第364話 救出作戦始動

 エムリスたちとの会談が終わって明くる日のこと、ケビンは救出作業がやりやすくなったミナーヴァ魔導王国から作戦を開始することにした。


 今回のお忍び救出は手早く済ませるため付き添いはなく全てケビン自身の手でしなければならないが、その理由としてケビン1人だけなら大して労せず完遂することが可能であったからだ。


 まず手始めにケビンは奴隷商から足を運ぶことにした。その理由としてお金さえ払えば獣人族の奴隷を売ってくれるからである。


「いらっしゃい。今日はどのようなものをお探しで?」


 ケビンは円滑に作業を進めるために、いつもは着ないような豪華な服に身を包んでいる。そのせいもあってか、店長は手もみをしながらケビンへ営業スマイルを向けていた。


「獣人族の奴隷を捜している」


 ケビンの持つ【マップ】機能にてこの店にいることはわかっているが、さもここにはいるのかどうかを窺うような感じで答えるのだった。


「お客様は運がいい! 先日入荷したばかりなんですよ。獣人族はものによって愛玩用として人気が高いですからね。いつもすぐに捌けてしまうんですよ」


「ほう……それは確かに運がいいな」


「ささ、こちらの部屋へどうぞ。すぐに獣人族の奴隷を連れてきますので。ちなみに欲しい種族などのご希望がありますかな?」


「獣人族であれば全て見たい。男性女性問わずだ」


「――ッ! お客様は業が深いようで……ヒヒヒッ」


 ケビンの告げた内容を聞いた店長はケビンが男女問わず愛でる趣味を持っていると勘違いをしたが、それに気づいたケビンはすかさず訂正をする。


「男性を愛でる趣味はないぞ。雑用に使うだけだ」


「そ、そうでしたか……では、まず男性の奴隷から連れてまいります」


 それから少しして男性の奴隷たちがゾロゾロと室内に入ってきて、端から順番に店長が種族と経歴などを説明していく。


「――以上となります。気に入ったものがいればお手元の紙へ番号を書き記しておいてください。後ほど再度お見せ致しますので」


「わかった」


「次は女性の奴隷を連れてまいります」


 店長が男性の奴隷たちを引き連れて室外に出ると、しばらくしたら女性の奴隷たちを連れて戻ってきた。


「さて脱ぐんだ」


 1列に並ばされた奴隷たちは、店長の言葉でボロ切れとも言える服とは呼べない物を脱いでいくが、子供が抵抗もなく脱いだのに対して大人は抵抗があるのか躊躇いが見えると、店長が語気を強めて再度促した。


「脱げ、命令だぞ!」


 その言葉によって奴隷の首輪が発動したのか、脱ぐのを躊躇っていた女性は痛みが走ったようで顔を顰めるのだった。


 やがて全ての女性が一糸まとわぬ姿になると店長からの説明が始まる。それが終わると獣人族の奴隷は全て出したと言うので、ケビンはまだ出てきていない奴隷について尋ねることにした。


「他にはもういないのか?」


「はい。ここにいる女性たちで終わりでございます」


「廃棄処分のものは?」


「――ッ! あれらは売り物と呼ぶには酷い状態でして……」


「構わん。使えるか使えないかは俺が見て判断する。それにもし俺が引き取れば処分代が浮いてそっちも大助かりだろ?」


 ケビンは自分でそう言いながらも、言葉の内容に嫌気がさして胸糞悪い感じになってしまう。


「で、では、連れてこれる状態ではないのでご案内します」


 それから店長は女性たちに服を着るように言いつけると、店員の者にあとを任せてケビンを奴隷の保管室へ連れていくのだった。


 ケビンが通された部屋には檻の中に人族などの奴隷が入れられており、先に見た獣人族の男性たちも檻の中に入っていた。


 そこから更に別の部屋へ行くと女性たちの奴隷部屋のようで、男女別で管理しているようである。


 ケビンはその中でふと気になる者がいて店長へ声をかけた。


「店長、あの女性は何だ?」


 ケビンが何を指しているのかは視線で気づいたようで、店長が説明を始める。


「あれは大変珍しく滅多に入荷されない魔族でございます」


 店長の説明する魔族は額から1本の角が生えており赤色のロングストレートで金色の瞳が特徴的だったが、ケビンの知る魔族であるオリビアみたいな羽やしっぽはついていなかった。


「ふむ……中々興味深いな」


「ですが、気性が荒く手懐けるのに苦労をされるかと……」


「奴隷の首輪は?」


「ちゃんと動作しているのですが耐えることができるみたいで、私どもも苦労をしているのです。これ以上の痛みになると死なせてしまう可能性がありまして、それでは損失分が大きくなるのでほとほと困り果てております。最初は高値で売れると思って買い取ったのですが、今では穀潰し状態ですな」


