第538話 皇帝VS帝王

 無敵たちが休憩を取っている中で、幻夢桜ゆめざくらと相対するケビンは漆黒の魔力を纏い、ますます魔王らしさを見せつけていく。


「ほう……それがお前本来の力か? 中々に魔王らしいではないか」


 未だ余裕の表情を崩さない幻夢桜ゆめざくらがケビンに対しそう告げると、ケビンは【黒焰】と【白寂】を装備して刀を抜き放つ。


「異世界の魔王のくせに刀……? しかも二刀流だと? 物干し竿は持っていないが、さながら俺は佐々木小次郎でお前は宮本武蔵と言うところか。まぁ歴史とは違い、勝つのは【帝王】であるこの俺だがな」


 そう言う幻夢桜ゆめざくらが剣を構えると、ケビンに向かって間合いを詰めて斬りかかる。それに対してケビンは刀で対応して、幻夢桜ゆめざくらに反撃の一刀を打ち返すのだった。


 そのような中で見学をしている嫁たちはケビンの心配をしていた。未だかつてケビンに対して重傷を負わせたのは、前皇帝の魔王しかいなかったからだ。


「やはり勇者というものは面倒よの。主殿が魔王でなければ不利な状況も生まれぬというのに」


「それに……あの勇者は侮れないようです。背後からの急襲……勇者らしくない行動であっても平気でそれを成し遂げるということは、目的のためには手段を選ばないということになりますね」


 クララとアブリルがそのような感想をこぼしていると、結愛ゆあ幻夢桜ゆめざくらという生徒の人となりを語っていく。


幻夢桜ゆめざくら君は財閥……と言ってもわかりませんね。この世界において言えば誰もが知る大商人の跡取り息子なのです。小さい頃から帝王学を学ばされ身につけ、それ故に目的や結果を追い求めて他者を見下す傾向が少々あり、こう言ってはなんですがプライドが高くもあります。そして『自分は選ばれし存在』だと信じて止まないのです」


「アホよのう……選ばれし存在なら【帝王】ではなく【勇者】になっておろうに。【勇者】になれぬ時点で人間性に難ありと気づかぬのか?」


「私が思うに幻夢桜ゆめざくら君は帝王学を学び、人の上に立つ存在として育ってきたためか【帝王】という人の上に立つ職業を得て、益々増長することになったのだと思います」


「それ故に“自分は選ばれし存在”ということですか……全くもって嘆かわしい。両親は何を教育していたのでしょうか。帝王学ではなく主様ののびのび教育の方が、子供たちにとっては遥かにいい影響を与えています」


「それは言っても仕方のないことよ。家庭の数だけ子供への教育方針があると言っても過言ではないの。私にとってケビンは初めてちゃんと産むことができた子供だから、貴族の子息という窮屈さを与えないよう好きに生きてもらって、それで幸せになって欲しいというのが私の教育方針だったわ」


「ふむ……好きに生きた、と言うよりも生き続けている結果、嫁の数が凄いことになっておるがの」


「ふふっ、そうね……」


 そのような中で幻夢桜ゆめざくらという生徒に対する議論が一区切りつくと、クララは先程のことで心配しているのかサラに対して話を振る。


「して、サラ殿は大丈夫なのか? 思い切り火に飲み込まれておったであろう? あのような色の火は見たことがないぞ」


「ケビンが助けてくれたから私は大丈夫よ。ケビンが後ろから刺された時にそれを見てしまって、頭に血が上ってしまったから敵を襲いに行ったけど、結果的にケビンに迷惑をかけちゃって申し訳なかったわ」


「それにしてもあの火は面妖よのう……」


 クララが幻夢桜ゆめざくらの放ったトラップ魔法のことを気にしていると、それに対して思い当たる節があった結愛ゆあがクララに説明を始めた。


「私たちの元いた世界ではこの世界のように“魔法”ではなく、“科学”というのが発展している世界でした。その中に“化学”というものがあり、幻夢桜ゆめざくら君のしたことはこの“化学”を利用した化学反応だと思われます」


「かがくはんのう……? よくわからぬ言葉よの」


 クララがわからずに頭を捻っていると、結愛ゆあはそれを証明する技術を持ち合わせていないためにあの手この手で説明をしていくが、化学を知らないクララには全く想像もつかないことであり、理解するのに難儀していた。


 そのような時にふと思い出したのかサラが言葉を発する。


「そういえば……ニーナさんが言っていたけど、ケビンは赤色と白色と青色の火を扱えるらしいわ。それと同じなのかしら?」


「……いえ、多分違うと思います。赤と青だけなら幻夢桜ゆめざくら君と同じ可能性が出てきますけど、そこに白が入るのなら原理が変わってくると思います。どのような魔法だったか聞いていますか?」


