第499話 うっかり(女子サイド)

 時は遡り、九鬼が皇都を出発してから数日後のこと、ダンジョン攻略によってウォルター枢機卿の狙い通りレベルアップを果たしていた生徒たちは、多少なりとも教団の中で融通が効くようになっていた。


 そこで一部の女子たちから挙がった要望は、服などを買い揃えたいという名目の九鬼に渡すお金の話だ。


 その話は結果を出したためかすんなりと承認されて、幾ばくかの大銀貨を定期的にもらえるようになる。それがたとえ幾ばくかの大銀貨と言えど、普通に一般人が働くよりかは多いため、女子たちは早速気分転換に街へと繰り出すのだった。


 そしてまずは九鬼を探し出してお金を渡してから、余ったお金で自分たちの欲しいものを購入しようと女子たちは画策していた。全員で渡せば大した額でなくても、塵も積もればなんとやらで普通の生活が送れるようになるはずだと思っての行動だ。


「九鬼君を探すのはよろしいのですけど、まずは両替ではありませんのこと? 私たちは大銀貨しか持ち合わせていないのですわよ?」


 ぞろぞろと街中を歩く女子高生の集団に街人たちは好奇の視線を向けているが、そのような中で発言した周りの視線に慣れている勅使河原てしがわらの提案に、他の女子たちも賛同する。


 更には市場価格の調査を終えてからでないと、九鬼へ渡したお金が少ないかも知れないということも勅使河原てしがわらは付け加えていく。


 それによって女子たちはまず、一般的な宿屋の価格から調べていくことにするのだった。


 その後グループごとに分かれた女子たちは街中にある宿屋へと情報収集に向かい、後ほど集合しては持ち帰った情報を吟味していく。 


「どこもご飯付きと、そうでない時とで料金が違うみたいだね」


「あとはオプションでお風呂代わりのお湯代」


「洗濯を代行する所もあったよ」


「高級宿は全部こみこみで一定料金ってのもあった」


 色々な意見が出揃ったところで、自分たちが幾ら九鬼へとお金を渡したら最低の生活ができるのかと、最高の生活ができるのかで計算をしていくと、その中間のお金なら普通の暮らしになるのではという結論に至る。


「九鬼君、無駄遣いとかしないかな?」


 1人の女子がそのようなことを口にすると、別の女子が思いもよらぬことを口にするのだった。


「以前にたまたま見かけたことがあるんだけど、九鬼君って土木のバイトをしてたよ。だから経済観念とかしっかりしてそうだけど……」


「えっ!? うちの高校ってバイト禁止なんじゃ……?」


 そのような時に思考が現代社会に戻されたのか、教育実習生は別として1番知られてはいけない生徒会長へ女子たちの視線が突き刺さる。


「ふむ……九鬼少年はバイト学生なのか……これは見過ごすわけにはいかないが、ここは学校ではないからな。今の話は聞かなかったことにするが、あちらの世界に帰ってから九鬼少年と面談してみるか。やむにやまれぬ事情があるのやもしれんし」


 生徒会長からの面談という言葉に反応した女子たちは、九鬼が最悪停学処分を受けるのではないかと思い、たまたま事情らしきものを耳にしたことのある女子が、九鬼を庇うためにもそのプライバシーを暴露するのであった。


「う、噂で聞いたんですけど、九鬼君のおうちってお父さんしかいないって……」


「父子家庭ってやつ?」


「多分……本人に聞いたわけじゃないけど……」


「あっ、私は近所に住んでいますから知ってますよ。父子家庭なのは本当です」


「お母さん亡くなったの?」


 そのことを聞いた女子は病死の線を疑っていたのだが、近所に住んでいると言った女子は、何とも言えない表情となって視線を逸らすのだった。


銘釼めいけんさん、その顔は何か知ってるのよね? 言えないようなことなの?」


「これはさすがに……」


 銘釼めいけんが発言を躊躇っていると、百鬼なきりがその情報をどこで仕入れたのか知らないが、九鬼のプライバシーを気にもせず暴露する。


「あいつんちなら母親が浮気を繰り返して、中学の時に離婚したってゆー話を無敵から聞いたことがあるけど?」


「「「「「えっ!?」」」」」


「そういえば九鬼君……中学の時に同じクラスだったけど、ある時を境に女子を見る目が怖かった……」


「そりゃそうっしょ。母親は浮気を繰り返した挙句に、親父さんや九鬼を捨てて浮気相手の所へ行ったんだから、九鬼にとって母親は敵っしょ。んで、その延長線で女は敵って感じじゃね? たとえ今は女を敵視していなくても、絶対に信用のおけない相手くらいには考えていると思うし」


