第457話 力の片鱗
会談を終えた数日後、セレスティア皇国軍の使者がエレフセリア帝国軍陣営へとやって来て、明日に開戦を行おうと打診してきたのでエレフセリア帝国軍側は問題ないとして、その場で返答して使者を返した。
「よくもまあ、ここまで焦らしてくれたよねぇ」
「何だか戦争という雰囲気ではなくなりますな」
「それこそが向こうの狙いなのでしょう」
「全くここまで焦らされるとは、向こうの参謀は人の感情を揺るがすのに長けているようですね」
「兵たちの士気はどうなってる?」
「ある程度は維持しておりますが、最高潮と言うには程遠いでしょうな」
「やっぱりか……まんまと敵の術中にハマってしまったな」
こうして勘違いを続けたままケビンたちは明日の決戦に臨むため、兵たちの士気をいかに上げていくかを議題として話し合い、それが終わると侯爵たちは実行に移してこの日を終えるのだった。
そして迎えた決戦当日、両軍ともに野営地を離れたら戦地へと足を運んで隊列を組み終えると、総団長のガブリエルが馬を駆けさせ両軍の中央へと配置につく。
「あれって何?」
ケビンは相手が今更何をしているのか疑問に思い、中央軍の司令官であるユソンボウチーへと問いかけた。
「恐らく口上戦でしょうな。相手を罵り、自らの正当性を高々とのたまい、全軍の士気を上げるための作戦ですな」
「ふーん……それってうちにも効果ある?」
「陛下が迎えば我が軍の士気も上がりましょう。しかし、無視すれば相手にいいように罵られて、心中穏やかな状態ではいられず指揮系統にも不備が出るでしょうな」
「わかった。んじゃー行ってくる」
ケビンがガブリエルの元へバイコーンを駆けさせると、それを見ていたクリューゲントやシカーソンはユソンボウチーの元へと馬を駆けさせた。
「陛下が口上戦をするのか?」
「そうだ」
「陛下って口上戦の経験はあるのか?」
「ないな」
「「おいっ!」」
「別に良いだろう。陛下が陛下らしくすることによって、我々は士気を上げるのだ。常識に囚われない陛下だからこそ、前例を見ない口上戦になって相手を引っ掻き回してくれるだろ」
「つまり焦らされた仕返しということか」
「それならば効果覿面だな」
3人がそのような会話をする中で、ケビンはガブリエルの元へとついていた。
「どうも、ガブリエルさん」
「それは貴方の騎馬……ですか?」
ガブリエルはケビンが乗りつけてきたバイコーンを見ては驚いていた。ガブリエルの騎乗する騎馬との大きさは歴然であり、ケビンを見上げる形となっている。
そして、ただの馬である騎馬は目の前に現れた強者であるバイコーンに対して、恐れを抱き落ち着きなくこの場を離れようとするが、ガブリエルが上手く手網を引いて落ち着かせようとしていた。
「セロ、少しの間威圧を解くんだ。あちらの馬が落ち着かないと話にならない」
セロがケビンの指示に対して嘶くと、それだけでガブリエルの馬が今にも駆け出そうと暴れ出す。
「お、落ち着け……どーどー」
しばらくしてガブリエルの騎馬が何とか落ち着きを取り戻すと、ガブリエルはケビンに対して口上戦をするどころか単なる会話を始める。
「今回は開戦をお待ちいただいてありがとうございます。会談の2日後に
「へぇーそれは凄いな。もしかしてあの白い集団がそうなのか?」
ケビンはセレスティア皇国軍の一部へ指をさして真偽を窺うと、ガブリエルがそれに答える。
「はい。どうやら幼体のドラゴンを仕留めたようです。成体でなかったために大して苦労はなかったとか。2体いたようですが、1体を団長が1人で仕留めている間に、残りの1体を団員たちが相手取って時間稼ぎをしていたようです。それで合流した団長が団員たちと力を合わせて、最後の1体も仕留めたのです」
「連携が上手くいった形だな」
「そうですね。彼は自国へ帰ったら、冒険者で言うところの2Sランク相当であると認められるでしょう。単独で幼体とはいえドラゴンを討伐したので。部下が成長しているので私もうかうかしていられません」