「彼女をキープする」


「よろしいので? 首輪で封印していてもかなりの力がありますよ?」


「人族には困ってなくてな。最近は獣人族を集めているのだが、魔族を集めるというのもまた違う楽しみがありそうだ」


「やはりお客様は業が深いようですな」


「そちらも穀潰しが売れれば儲けものだろ?」


「そうですな。買取の際はお勉強をさせていただきます」


「よろしく頼む」


 それからケビンは店長に連れられて先の部屋へ進むと、次第に異臭が漂い始めてきた。


「この先は少々臭いがきつくなりますので予めご了承ください」


 そして辿りついたところでは獣人族だけではなく人族の奴隷もおり、予想通りに部位欠損や火傷などの傷をその身に負っていた。


「酷いな……」


「先の戦争で帝国兵の被害に合われた者たちです。私はこういう商売をしていますが根っからの悪党にはなりたくなくて、自己満足ですが多少なりとも救えればと罪滅ぼしで世話をしていたのですが、傷口が膿んでしまい治療も難しい状態です」


「悪党だと白状してもよかったのか?」


「こう見えても人を見る目はあります。お客様はとっくに気づかれているのでしょう? 私が正規だけではなく違法奴隷も扱っていることを」


「まぁな。奴隷落ちしなさそうな高貴な身分の者も途中で見たしな。しかも今だと魔族の奴隷ってのは奴隷狩りくらいでしか手に入らないだろ? 魔族と戦争をしているとも聞かないし」


「このことを衛兵には?」


「店長が根っからの悪党なら通報したかもな。だが、戦争被害者を世話してたってことで考えが改まった」


「ありがとうございます」


「その代わり今後もこの店を利用するから違法奴隷をどんどん買い取ってくれ。種族性別問わずにだ」


「お客様が引き取られるので?」


「ああ。実は今日来たのも依頼を受けたからだな。奴隷狩りにあった被害者を捜している人がいるんだよ」


「そうですか……」


「でだ、ここの奴隷は全て俺が引き取る」


「もう死ぬしか道はありませんよ?」


「知人に凄腕の回復術士がいるからな。そいつに頼んでみるよ。店長だってこのままみすみす死なせたくはないだろ?」


「そうですが……運搬の方は?」


「外に馬車を待たせてある。大きいから余裕で入れるさ。それで先程の件は了承してもらえたのか?」


「はい。今後ともご贔屓によろしくお願いします」


「根っからの悪党にはなるなよ?」


「肝に銘じておきます」


「それじゃあ、これは餞別だ」


 ケビンは魔法を行使すると部屋の中が瞬く間に綺麗になり、そこにいる奴隷たちも薄汚かった姿が身綺麗になるのだった。


「なんとっ!? お客様は魔術師だったのですか!?」


「大した魔法は使えないけどな」


 それからケビンは店長と元の部屋へ戻り始めると、ケビンは通りがかりしな魔法を使っていき、奴隷たちが管理されている部屋と奴隷を綺麗にしていくのである。


 これには店長も驚きでケビンへ何故そのような利益のないことをするのかと尋ねてみたところ、「店長と同じで自己満足だ」と言って言葉を返すのであった。


 この自己満足に檻の中にいた奴隷たちが反応して、是非とも買ってくださいと懇願するが、重犯罪を犯した奴隷は買うつもりがないとスパッと切り捨てて余計なお荷物は抱えないようにした。


「もし……そこのお方」


 そのような中で、ケビンが気になっていた高貴な身分のオーラを出している黄緑色のロングストレートに翠色の瞳が特徴的な女性が声をかけてきたので、歩いていた足を止めて返答をした。


「俺のことか?」


「重犯罪を犯してなければお買いしていただけるのですか?」


「貴女はもの凄く高そうだな」


「その奴隷は嘘か本当か前々皇帝の后だった者らしいです」


「……は?」


「ははっ、このネタを聞いた者は揃って同じ反応を示しましたよ」


「そのネタって本当の確率はどのくらいだ?」


「まぁ、5割あればいい程度でしょうな。ここへ連れてこられた時にはそれなりの服を着ていましたので平民ってことはないでしょう。貴族であることは間違いないです」


「どっからその后って話が出てきたんだ?」


「自己申告ですよ。当時は『后なる妾に触れるでない!』ってお高くとまっていましたからね。まぁ今となっては見ての通り現実を知り大人しくなっていますが」


「ふーん……前々皇帝の后ねぇ……」


「そこの店の者は信じておりませんが本当のことです。第1皇子が乱心して皇族の者を手にかけるようになってから帝城を抜け出して、逃げ延びたところを奴隷狩りにあったのです」


