第353話 我らはアルフレッド隊

 持ち場を離れた俺はひとまず宿舎へ戻り、非番の3人へケビン様のご意向を伝えた。


「――ということだ。お前たちも彼女に知らせてくるといい」


 3人ともあまりの出来事に心ここに在らずだったが、正気に戻ると慌てて自分たちの彼女の元へと走り去って行った。


「俺もうかうかしてられんな」


 他の4人に負けじと俺も宿舎を出たら彼女の元へと向かった。ちなみに俺の彼女は食材屋で働いているのだ。


 ついでだから話しておこうか。俺と彼女の出会いを……ごくごく普通の内容だがな。


 普通と言っても曲がり角でぶつかったりとかはしてないからな? 彼女がパンを咥えていたなんてこともないからな?


 まぁ、それは置いておいて、ある日のことだ。俺はいつも通りに帝城の女性たち用に食材の買い出しを行っていたんだ。その時はまだ外に出れるような女性はあまりいなかったからな。それに人数分ともなると結構な量になるから女性には厳しいだろう?


 そしてケイトさんから渡されたメモ書きを見ながら、野菜などを選んでいたらいきなり声をかけられたんだ。


「いつも買ってくださりありがとうございます」


 まさか声をかけられるとは思わずに、俺はビックリして声を出してしまった。


「ひゃいっ!?」


「ふふっ」


 この時の俺は顔から火が出るかと思ったよ。大の男が「ひゃいっ」はないだろう、「ひゃいっ」は。


 これがきっかけとなって俺と彼女は少しずつだが、買い物に来た時は話すようになっていったんだ。


「今日はこのお野菜が届いたんですよ」


「へぇー」


 ぶっちゃけ野菜の話をされても俺にはさっぱりだ。だって仕方ないだろ? 助けられるまでは奴隷として生きてたんだから。当時は残飯が俺にとっての食事だ。


 それに俺たちアルフレッド隊は料理なんてしない。宿屋の食堂や酒場がメインなんだ。したとしても料理とは呼べないような男料理だ。つまりあれだ、酒の肴と言うやつだな。


「ふふっ、やはり男の方にはお野菜なんて興味ありませんよね」


「い、いえいえ、私は料理なんてしたことなく少し前までは奴隷として生きていましたので、何がどう違うのかさっぱりでして……すみません……」


「す、すみません!」


 彼女が何故か謝ってきたのだが俺には何のことだかさっぱりだった。俺が不思議そうに首を傾げていると、意味のわかっていないことを察してくれたのか、彼女が理由を教えてくれた。


「あの……過去の傷を抉るような真似をしてしまいましたので……」


「あぁ、そういうことですか。お気になさらないでください。当時とは違って今はとても充実した日々が送れていますから。奴隷としての自分がなければ今の自分はありませんでしたからね」


 それからは俺からも話しかけるようになり、次第に距離が近づいていった気がするのは俺だけだろうか。


「うちに来たということは、今日はお非番なんですね」


「はい、買い出しは非番の担当にしていますから。勤務中に行かせるわけにはいかないのですよ。帝城や女性たちを守るのは俺たちの使命ですから」


 あとで知ったことだが、どうやら俺たちアルフレッド隊は街中でちょっとした噂になっており、女性たちの護衛もすることから騎士ではないのに、女性を守るナイト扱いを受けていたんだ。


 それを彼女から聞かされた時にはこそばゆい感じがしたものだ。騎士など俺たちにとっては身に余る役職だからな。平々凡々な俺たちには衛兵で充分なのさ。


 そのようななんてことのない日常を送っていたある日のこと、買い出し担当の順番が回ってきて、いつも通りいつものお店へ食材を買いに行った時のことだ。


「あの……次のお休みはいつですか?」


「休み? それがどうかしましたか?」


「こういうことを女性から言うのは、はしたないと思われるかもしれませんが……あの……一緒にお食事でも……どうかなって……」


「い、いえ! はしたないなんて全然思いません。それよりも私のような元奴隷より貴女にはもっと相応しい相手が――」


「元奴隷なんて関係ありません! アルフレッドさんは素晴らしい殿方です。ご自身を卑下なさらないでください!」


 いつも柔らかな声音の彼女がまさか声を荒らげるとは思わずに、俺はたじろいでしまった。


「……すみません……」


 俺がビックリしている姿を見た彼女は申しわけなさそうに謝ってきたのだが、果たしてこのままでいいのだろうか? そう思った時には体が動いていたんだ。


「ぁ……」


 悲しげな表情をする女性を放ってはおけない。それに彼女は俺が奴隷であったことを関係ないとまで言ってくれたんだ。これで動かなければ男が廃るってもんだろ?


