第380話 シスター「お久しぶりでございます」 ケビン「……誰?」

 それからケビンは帝都大改造が終わったので帝城前の孤児院まで行くと、はしゃいでいた子供たちにすぐさま囲まれてしまう。


「ケビンが来たぞー!」

「ケビンお兄ちゃんだぁ!」

「ブーンして、ブーン!」


「おう、相変わらず元気だな。今回は俺の家の傍へ引っ越しさせたけど、帝城の子供たちとも仲良く遊んでくれるか?」


「任せろ!」

「任せてよ」

「それよりもブーンして!」


「よし、遊んでくれるならブーンをしてやろう!」


 ケビンは子供たちに魔法をかけると、ケビンの十八番である空中浮遊をさせて適度な高さで飛ばすのである。


「おお、飛んでるぜ!」

「ブーン!」

「ヒャッハー!」


「ケビンお兄ちゃん、私たちは? ブーンできないの?」

「お空飛びたいよぉ」

「ブーンしたいよー」


「ん? 今日はスカートを着てるからダメだな。男の子たちにパンツ見られちゃうよ?」


「えぇーそれはヤダー」

「あいつらに見せたくなーい」

「じゃあ男の子を部屋に戻そうよ」


「うーん……それをしても男の俺が残ってるんだけどね」


「ケビンお兄ちゃんならいいよー」

「私もーいっぱい見ていいよー」

「今日はねーピンク色なんだよー」


「淑女としての嗜みを持とうね」


「しゅくじょなんて知らないもーん」

「たしなみなんてわからないもーん」

「ケビンお兄ちゃんだからいいんだもーん」


 ケビンがやれやれと思いながら呆れていると、孤児院の管理をしている院長が家の中から顔を出してきた。


 この院長はスラムの出身ではなくて元々は教会のシスターであった。その教会はケビンが戦争時に神父を悪人指定で排除したことにより、そのあとは後釜も来ずに潰れてしまったのだ。トカゲのしっぽ切りというやつである。


 なぜ教会の神父が悪人指定を受けたのかと言うと、病人や怪我人を治してもらうために教会を頼った平民たちへ回復魔法を使う代わりに多額の寄付金を請求したり、払えない場合は体を要求したりしていたからだった。


 その毒牙はシスターたちにも及んでいて、当時はシスター見習いで働いていた子たちを守るために院長が一身にその被害を受けていた。


 神父がケビンによって裁きを受けたあとは院長やシスター見習いたちが教会を切り盛りしていたが、回復魔法を使えなかったので寄付金が思うように集まらずやがてお金が底を尽きそうになった時に、孤児院の管理者を捜していたケビンがスカウトしたのだった。


 院長は金髪のストレートヘアに青色の瞳をしていて、昔の名残りからかいつもシスター服を着ており『これぞシスター!』というケビンの偏見のど真ん中に当てはまっている人物だ。


「ケビン様、ようこそお越しくださいました」


「今日はいきなり引っ越しをさせてすみません」


「いえいえ、今の私たちがあるのもケビン様のおかげですから」


「子供が増えている印象を受けるのですが、未だに捨てられている子がこの帝都にいるのですか?」


「いいえ、ケビン様が統治なされてからはそういう子供たちはいなくなりましたが、他所から流れてくる奴隷たちの中に身売りされた子供がいて、奴隷商の方に子供が来た場合は教えていただくことにしているのです」


「奴隷ですか……」


「ケビン様から頂いている運営資金なのに勝手なことをしてすみません。どうしても子供を救ってあげたくて……」


「いえ、ミレーヌさんがとても慈愛溢れる方で嬉しく思います。今後も子供たちを救ってください。子供が増えましたが人手とかは大丈夫ですか? 足りないなら人手を出しますが」


「大丈夫です。シスター見習いたちもいますし、それとは別で1人隣国から助っ人が来ましたので」 


「隣国から? 教会関係者がですか?」


 既にしっぽ切りをされて教会関係者ではないミレーヌたちへ教会がただの孤児院へ助っ人を出すとも思えずに、ケビンはその隣国からの助っ人の存在を訝しむのである。


「ええ、ケビン様の名声を聞き、独断で教会を飛び出してきたそうです」


「独断で? そのようなことをして大丈夫なのですか?」


「書き置きを残して来たそうですが、教会関係者に知られているのでいずれ処罰を受けるかも知れません。私たちは見捨てられたので既にそれが処罰となっておりますが」


「まぁ帝都に教会はないから安心と言えば安心ですが、一応気にかけて置くようにアルフレッドたちへも通達しておきましょう」


「いつも多大なるご配慮をありがとうございます。その方をご紹介致しますので家の中へと参りましょう」


 ミレーヌがケビンを連れていこうとすると子供たちが遊んでとせがむので、ケビンは浮遊させていた子供たちを降ろしてから遊具を創り出して、それで遊ぶようにみんなへ伝えるのだった。


