第409話 王都支店の開店
開店当日、朝食を食べ終えたケビンと従業員たちは転移ポータルを使うこともなく、ケビンが同伴して直接店へと転移すると開店に向けて準備を始める。
「これが行列ができた時の整理券で、こっちが仮に全品売り切れで閉店になる時に渡す翌日の優先整理券」
「これは回収するのですか?」
「そうだね。コスト削減のために回収してから店内へ入れて。優先整理券は整理券を受け取ってから渡してね。2枚持たせることのないようにね」
「仮に整理券を持ったままで、諦めて帰ってしまわれたらどうするのですか?」
「この整理券は一定範囲を超えたら自動的にこの保管箱へ戻ってくるようになるから、持ち逃げされても心配しなくていいよ。受け取りを忘れてもなくならない」
「優先整理券はなくなってしまうのですか?」
「そっちはそうだね。まぁ、大した費用でもないからなくなっても気にしないでいいよ」
「でもそれだと優先整理券を持った方が、ずっと持ち続けて悪用するのではないですか?」
「そこまでは考えてなかったなぁ……よし、ちょっと改造しよう」
アマリアからの指摘でケビンは優先整理券を改造して、受け取りを忘れても店内に入った時点で保管箱へ収納されるように施すのだった。
そして諸々の準備が終わって従業員の配置を決めると、10人は多いので5人ずつの午前と午後で分かれる交代制にした。
仕事に慣れるまでは交代制にして、慣れ始めたら休憩を挟みつつの1日労働にして店を回していくことになる。
従業員の休日は週に2日としたら慣れるまでは半休制度の計4回にして、慣れたら1日休みを取れるように変更していい旨を責任者のアマリアへ伝える。
「まぁ、そこら辺はアマリアがみんなと話し合って決めていいから。俺が言ったのはあくまでも目安として受け取って」
「はい」
「それじゃあ、俺は顔が売れるのが嫌なんで3階でのんびり過ごしておくよ。何かあったら呼びに来て。用心棒の依頼を受ける冒険者を雇うまでは俺がしばらく警護するから」
そして午前組の準備が整うとケビンは「今から結界を解くから落ち着いて対処してね」と言い残し、そそくさと3階へ上がっていくのだった。
「よし、みんな頑張ろうね!」
「「「「はい!」」」」
こうしてほどよく緊張感を維持した従業員たちの意気込みとともに、魔導具工房マジカルの王都支店が開店することになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ケビンによって認識阻害の結界が解かれると、空き地だったはずの場所にいきなり3階建ての建物が出現して通行人たちは我が目を疑った。
ケビンは事前の告知などせずに、サプライズで王都支店の開店を住民たちへ見せつけたのだった。
「お、おい、あれを見ろよ!」
「何でいきなり建物が出たんだ!?」
「だ、誰か衛兵へ伝えてこい! し、侵略だ!」
「あれって魔導具工房マジカルって書いてない?」
「そう書いてあるわね」
最初に気づいて声を上げた住民から周りへ伝播していき、通行人は足を止めてその建物を食い入るように見つめるのである。
「あの噂の商会か?」
「魔導具の最先端を行く商会だよな……品切れ続出の……」
「それなら建物を隠すことくらいできるんじゃないか?」
「ちょっと入ってみようかしら?」
「大丈夫なの?」
困惑している男性よりも何気に肝の据わった女性が扉を開いて中へ入ると、中で待っていた店員たちが一斉に声を上げる。
「「「「「いらっしゃいませ!」」」」」
いきなりの店員からの挨拶でビクッと反応してしまう女性だったが、気になっていたことを確認する。
「ここって魔導具工房マジカルなの?」
「はい。本日から開店となる魔導具工房マジカルの王都支店となります」
「あの有名な品切れ魔導具の?」
「はい。予約待ちで中々手に入らないあの魔導具を直売するお店となります」
「商品を見てもいいかしら?」
「お手に取られても構いません。試用コーナーも用意していますので試されてください」
そこまで聞いた女性は外へ顔を出すと、一緒にいた他の女性を呼び寄せるのだった。
「ちょっと、この店は本物よ! 早く貴女も来て買わないと売り切れるわよ!」
「――ッ!」
