第515話 鬼神降臨(生徒、九鬼サイド)

 幻夢桜がウォルター枢機卿に国外に出ることを伝えた数日後、生徒たちの旅の準備が着々と進められていく。そして今は、生徒たちの傍で各騎士団長たちが、旅の準備の仕方をレクチャーしているところである。


「皆さん、旅の準備はまず衣食住を揃えることです。衣は皆さんが普段使われている物で構いません。食は保存のきく物をできるだけ買い揃えましょう。住に関しては野営をすることもあるので、テントが必要となってきます」


 一部の生徒たちにそう教えこんでいるのは、総団長であるガブリエルであり、元々魔王討伐の遠征組には入っていなかったのだが、情報を聞きつけてから自ら志願した。


「そして、これらを全て収めることのできるマジックポーチ。皆さんの所持金では容量の少ない安物しか買えませんので、こちらは教団からの貸出となります。とても貴重な物なのでくれぐれも粗末に扱うことのないように」


 また別の場所では。


「あぁぁ……飯は干物系にしとけよ。生物なんて初日の分だけにしとけ。お前らも腐りかけの飯なんか食いたかねぇだろ。あとはテントでも買っとけ。それらさえあれば、村か街につくまで何とかなるだろ」


 適当感丸出しで教えているのはタイラーだった。最低限必要な物に焦点を絞り教えていき、買い忘れが出ないように徹底させていく。


「旅に必要な物は次の通りです。1つ目は――」


 そしてまた別の場所では、ヒューゴが当たり前のことを当たり前のように、事務連絡のごとき口調で伝えていた。


 その他にも戦後空位となっていた団長の座に、新たに任命されてその座に就いた新団長たちが、それぞれ生徒たちに教えているようで教えになっていないことを口走っている。


「あ? 旅を舐めてんじゃねぇぞ。言われたことを言われた通りにやってろ」


 そう言うのは新たに赤の騎士団レッドナイツの団長として任命された、口が悪く喧嘩っ早いが実力は折り紙付きのアロンツォだ。


「旅の準備と言うものはそもそも、今から遡ること数千年前――」


 別の所でいきなり旅の起源となるうんちくを語り出したのは、新たに緑の騎士団グリーンナイツの団長として任命されたベルトランである。


「ガハハハハハ! 旅の準備は1に筋肉、2に食料、3に野営道具、4に着替えで、5以降は全て筋肉だ! 買い出しには俺がついていくから心配するな、筋肉に乗ったつもりでいるが良い! 見よ、この上腕二頭筋!」


 生徒たちが引いてる中、何故か筋肉を優先的にアピールしているマッチョな漢は、新たに茶の騎士団ブラウンナイツの団長として任命されたエドモンドで、図体の割に仕事は細かくマメなところを見せるという筋肉オジサンだ。


「旅の準備ですか? そんなものはお店の人に聞けばわかりますよ」


 そして最後となるのは、説明が面倒だと思ったのかここにはいない店員に丸投げしている、新たに白の騎士団ホワイトナイツの団長として任命されたベッファとなる。


 揃いも揃ってキャラの濃いメンズが団長に任命されており、その団長たちから説明を受ける生徒たちはただただ困惑するしかない。


 それから1週間が経ち、旅に出る生徒たちの準備が整ったところで、とうとう皇都セレスティアを出発する日となる。生徒たちはウォルター枢機卿から激励の言葉を聞いた後に、居残り組との別れの挨拶をする。


「小鳥遊、百足ももたり六月一日うりはり一二月一日しわすだ。あまりヤケを起こすなよ。俺たちも道中で魔物の素材を換金したりするから、お金が足りない時は素直に言ってくれ。女子は無理だろうが、男子たちで協力してカンパするから」


「わかってるよ、委員長。俺たちもやれるだけのことはしっかりやる。だから、委員長たちも危ない時は逃げて絶対に死ぬなよ。委員長たちが死んだらカンパする相手がいなくなるからな」


