第485話 異世界召喚

※ 今回は2名ほど新たな生徒の名前が出てきます。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 涼しげな秋が木々を彩らせている10月のこと、ソフィーリアが夕食時にケビンへと話しかける。


「あなた、イベントが起こったけど聞きたい?」


「“起こりそう”じゃなくて“起こった”のか……セレスティアが何かしたことは予想できるが、内容は聞かないでおく。予想としては修行をして強くなったバカリエル関連が濃厚だけど」


「前回の暗殺者イベントが不完全燃焼だったから、今回は期待しててね。あなたがきっと楽しめるイベントよ」


「そう聞くと何気に大事になりそうで怖いんだけど?」


「ふふっ、私もどうなるか楽しみだわ」


「うーん……ソフィが思いのほか楽しんでるイベントか……やっぱり怖い……」


 そのような会話がなされた10月には、ミラ王妃が第5子となる4女のミーティア、モニカ王妃が第5子となる5女のモアナを出産したのだった。


 再び続いた女児の誕生に阿波踊りを知らないエムリスが、阿波踊りをしているかのような感じで喜びを表現しては、2人の王妃に毎度のことながら叱られてしまうのである。


 そして今回は高齢出産ということもあったので、ケビンの城にて万全の体制でことに望んだが、取り上げる人がケビンということもあってかエムリスはかなりごねてしまう。


 その時に王妃2人にスカーレット、更には孫にまで言われてしまい、エムリスは我が子が生まれるというのに意気消沈して、部屋の片隅でいじけてしまったのだった。


 それから1週間ほどは3人ともケビンの城で寝泊まりして、王妃2人の状態が安定しているところで、ケビンからもう帰っても大丈夫だということを説明される。


「それじゃあケビン君、私の娘を子供たちの婚約者候補にしてね」


「あら、ミラはアリシテア王国へ嫁入りさせるのではないのですか?」


「モニカはスカーレットを嫁入りさせたでしょう? その次はマノラ。それを考えると私はまだ1人もさせてないのよ」


「そういえばそうですね。では、この娘はバージルくんの婚約者候補にしましょう」


 喚くエムリスを他所にそのようなことを淡々と決めていく2人に対して、ケビンはあくまでも当人同士の問題だと告げると、マノラや今回産んだ子が育てば自由に遊びに来れるように、3人を送った際にはミナーヴァの王城へ転移ポータルを設置した。


 そして翌月の11月にはセレニティの念願だった第1子で長男のセスを出産し、続けてアインの妻であるリナ義姉が第2、3子となる双子の長女のアリーダと次女のアリーゼを出産すると、カインの妻であるルージュ義姉が同じく第2、3子となる双子の長女のリシェラと次女のリシェルを出産する。


 こうしてケビンの周りでは慶事が立て続けに起こり、喜びの賑わいを見せるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 時は遡り10月のある日のこと、神聖セレスティア皇国のフィリア神殿にて、魔王を討つために勇者召喚の儀式が行われようとしていた。


「これで子羊たちの準備は終わりです」


「うむ」


 神殿関係者の者が上位者にそう報告すると、その上位者は準備の終わった部屋を見渡す。そこには薄暗い部屋に集められた数多の奴隷たちが、不健康そうな状態で転がされていたのだった。


「迷える子羊たちよ。今宵、そなたたちは苦しみから解放され、女神フィリア様の元へ召されるであろう。何も心配することはない、これは神聖なる儀式でそなたたちの魂の浄化でもある。受け入れよ、女神フィリア様のご寵愛を」


 そう告げた上位者はもう用はないとばかりにその場を立ち去り、その後を下位者の者も続いていく。そして残された奴隷たちは生きる気力を失った瞳で、虚空をただただ見つめるのであった。