女性のその言葉で一緒にいた他の女性が駆け出して中へ入ると、次々に周りにいた住民たちも店へと押し寄せてくる。
「外へ出てお客様たちへ整理券を渡す準備をして!」
「わかったわ!」
「押さないで、押さないでくださーい!」
「これは私のよ!」
「私がそれを狙ってたのよ!」
「このランタンカワイイ!」
「よっしゃーゲットしたわ!」
「これも欲しい!」
「ああっ、このデザイン素敵!」
瞬く間に店へとなだれ込んで来た女性たちのパワーに負けて、男性たちはその鬼気迫る争いに出遅れて呆然としてしまう。
「こ、怖ぇぇ……」
「あの輪には入れないな……」
「そんなの無理だろ……」
「ゴブリンよか強いんじゃないか……」
「アレが伝説に聞くSランクの魔物……“オバタリアン”……」
「「「「「なんですって!」」」」」
「「「「「ひぃっ!」」」」」
まさにバーゲンセールへと押し寄せた女性のように、その場は男子禁制の戦場と化して彼方此方で女性たちの戦いの火蓋が切られていく。
そして戦場で勝ち抜いた女性から次々と戦利品を手にしては、会計を済ませて凱旋していくのだった。
そのような中で無謀にも群雄割拠する戦場へ足を踏み入れた男性は、戦乙女?と化した女性たちから足蹴にされてしまい、早々と舞台から降ろされたら仲間の兵から救助されて最後の言葉を口にする。
「ぐふっ……俺……来月結婚するんだ……」
「もう喋るな。すぐ衛生兵が駆けつけてくるから」
「彼女にランタンをプレゼントしたかったんだ……」
「わかった、わかったから!」
「ああ……ランタン……欲しかった……な……」
「ジョーっ!」
果敢にも攻めていき戦場に散った男性(ジョー?)は、仲間に見守られてそのまま意識を失うのだった。
「くっ……お前の雄姿は忘れない……仇は……仇は俺が討つ……」
気絶した男性をその場に寝かせると仲間はキッと戦場を睨みつけて走り出すと、また無謀にも戦いの中へ身を落としていく。
「タマとったらぁーっ!」
「うるさい!」
「どきなさい!」
「タマはあなたがつけてるんでしょ!」
「邪魔よっ、タマあり!」
「ぐはぁっ!」
「シントーっ!」
ジョー?の仇を討つために戦場へ赴いたシント?は、仇を討つ前に女性たちから弾き飛ばされて散りゆくのだった。
「しっかり、しっかりしろ、シント!」
「俺に……身体機能を高めるなんて……無理だった……」
「喋るな、喋らなくていい!」
「奴らはバケモノだ……お前だけでも逃げろ……俺はもう……持たない……」
「何を言ってるんだ! 田舎に帰って酒場を開くんじゃないのか!」
「はは……その夢は……ドズ、お前に託す……」
「俺には無理だ! アルコール依存症で医者に止められてるんだよ! 【酒を断とう、友の会】に通ってカウンセリングを受けてんだ!」
「なっ!? ……(がくっ)……」
「シントーっ!」
友がまさかのアルコール依存症で酒場の夢が託せないショックで、シント?は意識を手放すのである。
「くっ……ここで逃げたらジョーやシントに顔向けできねぇ……俺だって……俺だって……やる時はやる男なんだぁぁぁぁっ!」
仲間2人の仇を討つために勇気を振り絞って果敢に戦場へ攻め入るも相手は
「さっきからうるさいわよ!」
「そんなにやりたければ家でシコってなさい!」
「ちょ、あんた邪魔よっ!」
「やられはせん、やられはせんぞぉぉぉぉっ!」
「誰があんたなんかとやるかっ!」
「あんたなんか好みじゃないわよ!」
「ラス1もーらいっ!」
「供給係、ランタン在庫薄いわよ! なにやってんの!」
「ちょげらっ!」
女性たちから吹き飛ばされた男性は、仲間の元へ這う這うの体で近寄っていく。
「くっ……お袋にもぶたれたことないのに……ざまぁないな……ジョー……シント……俺には無理だった……次に会う時は美味しいミルクで……乾杯でも……しよう……ぜ……」
そのような3人の姿を見ていた店員は、支店長のアマリアへと問わずにはいられなかった。
「私はいったい何を見せられているのでしょう……」
「とりあえずここにいても邪魔ですから、他の男性に頼んで外へ出してもらいましょう」
戦う女性たちの喧騒をバックに聞きながら意外にもアマリアはドライな判断をして、戦いに敗れた勇敢なる戦士たちを男性客に頼んで店の外へと出してもらうのであった。
