第363話 根回し作戦
獣人族のお悩み相談が1歩前進したところで、ケビンはクズミとともに獣人族の代表へ挨拶に来ていた。
「儂の名前はシバーヌ。こちらは嫁のタキアといいます」
家の中へ招かれて挨拶を済ませた代表と嫁の見た目は、犬人族の年寄りでとても温和そうな雰囲気を醸し出している。
「ゴワンの件は耳にしている。その上クズミ嬢の紹介ともなれば儂からしたら否はないのじゃ」
テーブルについたケビンたちへそう伝えるシバーヌを他所に、タキアはお茶を用意してみんなへ提供したらシバーヌの隣へと腰をおろした。
「人族の方のお口に合えばよろしいのですが」
「いえ、ありがたく頂戴します」
問題ないとばかりにケビンは出されたお茶を口にして美味しいと感想をこぼすと、シバーヌへ今後の方針を伝えるのである。
「――ということで、奴隷となっている者たちを救い出そうと思うのですが、普通に生活を送れている奴隷たちはそのままでもよろしいですか?」
「それは構わないのじゃが、その前に奴隷から抜け出したいと思っている者には手を差し伸べてもらえんかの? やはり普通の生活を送れていてもそれは奴隷としてであって、一般的な普通の生活ではないからの」
「それはそうですね。ですが1点だけ。犯罪奴隷は今回の救出からは除かせていただき、奴隷狩りで奴隷落ちした者たちだけを救出します」
「それは致し方ないの。犯罪を犯したなら罪を償うのが当たり前じゃ」
「その代わりと言ってはなんですが、不当に犯罪奴隷へ落とされた者がいた場合は同じように救出します」
「ありがたいことじゃ」
「では、人数が人数なので長期的に見ていただければと思います。各国を歩き回ることになりますので」
「それは心得ておる」
「それと、こういう言い方は失礼かもしれませんが、戦争を起こそうとしている過激派の抑制はそちらでお願いします」
「まこと恥ずかしい限りじゃ。獣人族だけで人族に勝てる見込みなど微塵もないというのに」
「もし手に余るようでしたらご相談ください。何かお手伝いできそうであれば致しますので」
「重ね重ねありがとう。人族もケビン殿のような心持ちの者で溢れかえればこういう問題もなかったろうに」
「その点は申し訳なく思います。人族と言っても1枚岩ではございませんので」
「それは獣人族とて同じこと。お気になされるな」
それからケビンはシバーヌとの会談が終わると、クズミを連れて帝城へと帰った。
続いて向かうはアリスを連れてアリシテア王国の王城である。ここではヴィクトール国王に今からしていくことの事前の相談でやって来ていた。
ヴィクトールだけに面会して相談しようと思っていたケビンであったが、双子のパンブーを連れてきていたアリスがマリーへ見せに行ったことで、次々とお馴染みの顔ぶれが揃っていく。
よってヴィクトールとの会談の場はライルとマリー大公夫妻、それにマリーが呼び寄せたローラ王妃の顔ぶれとなり、賑やかになってしまうのである。
通されたいつものケビン用客室で女性3人は双子のパンブーへ夢中であり、アリスが一生懸命にどれだけ可愛いのかを熱弁している。
そして残る男3人で今回の話し合いを進めていくことになる。
「そのようなことが起こっているのか」
「戦争を起こそうとするのはいただけんのう」
「もし仮にそうなった場合は我が国が壁役になるな」
「まぁ、そこは向こうの代表が抑えつけてくれるから問題ないよ。獣人族の一部だけの考えだし、ほとんどは戦争をしても負けると理解しているみたいだから」
「では抑えつけてくれている間に奴隷たちを何とかしないとな」
「そこは見て見ぬふりをしてくれるだけでいいよ。俺が救出に向かうから」
「しかし未だに奴隷を物のように扱う者がいるとはのう」
「仕方ないよ。細部までは目が行き届かないんだし」
「やはりケビンの国のように法改正で徹底させるか……」
「それはオススメしないよ。俺は実力でどうとでもできるけど、義兄さんはそうはいかないだろ? 反感を持つ貴族とかが出るだろうし、下手したら暗殺とか考える奴も出てくるかもしれない」
「しかしな……」
「義兄さんは義兄さんのやり方でこの国を良くしていけばいいと思うよ」