 それから少し時が経ち、複雑な魔法陣が描かれている広間に、軍務担当のウォルター枢機卿が人を連れて姿を現す。


「準備は整ったのか?」


「はっ、滞りなく済んでおります。あとは発動するのみです」


「よし……では姫様、勇者召喚の儀式をお願いします」


「あの……本当に大丈夫なのでしょうか? 儀式と言われましてもこれが初めてですし、上手くいくかどうか……」


「大丈夫です。これは代々続く皇族のみが行える神聖なる儀式なのです。純血の象徴たる神聖な姫君のみが行える儀式。心配には及びません。足らない魔力は我らが補います。そのために聖職者たちを集めたのですから」


 そのようにウォルター枢機卿から嘘を伝えられた姫は、その言葉を疑うことなく広間の両端に並んでいる聖職者たちへ視線を流した。


「それに警備体制も万全です。たとえ召喚された勇者が暴れようとも、神殿騎士団テンプルナイツがついておりますので」


「我ら神殿騎士団テンプルナイツが姫様をお守りいたします」


「よろしくお願いします」


 そう答えた姫は魔法陣の前に立つと詠唱を始める。それはいくら儀式の経験がないとは言っても小さい頃から教えこまれてきた詠唱であり、一言一句違えることなくスラスラと召喚の言葉を口から紡ぎ出していく。


 そして、紡がれる度に魔法陣の輝きが増していき、姫が最後の言葉を口にした途端、魔法陣が一際輝きを放つと広間は光に包まれた。


「うっ……」


 あまりの光の強さに誰しもが目を瞑り、魔法陣を直視することができずにいると、やがて光が収まっていつもの部屋の明るさを取り戻したら、皆が見つめる先には、見たこともない服装をした数多の少年少女たちの姿があった。


「どうやら成功のようです。それどころか初めての儀式でこれほどの人数を召喚するとは、姫様は女神フィリア様から愛されているようですな」


 ウォルター枢機卿が姫へ声をかけると、あまりの出来事に呆けていた姫は現実へと連れ戻される。


「せ、成功して……よかったです……」


「さ、姫様は休まれてお体を癒してください。あとのことはこちらが引き受けますので」


 そのように声をかけたウォルター枢機卿が聖職者へ視線を向けると、その中から1人が前へと進み、姫を誘導して城へと導くのだった。


 そして残された者たちは召喚された勇者たちへと視線を向ける。


「ようこそお越しくださいました、勇者様方。ここは神聖セレスティア皇国の皇都セレスティアにあるフィリア神殿です。女神フィリア様を崇めることを旨としております」


 仰々しくも歓迎の態度を見せるウォルター枢機卿は、自己紹介をして何のために召喚したのかを軽く説明し終えたら、生徒たちの持つ情報を手に入れようとする。


「古くから残る文献によりますと、勇者様方はステータスを自分の意思で見れるのだとか。是非ともその能力をこちらへ開示していただき、記録に残させて欲しいのですが如何でしょう?」


 その言葉を聞いた教育実習生は、生徒たちの中に明らかに伝えてはいけない職に就いている者たちがいるので逡巡していたら、その職に就いている教えては何かありそうな生徒が口を開いた。


「俺の職業は勇者じゃないが知りたいのか?」


 敬語のケの字も使わない少年に対して、ウォルター枢機卿のこめかみがピクピクと反応してしまうが、ここで機嫌を損ねては魔王討伐の駒として使えなくなるので、大人の対応をしてみせるのだった。