「喧嘩せずに仲良く遊ぶんだぞ」


「おう!」

「わかったー」

「はーい」


 それからミレーヌはケビンを連れて孤児院へ入ると食堂にて作業をしていた1人のシスターを見つけて、ケビンへその場で待つようにお願いしたらそのシスターを連れてくるために声をかけに向かう。


 ミレーヌに声をかけられたシスターが驚いた表情でケビンを見つめて、そのままミレーヌに連れられてケビンの前へとやってくるのだった。


「お久しぶりでございます、偉大なる皇帝陛下」


 金髪のストレートヘアで緑色の瞳が特徴的なシスターに挨拶をされたケビンは、『お久しぶり』という言葉に対して頭に?マークが浮かんでいた。


「……誰?」


 奇しくもケビンの一言によってこの場は沈黙に包まれてしまう。それはシスター本人もそうだが、ミレーヌも顔見知りと思って紹介したのにケビンから返ってきたのは『誰?』という言葉であったからだ。


「あの、ケビン様? お知り合いではないのですか? アイナが言うには今の自分があるのはケビン様のおかげだと常日頃から申していましたので、てっきりケビン様が助けられた方の1人だとお思いしていましたのですが」


「アイナ……? 知らない人だけど……」


 またも知らない人発言で沈黙に包まれてしまうが、当の本人であるアイナが重い口を開いた。


「あの時の出会い方は陛下において最悪と言っても過言ではありませんでしたから、忘れられていても仕方がないと思います」


「ん? 俺って貴女と会ってるの?」


「はい。陛下の多大なるご配慮は私に第2の人生を与えてくださいました」


「え……」


「覚えておられるかわかりませんが、私は元月光の騎士団ムーンライトナイツのアイナでございます」


 ケビンが全く思い出せないことで、それを見かねたサナが助け舟を出すのである。


『マスター、月光の騎士団の団長さんですよ』


『だから、誰?』


『マスターが子供の頃に潰したクランですよ。キラッ☆(第172話参照)がいたクランです』


『キラッ☆? キラッ……キラッ……』


『ダンジョン都市にいた歯の浮くセリフを言うキザなバカです!』


『あっ……あのバカか! ということは……』


 そこでようやく考え込んでいたケビンが、アイナへ得心のいった言葉をかけるのであった。内容は褒められたものではないが。


「お前、あの時のクソ女か!?」


 ケビンからの『クソ女』発言によって、言われたアイナや傍から見ていたミレーヌは驚きで目を見開いていた。


「やはり陛下にとって私はクソなのですね」


 自嘲気味に答えるアイナに代わり、話に今ひとつついていけないミレーヌがケビンへ声をかける。


「あの、お2人はどういったお知り合いで?」


 それからケビンはアイナと出会うきっかけになったことや、その後の後始末についてもミレーヌへ教えていくのであった。


「――というわけなんですよ。で、お前は何でここにいる? アランドロン子爵はこのことを知っているのか?」


「……いえ、私はもう子爵家の娘ではございませんので、アランドロンの姓は名乗っておりません。ただのアイナです。よってアランドロン子爵家はあずかり知らぬことになります」


 そしてアイナは何故このような独断専行をしたのかもケビンへ包み隠さず告げて、それを聞いたケビンは頭を抱えてしまうのだった。


「はぁぁ……手紙は書いているのか?」


「教会へ預けられた当初は書いておりました。恥ずかしながら恨みつらみの内容ですが……今はもう手紙を書くことすらしておりません」


「ったく、お前がどう思おうともアランドロン子爵の娘であることにかわりはない。それは変えようのない事実だ。よって父親へちゃんと知らせろ」


「しかし……」


 煮え切らないアイナの手をケビンが掴むと、ミレーヌへ声をかける。


「ミレーヌさん、ちょっとこのわからず屋を連れていきます。少ししたら戻ってきますのでお茶でも飲んで待っていてください」


「シスターアイナのことをよろしくお願いします」


 微笑みを向けるミレーヌを目にしてから、ケビンはアランドロン子爵の元へとアポなしで転移するのであった。


 そしてそのようなことが起きているとは露知らず、アランドロン子爵は執務室にて仕事をしていたのだが今は混乱中である。


 その理由は目の前にケビンとアイナがいきなり現れたからだ。


「久しぶりですね、アランドロン子爵殿。ああ、礼は取らなくていいのでそのままお座り頂いてて大丈夫です」


「いや……あの……」


 ケビンの言葉に対して戸惑うアランドロン子爵に構わず、そのままケビンは続きを話し始める。


「今日は相変わらずなアイナを連れて、いきなりで不躾ではありますが訪問させていただきました」


「まさか……アイナがまた……」


 当時の不敬な内容を書き記していたアイナの手紙がパタリと止まってからのアランドロン子爵の心中は気が気ではなく、部下へ定期的に様子を見に行くように伝えては報告を受けていて安堵していたのだが、今になってまさかケビンへ再度不敬を働いたのではないかと不安が募りだしていた。