「そうじゃの。ケビンの場合は帝国の実力至上主義という国風とケビンの力が合致した結果であのような強引な手立てが打てる。この国はそうもいかんじゃろ」
「義兄さんはまず地盤固めを優先して、信頼のおける人たちを味方につけていった方がいいかな。それが磐石になってから少しずつ変えていけばいいと思うよ」
「やむを得んか……」
「そうだ、義兄さんの手助けになる物を渡しておくよ」
ケビンはそう言うと【無限収納】の中から自作の嘘発見器を、ヴィクトールへ渡すのだった。
「これは何だ?」
ヴィクトールからの問いかけにケビンが使い方を実演しながら教えていくと、それを見たヴィクトールとライルは驚きを隠せなかった。
「俺の国では税の回収係が主に使ってる。それを使うと誤魔化しが効かないから。義兄さんはそれを使って信頼できる人を集めたらどうかな?」
「これはいい物だな。私の顔色ばかり窺って本心を隠している者もいるからきっと役に立つ」
ケビンは同じ物を数個ヴィクトールへ渡すと、盗まれないように使用者を王家の者に限定するのだった。
それからケビンはのんびりとアリスの懐妊話や日常会話を楽しみながら、ヴィクトールたちとの会談を無事に終えた。
その後、帝城へ戻ったケビンたちは続くスカーレットへアリスがバトンタッチすると、最後にミナーヴァ魔導王国の王城へと転移する。
王城についたスカーレットはケビンを連れて母親の元へ向かうと、帰省の挨拶を済ませて世間話に花を咲かせる。
「ケビン君が中々来ないから妊娠したスカーレットに会えなかったのですよ?」
「すみません。どうしても王妃2人は敬遠してしまいますので」
「私がケビン君の敵になることはもうないですよ。家族ですからね」
「そうだといいですけどね」
「堅苦しい言葉遣いもやめてください。家族なのに距離を感じてしまいます」
「はぁぁ……わかったよ。これでいい?」
「ふふっ、それこそがケビン君です。それにしてもスカーレットのお腹は思いのほか大きくなっていますね」
「今はだいたい5ヶ月過ぎたあたりだよ」
「やっぱり個人差があるのかしら? 私の時はここまで大きくならなかったけど……」
「問題ありません! ケビン様のために立派な赤ちゃんを産んでみせます。お腹が大きいのは赤ちゃんが元気に育っている証です!」
「そうですね。孫に会える日が楽しみです」
「それよりもエムリス陛下に話があるんだけど」
「ケビン君! 赤ちゃん話を“それよりも”で片付けてはいけません。この場合はエムリスの方が“それよりも”です」
「相変わらず立場が低いね……」
「エムリスよりもケビン君とスカーレット、それに赤ちゃんの話の方が重要です」
「今回はそうも言ってられないんだよ。戦争が絡むから」
ケビンの告げた内容にモニカは和やかな表情から一変、王妃の顔へと変化した。
「また戦争が起きるのですか?」
「獣人族の奴隷問題でね」
「すぐにエムリスとミラを集めます。スカーレット、貴女はケビン君を執務室へ案内するのです」
「はい、お母様」
モニカは私室から退室するとエムリスとミラを呼び寄せるために、それぞれがいる場所へと足早に向かっていく。
ケビンの来訪と持ってきた案件によってそれをモニカから聞かされたエムリスは、残りの謁見の予定を全て中止して執務室へと向かい出した。
ミラも私室でのんびりしていたところをモニカから簡単に説明を受けて、足早に2人で執務室へと向かうのだった。
そして国王と王妃2人が揃ったところで、ケビンは今回の件を3人へ説明する。
「――ということで、獣人族限定で奴隷を救出していく。ただし犯罪奴隷は除外するけど、不当に奴隷落ちしたのなら同じく救出する」
「……そういうことか」
「エムリス、各貴族に伝えなさい。従わない者は国家反逆罪とみなすって付け加えておくのよ」
「強引過ぎないか?」
「あなたは貴族の評判と戦争を事前に防ぐのとではどちらが大事なの?」
「ぐっ……」
「ケビン君、そういうことだから一般人の方は任せてもいいかしら? あなたなら誰が奴隷を抱えているのか調べるなんて朝飯前でしょう?」
「……帝国にも草を放ってるの?」