 クラス委員長の能登の言葉に小鳥遊が笑いながら『死ぬな』とエールを送ると、小鳥遊はそのまま副委員長の剣持の所へ歩いて行き、勢いよく頭を下げる。


「剣持、あの時は本当にすまなかった。サッカーができない苛立ちから剣持に八つ当たりしてしまった。あの時の言葉は本気じゃないが、傷つけたことは事実だ。俺たちのことを思って声をかけてくれたのに、本当にすまない」


「小鳥遊君、顔を上げて。私もあの時は配慮が足りなかった。サッカーが大好きな小鳥遊君がボールに触れない日々を1年間過ごしていたのに、全くそのことを考えてなくて……自分の価値観だけで小鳥遊君を責めてしまったから、私の方こそごめんなさい」


 剣持が頭を下げて小鳥遊と剣持の和解が成立したら、小鳥遊はあの時もう1人いた銘釼の所に行き、同じように頭を下げた。


「銘釼、あの時は頭に血が上って酷いことを言ってすまなかった。百足が止めてくれなかったらどうなっていたかと思うと、本当に自分が情けなくなる。あと、あの時に俺を叩いてくれてありがとう。冷めた頭で考えたら叩かれて当然のことだった」


「いいよ。私も酷いことを言ったし、お互い様だよ。私こそごめんね。手加減なんて考えてなかったから、痛かったよね?」


「元の世界だったら確実に頬骨骨折だな。ステータスに助けられたけど、3日は腫れが引かなかった」


「回復魔法をかけてもらわなかったの?」


「自分への戒めだ。頬が疼くたびに、自分が情けないことをしたって自覚ができるからな。わざと自然治癒にした」


「そっか……うん、私も稼いで小鳥遊たちの暫定奥さんを身請けする手助けをするよ」


「……そうだよな……奥さんと俺の子だもんな。先のことはどうなるかわからないけど、そう考えるとサッカーができないのは名残惜しいが、もう元の世界には帰れないな……よし、嫁さんと生まれてくる子供のために、しっかりと冒険者稼業で稼ぐとするか」


「その意気だよ、その気持ちを忘れないで! 忘れないうちは私もちゃんと協力する。いっぱい稼いでカンパするよ!」


 小鳥遊は銘釼との会話により自身の立ち位置を改めて再認識したら、新たな目標を掲げて気持ちを切り替えるのだった。


 こうして、居残り組と旅立ち組の別れの挨拶は終わり、旅立ち組は野営訓練のため、馬車は使わずに徒歩で皇都セレスティアを出発していく。そして居残り組は仲間のその姿が見えなくなるまで、ずっと見送り続けるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ぷはぁ~最高ですね。こんな場所があるなんて知りませんでしたよ」


「だろ? やっぱり冬場は温泉に限るよな」


「そうだな。やっぱりタミアは最高だ!」


 僕は今、オリバーさんたちのオススメで保養地タミアという街に来ていた。冬場の12月となり、地味に肌で寒さを感じるようになると、オリバーさんたちが保養地タミアに行くことを提案してきたのだ。


 最初はどんな所かわからなかった僕は首を傾げていたけど、“温泉地”と聞いてすぐさまその提案に飛びついた。まさか異世界に温泉があるなんて思いもしなかったからだ。


 かと言って僕は、温泉好きというほど温泉に入っていたわけではない。むしろ1回も入ったことがない温泉ド素人だ。だから今日は、記念すべき温泉デビューということになる。


「クキの初めての温泉なら、1番の高級宿に泊まらせてやりたかったんだがな」


「そこは言っても仕方がねぇだろ。マルシアたちが財布を握ってるんだからよ」


「僕は別にここでも構いませんよ。それにマルシアさんたちの言う『子供のための貯金』って、確かにそうだと僕も思いますから。それに僕はそこまで稼ぎがいいわけじゃないから、1日で金貨が飛んでいくような宿は怖くて泊まれません」