「ええ、是非ともお願いします」


「いいだろう。俺の職業はあんたらが倒したがっている魔王の上を行く【大魔王】だ」


「か~っ、力也マジぱねぇ! 目をつけられることほぼ間違いなしなのに、それを言っちゃうのかぁ?」


「遅かれ早かれ知られることだろ?」


「んじゃあ、俺も。俺は【暗黒神官】だ!」

「俺は【暗黒騎士】らしい」

「私は【陰陽師】……つっても、あんたらにはわからないか」

「私は【ネクロマンサー】よ」

「私は【アサシン】ですー」


「さぁ、どうする? あんたらのお呼びじゃない職を持つものが、少なくとも百鬼以外の4人だな。もしかしたら千喜良は優遇されるかもな」


「ちょー! 私の【陰陽師】だってバリバリの悪役できるって!」


「私、優遇されちゃうのー? 後ろからグサリだよー?」


「宗教団体なんて上に行けば行くほど権力争いが起こるだろ? 千喜良の【アサシン】なんか持ってこいの職だ」


 当人そっちのけで勝手に喋り始めている6人を見ているウォルター枢機卿は、とてもじゃないがそれどころではなかった。打倒魔王を掲げていたら大魔王を召喚していたのだ。


 この状況で落ち着けと言う方がおかしな話であるが、平静を装っているウォルター枢機卿は、パッと見て少年少女たちが同じ服装に身を包んでいるので、周りから恐れられていないところを見ては、上手く取り込めば容易く魔王を討伐できる駒になるという考えに至ったのでそれを行動に移した。


「えぇー……どうするかという質問に関してお答えしますと、歓迎するとしか言いようがありません。私たちが倒したいのはこの世界にいる魔王であって、勇者召喚によって喚ばれた貴方たちではないのです」


「へぇー歓迎するのか……」


「ええ。見たところ貴方がたは同じ服装に身を包んでいるので、何かの組織に属する者だと判断しました。そして周りの者が恐れていないところを見ると、貴方が大魔王であっても悪しき者ではないということが判断できます」


 そう伝えるウォルター枢機卿の言葉に納得がいったのか、無敵はそれ以上何も言うことはなく身を引いた。


 そして教育実習生と生徒たちは、それから1人ずつ名前と職業を告げていき、ウォルター枢機卿は下の者にそれらの記録を行わせていく。


 ところがここで思いもよらぬ職を持った者が現れた。


「も、もう1度言ってくれるか?」


「はい。僕の職業は【学生】です」


 その言葉にウォルター枢機卿も記録をしている聖職者も言葉を失うどころか、目の前の少年が何を言っているのか理解できなかった。そして、そのことを聞いてしまった生徒が、ここぞとばかりに揶揄い始める。


「マジか桃太郎!? お前ここに来てまでも【学生】すんのかよ! どんだけ勉強してぇんだ!」

「ちょーウケる!」


 図らずもそれは問題ありの職を持つグループに聞かれてしまい、たちまちに周りの生徒へも伝播していく。


「え……【学生】とか意味わからない職業を取って、引きなおしをしなかったの?」

「あいつ、アレでカースト下位に落ちるな」

「俺だったら引きなおしをしてるぜ」

「何だか可哀想だね」


 周りの生徒たちがその話題で持ち切りになっている頃、ウォルター枢機卿は【学生】という職を持つ少年に問いただす。


「私の予想なのだが……それは何かしらの生徒ということで合っているかね?」


「はい。僕は珍名高校の生徒です」


「その『ちんみょうこうこう』というのは何かわからないが……ふむ……本当に【学生】という職業なのかね?」


「はい」


 質問に対する答えを聞いたウォルター枢機卿が大きく息を吐くと、その少年に元に戻るよう促すのだった。そして、それからは特に問題もなく聞き取りを終えたウォルター枢機卿は、聖職者にある物を持ってこさせてそれを生徒たちへ配った。


「それは勇者様方をお守りするバングルです。たとえ選ばれし勇者様方と言えど、今はまだ訓練も受けていないただの人の身。万全の体制で警護に当たらせていただきますが念には念を入れさせてもらい、その魔導具を準備しました」


「これはどのような効果があるのでしょうか?」


 ウォルター枢機卿の説明を聞いた教育実習生が質問をすると、ウォルター枢機卿はそれに澱みなく答えていく。


「その魔導具をはめて『プロテクト』と唱えれば、簡易結界が身の回りに張られて攻撃を防げます。そして『リリース』と唱えれば結界はなくなります。試しに使ってみてください」