「人の口に戸は立てられないわ。悪人から奴隷を救出した救世主様?」
「はぁぁ……あいつらか……」
ケビンは最初に奴隷解放した男性たちが思いのほか彼方此方で喋っているのを再認識して、あの時に口止めしておくんだったと後悔するのである。
「ミラさんが思いのほか協力的だからこれをあげるよ」
ケビンはヴィクトールへあげた物と同じ嘘発見器を、この場でミラにも渡すのだった。
「何かしら、これ?」
「嘘発見器」
「「「……え?」」」
3人がキョトンとした表情になるも、ケビンは構わず魔導具の使い方を説明した。
「それを使えば相手の嘘がわかる。奴隷の解放にあたって役に立つだろ?」
ケビンの告げたことを早速試すために、ミラは強引にエムリスの手を魔導具へ乗せるのだった。
「エムリス、あなた今までに私たちに隠れて浮気したことある?」
「な、何を言い出すんだ!」
「答えなさい、エムリス。やましいことがないなら平気ですよね?」
「お、おいケビン! 助けろ!」
「陛下、これって何に見える?」
エムリスはケビンに助けを求めるも、ケビンは【無限収納】の中から備長炭を作ろうとして失敗した燃えカスを、ミラによって手を魔導具の上で押さえつけられているエムリスの前に出した。
「そんなことよりも助けろよ!」
「助けてあげるから何に見えるか教えてよ」
「灰……だろ?」
するとどうだろうか、何の反応も示していなかった魔導具が青く光り出して、それを見たエムリスが慌て始める。
「な、何でっ!? 俺は答えてないぞ!?」
「「エムリスぅぅぅぅ」」
「ち、違う! これは何かの間違いだ。おい、ケビン!」
そのような3人の反応で楽しんだケビンは、なんてことのない種明かしをしていく。
「それが反応したのは陛下が“はい”って答えたからだよ」
「……は? そんなことは俺は一言も言ってないぞ」
「さっき『灰だろ』って言ったでしょ? 『はい』と『だろ』って」
それを聞いたエムリスはケビンにはめられたことに気づいて、目を見開くのだった。
「で、約束通り助けるよ。それが青くなったのはミラさんの質問の仕方が悪い」
「私の?」
「そう。浮気って一言でいっても中身は幅広いからね。こう言えばいいんだよ。陛下、今まで2人に隠れて他の女性を抱いたことある? ちなみに2人と恋仲になってからね」
「あるわけないだろ! はいだ!」
自信満々に答えたエムリスの言葉で魔導具が赤く光を発する。
「今の『はい』は嘘だね。良かったね2人とも。陛下は2人しか抱いたことがないみたいだよ」
「じゃあ、さっきは何で青く光ったの? 真実ってことよね?」
「そこで次の質問。女性を抱きはしなかったけどキスはした?」
「はいだ!」
先程と同じく赤く発光する魔導具を見て2人は意味がわからなく首を傾げるが、ケビンはどんどん続けていく。
「その女性に手を触れたりした?」
「はいだ!」
「これで最後、その女性をちょっと可愛いなぁって思ったりした?」
「は……」
「陛下?」
「……はい」
今までエムリスの言葉に赤く反応を示していた魔導具は、ここで青色の反応を示したのだった。
「今のでわかると思うけど、陛下は2人以外の女性を見て『ちょっと可愛いなぁ』って思っただけなのに、2人に対して『浮気した』っていう後ろめたさがあったんだよ。良かったね、2人とも。陛下からだいぶ愛されてるよ。普通、他の女性を見て『可愛いなぁ』って思ったくらいじゃ浮気したって思わないからね。女性視点ではどうかわからないけど」
「「エムリス……」」
エムリスの抱く浮気の真相が知れた2人は、付き合い始めた当初のような愛情をエムリスに対して抱くのである。
「今日は3人でラブラブしてね。また子供を作るのもありだと思うよ。じゃあ俺たちはもう帰るから」
ケビンはそう言うと静かにスカーレットとともに帝城へ帰るのだった。
そしてその日の夜、エムリスは2人にこってり搾り取られて翌日の業務に支障をきたし、対して2人はツルツルのツヤツヤ肌でご機嫌のまま過ごしていたのであった。
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