第436話 里帰り

 学園の野営実習を無事に終えた翌月の10月のこと。帝城ではヴァレリアが第1子となる長男を産んで、ヴァンスと命名された。


 ヴァンスは人族と鬼人族との間に生まれたハーフオーガで、申し訳なさ程度に角がちょんと左右対称で生えている。その角は歳を重ねる事に伸びていき適度な長さで止まるが、今はまだ生まれたてで硬くもなくぷにぷにとした触感である。


「ケビン、この子を強くするぞ。今から鬼人族最強の戦士に育てる」


「まぁ、それはちゃんと大きくなってからだな。赤子の時から鍛えていたら死ぬぞ」


「むぅ……ハイハイできるようになったらいいよな? な?」


「ダメだ。鍛練は俺が鍛えてもいいと判断してからだ。それまでは優しいママでいてやれ」


「ズリぃぞ、ケビン。それだとすぐに最強が取れないじゃねぇか」


「そんなに最強が欲しいなら先ずはヴァリーが先だろ? プリシラには勝てるようになったのか?」


「…………まだ……」


「最強の母親と最強の息子の方が俺はカッコイイと思うけどなぁ。周りから最強の親子って言われるんだぞ?」


「おおっ、それはいいな! よし、プリシラに挑んでくるか」


「待て待て……その前に子供を育てろ。育児放棄をしたら息子が最強を目指してくれなくなるぞ」


「ぐっ……子育てって大変だな」


「俺とヴァリーの子なんだ。大事に育ててくれ」


「それはちゃんとするぞ。ケビンに嫌われたくないからな」


「その意気だ。頼りにしてるぞ、奥さん」


「ああ、任せてくれ。旦那さん」


 ヴァレリアが変な道へ走ろうとしていたのを無事に回避させたケビンは、しばらくこの手で攻めれば大人しく子育てに専念するだろうと安堵したのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ある日のこと、ケビン独占権を行使しようとするクララは、ケビンを外へ連れ出そうとして憩いの広場で話しかけていた。


「どこに行きたいんだ?」


「ちょいと里帰りだの」


「ん? 集落か?」


「うむ。さすがに3年も空けておるからの、あやつたちがちゃんと数を増やしておるか長として確認せねばならん」


「あぁぁ……自分に子供ができたから強く出られるってわけか……」


「そう言うでない。クラウスも成長したから旅にも耐えられるであろ?」


「んー……わかった」


 ケビンはクララの鼻高々な里帰りに付き合うため、しばらく旅に出ることを嫁たちへ伝えるのだった。


 それから帝城の裏までクララに連れてこられたケビンはクラウスをクララから受け取ると、クララは少し離れてドラゴンの姿に戻る。


「ママすごーい!」


「ほほ、凄かろう? では主殿よ、背に乗ってくれるか? 集落まで飛ぶゆえな」


 ケビンがクラウスを抱えてクララの背に飛び乗るとクララは翼を羽ばたかせて空へと浮かび、そのまま自身の集落へと向かっていく。


 その後、帝都上空に現れた巨大なドラゴンを見た都民たちが大混乱して騒ぎとなったが、すぐさま帝城から『通り過ぎただけで交戦はない』と安全を周知徹底させたら、しばらくの後に混乱は収まった。


 そのような騒ぎが起きているとは露知らずに、クララはのんびりと空の散歩を楽しんでいた。その背ではケビンもまたリラックスしており、クラウスが転げ落ちていかないように結界を張っていて、お茶セットを【無限収納】から取り出したらクラウスとのんびり景色を楽しむのだった。


 ケビンたちは帝城を出発してから西へ飛び、帝国領を越えて更に西へ進んで未開拓地域に入ると、そこから更に北へ向かった所で山脈地帯に周囲を囲まれて人が踏み入れられないような秘境と言われそうである森林地帯が視界に入る。