「うーん……確か……赤色から段々と色が変化して最終的に青色になったそうよ」


 そう言うサラからの返答を聞いた結愛ゆあは、ケビンの成し遂げた途方もないことに思い至ると戦慄してしまう。そしてサラの続く言葉によって、それが確信へと変わるのだった。


「そういえばニーナさんがその火を初めて見た時は、その火のせいでダンジョンが溶けてたって言ってたわね。ダンジョンの内部を溶かすなんてケビンは凄いわ」


「……今の言葉でわかりました。健兄がしたことは幻夢桜ゆめざくら君のような火遊びではなく、もっと威力の高い危険な魔法です」


 それから結愛ゆあによる知り得る限りでの説明を施していくが、科学のない世界において結愛ゆあの説明は全くもってちんぷんかんぷんとなってしまうが、科学を知る異世界人である者たちはケビンの成したことを聞いて戦慄するのだった。


「核融合反応って……」

「星のエネルギーを魔法にしちゃうなんて……」

「それって考え方を変えれば核爆弾が作れるってことになるのか?」

「ヤ、ヤバすぎだろ!? 核攻撃なんか魔法でどうこうできるような代物じゃねぇぞ!」


「おにぃ……俺TUEEEEどころじゃない……」

「にぃ……黒の黙示録ブラックアポカリプスを再現しすぎ……」

「にゃにゃ!? お兄さんは何を目指してるにゃ?」

「科学と魔法の融合……?」

「そのうち宇宙船とか作りそうですね」


 そのようにして幻夢桜ゆめざくらの扱う魔法とケビンの扱う魔法の論議がされている中で、当の本人である幻夢桜ゆめざくらはケビンに対してその魔法を使い、青い炎を織り交ぜながら攻撃を繰り返していた。


「燃えろ、魔王! 《蒼炎球》」


「《絶対零度アブソリュートゼロ》」


 幻夢桜ゆめざくらから放たれた蒼炎球に対してケビンは相反する属性を使い相殺しようとし、ケビンの放った魔法が蒼炎球を包み込むと瞬く間に消し去るのだった。


 そして再び間合いを詰めた2人が剣戟を交わしていくが、二刀流のケビンの方が当然ながら手数が多く、幻夢桜ゆめざくらはクロスレンジにおいては不利とならざるを得ない。そしてケビンの一刀が幻夢桜ゆめざくらの頬を掠めると、間合いを空けた幻夢桜ゆめざくらの頬から血が流れ出していた。


「物干し竿がなくて残念だったな。なんちゃって小次郎」


「帝王たるこの俺を侮辱するか!?」


「侮辱なんてするわけがないだろ。お前は侮辱するに値しない帝王未満の人間なんだからな。なんちゃって帝王君?」


「貴様ぁぁぁぁっ!」


 ケビンの挑発にまんまと乗せられた幻夢桜ゆめざくらが再びケビンに斬りつけていくと、ケビンは手数によってそれを防ぎながら、隙を見つけては幻夢桜ゆめざくらの腹部に蹴りを入れて吹き飛ばすのだった。


「詫びを入れるなら許さないこともないぞ? なんちゃって君」


「くっ……帝王たるこの俺が進むは王の道……魔王ごときに退いてなるものか……貴様に媚びるなど言語道断! 王の進行を邪魔する者は何人たりとて許さん!」


『キター! なんちゃって帝王の退かぬ、媚びぬ、反省してないから省みぬぅぅぅぅ!』


《サナちゃん……》


 ケビンの言葉がプライドを刺激したのか怒り狂った幻夢桜ゆめざくらは、蒼炎球を多数展開してケビンに対して撃ち放っていく。その怒涛のごとく続いていく幻夢桜ゆめざくらの攻撃に対して、ケビンは魔力操作で消してしまおうとしたのだが、魔王と勇者という相性の優劣性からか上手くいかず、効果が乏しいと判断したら刀で応戦しつつ蒼炎球を斬り捨てる方針へと切り替える。


 そして、次々と雨あられのごとく押し寄せる幻夢桜ゆめざくらの魔法にケビンが押され始めると、幻夢桜ゆめざくらは瞬時に移動してケビンの背後からまたもや斬りつけたのだった。