一方でその頃、3階のリビングでソファに座ってくつろいでいるケビンは、他の店員たちとともに1階の様子をモニターで鑑賞していた。
「はははっ! こいつら面白いな」
「あの中に飛び込むなんて凄いですね」
「いいもの見せてもらって楽しめたし、ちょっとしたお礼でもするか」
「お礼ですか?」
「そう。フロリダ、この紙袋をあの3人に渡してきて」
ケビンは紙袋を3人分用意するとフロリダへ手渡すのだった。
「これをですか?」
「ああ、オーナーから楽しませてもらったお礼だと伝えておいてくれ。わかってると思うけど名前は出さないでくれよ?」
「はい。オーナーからだとお伝えします」
ケビンに頼まれごとをされたフロリダは1階に降りると裏口から出て、店先で無惨にも疲れ果てていた3人へ紙袋を渡し終え、任務を遂行したら再び3階へと戻っていった。
「渡してきました」
「ありがとう」
「あれの中身は何だったのですか?」
「1番高いランタンだよ」
「えっ!? 良かったのですか?」
「簡単に作れるから別にいいよ。それよりも早く座ってくつろいで。この様子だと口コミが広まって午後からは更に忙しくなるかも」
「働き甲斐がありますね」
それからも1階の様子をモニターで鑑賞しながらケビンたちはくつろいで、ケビンが飲み物とお菓子を随時振舞っていくとお喋りをしながら楽しく過ごすのであった。
そしてお昼には客足も減っていき、先に食事を摂ったフロリダたちが1階へ降りて引き継ぎを終わらせたらアマリアたちと交代する。
フロリダたちがそれぞれが配置について午後からの客に備えたら、アマリアたちは思ってた以上の疲れをその身で感じながら3階へと上がっていった。
「お疲れさま」
「お疲れ様です」
「疲れただろ?」
ケビンは見た目からして疲れた様子のアマリアたちへ回復魔法をかけると、お昼ご飯を振る舞うのである。
「まだここでの生活準備も終わってないだろうから、お昼ご飯はご馳走するよ」
「「「「「ありがとうございます」」」」」
その後、午後からは午前と同じようにモニター鑑賞をしていたが勇敢なる戦士たちみたいな男性は現れず、暇を持て余したケビンはアマリアたちから質問攻めを受けながら時間を過ごしていく。
そして予想通り魔導具が完売したので、ケビンはその場で追加を作らずに店仕舞いの伝言をアマリアからフロリダへ伝えてもらって、この日の営業を終わらせるのである。
「みんな、今日は1日お疲れさま。慣れない仕事で疲れただろうけど辞めないで続けてくれると助かる」
「そう簡単に辞めません。それに疲れたけど楽しかったです!」
アマリアの言葉によって周りの従業員たちも頷いて、ケビンに対して意思表示をしていく。
「帝都本店の時にもしたんだけど、希望するなら打ち上げパーティーするけど、どうする?」
「したいです!」
ケビンの問いかけに従業員たちが一斉に答えると、ケビンは笑いながらそれに返すのだった。
「それじゃあ、昨日の今日だけどまた帝城へ行こうか」
「あ、あの……お泊まりはアリですか?」
「泊まりたいの?」
「お風呂が凄かったし、皇后様たちもお優しくてまたお話ができればと……」
「赤ちゃんにまた会いたいです!」
「まぁ、別にいいけど。帰りたくなっても転移ポータルを使えばすぐに帰ってこれるし」
「帰りません!」
従業員たちが見せる確固たる意思にアマリアやフロリダは責任者としてケビンが怒るのではとオロオロしてしまうが、ケビンは気にしなくていいと伝えたらみんなにお泊まり準備をさせると憩いの広場へと転移するのだった。
昨日に引き続き今日もやって来た従業員たちに嫁たちはびっくりしたが、ケビンが打ち上げパーティーを開くと宣言したら嫁たちも納得するのだった。
そして夕食時に憩いの広場で打ち上げパーティーを開いて料理はケビンが準備すると、パーティー時にしか出さないパーティー用料理に子供たちは大はしゃぎして勢いよく食べていく。
その様子を温かく見守りながら、従業員たちも嫁たちに囲まれて楽しいひと時を過ごしていった。
こうして王都支店の開店1日目は無事に終わり、従業員たちもケビンの家族に囲まれて温かい気持ちになりながらこの日の幕を下ろすのであった。
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