 その森林地帯を中心にして彼方此方で白種のドラゴンがのんびり過ごしており、クララが戻ってきたのがわかっているのか咆哮を挙げていた。


 そして中心部にある拓けた場所でクララは着陸した。


「ようこそ、主殿。ここが私の集落だ」


「凄いな……正に秘境だ……」


 ケビンが感嘆としていたら周りから白種のドラゴンが飛んできて、クララを囲むように下りてくる。


「あれ? ドラゴンが小さくない?」


 飛んでいる時の遠目からではわからなかったが、ドラゴンが近くまでやってくると全長が2メートルほどで思いのほか小さく、そのことに対してケビンが疑問を呈したらクララが当たり前のように答えた。


「小さくならなければ集落に収まらんだろう」


 クララがケビンへ教えたのは大きな集落地を抱え込まないためにドラゴン自体が小さくなることで、狭い土地でも生活できるようにしているとのことだった。


「まぁ、大きさを変えられるやつだけが森林地帯へ入ってくるからの、できんやつらは山住まいだ」


「へぇー省エネだな」


 ケビンがクララの土地活用法に感嘆としながらクラウスを抱えて背から下りると、周りのドラゴンから声が挙がる。


「長っ! 散歩の期間が長いです!」

「そこの人間は餌なの?」

「食べていい?」

「でもあの子供……角と翼と尻尾があるわよ」

「ん? 外の世界には変な生き物がいるんだね」


 ケビンたちが下りたことによってクララが人化すると、いつもの姿に戻ってからドラゴンたちへ話しかけた。


「そこの人間に手を出したら私が殺すぞ。まぁ、その前にそなたらが殺されるであろうがな」


「我々が人間に遅れを取るとでも?」


「遅れどころか動けぬぞ。動いた瞬間に殺されると認識するからの」


「それはないよーだって人間だよ?」


「まぁ、喧嘩を売っても殺されることはないだろう。私が殺さないでくれと頼んでおるからの。だが、痛い目を見るくらいなら私も別に構わんと思うで止めはせぬぞ?」


「そんなにその人間はお強いのですか?」


「当たり前であろう。私の旦那だぞ」


 クララからの突拍子もない返答によってドラゴンたちは驚愕するが、すぐさまありえないことだと判断して否定する。


「お、長……少し見ない間に冗談の技術でも磨いてきたのですか?」

「長って年寄りだもんねーボケたかな?」

「食う者と食われる者。ただのおもちゃ」

「さすがに冗談が過ぎるわ」

「あの変な生き物は何だろうね?」


 ドラゴンたちが言いたい放題いっていると、最後の“変な生き物”呼ばわりしたドラゴンはクララから拳骨を受けてしまう。


「ぐげっ!」


「クラウスは私の子だ。変な生き物呼ばわりは許さん」


「確かに多少なりともドラゴンの気配を持ち合わせているようですが、もしや人化が不安定でそのような姿になっておるのですか?」


「違うぞ。龍と人との子だからこういう姿であり、龍人族という種族になる」


「いえ、ですから冗談はやめてください。そもそも人間とドラゴンでは子供が作れませんよ。それに長を倒せる人間なんかいるわけないじゃないですか。そんなのがいたら龍界隈でビッグニュースになりますよ?」


「仕方ないのぅ。主殿よ、ちょっとこやつらに殺気を飛ばしてくれ。しばらく見ん間に頭が堅くなったようだの」


「いいのか? チビっても知らないぞ?」


「構わん」


 再確認後のクララからゴーサインが出たことによって、ケビンが5匹のドラゴンへ殺気を飛ばす。


「「「「「――ッ!」」」」」


 ――ジョロロロロ……


 もろに殺気を浴びたドラゴンたちはガクガク震えながら、ケビンが懸念した通りに失禁してしまう。


「ほれ見ろ。言わんこっちゃない」


「よいよい。こやつらには良い薬になっただろ。上には上がいるということが良くわかったであろ」


「初めて会った時のクララだな」


「私はお漏らしなどしておらぬぞ!」


 ドラゴンたちの大惨事が起きてからしばらくすると、落ち着きを取り戻したドラゴンたちは身を縮みあがらせてみんなで体を寄せ合っていた。


 その光景があまりにも不憫に見えたケビンは席を外すためにクララへ散歩してくると伝えたら、クラウスとともに森の散歩へ向かうのだった。


 ケビンとクラウスが立ち去ったあとクララは懸念であった繁殖の経過を尋ねるが、それは若いドラゴンしか行っておらずそれ以外のドラゴンは年月を積み重ねてきた分そこら辺のオスより強くなってしまい、相も変わらず無駄に過ごしているのだと言う。