「まぁ、クキの冒険者ランクだと金貨は厳しいところがあるよな」


「クキもさっさとAランクまで上げろよ。強さだけで言ったら、既にAランクの実力だろ」


「いいんですよ、今のペースで。僕は1つ1つ依頼をこなして、経験を積んでいきたいですから」


「真面目だなぁ……俺なら一足飛びで上のランクを受けていくけどな」


「だが、1つ1つって言っても盗賊関係の依頼は受けねぇんだろ? 人によっては敬遠するクエストだしな」


「やっぱり人殺しっていうのが、ちょっとできそうにないので」


「別に殺さなくてもいいだろ。身動きを取れなくして縛りあげれば済む話じゃねぇか」


「でも、相手の実力と拮抗してしまったら手加減なんてしている場合ではないので、殺してしまうかと思うとやっぱり盗賊関係の依頼は尻込みしてしまいます」


「まぁ、クキはクキで目指す道があるんだ。サイモンもあまり無理強いはするな」


 オリバーさんがサイモンさんを窘めて僕のフォローに回ってくれると、盗賊退治云々の話は終わりを迎えて、僕たちはお風呂から上がるのだった。


 それから1ヶ月ほどタミアにて温泉を満喫した僕は、後ろ髪を引かれる思いでダンジョン都市を目指して旅立っていく。


 あまりのんびりし過ぎていても僕の鍛錬とかにならないそうで、一気に強くなるためにはダンジョンが最適なんだと、オリバーさんたちが提案してきたのだ。そのオリバーさんたちはダンジョンに嫌な思い出でもあるのか、タミアに残って温泉を満喫するそうだ。それをズルいと思ってしまった僕は恩知らずなのだろうか。


 僕だけ寒い中ダンジョンに行くなんて不平等のような気もするけど、確かにあのまま温泉に浸かっていたら、ダメ人間まっしぐらになってしまいそうな気もしていた。温泉があんなに気持ちいいものだとは知らなかったし、温泉にハマる人の気持ちがわかってしまったのだ。


 ということで、どうせだからとオリバーさんたちが、商人の護衛依頼を受けながらダンジョン都市を目指してみてはどうかと提案してきたので、僕は今、商人の護衛をしながらダンジョン都市を目指している。


 その護衛には他にもパーティーを組んでいる人たちも同行しているため、僕は1人身で肩身が狭い思いをしているけど、『これも経験だ』とオリバーさんたちに説得されてしまい、僕を含める5人で商人の馬車を護りながら道中を進むことになるのだった。


 ここで説明しておくと、今回の護衛依頼を一緒に受けている同行者の冒険者たちはCランクのパーティーみたいで、僕もCランクだけど基本的には同行者の指示に従って行動している。経験は相手さんの方が多いだろうから。


 ちなみに野営の時の見張りは僕だけが1人で、他はパーティーを組んでいるから当然だけど2名ずつのペアを組むことになった。道中は大して会話もしていないので、1人で見張る方が僕としても気が楽ではある。


 そして何度目かの野営の時にそれは起こった。


 僕は1人ということで見張りも1番最初の楽な時間帯に宛てがわれていたので、その日も無事に何事もなく見張りを終えて交代すると、明日に備えてテントの中で早々に眠るのだった。


 そして、僕がテントの中で眠りこけてからしばらくすると、喧騒が聞こえてきたので目を覚ますこととなる。寝起きの働かない頭でその喧騒を聞いていると、どうやら盗賊が襲ってきているみたいで僕は一気に覚醒する。


 ガバッと起き上がった僕は慌てて刀を手にして外に出ると、同行者のパーティーは既に盗賊たちとの戦闘を開始していた。


 もう既に何人かの盗賊たちは殺されているようで、薄暗い中でも人が倒れたまま動かなくなっている光景が視界の中に飛び込んでくる。


「おいっ、ぼさっとしてねぇでさっさと盗賊たちを片付けろ!」


 同行者の冒険者がそのようなことを叫んだため、盗賊たちは僕がいることに気づいてしまい、こちらの方へ襲いかかってきた。


「ヒャッハー!」


(え……?)


