第471話 助っ人現る
翌日、ケビンは軍議用天幕で話し合いを行っていた。
「バカリエルってこのまま帰ると思う?」
「難しいところですが、あれだけの攻撃を受けて無傷というわけにはいきますまい。優秀な回復術師がいれば話は別ですが……」
「正直、あの洗脳具合を見ると本日も戦いが起こりそうな気がします」
「一応、布陣するだけしておきましょう」
「それが良いでしょうな」
話し合いの結果、連合軍は布陣して様子を見るということになると、それぞれのやるべきことのため解散しては仕事に向かうのだった。
一方でその噂の張本人であるガブリエルは、軍議用天幕の中で騒いでいた。
「出ると言ったら出るのです!」
「だから無理だって言ってんだろ。魔法で回復させたとはいえ、骨がまだ完全には元通りになっていないんだぞ」
「私も反対です。どうしても戦いたいと言うのならば、まずは使者を遣わして頭を下げてから、日を改めてもらえるようにお願いするしかありません」
「魔王に頭を下げろと言うのですか!?」
「頭を下げるのは総団長じゃねぇだろ。遣わされた使者だ」
「それに向こうは見逃してくれたのです。本気なら誰1人として生き残ってはいませんよ。重傷を負った総団長自身、それがわからないわけではないでしょう?」
「くっ……」
「それが俺たちとしての妥協点だな。戦うのなら日を改める、戦わないのならこのまま本国に帰る。それと俺から条件をもう1つ。戦ったとしても次が最後だ。それ以降は悪いが認めるわけにはいかねぇ」
「なっ!? ここまで来て、しっぽを巻いて逃げろと言うのですか!?」
「俺は団長として兵を無駄死にさせるわけにはいかねぇ。昨日だけで5千だぞ? あの短時間で5千の命が消えたんだ。しかも治療中のやつらはまだいる。総団長はそいつらにも戦場に出て戦えと言うのか?」
「そ……それは……」
「さぁ決めてくれ、総団長。兵士たちの命を対価に負け戦をあと1回するのか、それとも停戦を申し込んで本国に帰るのか」
「わ……私は――」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
寒々とした中で晴れ渡る大空の下、両軍は戦場にて再び顔を突き合わせる。
結局のところ2日目には戦をすることはなく、セレスティア皇国軍側からの使者が訪れて延期を申し出てきたのだ。
その内容としては1週間後に泣きの1回である決戦を行い、それが終われば本国へ帰るというものである。その話を聞いたケビンはガブリエルの図々しさに呆れてしまうが、本人が帰る気になっているのでその申し出を受けいれた。
それからの日々というものは何もすることがなくなり、仕方がないのでケビンは兵士たちに決戦の前々日までは終始酒を解禁して、士気が下がらないように取り計らう。
これにより兵士たちは日中は訓練、夜は酒といった日々を送ることになるのだが、意外にも朝っぱらから酒浸りにならず真面目に訓練を行っていたので、良い方向に裏切られたケビンは追加で男女別の大衆浴場を設置して、訓練後の汗を流せるように取り計らった。
その追加報酬が更に兵士たちのやる気を漲らせてより一層訓練に励むことになり、士気の落ちぬまま練度を維持しては決戦の日を迎えることになる。
向かい合う両軍は士気の違いはあれど戦い尽くすという気概は同じで、意外なことにセレスティア皇国軍は初日のような士気低下は見受けられず、その顔はどこかこの戦いに納得をしているようでもあった。
そしてここに神聖セレスティア皇国の現在に至るまでの歴史上で、類を見ないほどの大敗戦となる聖戦の火蓋が切られる。
「皆さん、この戦いを聖戦と呼ぶのはもうやめます! 今日のこの戦いは私の私怨です。私たちに非があるのは明確ですが、愚かだった私のために散っていった部下たちを弔うただの復讐です! 1人でも多くの弔いができるように、どうか私に皆さんの力を貸してください! 女神フィリア様の加護のもとに!」
「「「「「導きを持って子羊を救わん!」」」」」
初日とは違ってやる気のある返答をするセレスティア皇国軍を他所に、ケビンもまた前口上を始める。
「お前たち、この戦いに勝てば家へ帰れるぞ! 家族や恋人の待つ家に! 独り身のやつはこの戦で男らしさを見せつけろ! そして女を惚れさせろ! 俺が嫁とイチャイチャするためにさっさと終わらせるぞ!」
「「「「「爆発しろ!」」」」」
「「「「「私も混ぜて!」」」」」
両軍の前口上が終わり号令がかかると、怒涛の如く兵士たちは前へと進み両軍の武力が衝突する。初日は連合軍が押していたが今回はセレスティア皇国軍の士気が高いこともあり、両軍の戦いは拮抗していた。