「なっとらん。私みたいに早くつがいを作らぬか」


「長だってドラゴンを産んでないじゃないですか」

「そうそう、龍人族とか言っちゃってるし」

「龍族じゃない」

「長も何か良い案を出して欲しいわ」

「どこかにオスが落ちてないかな?」


「龍人族を馬鹿にするでない。新種族だぞ、世界にただ1人だ」


「世界に1人って可哀想じゃありませんか?」

「確かに1人きりって寂しいねー」

「孤立してる」

「はぐれみたいだわ」

「増やせばいいんじゃない?」


 あーでもないこーでもないと議論を重ねていくクララは、最終的にオスが弱いのが悪いという責任転嫁をするドラゴンたちに頭を抱えてしまう。


 そしてケビンはまだ話し合っているとは思わずに、間の悪いタイミングで散歩から帰ってきてしまった。


「いたっ! 強いオス!」


 ドラゴンの1匹がそう叫ぶと、クララたちの視線が一気にケビンへ突き刺さる。


「なんだ、主殿か」


「なんだとはなんだ。いい加減散歩に飽きたから休む場所を教えてくれ。クラウスを休ませたい」


「うーん……私の巣はドラゴン用だからのぅ……」


「マジかよ……まぁいいや。ここ借りるぞ」


 クララの巣がドラゴン用と言われてしまって落胆したケビンは、【無限収納】の中から携帯ハウスを取り出すとクララが許可を出す前に設置して、クラウスとともに中へと入っていった。