 そして魔導具という言葉に惹かれたのか、生徒たちは次々とバングルを嵌めていき実演していると、1人の少年が手を挙げる。


「あの、僕のがないんですけど」


 その申告に対してウォルター枢機卿が答えたのは、枢機卿側からしてみれば当たり前の内容であった。


「貴方は勇者様方とは違いますので必要ありません。村人と変わらないような人間なので狙われることがないですから」


「そうですか」


 そう答えるウォルター枢機卿は既にその少年から興味をなくしており、仮に狙われたとしても、その少年に対しては生きようが死のうがどうでも良いことだった。


「では勇者様方、今日はお疲れでしょうから詳しいご説明は明日の朝から始めますので、これからお部屋へご案内をさせていただきます。部屋は個室を用意させていただきましたので、ごゆるりとお休みください。それと、係の奴隷を1人ずつ付けますので好きにお使いください」


 それから教育実習生と生徒たちは部屋へ案内されて、それぞれの奴隷が1人ずつつきその日を終えるのであるが、とある少年の所へウォルター枢機卿が訪問する。


「少しいいかね?」


「はい」


「召喚しておいて言いにくいのだが、君は冒険者になってくれ。さすがに働かない者を遊ばせておく余裕はないのでね。君のいた世界にこういう言葉があるのだろう? 『働かざる者食うべからず』という言葉が……」


「ありますね」


「冒険者ギルドへの紹介状は書いたから、これを持って明日の朝から向かうといい。それとこれが支度金で金貨を10枚入れてある。村人だと一生をかけても稼げない額だ。明日から君は他の者たちと違い別行動となるが、宿屋への紹介状もあるからそれを見せれば格安で泊まれるだろう」


「わかりました」


「ふむ……君は良い人間のようだ。大変忍びないがこれも偉い人が決めた決まりごとでね。君のこれからの生活に、女神フィリア様のご加護があらんことを願っている」


「ありがとうございます」


 そして心にもないことを伝え終わったウォルター枢機卿は、その少年の部屋から出ていくのだった。


「はぁぁ……これって厄介払いだよなぁ……係の奴隷もいないし……まぁ、いても困るだけでしかないけど……」


 奇しくもオタクグループから借りた小説が功を奏して、こういう時は素直に従っていた方が自分の命も取られずに、更には相手の心象も良くなり助かる可能性が高いことを知っていたがゆえ、先程のウォルター枢機卿とのやり取りとなったのだ。


「父さん……僕、異世界に来ちゃったよ……」


 そしてその少年は受け取ったものと一緒にベッドに寝転がっては、遠く離れた場所にいる父親への思いを募らせていく。


「あぁぁ……バイトどうしよう……無断欠勤になったし、たとえ帰れてもクビになってるよなぁ……父さん大丈夫かな、心配してるよなぁ……はぁぁ……あの時以来迷惑をかけずに生きていきたかったのに、高校に入ったらこれだよ……はぁぁ……」


 溜息が次から次へと出ては父親のことが頭から離れず、そのあともずっと溜息をつき続けて、深夜を回った頃にようやく少年は眠りにつくのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 とある1室にて、部屋を宛てがわれたあとにこの部屋へやってきた者たちがいた。


「どうしよう……」


「こんなことになるなんて……」


「貴女たちはいつも通り過ごしなさい。それと新しい能力を得てもすぐに開示してはダメよ。周りの様子を見ながら同じスキルを持っていたら、少しずつ開示していくの。固有スキルの開示なんてもってのほかよ?」


「わかったよ。平凡を目指してみる」


「にぃから遊んでもらった経験がこんな所で役に立つなんて……」


「それは言っちゃダメ……もう遊んでもらえないんだよ?」


「にぃ……」


「……2人とも、とりあえずは従っているフリを続けるわよ。出る杭は打たれるんだから、目立つ行動は控えるようにね」


 こうして人知れず3人の会話は終わり、その後も何かあると人目を忍んではこっそり会話をして、自分たちが置かれている状況を精査していくのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



珍名ちんみょう高校 生徒名簿


千喜良 (ちきら)


百鬼 (なきり)


 どうでしょうか? 読めましたか? 私は『百鬼』を『なきり』と読むことは出来ませんでした。そのまま読んで『ひゃっき?』と思ったくらいです。あと、今回で苗字は出ましたが、名前は作中に出できてから更新します。

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