「2Sかぁ……規格外の仲間入りだな。2体も倒したなら鎧が新調できるんじゃない? 使い回しも味が出ていいだろうけど、新品もまたそれはそれでいいものだからな」
「そうなんですよ! しかも彼らが倒してきたのは貴重な白いドラゴンで、中々新調できない彼らの鎧を作ることができるんです! 快挙ですよ、快挙!」
自分のことのように嬉しそうに語るその言葉を聞いたケビンは、喜びを表しているガブリエルを他所に『えっ??』と混乱してしまう。ガブリエルが告げた内容が真実なら、討伐されたのは白種のドラゴンだからだ。しかも幼体ともなれば思い当たる節がありすぎて不安が後を絶たない。
兎にも角にもケビンは真実を確かめるべくガブリエルへ団長と会話をしても良いか尋ねてみると、ガブリエルはケビンが冒険者であることから、ドラゴンを倒した団長の英雄譚を聞きたいのだろうと2つ返事で了承して、開戦前だと言うのにケビンを自軍の騎士団の元へと案内する。
それを後方から見ていたセレスティア皇国軍はケビンが近づいてくることに混乱し、アリシテア王国軍は唖然とし、エレフセリア帝国軍はケビンの自由な振る舞いに失笑していた。
「ほらな、言った通りになっただろう」
「口上戦を始めるどころか敵陣へ行くとは……」
「あれは誰にも予想できない展開だ」
「新兵たちも陛下らしさを見れて、程よく緊張が解れたことだろう」
「
「これが当たり前だと思われたら、兵法が意味をなさないぞ」
ところ変わって騎士団側では、団長たちが集まって会話を始めていた。
「なぁ、総団長があの冒険者を連れてきてるぜ」
「引き抜きに成功したのかしら~」
「ふむ、戦力が増えることは良いことです」
「ってゆーかよぉ、これ戦争だよな? 何かおかしくねぇか?」
「総団長だから仕方がないですよ」
「総団長は相変わらずということですか……」
フィアンマから始まりオフェリーが続いてヒューゴが戦力増強を喜ぶと、タイラーが戦争らしくない状況に困惑して、メリッサとヘイスティングスは『総団長だから』という理由で納得していた。
そしてガブリエルがヘイスティングスの元へケビンを案内すると、ガブリエルが馬から降りたのでケビンもそれに倣いセロから降りると、ガブリエルはヘイスティングスを紹介するのだった。
「この人が会談の場で伝えた
いきなり団長の紹介を始めたガブリエルに対して他の団長たちは困惑し、それは紹介された当の本人でもあるヘイスティングスも同様であった。
「ケンさんが貴方の武勇を聞いて興味があるらしく、話を聞きたいそうなので連れてきたのですよ。見ての通りケンさんは冒険者ですから」
「そ、そうだったんですか……」
ガブリエルがケビンを連れてきた理由を伝えると、ヘイスティングスは困惑しつつも納得をするが、ケビンが聞きたいのは武勇ではなく真実である。
「初めましてヘイスティングスさん。貴方が白いドラゴンを討伐したと聞いたので、真実かどうか確かめたかったんだ」
「それは真実だ。総団長や他の団長たちにも討伐したドラゴンを見せましたから。まぁ、おかげでマジックポーチが団員たちの分も使って、いっぱいいっぱいになってしまいましたけどね」
「バラして回収したと?」
「それはそうですよ。丸ごと回収できるマジックポーチなんてありませんから。ケンさんはドラゴンを倒したことがないのですか? それならドラゴンの大きさを測り損ねているのも納得です」
「幼いドラゴンと聞いたのだが?」
「幼くてもドラゴンはドラゴン。見たことないのならその大きさも想像がつかないでしょう」
自慢げに語るヘイスティングスを他所にケビンが静かに口をつぐむと、帝城からクララを転移させる。
いきなり現れたクララを見たガブリエルたちは唖然としてしまうが、呼び出されたクララも呆然としてしまう。
「……主殿よ、ここは見たところ戦場か? と言うよりも、何故に苛立っておる?」
「クララ、1つ聞きたい。パレスから抜け出た子ドラゴンはいるか?」
「……パレスから? ふむ……それは何も聞いておらぬが、アブリルを呼べばわかるだろうの」
クララの回答を聞いたケビンはそれを確かめるべく、今度はアブリルを転移させた。