 そのような心中のアランドロン子爵を他所に、ケビンはアイナへ声をかける。


「ほら、手を繋いでてやるから父親へ伝えるべきことはきちんと伝えろ。しばらく音信不通だったんだろ?」


 ケビンから伝えられた言葉に対して、アイナは躊躇いがちにアランドロン子爵へ言葉を紡ぎだす。


「……あの、お父様とまだお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「私がお前の父親でないならいったい何者だと言うのだ。シスターになろうがお前は私の大事な娘であるアイナに変わりはない」


「……お父様……」


 奇しくもケビンが孤児院でアイナにかけた言葉と似たような内容を今度はアランドロン子爵本人からかけられたことで、アイナの瞳からは雫がこぼれ落ちるのだった。


「元気にしているのか?」


「……はい……ケビン様とお父様のおかげで私は今日も元気に過ごせております」


「辛いことはないか?」


「今は子供たちに囲まれて楽しい日々ばかりです」


「そうか……」


「お父様……あの……以前は不快な想いをさせる手紙ばかりを送ってしまい申し訳ありませんでした。あの頃の私は自分のことしか考えておらず、お叱りを受けて当然の見かけだけが大人な子供でした」


「それがわかったなら教会へ預けた甲斐もあったというものだ」


「それで……その……お父様に迷惑をかけることをまたしてしまい……」


 それからアイナは教会から勝手に抜け出して帝国へ足を運んだことを、アランドロン子爵へ包み隠さず告げるである。


 その報告を受けたアランドロン子爵は教会を抜け出したアイナよりも、被害を被るであろうケビンへと視線を向けた。


「我が娘が度々ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません」


 頭を下げるアランドロン子爵に対してケビンは問題ないと告げると、これからのことで本題を話すのであった。


「アランドロン子爵殿は教会から何か通達が来た場合には知らぬ存ぜぬで通してくれればいい。元より音信不通になっているのだから本当のことだしな」


「その……アイナをどうするのですか?」


「昔のままだったら帝都から放り出したけど今は俺に対して恩返しをしたい一心で遠い帝都の地まで1人でやって来て、俺の作った孤児院で子供たちの面倒を見てくれているんだ。そこまで想ってしてくれているアイナを放っておくわけにはいかない」


「それは……どういう……」


「アイナを俺の妻の一員にする」


「「ッ!」」


「アイナはどうだ? アイナが嫌だったら俺は無理やり妻にはしないぞ。孤児院の従業員として働いてもらうだけだ」


「あの……私は年増ですよ? おばさんと言われても仕方のない歳ですし……ケビン様にはシスターミレーヌのような若い方がお似合いだと……」


「歳は関係ない。アイナの気持ちが知りたいだけだ」


「……私は……幸せになっても良いのでしょうか? 私のクランの団員たちが数々の女性たちを不幸にしたというのに……」


 アイナが被害女性たちのことを気にかけていると、アランドロン子爵がそのことに対して問題ないことを告げるのだった。


「彼女たちはもう立派に克服して新しい生活を送っている。恨みを抱えていた者たちは男どもが犯罪奴隷に落ちたことを知ると喜んでいたし、そのクランを束ねていたアイナのことも告げたが加担していないのならば特に思うところはないらしい。自分たちが無警戒について行ったところもあるから事件を知らなかったアイナを責められないのだそうだ」


「あれからもう10年近く経つんだ。今からの人生は幸せを求めても誰も責めないと思うぞ」


「……ケビン様……」


「アイナ、妻の一員になってくれるか? 教会が何かしてきても俺が守ってやる」


「……はい……こう言うのは烏滸がましいですけど、幸せにしてください」


 それからケビンはアランドロン子爵立ち会いの元で、アイナへ側妻用の指輪をはめて妻にするのだった。


「アランドロン子爵殿……というよりもお義父さんと言うべきかな。もし、教会関連で手に負えないことがあったらこれで知らせて欲しい」


 ケビンは通信魔導具をアランドロン子爵の執務机へ置くと使い方を説明して何かあった時の対処として備えたら、アランドロン子爵へ別れを告げて孤児院へと転移するのであった。

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