「ああ、チューウェイトか……」


「第1皇子を知っているのですか!? 皇帝陛下はどうなりました? 帝国は?」


「ん? 知らないのか?」


「いやぁ、私たちもその奴隷の与太話に付き合っている暇はなくてですね、基本的に奴隷に情報を与えるってことはしないんですよ。教えるのは少しでも値を上げるために教養を身に付けさせるくらいで、あとは夜のご奉仕の仕方とかですね」


「教えてください。お願いします! 皇帝は、皇帝陛下は!?」


「なぁ、店長。教えていいのか?」


「お客様は私にとって、もうVIPですからね。本当は買い取る予定のない者に教えるのはご法度ですが」


「わかった。この奴隷も買い取ろう。どうせ高すぎて売れ残ってるんだろ?」


「ははっ、その通りです。自称后ってやつを本当に后ですって触れ込みで売りに出していますからね。信用問題に関わるので今更嘘ですなんて言って値段を下げる訳にもいかず、扱いに困ってた奴隷の1人です」


「で、貴女の言う皇帝ってのはチューウェイトじゃないよな? 父親の方か?」


「はい」


「それなら確か……病死だったはずだ」


「そう……ですか……」


「まぁ、ここではなんだし、俺の知ってる範囲でいいならあとで聞かせてやるよ」


「ありがとうございます。ちなみに私は皇帝以外に肌を許しておりませんのでご安心ください」


「何を安心しろってのか意味がわからないが」


「ほぼ生娘同然です。皇帝には沢山の后や妾がいましたので、あまり経験がないのです」


「穢れてないって意味なら俺は気にしないぞ。子持ちの奴隷を嫁にしてるしな」


「――ッ!」


「なんとっ! お客様は奴隷を嫁にしておられるのですか!?」


「ああ、本人は美人だし子供は可愛いし、言うことないな」


「何度目かわかりませんが、あえて言わせてもらいます。お客様は本当に業が深いようですな」


 それからケビンと店長は元の部屋へと戻ってきて、買い取りの手続きを済ませていく。


 ケビンが獣人族の奴隷全てと廃棄予定だった奴隷全てに加えて、通りがかりにキープした奴隷や帰りしなに目をつけた奴隷を全て買い取ると伝えたら、店長は唖然としてしまってしばらく固まってしまった。


 そして再起動した店長は念のためにお勉強をした額をケビンへ提示すると、ケビンはその金額に怯むどころかあっさりと大金貨の詰まった袋を取り出して、店長へ中身を確認するように促す。


「確かに間違いなく大金貨です。いささか金額が多いような気もしますが……」


「元々高かった金額を値引きしてくれただろ? この店が潰れては俺が困るしな。浮いた分はラッキーだとでも思ってくれ」


「ありがとうございます。今後ともお客様のご希望にそうよう努めさせていただきます」


「ああ、そうしてくれ。あと、今後はこの格好で来ないからな? 今日は舐められないためにわざとこういう格好をしてきたが」


「店の者にもそのように伝えておきます。よろしければお名前を窺っても?」


「そうだな。これからも付き合いがあるし、俺の名はケビンだ」


「ありがとうございます、ケビン様。私はこの店の支配人を務めているイドショーレと申します。お気軽にイドとお呼びください」


 それからケビンは大人数の奴隷たちと奴隷契約を交わして、問題児である角の生えた魔族はケビンが眠らせてから、その間に奴隷契約を済ませるのだった。


 そしてその魔族はケビンが抱きかかえて移動を始めると、歩ける奴隷たちを引き連れて一旦外にある馬車へと案内した。


「後ろの馬車に男性が乗ってくれ。女性は前の馬車だ」


 ケビンは予めここにいる獣人族の数を把握していたため、見た目が大きな馬車を2台用意しており、中は更に空間魔法で拡張して奴隷たちが乗れるスペースを充分に確保していたのだった。


 馬車を引くバイコーンに恐怖していた奴隷たちだが、ケビンがギルドへ登録済みの魔獣だと説明すると、ビビりながらも奴隷たちは馬車へ乗り込む。


 見た目と違う中の広さに驚いた奴隷たちだが、ケビンが大金と引き換えに高名な魔術師へ頼んで作ってもらった特注品というデタラメな嘘を伝えて説得を試みると、大人数の奴隷を一気に買っていたことでケビンが大金持ちだと認識している奴隷たちは、不思議とそのデタラメ話に納得してしまうのだった。


 外へ連れてきた奴隷たちが全て乗り込んだところで、ケビンは廃棄処分予定だった奴隷たちへ回復魔法をしれっとかけて、体調を悪くしないように施したら馬車へ1人ずつ乗せていった。


「それじゃあ、今回はいい取り引きができて良かったよ。また頃合いを見てここに来るから俺の希望する奴隷がいたら売らずに残しておいてくれ」


「わかりました。今後ともよろしくお願いします」


 ケビンはイドショーレに挨拶を済ませたら、前の馬車の御者台に座ると後ろの馬車とともに街の外を目指して進み出すのであった。

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