「ッ! ここは……? あ、主様! それに長まで!? いったいどうされたのですか?」
「アブリル、パレスから子ドラゴンが抜け出したか知りたい」
ケビンがそう伝えるとアブリルはバツが悪そうな顔つきとなり、視線を泳がせる。
「アブリルよ、主殿が問うておるのだ。答えよっ!」
アブリルの雰囲気から察したのか、クララは語尾が強くなり答えを問いただした。その声にビクッと体を震わせたアブリルがおずおずと語り出す。
「そ、その……2週間ほど前から2匹ほど子ドラゴンの行方がわからず……いつもなら戻ってくるはずなのに戻ってこず、人化できるドラゴンを使って情報収集をしながら捜索に当たらせたのですが、何分好奇心旺盛の子ドラゴンゆえに何処にいるか見当もつかず、捜索が難航しておりまして……」
「そうか……」
「す、すみません、主様! 主様のお手を煩わせるようなことはしたくなくて、報告せず黙っておりました!」
「アブリルよ、わかっておるな?」
「こ、この身にかえても全力で捜索に当たります!」
クララからの威圧にアブリルが焦りつつ慌てて捜索の意志を示すが、ケビンがその必要はないと言って聞かせる。
「なぁ、ヘイスティングスさん。もし可能なら討伐したドラゴンを見せてくれないか?」
置いてきぼりを食らっていたガブリエルたちはケビンの申し出に困惑しつつも、指名を受けたヘイスティングスは特に困ることもないので、討伐を疑われるのも癪だと思い、確定的な証拠となる部位を自身のマジックポーチから外に出した。
「「――ッ!」」
それを見てしまったクララとアブリルが言葉を失い硬直する。ヘイスティングスが取り出したのはドラゴンの生首だったのだ。2人は同族の変わり果てた姿に息を飲むが、ふつふつと怒りが込み上げてきていた。そのような中でもケビンは淡々と話を進める。
「アブリル、このドラゴンに見覚えがあるか? もしかしたらパレス以外のドラゴンかもしれない」
「こ……この……この状態だと気配が完全に途絶えていますので、母ドラゴンしか見分けがつかないかと……」
アブリルの回答を聞いたケビンは【マップ】を使い、いないで欲しいと願いつつもパレスから子ドラゴンを失った母ドラゴンを検索すると、該当するドラゴンを見つけ出してしまった。
(くそっ……)
ケビンが苦虫を噛み潰したような表情になると、クララが察してしまいケビンへと声をかける。
「主殿よ、前に主殿が言ったであろう? この世は弱肉強食だ。今回のことは悲しきことだが仕方のないこととも言える。我らが簡単に人間を屠れるように、人間もまた弱きドラゴンを屠れるのだ」
「でもっ……」
「主殿のその心が何よりもの供養になる。我らが死んで悲しんでくれるのは、同族以外では主殿くらいよ。主殿が他色のドラゴンを狩るのもまた弱肉強食のうちだ。仕方がないのだ……」
ケビンがやり切れない気持ちでいっぱいになっていると、様子を窺っていたヘイスティングスがケビンへ声をかける。
「そちらの話を聞いていると、このドラゴンはケンさんのペットだったのですか? 騎馬も魔獣を使役しているようですし、職種はテイマーなのかな? ドラゴンを使役するテイマーとは珍しいことこの上ないですが、仮に生まれたばかりのドラゴンなら可能性としては充分にありそうです」
「いや、違う」
ヘイスティングスの話した内容を否定したケビンに対してヘイスティングスはペットを知らずうちに殺したのなら、それなりの賠償を取られるかもと思っていたがそうではないとわかってしまい、しなければいいのに因果関係を知らないヘイスティングスが行動に出てしまい、それが耐えていたケビンの逆鱗に触れた。
そう……ヘイスティングスはドラゴンの生首を足蹴にしながら、口を開いたのだ。これはヘイスティングスの本来の性格である残虐な部分が出た、無意識の行動とも言える。
「はは、それは良かったです。このドラゴンを狩るのにそれなりの損失もありましたので、ペットを殺した賠償を払えと言われてしまうかと思い、ビクビクとしてしまいましたよ」
「きっ……さまぁぁぁぁっ!」
