。馬鹿下と言い争ったらお前まで馬鹿になって馬鹿代になるぞ」


「はわ、はわわ?! な、名前で呼ばれちゃった??」


「落ち着いたか?」


「む、むむ、無理無理無理! 私が抱きつくことはあっても抱きつかれたのは初めてなの!!」


「おかしいな……俺に抱きつかれると落ち着くらしいんだが……てっきりこれで怒りも治まると思ってたのにとんだ誤算だ。意味がないから離れるか」


「だ、だめ……」


「ん? 意味がないから離れた方がいいだろ?」


「も、もう少しで落ち着きそうなの……」


「やっぱり効果あったのか? 人によって時間差とかがあるのか……? いまいち自分じゃ試せないからわからないな……」


 ケビンが千喜良を抱きしめて落ち着かせようとしていたが、千喜良は絶賛ドキドキ中で落ち着くどころの話ではなかった。だが、ケビンが離れようとすると、何故だか離れたくないという気持ちが押し寄せてきて、落ち着きもしないのに落ち着き始めていると嘘を言ってしまったのだ。


「千代、顔真っ赤になってるじゃん。ケビンに惚れでもした?」


「な、なに言ってるの?! 夜行やえちゃん! そ、それにご主人様を呼び捨てにしたら借金が増えるよ!」


「マジっ?!」


 ケビンとしては呼ばれ方にこだわっていない(不名誉は除く)ので、特に百鬼なきりから呼び捨てにされようと全く気にしていなかったのだが、既に借金奴隷として自覚を持っている千喜良が指摘すると、百鬼なきりはその言葉を鵜呑みにしてしまう。


 そして、そのような2人のやり取りを見ていた勅使河原てしがわらはそのことが気になるのか、狼狽えている百鬼なきりに対して質問を投げかける。


百鬼なきりさんたちは借金がありますの?」


 ふと勅使河原てしがわらから質問を受けた百鬼なきりはピンと閃いたのか、頭のいい勅使河原てしがわらなら解決策を持っていると思い至って、借金帳消しの方法を聞き出そうとした。


「ちょっと聞いてよ勅使河原てしがわら。飲み物代とケーキ代で大金貨50枚って言われたし、ありえなくね? コンビニで買ったら千円もしないっしょ!」


「え……それをみなさんもお支払いしたんですの?」


「いや、うちと千代だけだし。仲間になるの断ったら請求された感じ? この世界だとレシピ代でそのくらいの価値になるとかって、意味わかんないっしょ。それでお金が払えないからって借金奴隷にされたし」


「借金奴隷……もしかして、そのお揃いのチョーカーはアクセサリーじゃなくて、奴隷の首輪なんですの?」


「ああ、これ? 意外とカワイイっしょ? アクセとしては最高じゃない? それよりもお金だよ、お金。勅使河原てしがわらは財閥の娘なんだし、解決策を何か知ってるっしょ?」


「いえ……確かにケーキのレシピを売るのであれば、将来的な売り上げを鑑みるとそれでもまだ低いですわ。この世界に独禁法なんて存在するとは思えませんし、ケーキの独占販売ができるのならその価値は億を軽く超えるかも知れませんわね。顧客を王侯貴族にした場合、軽々と利益を積み上げることができましてよ」


「ドッキリ法って何だし……驚かせるわけ? ケーキで? サプライズケーキって感じ?」


夜行やえちゃん……」

夜行やえ……」


 相変わらず難しいことはまともに覚えられない百鬼なきりがそう言うと、千喜良はケビンの腕の中で溜息をつき、千手は近くでそれを聞いて頭を抱えてしまう。


 だが、その後の懇切丁寧な勅使河原てしがわらの説明により、百鬼なきりが借金をどうすることもできないのだと知ると、その場でガックリと項垂れてしまった。


「ありえないし……うち……就職する前に借金まみれ……」


夜行やえちゃん、2人で頑張って返そうね」


「私も協力するよ」


「千代……奏音かのん……うち、頑張るし…………ってゆーか、千代はいつまで抱きつかれてるわけ? そんなにケビンの体っていいの?」


「ひゃっ??」


 何気にスルーされていた千喜良の状況において百鬼なきりが再度ツッコミを入れると、その千喜良は不意打ちで素っ頓狂な声を上げてあわあわとしてしまうが、百鬼なきりの問いに答えたのは千喜良ではなく生徒会長だった。