「ぐっ……」


「燃えろ! 《蒼炎柱》」


 ケビンを斬りつけた幻夢桜ゆめざくらはすぐにその場から離れたら、サラに対してしたような火柱を今度はケビンに向けて放ち、ケビンは青い火柱に包み込まれる。


 それからも攻撃の手を休めることのない幻夢桜ゆめざくらは、蒼炎球をケビンに撃ち放っていき轟音と共にケビンが蒼炎に包み込まれてしまうと、更に追い討ちで幻夢桜ゆめざくらが魔法を放つ。


「《蒼炎嵐》」


 その魔法により蒼炎の嵐が吹き荒れてしまい、ケビンの姿は既に傍目ではどうなっているのかわからないほどになってしまうと、そこにきてようやく幻夢桜ゆめざくらの攻撃の手が止まるのだった。


「はぁはぁ……帝王たるこの俺を下に見た報いだ……後悔の中で死ぬがいい……」


 未だ吹き荒れる蒼炎を見つめながら勝利を確信している幻夢桜ゆめざくらや、心配そうにケビンの戦いを見守る嫁たちが見つめる中で、無敵たちもまた戦いの行方を見守っていた。


 やがて吹き荒れる蒼炎が収まると、そこには刀の代わりに魔剣を携えたケビンの姿があった。その手に持つ魔剣はゆらゆらと漆黒の魔力を放ち、それを見た無敵たちは経験者とあってか、ケビンが大した手傷を負わずに立っている理由がすぐさまわかってしまう。


「……なん……だと……」


「《魔剣封印》戻れ、ヴァティファシオン。いでよ、第3の魔剣……アドウェルサス」


 幻夢桜ゆめざくらが愕然とする中で、ケビンはヴァティファシオンを【無限収納】に収めたあと、更なる魔剣を召喚して魔剣の効果を発動させる。


「《魔剣解放》反転せよ、アドウェルサス」


 ケビンの言葉により魔剣の柄部にある青石が光を放つと、それを見た無敵はその魔剣の効果を推測し始める。


「反転……反対……? いったいあの魔剣はどんな能力を持っているんだ……」

「逆ってことか?」

「逆って意味わかんないし」

「逆ぅぅ?」

「何にせよ、厄介よ。あれで3本の魔剣を所持してるってことになるわ」


 無敵たちが色々と思考する中で、ケビンと相対する幻夢桜ゆめざくらの攻撃によって、すぐさま魔剣の効果が判明することとなった。


「《蒼炎球》!」


 困惑する幻夢桜ゆめざくらが放った蒼炎球がケビンに向かって飛んでいくと、ケビンはその蒼炎球を魔剣で斬りつける。今までならそれでおしまいだった蒼炎球は消え去ることがなく、今度はそのままの状態でその魔法を放った幻夢桜ゆめざくらの方へと向かっていった。


「なっ!?」


 その状況に慌てた幻夢桜ゆめざくらが、もう1つ蒼炎球を作り出しては戻ってくる蒼炎球にぶつけて難を逃れると、それを見ていた無敵が呟く。


「反射? いや、それなら今までの流れから『反射せよ』と言うはず……反転……反転……」

「方向が逆になるってことじゃないのか? 現に幻夢桜ゆめざくらの魔法はそのまま本人に戻っていっただろ」

「それってヤバくね? うちらの攻撃がそのまま自分に返ってくるってことじゃん」

「ピンチぃぃぃぃ!」

「まだ確定するには情報が足りないわね」


 そして再び幻夢桜ゆめざくらが今度は複数の蒼炎球をケビンに向かって撃ち放つと、ケビンは魔剣を地面に突き刺して呟いた。


「《反転結界》」


 それによりケビンの周りに半球状の結界が構築されて、幻夢桜ゆめざくらの放った蒼炎球はケビンの展開した結界に触れると、全てが幻夢桜ゆめざくらの元へと戻っていく。


「くそっ!」


 自分の撃ち放った魔法がそのまま戻ってきたことで、同じ数だけ更に作り出しては迎撃していく幻夢桜ゆめざくらは、今まで得た情報を元に今度は指定場所で発動する魔法に切り替えた。


「《蒼炎柱》!」


 だが、本来ならケビンの足元から火柱が噴き出すその魔法は全く反応を見せず、ケビンはその場で立ったままである。


「《蒼炎嵐》!」


 そして、火柱が駄目なら火嵐でと言わんばかりに幻夢桜ゆめざくらは魔法を唱えるが、その魔法は嵐になることなくその場で停滞したら、やがて火の粉となり消えていく。


 すると、幻夢桜ゆめざくらは魔法が駄目なら剣技でいくしかないと思い、間合いを詰めてケビンに斬りかかると、ケビンはアドウェルサスを引き抜いて幻夢桜ゆめざくらの剣と打ち合う。


 その瞬間に幻夢桜ゆめざくらの剣は弾かれてしまい、思わぬ方向に押し返されたため幻夢桜ゆめざくらは後方へよろめいてしまうと、それを見ていた無敵は魔剣の能力が何なのか確信に至る。


「そういうことか……」


「わかったのか?」


「最初は魔法のみに働く反射に近いものだと思っていたが、あれはまさしく反転している」


「いや、それだけだとうちはわかんないし」


「力、方向、速度……それらが全てあの魔剣に触れた時、真逆に向かう」


「なるほどな……」

「そういうことね……」


「千代……わかる?」

「なんか難しい……私、理数系は苦手……」


「無敵ぃ……うちにもわかるように言ってよーポイントカードの時みたいにさー」


 百鬼なきりが以前に無敵講座においてギルドカードの説明を受けた時みたいに、そのことを口にして無敵に説明を求めると、無敵は仕方がないとばかりにわかりやすく説明していく。


「はぁぁ……つまりな、百鬼なきりが前に向かっていつものペースで歩こうとするだろ?」


「うんうん」


「それをあの魔剣は同じペースで後ろに歩かせることができるんだ」


「う……ん?」


百鬼なきりは前に行きたい、でもあの魔剣はそれを強制的に後ろへ行かせる。だから、どれだけ百鬼なきりが前に行こうと頑張っても、あの魔剣がある限り後ろにしか行けなくなる」


「……それって行きたい所に行けなくなるじゃん! トイレに行きたくなったらどうすんの?! うち、お漏らしとか絶対ヤダしヤバいっしょ!?」


「……はぁぁ……別に魔剣に触らなければいいだけだ。魔王も百鬼なきりのトイレを邪魔しようとはしないだろ」


「それなら問題ないし、魔王って意外と良い奴じゃん!」


 無敵の説明により百鬼なきりがトイレに行けることでホッとして、魔王に対する印象を変なところで好印象に傾ける中で、見学席では同じように魔剣の説明が結愛ゆあによって行われていた。


「――ということで、あれはベクトルの反転よ」


「うわぁ……おにぃの好きそうな能力……」

「ベクトル操作最強説……」

「よくわかんないにゃん」

「まだ習ってないし……」

「お兄さんは凄いですねー」


「無理……頭がパンクしそう……」

「うぅぅ……勉強やだぁ……」

「やべぇ……今テスト受けたら確実に赤点取る自信がある」

「心配するな、俺もだ」


 だが、オタクならまだしも普通の生徒は習う前に異世界へ来たため、ケビンの行ったベクトル操作の凄さはわからず、ただただ勉強が嫌ということを再確認しただけである。


 そのようなことが繰り広げられている中で、幻夢桜ゆめざくらはチートと言われても仕方がないくらいのケビンの魔剣に手も足も出ず、やることなすことが全て返されてしまい、体力の消耗が著しく肩での呼吸を余儀なくされていた。


「もう終わりか、愚帝王?」


「貴様……どこまで馬鹿にすれば……」


「お前が日頃から他人に対してやっていることだろ? 力を得て図に乗りすぎなんだよ。なにが『帝王たるこの俺』だ。お前なんかただの俗物だろ。これからは『俗物たるこの俺』もしくは『愚帝王たるこの俺』と言いかえろ。負け犬街道まっしぐらのお前にはお似合いだな。ああ、『負け犬たるこの俺』もいいな」


「クソがぁぁぁぁっ!」


 ケビンにより散々馬鹿にされた幻夢桜ゆめざくらは、なりふり構わずケビンに斬りかかり、ケビンはそれを魔剣で受けるのではなく躱してみせると、サラがやられた分をお返しするために幻夢桜ゆめざくらの体に魔剣を突き刺したのだった。


「やられたことはやり返す」

『百倍返しだ! ざまぁ!』

《やっと終わりね》


「がはっ……」


「母さんに手を出したことを後悔するがいい」


 それからケビンは魔剣を引き抜くと幻夢桜ゆめざくらを蹴り飛ばして、いつもの拷問結界に閉じ込めたらサラが受けた魔法をそのままやり返す。


「自身の技で燃えろ。《蒼炎柱》」


 ケビンがそう告げると、幻夢桜ゆめざくらは自身の技である蒼炎柱に包まれて燃やされてしまうのだった。


「あぢぃぃぃぃ!」


「うるさい」


 幻夢桜ゆめざくらが絶叫してそれをうるさいと感じたケビンが結界に消音効果を付与すると、その場は静寂に包まれる。そしてその様子を見ていた結愛ゆあが慌ててケビンを止めようとしたが、その行動はケビンの嫁たちによって止められてしまう。


「このままでは幻夢桜ゆめざくら君が死んでしまいます!」


「お主は馬鹿か? あやつが主殿とサラ殿に何をしたのか忘れたのか? 主殿は剣を刺され、サラ殿は燃やされたのだぞ? 今2人が生きているのはひとえに主殿の力によるもの。それがなければ2人は死んでおる」


「貴女は何か勘違いをなさっているようですけど、彼は私たちを殺しに来た者ですよ。それは彼の行動から見て取れるでしょう? 彼が私たちを殺すのはよくても、私たちが彼を殺すのはよくないと言うつもりですか?」


「それは……」


 クララとアブリルに咎められた結愛ゆあは、相手の言葉が正論であったために何も言い返すことができなくなってしまうと、そのような時にサラが結愛ゆあへと声をかけた。


結愛ゆあちゃん、心配しなくても彼は死なないわよ」


「え……」


「あれは死ねない拷問なの。ケビンがやめるまで延々と苦しみを受け続ける処罰よ。魔王様に手をかけたんだもの。本来なら即刻打首よ。結愛ゆあちゃんのいた世界では違うの?」


 サラからの問いかけに対して結愛ゆあは答えられず沈黙してしまう。確かに元の世界でも死刑はあったが、それはよほどの犯罪を犯した者に対する処罰で、大抵は法律において懲役刑を言い渡される。


 しかしながら結愛ゆあが知っているのは日本のやり方であり、海外ではどのような基準で法が定まっているのか見当もつかないが、確実に日本よりも重い処罰になるであろうことは、たまに見る特番の懲役百年超えなどで容易に想像できた。


 そしてここは異世界である。裁判所などあるわけもなく、処罰の采配は国の方針やトップに委ねられることが多い。その異世界においてサラたちの言っていることが常識であり、結愛ゆあの言っていることは非常識なのである。


 今更ながらに結愛ゆあはトップが決める独断によって処罰内容がその場で決まるという、今まで生きてきた法の埒外である異世界に来たのだと再認識させられてしまい、自分の価値観は所詮平和な中で築き上げられた甘い考えなのだと気づかされてしまうが、それは他の生徒たちも同様であり目の前で起きている処刑に対して、勇者と魔王の戦いは殺し合いなのだと気づかされ戦々恐々としてしまった。


 そしてケビンは幻夢桜ゆめざくらを現在進行形で処罰しながら、いつまでも見ているのが面倒なのか、分身体を出すと後のことは任せてサラたちの所へ向かうのだった。


「見ているのが辛いなら見なければいい」


「健兄……彼はどうなるの? 殺すの?」


「あいつを殺すのは簡単だが、それをしたらそこで終わってしまう。地獄の苦しみを味わわせるには生きたままの方が何かと都合がいい。調子に乗ったガキの鼻っ柱を折るにはもってこいだろ」


 ケビンが結愛ゆあに対してそう告げたあとはイスに座り、プリシラが用意したお茶を器用に口にするとくつろぎ始める。


「主殿よ、あそこにおるやつらはどうするのだ?」


「ああ、無敵たちか……魔剣を使いまくってだいぶ魔力を消費したから、少し休憩したあとで相手をすることにしよう」


「健兄……無敵君たちも処罰するの? 魔王を襲いに来たから」


「無敵たちは遊んで終わりだな。無敵自身は魔王を殺すと言うよりも、ただ単に魔王に勝負を挑んで勝ちたいということを優先させている。俺に勝って九鬼に再度挑みたいんだろ。良かったなラクシャス、無敵にモテモテだぞ?」


「勘弁してくださいよ。あいつ、本当に執拗いんですから、面白くなって育てたりしないでくださいよ」


「それは思いつかなかったな……そうか、無敵を育てて九鬼の成長に繋げるのもアリか……」


「全然アリじゃないですよ!」


「学友と切磋琢磨して己を高めていく。まさに学生時代にしかできない青春じゃないか」


「既に学生じゃないですよ! もう18ですよ、18っ! 一般的な高卒の年齢ですよ!」


「それなら2人でうちの学園に入学するか? 専門科なら年齢制限なしだぞ」


 そのようなケビンのからかいによって九鬼が声を荒らげていると、ほどよく休憩ができたのか、ケビンは席を立って無敵たちの所へと向かうのであった。

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