百鬼なきりさんはそんな情報をどこで……」


「ん? そんなの一時期グレてた九鬼が無敵や十前ここのつとつるんでたから、その流れで知っただけだし?」


「えっ、九鬼君って不良だったの!?」


 九鬼の過去を知らない女子がつい“不良”と発言してしまい、目の前にその無敵たちと今も繋がりがある百鬼なきりたちがいたことに気づいてバツが悪そうな表情になると、百鬼なきりは気にもしていないのか平然と言葉を返す。


「ってゆーか、今更気にするって意味わかんないんですけど? 散々うちらをそういう目で見ておきながら、ちょーウケるし」


「ご、ごめん……」


「ちなみに九鬼には気をつけなよー? 九鬼は無敵と同じくらい喧嘩が強いらしいから、うっかり機嫌を損ねないように気をつけた方がいいかもだし? 月出里すだちはあとからうちらのメンバーになったからそのことを知らないで、九鬼を馬鹿にしてはアホみたいなことをしてるけど」


「う……うそ……ヤバい……私、九鬼の【学生】って職に気づいた時、月出里すだちと一緒になって馬鹿にしちゃった……」


「千代はご愁傷さま~うちは九鬼が抜けた後に無敵のグループに入ったから見てないけど、十前ここのつが言うには無敵よりも容赦ないんだってさー無敵が逆に止めるくらい、喧嘩を売ってきた相手をボコボコにしてたらしいよ」


「ど……どうしよう……夜行やえちゃん……」


「うちが真っ先に馬鹿にしない点で気づけばよかったのに、千代はやっちゃったねーあの時は無敵も十前ここのつも何も言わずに黙ってたっしょ? 九鬼がキレた時のヤバさを肌で実感してるからだし、あの時点で九鬼が暴れだしたら月出里すだちと千代はボコボコ決定みたいな?」


「で、でも……無敵が近くにいたし……」


「無敵が言うには2度と喧嘩をしたくない相手らしいよ? 十前ここのつは言わなくてもわかるっしょ? 無敵よりかは弱いし、本人も勝てるわけがないって言ってたし」


「そ、そんなに強いの?」


「当時の九鬼は狂ってたって無敵が言ってた。自分が傷つくのを省みないし、下手したら殺さない限り向かってくるんじゃないかって無敵が恐れたくらいで、無敵が唯一負けた相手みたい。怖くなった無敵が怯んだ時に一気にボコボコにされて、十前ここのつが身を呈して九鬼を止めたらしいからねー」


「む、無敵が……」


 どんどんと本人の許可なく暴かれていく九鬼のプライバシーに、女子たちの顔は青ざめていく。今までクラスの中では1番怖いと思っていた無敵が更に怖いと言ってのける、九鬼の過去が白日の下に晒されたのだ。


「それなら今はどうしてあんなに普通なのかしら? とてもそのような過去を持っていたとは、簡単に想像できませんわ」


 百鬼なきりが散々九鬼のプライバシーを暴露したら、不思議に思ったのか勅使河原てしがわらが今の九鬼について尋ねるのだった。


「あぁ、それは母親からあんな目に合わされたってのに、それを恨むことなく至らなかった自分が悪いんだと生活している親父さんを見習って、そんな親父さんにこれ以上迷惑をかけられないって感じで、真っ当に生きる道を選んだらしい。それで、そんな親父さんを尊敬してんだってさ。それが無敵グループを抜ける時の理由だったみたい」


「九鬼ぃぃぃぃ……」


「千代は今更九鬼に感化されても遅いっしょ。みんなの前で馬鹿にしたんだし?」


「うぅぅ……夜行やえちゃんが冷たい……」


「そんな千代に朗報でーす! 九鬼って暴れてた時代に不良界隈で周りから何て呼ばれてたかわかる? 当てることができたら無敵に話を通して、千代のことは見逃してもらえるように一緒にお願いしてあげてもいいかも?」


 完全に千喜良のことを他人事だと思って揶揄っている百鬼なきりの思惑など知らずに、千喜良は一生懸命になって頭を捻り、何としてでも当てようと答えを紡ぎ出す。


「無敵とつるんでたから【無敗】とか?」


「ブッブー、残念。正解は【鬼神】だしー」


「う……うそ……外れた……」


「九鬼の名前にちなんで【鬼神】って呼ばれてたんだってさ。その暴れっぷりがまさに鬼がかってる上に鬼強ぇーって感じなもんで、誰も勝てないから【神】って文字が付いて、今でも不良たちの中でその名を耳にしてビビった奴らは、全員九鬼にボコボコにされた経験者だって無敵が言ってたし」