「旦那様の体はいいものだぞ。私も幾度となく抱きつくが一向に飽きることがない」


「マジ?」


「ミートソーススパゲティに誓おう!」


 生徒会長からそう言われてしまった百鬼なきりは何を思ったのか、ケビンの横側に回るとそのまま抱きついてしまう。


「うわ……これヤバいっしょ……癒し系アイテムだし……ちょ、奏音かのんも抱きついてみなって! これ、マジ癒し系!」


 そう言って1度ケビンから離れた百鬼なきりがぐいぐいと千手を引っ張ってきたら、そのまま強引に抱きつかせる。


「ケビンさん、ごめんなさい」


「気にするな、減るもんじゃないし。それに野郎に抱きつかれるわけでもなく、可愛い子に抱きつかれるなら大歓迎だ」


「か、カワイイだなんて……」


 そして始まったケビンに抱きつくという催し物は、百鬼なきりの煽りによって順番待ちの列が完成していく。そこにはサラを始めとする嫁たちやガブリエルが並んでおり、抱きつかれるならまだしも自分から抱きつくならまだ抵抗が少ないとして、1人身の女子たちも興味本位で参加するのだった。


「魔王様がハーレムな件……」

「立っているだけで女子を引き寄せているでごわす」

「存在が既にハーレムですぞ」

「拙者は翡翠ちゃんだけでいいでござる」

「宗くん♡」

「よく後ろから刺されないわね」

「主人公補正ってやつじゃない?」

「凄いよね」


 それからケビンは勇者たちの装備するバングルの効果を打ち消すため催眠魔法をかけると、教団から指示された内容は全て洗脳によるもので履行する必要はないと伝え、最終的な解放の暗示をかけてから不利効果を打ち消した。


 更に今まで放置してきたポーチの追跡魔法はもう外しても問題ないとして解除してしまうと、見かけだけの魔王城セットを回収してゲームの後片付けを終える。


「あの、魔王様? それとも陛下とお呼びした方がよろしいのかしら」


「好きに呼べ。変なものじゃなければ特に気にはしない」


「……では、ケビンさん。幻夢桜ゆめざくら君はどう致しますの?」


「あいつはまだ反省していないからあのままだ。こっちに来た時は15、6だったんだろ? それまでの価値観が体に染み込んでいて、未だ『帝王たるこの俺』と呟いてやがる。ある意味あの根性には敬意を持つくらいだ。いや、この場合は根性と言うよりも執念か?」


「そう……ですのね……」


「あいつは昔からああなのか?」


「ええ、同じ財閥という大きなものの家庭に生まれ、子供の頃より交流はありましたけど、歳を重ねる毎に跡取りという責任感からか、不遜とも言える性格が濃くなっていきましたの」


「くだらんな。不遜なトップでは下もついてこないだろ」


「それを補って余りあるカリスマ性があったのですわ」


「カリスマねぇ……」


 そのようなことを呟くケビンは黒箱を誰の邪魔も入らないマスタールームに転移させると、そこで2号に引き続き作業に従事してもらうことにしたのだった。


 そしてボロボロになった大地をサクッと元通りにしたケビンは、驚愕している生徒たちへ声高々に宣言する。


「よし、魔王対勇者のイベントはこれで終わりだ。お前たちはもう教団の駒じゃないから帝都に入ることを許可する。これより帝都へと向かうぞ!」


 それからケビン率いる一行はトコトコと歩いて帝都へと向かい、やがてケビンが魔王対勇者の戦いを終えて帝都に凱旋すると、民たちからいつもの如く『新しい嫁を攫ってきた』と言われてしまい、ケビンは『男もちゃんといるだろ!』と猛反論するという日常のひとコマを繰り広げる。


 だが、無敵たちや九鬼とは違い、帝都に初めて入った生徒たちは盛んな街の雰囲気に圧倒されたり、ケビンの創り出したタッチパネル式の案内板に驚いていた。


「これは近代化でしてよ……」


「麗羅ちゃん、ケーキ屋さんが……ない……」


「皇都なんか目じゃないぞ!」


「国力が違いすぎる……」


 そのように驚いている生徒たちを促して引率するケビンはとりあえず帝城に向かって歩き、生徒たちを城に招き入れるのであった。

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