「長……こう言っては何ですが、あの方は自由ですね……」


「主殿は基本的にフラフラするからの、束縛を嫌い自由でありたいのだ。冒険者だしの」


「ドラゴン相手にあそこまで勝手に振る舞う人間って初めて見たよー」

「そもそもドラゴンの集落に人間は来ないから初めて見るのは当然」

「ある意味凄い人間だわ」

「ねぇ、強いオスいたけどどうする?」


「なんだ? そなたは主殿に孕ませて欲しいのか?」


「だって他にいないよ? 強いオス」


「馬鹿ね、あの方に孕まされても長の例を見ると、龍人族が生まれるだけじゃない」


「長の子供が1人にならなくていいじゃん」


「ふむ、そなたのことは主殿に頼んでみるかの。私の子のことを考えおるとは見直したぞ。まぁ、まだ増やすつもりだから1人きりということはないがの」


 そう言ったクララは家の中に入ると、ケビンを呼び出して連れてくるのである。


 そしてクララから連れ出されたケビンは、訳もわからず種族会議に参加させられてしまう。


「――ということでだな、こやつを孕ませて欲しいのだ」


「何が『ということ』なんだよ! 相手はドラゴンだぞ」


「主殿は以前に私がドラゴンの姿でも抱けると言ったであろう」


「それはクララだからだ。そもそもそのドラゴンは人化できるのかよ?」


「できるよ」


 クララから指名されていたドラゴンが光に包まれると、白髪でボブカットの赤色の瞳が特徴的な女性が姿を現す。


「ってゆーか、何でドラゴンは服を着ないんだ!」


 人化した女性は何も着ておらず平然とした態度で、ケビンへとその裸体を惜しみなく晒していた。


「ドラゴンに服を着る習慣があるわけないであろう」


 ケビンがクララと会話をしていたら、女性がトコトコとケビンへ近づいて声をかける。


「交尾して」


「ぶふぅっ! ちょ、おいクララ! どうなってんだ、お前んとこのドラゴンは。常識を教えとけよ!」


「そやつの言うことがドラゴンの常識だぞ。メスは強いオスに孕まされるのを望むからの。至って正常だ」


「はぁぁ……」


 ケビンが頭を抱え込んでしゃがむと女性は自分が間違っているとは思っておらず首を傾げていて、ケビンの苦悩は察してもらえなかった。


「あのな? 女の子ならもう少し恥じらいを持つもんだぞ」


「よくわかんないよ?」


 ケビンの言ったことに首を傾げる女性を見ていたクララはケビンへ初めて会った時のことを話して、その時よりも更に無知であると説明するのだった。


「どうかの、主殿。ソフィ殿には勝手ができぬゆえ報告したのだが、主殿がよければ問題ないと許可が下りたぞ」


「え……マジで?」


「ああ、マジだの。ダークエルフ族のお悩み相談を解決したであろう? あれと中身は同じであるからの、特に問題はないそうだ。それよりも応援しておったぞ。クラウスの同族が増えて将来は寂しがらずに済むと」


「あぁぁ……龍人族の件か……」


「私も頑張って増やしたいがまだ我が手を離すにはクラウスは小さすぎるゆえな、ドラゴンの血が入っておるから人族よりかは成長は早いが2人目はもう少し待って欲しい」


「やっぱり成長が早いのか。なんか大きくなるのが早いと思っていたが……」


「魔族とのハーフもそうなるぞ。外敵から身を守るための流れよの。だいたい見た限りでは1.5倍から2倍くらいであろうな」


「それってその分早く死ぬのか?」


「死なぬよ。ソフィ殿に尋ねてみたら肉体の成長が早熟なだけで、大人になったら成長が一時的に止まるみたいだの。老い方はエルフと同じだ」


「そうか……それなら心配いらないな」


 ケビンはクラウスの成長が早い分早死するのではないかと危惧したが、いらぬ心配のようでホッとすると胸を撫で下ろした。


「それでのぅ……言いにくいんだがの……」


「何だ? その子を孕ませろってこと以上に言いにくいことなんてあるのか?」


「できればの……他のドラゴンにもして欲しくての……」


「はぁぁ……別に今更1人も2人も変わらないだろ」


「だがの……人化できぬドラゴンがおってな……」


 結局のところクララがお願いしたかったのは、ケビンがドラゴン化して人化のできないドラゴンも孕ませて欲しいというものであった。


「ソフィ殿が『ケビンならスキルでドラゴンになれるわよ』って言ってくれての、白種の数を増やして欲しいのだ。も、もちろん主殿が嫌ならしなくても構わんのだ。今のスピードからして数百年も経てば数もそれなりにはなるであろうからな」


「ソフィ……」


「や、やっぱり今のはナシだ。主殿に嫌われとうない」


「…………クララ、ドラゴンって最大で何匹産めるんだ? 卵なんだろ?」


「主殿……?」


「お前の悲しい顔を見せつけられるくらいなら、ドラゴンにくらいなってやる。数百年も待つなんて気が遠くなるぞ」


「長く生き続けておるのに今更数百年くらいどうってことはない」


「俺がいないのに耐えられるのか?」


「……」


「クラウスだってクララほど生きる保証はないぞ?」


「……嫌だ……主殿やクラウスと死別するのは嫌だ……そんなの耐えられない……」


「まぁ、どっちみち考えていたことだ。俺が死ぬ前にドラゴンの種をクララに仕込んで、俺が死んだあと寂しくならないようにしようってな」


「うぅぅ……主殿が死ぬのは嫌だ……」


 クララはケビンが死んでしまった未来を想像してしまい、思いのほか堪えたようでケビンに抱きついては泣き出してしまう。


「俺はこの世界の人族だからな。長生きしたとしてもせいぜい60代くらいだろ。いつかは死ぬ。まぁ、不老不死のやり方は聞いたけど、ソフィが許しても原初神様は怒りそうだしな。人族の理を外れるわけにはいかない」


「ケビン……死んじゃヤダ……」


 それからもクララは泣き続けてしまいどうしようもなくなったので、ケビンがドラゴンたちに「今日は解散だ」と告げると、ドラゴンたちもクララの変わりように驚いていたようでケビンの指示に従ってはどこかへ飛んでいった。


 そしてケビンはクララを連れて家の中へ入ると、クラウスと一緒にクララを慰めながらのんびりと家族3人で過ごすのであった。

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