ケビンから吹き荒れる魔力の奔流が形を成し、それを見たセレスティア皇国軍は誰とはなしに呟く。
「ま……魔王……」
黒き魔力の奔流が吹き荒れる中で、ケビンは
「来いっ!」
ケビンが更に転移を発動すると、そこにはパレスにいた母ドラゴンが姿を現す。現れたドラゴンは急なことに戸惑いを隠せないが、視界に入ったケビンの姿を見て驚いてしまう。
「(えっ……?? わ、我が王!?)」
「(お前の子を救えなかった。許してくれ)」
「(え……え……?)」
喚び出されたドラゴンが困惑している中で、セレスティア皇国軍が展開についていけず混乱しているが、その中でも1人だけ行動に移した者がいる。
その者はすぐさま手に持つランスを握りしめ、ドラゴンへ向かって攻撃を仕掛けた。
「――ッ!」
「何のつもりだ、ガブリエル?」
ガブリエルから繰り出された突きはドラゴンを貫くことはなく、ケビンが素手で握りしめ止めていた。
咄嗟の展開についていけなかったセレスティア皇国軍は、結果として目に映った光景に驚愕とする。
「なっ!? 総団長の攻撃を止めただとっ!」
「あれ~武技を使い忘れたのかな~?」
「それどころではないです! ドラゴンですよ、ドラゴン!」
「ありゃあ、希少種の白いドラゴンだな。しかも成体ときたもんだ」
「呑気なことを言ってないで、総団長へ助太刀しますよ!」
「な……な……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方でアリシテア王国軍は。
「閣下、あれはいったいどういうことですか!?」
「見たところ、皇帝陛下がドラゴンを召喚したんだろ」
「そんな悠長な! に、逃げないとドラゴンに殺されますよ!」
「黙って見ておけ。ドラゴンを皇帝陛下が庇うってことは、あのドラゴンは皇帝陛下の仲間ってことだ。あれが救国の英雄と言われる者の実力だ。セレスティア皇国軍にもう逃げ場はない。蹂躙劇が始まるぞ」
「我らはどうすればっ?! 戦いが始まったら助太刀しないと癒着を疑われますよ!」
「何人たりとも動くことは許さん。ただ黙って皇帝陛下が暴れるさまを見ておけ。滅多にない機会だぞ、ドラゴンなんか目じゃないこの世の理不尽というものが目の前で繰り広げられるんだ。しっかりと目に焼き付けて心に刻んでおけ、この世には絶対に敵に回してはいけない存在がいることを」
ウカドホツィ辺境伯がそう告げて指揮官へと指示を出したら、アリシテア王国軍兵士はこの時点で戦争終結を言い渡されたのだった。その後はそのままその場を動かず、見学者としてこの状況を見守ることとなる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、エレフセリア帝国軍陣営は。
「あれが陛下のお力か……」
「初めて見た……」
「ド、ドラゴンを喚び出すなんて……」
ケビンの戦闘用の力を初めて見た3人はセレスティア皇国軍側で今から起こるであろうことに、少なからずとも同情を禁じ得ない。
「粛清の話を聞いたことがあるか?」
「ああ、生きたまま燃やされたんだよな?」
「それが起こると言うのか?」
「現場にいたのは奴隷たちだったが、どうにも燃やす前に死ねない魔法をかけられて、恨みを持つ奴隷たちから滅多刺しにされたらしい」
「……それは真実なのか? 相手からしてみれば地獄ではないか」
「死ねない魔法とかありえんだろ」
「奴隷から解放された者が酒場で喋っていたらしいが、どうにも酒が入ってて胡散臭い話だったからな。噂話を耳にした時にケイト殿に尋ねたのだ」
「何と?」
「真実だと。ケイト殿もその場にいて全てを見ていたらしい」
「死ねない魔法……地獄が始まると言うのか……」
クリューゲントとシカーソンは噂でしか知らなかったケビンの粛清方法に対して、ユソンボウチーから裏取りの終わった真実だと告げられてしまい、生唾を飲み込みながらこれから起こることを想像して身震いするのであった。
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