 まさか実際に「ヒャッハー!」なんて言う人がいるのかと思った僕は、少し反応が遅れてしまったけど、そのヒャッハーさんの攻撃を刀で受け流すことに成功する。


 これがもし僕の動揺を誘うための演技だとしたら、僕はまんまとそれに引っかかってしまったということになるけど、どう見ても頭が良さそうには見えない。人を見た目で判断してはいけないことだけど、盗賊なら見た目で判断しても誰も怒らないと思う。


 襲いかかってくるヒャッハーさんから何度も何度も斬りつけられるけど、僕はそれを簡単に捌けてしまっている。ケビンさんの特訓やオリバーさんたちとの稽古以外だと、対人戦はギルドの昇任試験以来となり、あんなに恐れていた盗賊との実力差がここまで顕著に表れるとは思ってもみなかった。


 これならば殺さずに行動を封じることができると思い、僕はヒャッハーさんが動けなくなるように脚を狙って斬りつけることにしたら、それを実行に移して行動ができないようにする。


「ぐあっ!」


 ヒャッハーさんが呻き声を上げたかと思ったら違ったようだ。どうやら僕は防戦一方なのもあって弱い冒険者と思われていたらしい。ヒャッハーさん以外の盗賊たちは同行者の冒険者たちを襲っていたのか、同行者の1人が斬りつけられたようで先程の声はその人が上げたものだった。


 1度体勢を崩されてしまうと持ち直すのは容易ではないから、その冒険者はどんどんと追い詰められてしまう。そして、いいのを貰ったらしく倒れ込むと、他の冒険者たちの負担がそれだけで増えてしまった。僕は急いで駆けつけて盗賊たちを散らしていくが、殺す気のない僕の攻撃はあまり効果がないようだ。


「いやっ、やめてぇぇぇぇっ!」


 その時に声が聞こえて、魔術師の女の子が服を破られ襲われているのを見てしまった僕の中で、何かがブチッと切れる音がした。


「貴様らぁぁぁぁっ!」


 俺は相対していた盗賊を一刀のもとに斬り捨てると、急いで女の子の所へ駆けつけて群がる盗賊たちを斬り捨てていく。そして、どんどんと斬り捨てていく中で、俺の腹部に痛みが走った。ふと視線を下に向けると、俺の腹から剣が生えていたのだ。


「調子にのんなよ、冒険者風情が!」


「……ぇ……」


「あ? 死に際の一言か? 何て言ったんだ?」


「……痛ぇっつってんだろうが、このドクサレがっ!」


 剣を刺された俺はそのまま振り返ると、刺してきた男を思い切り殴り飛ばした。そして、すぐさまマウントを取ると顔面を殴り続けてぐしゃぐしゃに潰していく。


 そのままひとしきり殴り続けた俺は、残る盗賊たちも同じような目に遭わせるために、殴ったり蹴ったりしては盗賊たちを地に沈めていった。そして久しぶりに味わう高揚感に、俺は我を忘れてひたすら盗賊たち殴り続けていた。


「く、来るなっ!」


「ああ? てめぇらが先に喧嘩を売ってきたんだろうが! 今更泣きごと言ってんじゃねぇぞ!」


 最後の1人となる盗賊が腰を抜かして後ろへ下がって行っているので、俺は逃げないようにするため股間を踏み潰す。


「ぎゃああああ! いでぇぇぇぇっ!」


「ガタガタうるせぇんだよ! 《ヒール》」


 俺が回復魔法をその盗賊にかけると、更に踏み潰してそれを何度も何度も繰り返していく。


「どうしてくれんだよ、この服をよぉ? 破れた上に血塗れじゃねぇか。弁償しろや、こら!」


 俺は今まで刺さったままだった剣を抜き取ると、自分に対しても回復魔法をかけて傷を癒した。そして、その剣を盗賊の脚にぶっ刺しては回復魔法をかける作業を繰り返して、弁償する気があるのか再度問いただす。