それを本陣から眺めているセレスティア皇国側では、ガブリエルが戦らしくない苦痛な面持ちで立っている。
「言った通りになっただろ?」
「ですが……嘘をつくなど……」
ガブリエルがタイラーの提案で述べた前口上に後ろめたい気持ちを抱いていると、タイラーとヒューゴは年配者として今はまだ若い戦争未経験者のガブリエルを諭していく。
「将ってのは時には嘘をつかねぇといけねぇ。それが沢山の兵士たちの命を預かる身ってならなおさらだ。言葉1つで兵士たちのやる気が変わるんだ、自分の信念よりもまずは兵士たちを生き残らせる道を選べ」
「その通りです。兵士たちはゲームの駒ではありません。あそこで戦っているのは1人1人が命を持つ、私たちと同じ人間なんです」
「でしたら、戦わず撤退した方が……」
「それを納得できるのか? 1人で残るからみんなは帰れってのはナシだぞ」
ガブリエルが思っていたことを先にタイラーから言われてしまい、ガブリエルは沈黙を持ってして言葉を返す。
「それに今回は悪いことばかりじゃねぇ。あちらさんの初戦の被害はうちよりも多かったみたいだ。兵士が消えたという報告から、もしかしたら即治療して死傷者0っていう最悪の展開もあったんだがな」
「そうです。敵は永遠と兵数2万に対して、こちらはどんどん兵数が減っていく。そのような状況に陥ったらまさに地獄です。それを考えると敵の兵数が減っているのは大助かりですけど、兵士が消えた謎は残ったままなので気味が悪いです」
「まぁ、兵士たちの練度はこちらの方が上だし、今回は士気も高い。それに……今日は初戦で暴れていた強敵が参加していないみたいだ。このままいけば拮抗したまま、痛み分けで終われるだろ」
ガブリエルたちがそのような会話をしている一方で、連合軍側の軍議用天幕では、ケビンがのんびりとモニター観戦を行っていた。今日は嫁たちが不参加のため、ケビンと同じようにモニターを見ている。
「もどかしいわね」
戦場の様子から両軍が拮抗しているため愚痴をこぼすマリアンヌだが、ケビンがそれに対して淡々と返す。
「まだ始まったばかりだろ。マリーが出るとしたらこちらが押された時だ」
「我慢しなさいよ、マリー。今回はできるだけ兵士たちだけでやる作戦なんだから」
そのような会話をするケビンたちが見ている戦場は、連合軍側が押され始めていた。相手は経験豊富な聖戦のための兵士たちであるのに対して、連合軍側はごっこ遊びのために集められた新兵や、戦争未経験者たちだからだ。
前回は相手の士気があまりにもなかったこととサラやマリアンヌが最初から参加していたことで、相手は混乱の渦に呑み込まれて連合軍側が押していたが、今回はガブリエルの馬鹿の1つ覚えが発動せず、セレスティア皇国軍側の士気が上がっていたことが原因とも言える。
「それにしてもガブリエルが突っ込んでこないな。てっきり前回と同じで突っ込んでくると思ったのに」
「黄色の人に怒られたのかしら?」
「突っ込んでこないところを見ると多分ね」
「今回はアブリルの番なんでしょう?」
「前回クララが出た時にちょっといじけてたからな」
「ここに呼んでおかなくていいの?」
「ここから出発させたらクララみたいに跳ねていって、到着と同時に地面を殴りそうだから直接現場に転移させる」
「クララさんは凄かったものねぇ」
「さすがにあれを直接食らいたくはないわね」
「本人曰く手加減してあれだからな。まぁ、地面が割れてないだけ手加減していたのはわかるけど、もうちょっと手加減して欲しかったな」
ケビンがそのような感想を抱いては、今頃女の子たちのお世話をしているクララを想像してしまうのだった。
ところ変わって捕虜組たちは、野営地で特に何もすることなくテントの中で歓談していた。帝国の戦力(ケビン周辺限定)を知ってからというもの、そのような相手に戦争を仕掛けるなど馬鹿らしいと感じて、既に気分は亡命後に住む帝国での暮らしである。
「やっぱり都会だよ」
「でも田舎の落ち着いた雰囲気も捨てがたいよ?」
今は都会と田舎のどちらに住むか議論されている最中で、行ったことのない場所なので容易に想像もできず、参考としているのはセレスティア皇国であった。
「フィアンマ団長はどっちですか?」
「あたしか? あたしは多分帝都だろ。一応殺されなかった恩を返さなねぇといけねぇからな。軍に所属できるならしてみてぇ」
「オフェリー団長は?」
「私は~ケビン様のお嫁さんかな~」
「それ、都会か田舎の選択肢から外れてますよね?」
「お嫁さんだから帝都だよ~」
「メリッサ団長はどうですか?」