「終わった……」


 千喜良が人生の終了を告げるような口振りで項垂れてしまうと、今まで千喜良を揶揄って遊んでいた百鬼なきりに思わぬことが襲いかかる。


夜行やえ、因果応報って知ってる?」


 百鬼なきりにそう告げたのは無敵グループ最後の1人、千手である。今まで口を開かず百鬼なきりの晒す情報をずっと黙って聞いていたのだ。


「何だし?」


「簡単に言うとね、自分がしたことは自分に返ってくるってことよ。悪い意味で言うなら、身から出た錆とか、自業自得とか言い換えられるわね」


「自業自得ならわかるし、千代のことじゃね?」


「それもあるけど、夜行やえのことでもあるのよ?」


「いやいや、私は九鬼のこと馬鹿にしてねーからセーフっしょ?」


「多分知らないと思うけど、個人情報保護法ってわかる?」


「うちに難しいこと聞くなし」


「その中にプライバシー侵害ってのがあるのよ」


「プライベート進行? 学校帰りに遊びに行く感じ?」


 完全に頭のデキが月出里すだちレベルな百鬼なきりは、千手が言わんとしていることを理解できずに、ちんぷんかんぷんな回答をしてしまう。


 そして、その様子を見ている周りの女子たちはこれから起こる百鬼なきりの運命に対して、まさに因果応報だと思ってしまうのであった。


「九鬼君が知って欲しくないと思っていることを、夜行やえはみんなの前でペラペラと喋ったでしょう? 銘釼めいけんさんはその辺がわかってたから言わずに口ごもってたのに、夜行やえは喋っちゃったのよ」


「うちは知ってたからだし? 知ってたら普通は言うもんじゃね?」


「それを九鬼君が聞いて怒らないと思う? 自分のいない所で自分に関することを、別の誰かに向かって勝手に広められてしまっているのよ? 夜行やえならどう思う? 夜行やえの秘密を勝手にペラペラ喋る女子がいたら?」


「シメる!」


「つまり九鬼君も夜行やえをシメるってことよ? わかった? 夜行やえの今までの行いが因果応報ってこと。夜行やえにわかるように言えば自業自得よね?」


「……」


 千手による因果応報説を百鬼なきりにもわかるように教えていくと、百鬼なきりはだんだんと理解ができてきたのか、千喜良と同様に顔を青ざめさせていく。


「ヤ、ヤバい……ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい! マジでヤバいんだって! 奏音かのんっ、何かいい方法ないの?! 九鬼って何が好きだ? ケーキか? ケーキ持っていったら許してくれるか?!」


 先程の余裕から一変。百鬼なきりは狂ったかのようになり、九鬼に対して何とか機嫌を取れる方法はないものかとブレーンである千手に問うが、返ってきたのは更に追い打ちをかけるものだった。


「こっちの世界に来てケーキなんて見たことないわよ? それに私が九鬼君の好みを知ってるわけないでしょう? 私は夜行やえよりもあとに無敵グループに入ったんだし?」


「ちょ、千代! 一緒に無敵の所に行くぞ! マジで何とかしないとヤバすぎる!」


「そんなにヤバいものなの? 九鬼君が怖い人だったとしても、女の子に手を上げたりしないんじゃないの?」


「お前、九鬼のこと知らねぇからそんなことが言えんだよ! 無敵なら女相手だと手加減して軽くボコる程度で済むけど、九鬼は手加減なんてしねぇんだよ! 過去にはボコボコにされた奴だっているんだぞって、無敵が言ってたから間違いねぇって」


 女子からの疑問に百鬼なきりが焦って返答していると、勅使河原てしがわらは冷静に九鬼のことを分析して語り始める。


「九鬼君の過去話を聞く限りではそうなりますわね。当時は女性を敵として見ていたのならなおさらですわ。まさしく男女平等、性別関係なしに力を振るう。それこそが【鬼神】と恐れられる所以なのでしょう。鬼に対して人の常識なんて通用しないでしょうから」


「ふむ……九鬼少年の価値観での男女平等か……これはいささか話し合いをせねばなるまいな。今度、九鬼少年をお茶にでも誘ってみるか……私は抹茶が好みなのだが、九鬼少年は抹茶でもいける口なのだろうか……」


 勅使河原てしがわらの分析結果を聞いた生徒会長が九鬼と面談しようと画策するも、それが教育実習生の話によって脱線してしまうのだった。


「九十九さん、この世界に抹茶があるかわからないですよ?」


「なっ!? ミートソーススパゲティに引き続き、抹茶までもないと言うのか!? 私はこの世界に何をしに来たと言うのだ」


「それは魔王を倒しにだと思いますけど……」


「女史はそれでいいのか? ミートソーススパゲティも抹茶もないんだぞ」


「私はカルボナーラ派ですし、飲み物はドク――おほんっ、ルイボスティーが良いので……」


「くっ、このような所で敵に出会うとは……女史とはスパゲティについて、とことん話し合わなければならないようだ。せめてナポリタン派であれば、譲れたものを……」


 ついうっかり愛飲ドリンクを口からこぼしてしまった教育実習生は、すぐさま誤魔化すと何事もなかったかのようにして、生徒会長の相手を続けていく。


 そして生徒会長が喋り始めたら、どのような場所でも混沌と化してしまうのは、既に周知の事実である。


 そうなってしまうと手がつけられなくなり、生徒会長の相手を教育実習生がしている間に、他の女子たちはとりあえず両替のために何か買おうとウィンドウショッピングを始め、百鬼なきりと千喜良は九鬼の制裁パンチから逃れるために、無敵の所へと千手を連れて向かうのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「助けてー!」

「無敵ぃぃぃぃ!」


「なんだ、騒々しい」


「違うんだって」

「無敵ぃぃぃぃ!」


「意味がわからん」


 早速無敵の所へやって来た百鬼なきりたちは助けを求めるが、既に意味不明言語を投げかけており、無敵は迷わず『意味がわからん』と本心を口にした。そのようなところで説明に入ったのは、1番話が通じる千手である。


 その千手の説明を受けた無敵は、先程からの百鬼なきりと千喜良の狼狽っぷりに納得をしてしまう。


百鬼なきり、女子たちの前で喋ったのか?」


「だってーうちは知ってたし、知ってたら喋っちゃうもんじゃね?」


「はぁぁ……九鬼が暴れだしたら俺には無理だぞ? ……いや、今ならステータス差で抑え込めるか……?」


「頼むよぉ……うちはボコボコにされたくないんだってー無敵が散々怖いって言って脅すからだぞー」


「千手の言う通りで自業自得だろ。竜也のことを馬鹿にするくらいなら、百鬼なきりも少しは成長しろ。五十歩百歩じゃないか」


「無敵、私はー?」


「千喜良も自業自得だ」


 そのようなところへやって来たのは古株の十前ここのつである。


「千喜良の叫び声が聞こえたと思ったら、やっぱりいたのか」


十前ここのつぅぅぅぅ!」


「おい、抱きつく前に説明しろ。何だこれは?」


「九鬼ぃぃぃぃ!」


「説明になってない」


 千喜良が名前しか言わないことで十前ここのつが呆れていると、無敵からこの状況についての説明が入り、更に呆れ果ててしまうのだった。


「そりゃ、自業自得だ」


「だってー怖い人って知らなかったし、みんな教えてくれなかったし」


「当たり前だろ。九鬼のことを知っているのは俺と無敵、当時の不良か同じ中学の一部とかくらいだ。百鬼なきりに話したのは、馬鹿だから調子に乗って突っかかりに行きそうだったからだ。当時の九鬼に喧嘩を売るなんて自殺行為もいいところだしな」


「今はー?」


「多分、千喜良のことなんか気にしてないぞ。九鬼にとって千喜良はどうでもいい存在だしな」


「え……それはそれでグサッとくる……」


「千喜良だけじゃないから安心しろ。九鬼にとって女はそういうもんだ。そこら辺に転がっている石ころと同じで、気にする価値もない存在だ。だが、邪魔だと思ったら蹴って退けるからな、逆鱗に触れるのだけは気をつけろよ? 俺だと九鬼を止めるのは無理だ」


「無敵がステータス差で抑え込めるかもって言ってたけど?」


「お前は九鬼の恐ろしさを知らないから、簡単にそう言えるんだ」


 それから十前ここのつは千喜良に九鬼の恐ろしさとやらを説明していき、千喜良は話が進むたびに顔を青ざめさせてこの世の終わりみたいな表情となるが、無敵からのフォローもあったおかげで何とか持ち直すことに成功する。


 こうしてひょんなことから九鬼の過去が暴かれてしまい、喋ってしまった百鬼なきりと馬鹿にしてしまった千喜良はしばらく落ち込み続けてしまい、九鬼が見つかったら真っ先に謝りに行こうとビクビクしながら相談し合った。


 その後、女子たちの聞き込み調査で判明した『九鬼はもう街にいない』という情報を聞いた2人が、そのことに対して思い切り安堵してしまうことをこの時の2人はまだ知らない。

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