「か、金は今持ってねぇ。ア、アジトにある! あ、案内するからそこで払う!」


 それを聞いた俺は盗賊に剣を突き刺してから、倒れている冒険者たちに回復魔法をかけて、襲われていた女冒険者には手持ちのポーチから毛布を取り出してかけると、今からアジトに向かうことを伝えた。


「後処理は頼んだ」


「は、はい……あの、助けてくれてありがとう……」


「気にすんな、俺がムカついたからやっただけだ」


 俺はそれから自分の野営道具をポーチに回収すると、盗賊から剣を抜いて回復させたらアジトへと案内をさせる。


「こ、こっちです」

(くくくっ、アジトには頭や他の仲間もいる。そこで袋叩きにしてから、再度馬車を襲えばいい。あの女冒険者は逃がすには惜しい体つきをしてやがるからな)


 そのようなことを盗賊が画策しているとは知らずに、俺は盗賊の後ろから歩いてついて行き、やがて盗賊の言うアジトとやらに到着する。


「こ、この中に金貨とか溜め込んでますんで、ささっ、どうぞ中にお入り下さい」


 盗賊が薄ら笑いを浮かべながら先導するので、俺はそのままついて行くことにした。そして、大広間に出たら酒盛りをしている盗賊たちとご対面することになるのだった。


「敵だ! こいつが仲間たちを殺しやがった!」


 今までヘコヘコしながら案内をしていた盗賊は、見事な手のひら返しで仲間の元へと走っていく。


「お頭っ! こいつが仕事の邪魔をしやがったんです! 馬車の護衛には上玉の女冒険者がいたので、こいつを殺っちゃって攫いに行きやしょう!」


「ちっ、お楽しみの最中だってのにとんだ客を連れてきやがって。おい、お前ら、さっさと殺して上玉の女冒険者を攫ってこい!」


「「「「「へい!」」」」」


 先程の案内をした盗賊も新しい武器を手にしたら、ホームで気が大きくなっているのか、無謀にもまた仲間たちと一緒に襲いかかってくる。


「上等だ、てめぇら! 俺に喧嘩を売ってタダで済むと思うなよ」


「殺っちまえ!」

「死ねや!」

「ガキがナメてんじゃねぇぞ!」


 次々と襲いかかってくる盗賊たちに対して、俺は刀を使わずに昔からやり慣れている格闘戦で戦うことにする。盗賊たちの攻撃はあまりにも遅く見えてしまうので、それを避けながら放つ俺の攻撃はいとも簡単に相手へと通ってしまう。


 だが、さすがにこの人数を相手にして、悠長にマウントを取りながら殴り続けるわけにはいかないので、とにかくあご先狙いのストレートをお見舞していく。それで、上手く入った相手はそれだけでダウンして使い物にならなくなるし、上手くいかなくてもダメージは残る。


 時には蹴りもお見舞して囲いこまれないように牽制を放っていくと、次第に立っている盗賊たちの数は減っていった。そして、いつの間にか盗賊たちが全員倒れてしまうと、お頭と呼ばれていた者が大剣を片手に近づいてくる。


「中々にやるようだが、俺様をそこら辺の奴らと同じだと思っていたら痛い目を見るぜ」


「弱い犬ほどよく吠える」


「クソガキがぁぁぁぁっ!」


 お頭が大剣を振り上げて襲いかかってきたので、俺は足元に落ちていた剣を拾ってそのまま投げつけた。すると、お頭は武器を投げつけられるとは思わなかったのか、慌てて叩き落とそうとして大剣の軌道を変えたので、俺は近くに落ちている剣をどんどんと投げつけていくと、見事にお頭へと剣が突き刺さった。


「ぐふっ、て、てめえ……ちゃんと戦いやがれ!」


「アホだな、お前」


 盗賊のくせにちゃんと戦って欲しいと口にするお頭に対して、俺は更に剣を投げつけていく。お頭の動きが悪くなっているので上手く叩き落とせなかった剣は、面白いくらいにお頭に刺さってしまった。


 そのような感じで俺がお頭で遊んでいたら、先にダウンしていた盗賊たちが動き始めていたのでマウントを取ると、喚く盗賊を気にせずにボコボコと殴りつけていく。


 やがて殴れる奴がいなくなると、俺は今まで端に固まって震えていた女たちに声をかけた。


「おい、宝はどこだ?」


「ひっ!」


 服の弁償代を回収しようと思って声をかけただけなのに、女は震えるだけで全く使い物にならない。せっかく間接的に助けてやったってのに、これだから女はダメなんだ。


 どうしたものかと考えていたら、ふと困った時には連絡しろと言っていたケビンさんのことを思い出した。それにケビンさんは嫁が沢山いると言っていたし、女の扱いならお手の物だろう。


 それから俺がケビンさんに連絡を取ると、ケビンさんは転移を使ったのかこの場へと唐突に現れる。


「ったく……人が気持ちよく寝ている夜中に連絡してきたと思ったら、何だこの有り様は」


 ケビンさんが虫の息となっている盗賊たちを見ていたので、俺はありのままを伝えていく。


「いや、こいつらが俺に喧嘩売ってきたんで、ボコボコにしただけっス。で、そこの女に服の弁償代で貰う予定の宝の在り処を聞いたら、何も答えやがらねぇんでケビンさんを呼んだ次第っス」


「そりゃ答えられねぇだろ。それが【鬼神】九鬼の姿か? 人が変わったような雰囲気だな。お前、威圧がだだ漏れだぞ。女の子たちが怖がっているのはそのせいだ。とにかく威圧を解け」


「威圧? そんなスキルは持ってないっスけど……」


「お前が使っているのはスキルの方じゃない」


 全く意味のわからないことを言われている俺は、意味がわからないのでケビンさんに解き方を尋ねて見たものの、結局のところ意味がわからなかった。


「気持ちを落ち着けられるか? 【鬼神】九鬼じゃなくて冒険者クキに戻ればその威圧も解かれる」


「あぁぁ、無理そうっス。まだイライラが収まりそうにないっスね。もう少し盗賊たちを殴っていいっスか?」


「これ以上殴ったらあいつら死ぬぞ? お前は人の死を抱え込めるのか? とは言っても、もう親玉は死んでるけど」


「それなら野営中に襲ってきた奴らをブチ切れた時に殺したっス」


「手遅れか……まぁ、それで気が済むなら殺してこい。相手はどうせ盗賊だ。衛兵に突き出しても死ぬ未来しかない。運が良くて終身奴隷だな」


 捕まえたところで死ぬしかない盗賊だと教えられた俺は、まだイラついている衝動を発散するために盗賊たちを殴りに向かった。その時にケビンさんはケビンさんで、女の所へ向かったようだ。


「はい、毛布。寒かっただろ? 温かいスープでも飲んで体を温めて」


 俺が盗賊たちを殴りながらケビンさんの様子を見ていたら、女たちは素直にケビンさんからのスープを受け取り、静かに食事をしていた。


 ケビンさんマジでパねぇ。ガタガタ震えるだけだった女たちと会話をしている。


「あっちの少年は気にしなくていいよ。初めて人を殺したから気持ちが昂ってしまって、そのやり場のない感情をどうしたらいいかわからないだけだから。君たちをどうこうしようって気はさらさらない」


「で、でも……あの人……まだ殴っていますよ」


「あぁぁ……まぁ、気にするなって方が無理だよね。それで、君たちは帰る場所があるのかな? とりあえず日が昇ったら家まで送るよ」


「奴隷に帰る場所なんてありません」


「ああ、そういえばまだ外してなかったね」


 ケビンさんが何かしたかと思いきや、女たちの首輪が外れてボトボトと落ちていく。


「はい、これで君たちは奴隷じゃない」


「うそ……首輪が……」


「もう君たちは一般人だ。自由だよ」


「貴方は奴隷商人なのですか?」


「いや、俺が奴隷商人だったら君たちを奴隷から解放しないだろ? 言い方は悪いけど商品になるんだから」


 やがて盗賊全員を殴り殺した俺は、全然収まらない興奮をどうしたものかと悩み始める。久しぶりに人を思い切り殴ったために気持ちの落ち着かせ方がわからない。ここには力也や虎雄もいないし、相手をしてもらうってこともできない。