「私はケビン様のお役に立てれば、住む場所にはこだわらないです」
「あら~遠距離でもいいの~?」
「なっ!? れ、れ、恋愛とかはまだっ!」
「誰も遠距離恋愛なんて言ってないよ~『私たちと遠距離でもいいの~?』って意味合いだったんだけど~」
「~~ッ!」
オフェリーに見事揶揄われたメリッサは顔を真っ赤にすると俯いてしまうが、そのような中でカトレアは仲の良い同僚に揶揄われていた。
「カトレア~その指に光ってるのは何かな~? 出国時はつけていなかったよね~?」
「こ、これは……その……」
「んー? もしかして……誰かと結ばれちゃった~?」
「むすっ、結ばれてないよっ! まだキスだけだよ!」
「私は恋仲になったか聞いたんだけど、カトレアはむっつりさんだねー」
「ちがっ、違うもん!」
同僚の手のひらでコロコロと転がされてるカトレアは、耳まで真っ赤にしながらなけなしの抵抗を続けていたが、同僚が核心に迫ってくると恥ずかしそうに答えるのだった。
「ケビン君……」
「えっ……魔王様……?」
同僚はカトレアの結ばれた相手が魔王と知って、動揺を隠せずにいた。奇しくも自分たちにも側妻の話が上がっていたので、他人事とは思えなかったのである。
それからのカトレアは同僚から根掘り葉掘り聞き出されてしまい、しまいには周りにいた者たちまでカトレアの恋バナを聞くべく集まりだすと、戦場とは全く無縁の話がテントの中で繰り広げられていくのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方で戦場では大きな動きがあった。とうとう連合軍側が押されてしまったのだ。1度こうなってしまうとセレスティア皇国軍の勢いが増し、中々連合軍側は巻き返すことができない。
それでも何とか耐え忍んで巻き返しの機会を図りながら、指揮官たちは状況を把握しつつ指示を飛ばしていく。
このような展開はガブリエルたちも予期しておらず、自軍の奮闘に唖然としていた。
「まさか押してしまうとはな……」
「ですが、問題はここからです。恐らく帝国は何かしら手を打ってくるでしょう」
「ヤツらが出てくるだろうな」
「出てきますね」
「私はまだ出てはいけないのですか? 今の勢いをなくす前にもっと押し込んだ方が良いのではないですか?」
「それも1つの手だが……見返りが少なすぎる。と言うよりも、損失の方が大きい」
「何故です?」
「総団長、忘れたのか? 初日に負けてボロボロにされたのを」
「ッ!」
「つまり、あちらさんはうちから総団長が出れば、これみよがしに戦力を投入してくるぜ。そうなると総団長は再びぶっ飛ばされて士気はガタ落ち、あちらさんは殲滅戦に移行するって寸法さ」
「ですが、何もしないというわけには……」
「だが、しばらくは待機だ。仕掛ける時は俺たちも戦場に出る」
タイラーに説明されたガブリエルは逸る気持ちを抑え込みながら、自分の出番はまだかまだかとその時を待つのである。
そしてケビン側では戦場に変化を起こさせる次の1手を打つため、とある者たちを転移で喚び寄せた。
「「くぅー?」」
「よしよし、今日も元気だな」
ケビンが双子を撫でながら声をかけると、リンとシャンは喜びの声をあげる。
「「くぅー!」」
「今日はお前たちに遊び場を用意した」
「「くぅー?」」
それからケビンは、ブラッディパンブーの双子であるリンとシャンにモニターを見せながら敵と味方を教え込むと、さらに追加で助っ人を喚び寄せる。次に呼んだのはバイコーンたちで、セロ以外の放牧場に残っていた3頭である。
そこへセロも呼び寄せて4頭集めると、双子と同様に戦場にいる敵と味方を教え込んだ。
「ケビン、私じゃないの?」
「マリーはヤバくなってからが本番だ。今は修正のきく範囲だから双子の狩りの練習ついでに、バイコーンたちでサポートをさせる」
「その子たちが出たら出番がなくなりそうだわ」
「いいじゃない。ここでケビンとのんびり過ごせるんだから」
「ここは我慢です、マリー様」
「2人はもういいの? あいつらはケビンを魔王呼ばわりしたのよ」
「だって、ケビンが自分で名乗っちゃったもの。本人が気にしないのなら私はもういいわ。ケビンと一緒に過ごすことの方が大事だもの」
「戦場よりもケビンですよ、マリー様」
「それも一理あるわね」
マリアンヌがサラの言葉に納得してしまうと出陣意欲が消え去ってしまい、サラやシーラと一緒にティータイムを続けるのだった。そしてケビンは戦場を混乱に陥れる助っ人を、転移を使って敵陣の後方へ送り出すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます