第413話 SS アインと文通と恋心

 季節は巡りケビンが20歳を迎える5月のこと。兄であるアインから慶事の知らせが届く。


 その慶事とはアインがようやく伴侶を迎えることが書いてあり、気になるお相手は同じ家格である伯爵家の令嬢であった。


 そのような慶事の手紙が届く前、まだ年が明けたばかりである頃――


 その当時のアインは家督をまだ継いではいないが伯爵家の次期当主な上、カロトバウン家と縁を結びたいという秘めたる思いを持った貴族は後を絶たず、以前からお見合い話はひっきりなしに浮上していたのだ。


 それもひとえにケビンが帝国の皇帝となりアリシテア王国から去ったことで、母親であるサラの脅威度がほんの少しだけ落ちてアプローチがしやすくなったという背景があり、ケビンがまだ王国貴族に属していた頃はその権威と脅威性が大いに存在感を放っており、中々手が出せなかったということもあった。


 他にはカインが功績によって子爵位を賜ると貴族たちにとって縁を結ぶには狙い目だと思われていたら、既にエルフの婚約者がいてその婚約者と結婚したので第2夫人狙いでお見合い話を持っていくのだが、今のところ第2夫人を娶る予定はないと断られることが多く、カロトバウン家である以上権力を使った強硬策にも出られずに断念するしかなかったからだ。


 よって未だ結婚はおろか婚約者もいないアインへ貴族たちからのアプローチが集中していたのだった。


 しかもカインの端的な返事とは違って貴族の礼儀に則ったアインの返事は相手にとって益々好印象となり、2度3度と諦め悪く手紙を出してしまう貴族も中にはいた。


 そのような多数の手紙の中からアインも時間を割いては相手の情報を収集しており、アインのお眼鏡に適わなかったお相手にはお断りの手紙を拵えて返事を返している。


 そして色々な貴族から手紙が届く中で情報も着実に溜まっていくと、アインは娘がいるはずなのに手紙を出していない貴族家があることに気づいた。


「カレン、いるかい?」


「はい、アイン様」


「この家の情報を集めて欲しいんだけど頼めるかな?」


「ディシスカース家ですか?」


「ああ、適齢のご令嬢がいるはずなのにお見合い話がないんだよ。もしかしたらもう決まった相手がいて手紙がこない可能性もあるけど、それなら発表しているはずだし少し気になるから念の為に情報として知っておきたい」


「かしこまりました。すぐに取りかからせます」


 カレンはそう答えると任務遂行のためカレン仕込みの能力を持つメイドへ指示を出して、ディシスカース家の情報収集に当たらせるのだった。


 それからしばらく期間が空くと情報を持ち帰ったメイドからカレンへ報告が上がり、その調査内容が書かれた資料を受け取ったカレンはアインへと報告に向かう。


「アイン様、少しお時間よろしいでしょうか」


「なんだい?」


「先の指示であったディシスカース家の調査が終わりましたので、そのご報告をするお時間をいただきたく」


「わかった。報告を聞くよ」


 カレンは調査内容の書かれた資料をアインへ手渡すと、スラスラとその内容を報告していく。


 そしてひと通り報告を聞き終えたアインは何かを考えているような仕草を取り、考えが纏まったのか手紙を書くとカレンへディシスカース家へ送るように指示を出した。


 それからアインがディシスカース家へ手紙を送ってからしばらくしたのち、相手からの返事である手紙がカレンより手渡される。


 その手紙の封を切り中身を取りだしたアインが読み始めると、またもや手紙を書き始めて同じようにディシスカース家へ送るのだった。


 そのようなことをアインが繰り返していると季節は春の訪れを知らせて、徐々に寒さもなくなり適度に気温も上がり始めていた。


 そしてアインが新しく届いたディシスカース家からの手紙を受け取るといつものように中身を確認したら、今までとは違って手紙を書くのではなく別の行動に移すのである。


 自室を出たアインは父親であるギースの執務室を訪れたら、自分の意思を伝えてギースからの許可をもらおうとする。


 その話を聞いたギースからの許可が出たアインはギースの書いた封書を受け取ると旅支度を始めて、準備が終わり次第ディシスカース領へ向けて1人で出発するのだった。


 次期当主であるアインはお供も連れず旅に出てしまったが、これはひとえにアインの実力を知っているギースだからこそ許可したのであり、実力がなければ貴族らしく豪華な馬車での移動となっていた。


 そしてアインが小銭稼ぎで魔物を狩りつつ旅を続けていたら、目的地であるディシスカース家の邸宅がある街へと到着する。


 そこで風呂付きの宿を取ったアインは出発時に冒険者登録をしていたので道中で倒した魔物の素材を売るためにギルドへと赴いて、その用事が済んだアインは旅の疲れを癒すためにその日はゆっくりと過ごすのだった。


「カインは確かルージュさんと一緒に苦労してAランクまで上げたって言っていたから、僕がこの短期間でBランクまで上げたって知ったら悔しがるかな? 帰りの道中を考えるとギリギリAランクには届きそうなんだけど、この際だから狙ってみるのもアリかもしれないね」


 カインの悔しがる顔見たさに茶目っ気が出たアインは、画策し想像しては頬が緩んでニヤリとしてしまう。


「楽しくなってきた。たまには羽を伸ばすのもアリだね」


 この旅で効率よく路銀を稼ごうとしたアインは冒険者になって素材を売るのが1番だと、それを実践している優秀な弟であるケビンを見て学習しているので、そこから更に効率よく魔物を狩るにはどうすればいいかまで計算して旅をしていた。


 その甲斐あってか自宅からディシスカース家の邸宅があるこの街に辿りつくまでの片道だけで、見事Bランクまで上がるほどに大量の魔物を狩り続けていたのだ。


 これもひとえにケビンが贈っていたマジックポーチのお陰であり魔物を倒したらそのまま収納しているので、マジックポーチがなければ魔物の解体をして剥ぎ取りをせねばならず、アインの考えている効率の良い稼ぎ方とはかけ離れてしまうのだった。


「ケビンの行う私財を増やす方法は中々見習うべきところがあるね。まぁ、個人戦闘能力が高くないと実践できない方法だけど」


 世間一般の魔術師とは違ってカロトバウン家の魔術を扱える者は、ケビンの指導を受けたマイケルやカレンの指導のお陰で熟練度の違いはあれど基本的に【詠唱省略】を使用人たちは取得しており、こと兄姉たちに至ってはケビンから直々に習っているので剣術バカのカインを除いたアインとシーラの2人は、ミナーヴァ魔導王国が躍起になって研究している【詠唱省略】をマスターしていたのだ。


 これによってアインの個人戦闘能力は一般的な兵や冒険者と比べて高く、次期当主であろうと1人で外出(旅)する許可が内容によっては下りてしまうのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 明くる日、アインは目を覚ましたら朝食を摂ってしばらくした後に、ディシスカース家へ訪問をするため冒険者服装ではなく貴族服へ袖を通す。


 そして貴族服装になったアインが外出するのを見て、宿の受付をしている職員が混乱してしまったのは言うまでもない。昨日宿に泊まった冒険者服装だったアインの服装はおろか立ち振る舞いでさえ洗練されていて、どこからどう見ても貴族に見えてしまうのだ。


 そのようなアインが宿から外に出たらディシスカース家の屋敷へ向かって歩いていく。道行く女性たちは平然と歩いているアインに目を奪われて、ほんのり頬を染めると視線でその後を追っていた。


 やがて辿りついたディシスカース家の屋敷に立つ門番へ用向きを伝えると、当主へ取り次いでもらうようにお願いをしてその場で待機する。


 門番は規定通りに身分証の確認を行い、出てきた身分証がカロトバウン家のものであったため慌てて当主へと知らせに1人が屋敷の中へと姿を消した。


 しばらく待つつもりだったアインであるが、思いのほか早く屋敷の中へと案内されて応接室へと通される。


 そこで待っていると中年の男性と女性が姿を現したので、アインは立ち上がり貴族礼をとると急な訪問を詫びる自己紹介をするのだった。


 それに対して男性も礼を返し自己紹介を進めていく。


「私はディシスカース伯爵家の当主を務めているフレディ・ディシスカースという。隣は妻のイレーネ・ディシスカースだ」


「初めましてアイン殿。お越しいただける日を楽しみにしておりましたわ」


 それぞれの挨拶が終わると腰を落ちつかせて話の本題へ入ることとなるが、その前にアインはギースから預かった手紙をフレディへ手渡した。


 その手紙の内容を読んだフレディが話を切り出す。


「相変わらずギース殿は家格が上がっても誠実なままだな」


「その言葉を土産として父へ伝えれば、さぞお喜びになることでしょう」


「して、娘からは粗方内容を聞かされているが本気なのかね? ギース殿のご子息であれば無体なことはないと思えるが……」


「はい。是非ともリナお嬢様との婚姻を認めていただきたく」


「あの子のことは知っているのですよね?」


「知っております」


「私としてはカロトバウン伯爵家の次期当主であるアイン殿へ嫁がせるのは申しわけなく思うのだが……」


「それでも私の気持ちは変わりません」


 アインの熱意が真剣味を帯びているのを感じ取ったフレディはイレーネへ目配せすると、イレーネが頷き返してフレディへ意志を示した。


「アイン殿の気持ちはわかった。娘のことをよろしく頼む」


「アイン殿、リナのところへご案内しますわ」


 それからアインはイレーネから先導され応接室を後にすると、リナの私室へと案内される。


「リナ、アイン殿がお会いにいらしたわよ」


 ノックの後に用件を伝えたイレーネが部屋へと入り、アインも部屋の中へと招かれてリナと初対面をすることになる。


 ベッド上で体を起こしているリナの傍には、先程まで読んでいたと思われる本が置かれていた。


「お初にお目にかかります。手紙では幾度となくやり取りをしていますが私はアイン・カロトバウンと申します」


「お会いできて光栄です、アイン様。私はリナ・ディシスカース。見ての通り政略結婚にも使えない役立たずな令嬢です」


 自嘲気味に挨拶を返すリナは儚げな微笑みを向けてアインを見つめる。


「ご自身を卑下なさらないでください。貴女の心根は手紙の文面からひしひしと伝わっていました。私はそこに惹かれて今日この日を迎える喜びを感じているのです。お会いして更にその気持ちが大きくなりましたよ」


 アインの見つめる先のリナは、深窓の令嬢とも言うべき女性で病弱な体を持つためか満足に学院へ通うこともできず、勉学に関してはフレディの雇った家庭教師と趣味である読書が担っていた。


 その見た目は色白な肌で薄いブロンドのロングストレートが映えており、蒼穹を思わせるような瞳が特徴的だったが、運動ができないためか体は肉付きが良いとは言えずやせ細っている。


「あとは若い人に任せて私は退出するわね。リナ、辛くなったらアイン殿へちゃんと伝えて無理はしないのよ」


「はい。お母様」


 アインを部屋へ案内してきたイレーネが後のことは当人同士に任せると、リナの私室から退出していく。


 残されたアインはリナからベッド脇のイスを薦められてそこへ腰掛けると、ここに辿りつくまでの道中の話を面白おかしく語っていくのだった。


 そして適度にお互いの緊張が解れてきたところで、アインはリナへ用意してきた指輪を見せる。


「リナ殿、私と結婚して欲しい」


「――ッ! ……私はこのような体なのですよ?」


「構わない」


「お世継ぎを産めるかもわかりません。それどころか夜のお相手さえも……」


「この際、他のことはどうでもいいんだ。リナ殿の気持ちを聞かせてくれないか?」


「……わ……私は……」


 リナはアインからのプロポーズで色々な考えが頭を占めていく。今までやり取りしていた手紙は本を読むことしかなかったリナにとっては新鮮で楽しくもあり、その内容もリナの体調を気遣う内容がひしひしと伝わってきていて、いつしか会ったこともないのにアインへ惹かれるようになっていた。


 その惹かれる相手に今日初めて会ったことで想像していた人物よりも顔立ちが良く、手紙に書かれていた文面通りの優しさを肌で感じて、益々気持ちが膨れ上がっていくのを意識せずにはいられなかった。


 だが、病弱であるため素直に婚姻の話に飛びつくこともできず、リナとしては役立たずであると自覚しているため、自分にそれほどの価値があるのかと見いだせずにいる。


 逡巡しているリナへ再度アインが気持ちを聞かせて欲しいと願うと、リナはおずおずと自分の気持ちを語り始める。


「お手紙を初めていただいた時は、この人は何を考えているのだろうと不思議に思いました。これが家格の低い貴族であれば私を名ばかりの側室として、伯爵家の権威を狙っていると考えることもできたのですが、そもそもそのような政略結婚を両親が許すわけもないので益々わからなくなりました」


「それで?」


「礼儀としてお手紙のお返事を書きましたが、しばらくしたらまたお手紙が届いて驚きました。それが繰り返されるうちに私もアイン様に惹かれていってお手紙が届くのを待ち遠しくなりました」


「両想いだね」


 アインの言葉にリナは頬を赤らめて動悸が速くなるのを感じるが、ドキドキしながらも続きの言葉を口にする。


「今日初めてお会いして想像していたよりも素敵な方で、話してみると益々素敵な方だと思いました。けど、プロポーズされるとやはり考えてしまうのです。この役立たずな体でいったいアイン様へどのようなお手伝いができるのかと」


「そこら辺は2人で追々考えていけばいいんじゃないかな?」


「……本当に私なんかでよろしいのですか?」


「“なんか”じゃなくリナ殿が欲しいんだ。そろそろ答えを聞かせてくれるかい?」


「……側妻で構いませんのでお傍にいたいです」


「それは無理だ。僕はリナ殿を正妻にするからね」


「そんな……正妻だなんて……」


 アインはリナの気持ちを知ることができたので、それ以上の言葉は不要とばかりにリナの手を取り、薬指へ指輪をはめるのだった。


 事前に使用人を使い調べさせてから用意した指輪で、念の為に少し大きいサイズを選んだのが仇となってしまい、抜け落ちることはなさそうだがフィットしているとも言えず何とも締まりの悪い形となってしまう。


 だが、それを見たリナはたとえサイズが合っていなくとも涙を流し、喜びに浸りつつ感謝の言葉を口にするが、急に咳き込み出したのでアインが休むように声をかけ寝かせたら、また会いに来ることを伝えるとフレディへの報告のためその場を後にした。


 リナの私室を出たアインはフレディの所在を使用人へ尋ねて居場所を知ると、執務室を訪れてリナとの話し合いの結果と休ませていることを伝える。


「そうか……嬉しくてついはしゃいだのだろうな。お気遣い感謝する。しばらくはこちらにいるのか?」


「1週間ほどの滞在を予定しております」


「ふむ……ではその間はこの屋敷にいるといい。客室は後で用意させるゆえゆるりと休まれよ。その方がリナも喜ぶだろうしな」


「お心遣い感謝します。では、宿を引き払いに1度戻ろうと思いますので、しばしのお暇をお許しください」


 フレディへの挨拶が終わったアインは1度宿屋へ戻ると荷物を纏めて引き払い、ディシスカース家へ1週間ほど滞在することとなる。


 その間はリナの話し相手となったり、リナの調子が悪い時は冒険者活動で資金集めをしたりと充実した1週間を過ごしていた。


 そして旅立ちの日にリナへ結婚式の日が決まれば迎えに来ると約束をして、フレディたちへも挨拶を済ませたアインは自宅へ戻るためにディシスカース家を出発した。


 それからしばらくして自宅へ戻ってきたアインはギースへ報告を行い、結婚の日取り調整へ入る。その間にカインを見つけてはギルドカードを見せてAランクになったことを伝えると、カインの悔しがる姿を堪能したりもしていた。


「つ、次はSランクだ! ルージュ、修行するぞ!」


 負けず嫌いなカインと同じく負けず嫌いなルージュの呼吸はピッタリで、後先考えないカインが無謀にもサラへ教育的指導を頼み込みに向かい、嬉々としてサラが引き受けて強化計画が立てられていくのだが、カインが冷静さを取り戻した時に死ぬほど後悔したのはまた別の話である。


 こうして弟妹に遅れを取っていたアインの慶事が決まり、カロトバウン家は益々賑やかさを増していくのであった。

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