「クキ、落ち着かないのか?」


「無理そうっス」


「はぁぁ……こういうのはしたくないんだがな。お前が女性だったら良かったのに……」


 そう呟くケビンさんが俺に近づいてくると、おもむろに抱きしめてきた。


「ちょ、俺にそっちの趣味はないっスよ!」


「俺にもねぇよ! ベーコンレタスなんて言われたら、悶絶死する自信があるぞ!」


「なんスか、その美味そうなバーガーみたいなネーミング」


「BLくらい聞いたことがあるだろ? 世の腐女子から俺とお前で攻めと受けの議論が交わされることだ」


「――ッ! は、離れてくださいよ! 俺は真っ当に生きてるんスから! 男色の噂なんてされたくないっス!」


「俺も離れたいけどしばらく待て! 興奮が収まらないんだろ!」


「ぐっ……この絵面で興奮とか言わないで欲しいっス……」


 俺が自ら離れようにもケビンさんを振りほどくことが全くできない。どれだけ力の差があるのだろうか。そのようなことを考えていたらいつの間にかイライラした感情もなくなり、穏やかな気持ちに落ち着くことができた。


「よし、威圧も漏れてないし、もういいな。あとは念の為に魔法をかけておくから、しばらくは問題ないだろ」


「ご迷惑をおかけしてすみません。あの……ケビンさん、服が……」


 ケビンさんが僕から離れるとその着ている服は血塗れになっていて、そのことを僕が指摘するのだけど、ケビンさんはなんてことのないように魔法を使って自分の服と僕の服を綺麗にする。


 それからすぐ傍に盗賊たちの溜め込んだ財宝がいきなり現れて、ケビンさんが「持っていけ」と言うので、僕は服の弁償代として盗賊たちの財宝を貰うことにした。


 さすがに全部貰えないのでケビンさんにも分けようとすると、ケビンさんは「俺からしたら端金だからクキが全部持っていっていい」と言ったので、僕が全部貰うことになってしまう。このお宝が端金なんて言えるケビンさんは、いったいどれくらい稼いでいるのだろうか。


「この子たちは俺が連れていくからな?」


「お願いします。僕もその方が助かりますので。それで、その子たちもお嫁さんにするんですか?」


「バッ!? 不用意なことを口にするな!」


 僕の言ったことを女の子たちも耳にしたようで、口々に呟いている。


「お嫁さん……?」

「娶られちゃうの……?」

「散々穢された体なのに……?」

「冒険者に戻れないの……?」

「早くも引退……?」


 それからケビンさんは必死に女の子たちに対して弁明していたけど、女の子たちの視線が僕に向いたので、僕のわかる範囲でセリナさんから惚気話を聞かされた時の内容を女の子たちに説明していく。どうやらケビンさんの言っていた威圧がなくなったみたいで、女の子たちはボクが喋りかけても震えることはないみたいだ。


「同じ境遇の人がお嫁さん……」

「冒険者続けられる?」

「引退して農作業しようかな……」

「こんな体でもお嫁さんにしてくれるなら……」

「お花を育ててみたいかも……」


 その後、ケビンさんは大きな溜息をつきながら、この場から女の子たちを連れて消えるのだった。最後まで頭を抱えたケビンさんを見てしまうと、僕が迂闊に口にしたことが原因で何だか申し訳ない気持ちになってしまったけど、僕はケビンさんに言われた通りに死体をポーチに回収して、次に寄る街でギルドに提出しようと思う。


 この盗賊の中には懸賞金をかけられていたりする奴らもいるみたいで、捨ておいてアンデッド化されるよりも、ギルドに死体を丸投げして金を貰った方がお得なんだとケビンさんが説明してくれたのだ。


 だから僕も服の弁償代は既に貰ってるけど、更に手間賃としてお金を貰ってもいいはずだ。持ち運びたくもない死体をポーチに入れなきゃいけないんだから。


 そして、ふと気になってしまったことが頭を過ぎる。キレていた頃の気持ちは落ち着いているのに、死体を見ても吐き気がしないなんてケビンさんの魔法がきいているのだろうか。


 今更考えたところで答えは見つからないので、僕は後始末を終えて野営地に戻ったら、同行者の冒険者から何故か絡まれることになってしまった。


「てめぇ、実力があるなら最初から本気で戦え!」

「てめぇが手抜きしていたせいで、こっちの装備はボロボロなんだぞ!」

「金を払え、弁償だ!」


 いったいこの人たちは何を言っているのだろうか。僕が助けなかったら死んでいたというのに。結論から言うと、この人たちとは気が合いそうにない。


 そう思った僕は依頼主の商人さんに、これ以上一緒にはいられないことを伝えるのだった。


「商人さん、このクエスト下りさせてもらいます。同行者とはどうやらやっていけそうにないので」 


 商人さんは戦力が減ることを嫌ったのか何とか僕を留めようとするけど、あの同行者たちとはやっていけないということをキッパリと伝えて、僕は依頼を途中で下りるという、冒険者としては褒められたものじゃない行為をしてしまうのだった。


 それからギャーギャーと騒いでいる同行者たちを放って、纏められていた盗賊たちの死体をポーチに回収したら、僕は深夜だけどこの場にはもういたくないので街へ向かって歩き始める。


 そしてしばらく歩いていると、後ろから走ってくる足音が聞こえてきたので、同行者たちがまた文句でも言いに来たのかと思い、ひたすら無視して歩いていると、その足音の主が僕の服を掴んだ。


「ま、待ってください!」


 足を止めて振り返ってみると、僕の服を掴んだのはどうやら文句を言っていた男たちではなく、あのパーティーの紅一点だった魔術師の女の子だった。


「何でしょうか?」


「はぁはぁ……わ……私も……一緒に……」


「…………はい?」


 女の子が言った言葉に僕が困惑していると、呼吸を整えた女の子が1度深呼吸をして口を開く。


「あの人たちがああいう人だとは思いませんでした。今回はこの依頼を受けるために臨時でパーティーに入れてもらったんですけど、助けていただいたのにあんなことを言うなんて……」


「別にいいよ。その場限りの人間なんだし、こっちから関わらなければ嫌な思いもしなくて済むから」


「それで、私も商人の方にクエストを下りることを伝えて、クキくんを追いかけてきました」


「意味がわからない」


 女の子が語っていく内容は、僕がアジトに行っている間に破られた服を着替えようとしていたら、チラチラといやらしい視線をあの3人たちから浴びていたということだった。


「その時に身の危険を感じまして……このままパーティーを組んでいたらいつか襲われるんじゃないかと思って。クキくんがいなくなるなら益々その可能性が強くなって……怖くて……」


「いや、僕も男なんですけど……」


「クキくんはあの時に私の体を見向きもせずに毛布をかけてくれたので、やましい考えは持っていないと判断して……」


「演技かもしれないとは思わないんですか?」


「女の勘ですけどそうは思いません。それに私の体を狙っているなら、途中で依頼を放り投げるとは思いませんので。クエストの放棄はギルドカードに記録が残りますし……」


 その後も女の子とあーでもないこーでもないと話し合ったが、結局のところ僕が折れてしまって同行を許すことにした。さすがにこの深夜でいくら冒険者と言えども、女の子を1人で放置するわけにもいかないから。


 こうしてひょんなことが原因で、僕の旅に1人の同行者がついてくることになるのであった。

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