「このようなことをして申しわけありません」


 いきなり抱きしめてしまったので俺は謝ることにしたんだ。そうでないと衛兵の俺が衛兵にしょっぴかれるなんて、とんだ笑い草だろ? まぁ、謝って済む話でもないが。


「……いえ……」


 だけど彼女は俺を咎めるようなことや、拒否して体を突き放すこともしなかったんだ。だから俺はそのまま伝えることにしたよ。


 だって彼女の体は柔らかいし、いい匂いがするんだぞ! 仕方がないだろ? 俺だって男なんだ。


「俺は元奴隷です。しかも犯罪奴隷です。この過去は何があっても消せませんが、今は素晴らしいお方のおかげで元々の職であった衛兵の仕事に就くことができました」


「知っております。前皇帝を倒し、悪人の一掃を行った正義の使者……数々の不利益を被っていた奴隷たちの解放……」


「何故それを……」


 その時のことは女性たちか俺たち元奴隷くらいしか知らないはずだったんだ。何故なら残された家族たちは身内の恥を晒せるわけもなく、固く口を閉じているはずだからだ。


「人の口に戸は立てられません。解放された元奴隷たちの方々が嬉しそうに酒場で話していますから。救世主だと」


 俺たち以外の元奴隷が酒の席で漏らしたのが原因なんだと、初めてこの時にわかったんだ。


 だが、ケビン様も特段口止めをしていたわけでもないしな。その時は仕方ないかと思うことにしたんだ。


「そうか……」


「ですからアルフレッドさんが元犯罪奴隷であっても、無実の罪を背負っていたことは知っております。それが嘘でないことは日頃の誠実さを見ていればわかりますから」


「だが、今は不誠実だ。女性を断りもなく抱きしめてしまっている」


「いえ、私は嬉しいですよ。有名なアルフレッドさんに抱きしめてもらえて」


「有名?」


 彼女から聞いた話なんだが、どうやら俺たちアルフレッド隊は街中の女性たちから人気を集めていたらしかったのだ。


 女性たちを守っていることもそうだが、買い出しで重い荷物は率先して持ち、最初から量のある買い出しは進んで自らが行い、女性特有の買い物については距離をとって配慮する姿を含めて、行動全てがとても好感が持てるようでちょっとした話題になっているんだとさ。


「アルフレッド隊の皆さんはモテモテなんですよ?」


「ですが、私たちは受けたご恩を返しているだけです。特別モテたいからしているわけではありません」


「そういうところが素敵なんです」


 いつまでもこうしているわけにはいかないと思った俺は、とてつもなく勇気を振り絞ったんだ。今思い出してもとても頑張ったんじゃないかと自分を褒めてやりたい。


「あの……もしよろしければ結婚を前提に、私とお付き合いをしていただけませんか?」


「……はい」


 当時の彼女の表情は今でも忘れられない。頬を赤らめて俺をじっと見つめていたんだ。横槍が入らなければそのまま口づけを交わしていたかもしれないほど、彼女の顔はとても美しく見えた。


「うおっほん!」


 唐突に聞こえたわざとらしい咳払いで俺と彼女は現実に引き戻されたよ。いい雰囲気だったんだがな。


「店先でよくもまぁ見せつけてくれるもんだな」


「て、店主殿。申しわけありません」


「別に構わねぇよ。こっちからしたらいつ引っ付くのかヤキモキしていたからな。お互い好きあってんのは傍から見てもバレバレだってのに、中々引っ付きやしねぇ」


 店主からの言葉で俺と彼女は顔から火が出るほど、真っ赤になってしまったんだ。


「とりあえずまぁ、おめでとさん」


「ありがとうございます」


「うちの大事な看板娘だ。不幸にしたら承知しねぇからな」


「はい、絶対幸せにしてみせます!」


「いい返事だ。今日は祝いということで安くしといてやるよ。あと、いい加減に離れろ。周りの見せもんになってるぞ」


 その言葉で自分たちが未だに抱き合っていることと、周りから囃し立てる声が挙がっているのを耳にして、お互いにバッと離れた。


 そりゃあもう、お互いに俯いては顔を真っ赤に染めあげてな。


「ったく……初々しいったらありゃしねぇ」


 こうして俺と彼女は公然の仲となり、休みの日が合えば一緒に過ごすようになったんだ。


 おっと、思い出に浸っている間に彼女の店へとついてしまったようだ。


「やあ、ヨランダ」


「あら、アルフレッドさん。勤務中に来られるなんて珍しいですね」


「今日の仕事はもう終わりそうか?」


「ええ、もう少ししたら終わりです」


「そっか。それなら待っていようかな」


「え? 勤務はどうされるんですか?」


「ケビン様の計らいで会いに行ってもいいって言われたんだ」


「へ、陛下が!?」


「全く皇帝らしくないだろ? 勤務中の人間に彼女へ会いに行けって言うんだぞ?」


「どうして……?」


「それは仕事が終わってからのお楽しみだな」


 それから少しして仕事終わりのヨランダと街を歩きながら会話を楽しんだ。だが、いつまで経っても本題に入れない俺の背中をヨランダが後押ししたんだ。


「アルフレッドさん、話したいことがあるんでしょう?」


「あるにはあるんだが……驚かないでくれよ?」


「それは自信ありません。今日、アルフレッドさんがお店に来た理由だって驚いたんですから」


 噴水広場までやって来た俺たちはとりあえずベンチに腰掛けて、落ち着いて話ができる状況を作り出した。


「うーん……実はだな――」


 そして俺は勇気を振り絞って、ケビン様からお誘いを受けていることをヨランダへ話したんだ。


 お誘いって言っても夜の方じゃないからな? 俺はまだはめられてないぞ? いや、まだと言うよりもこれから先ずっとはめられる気はない。


 そもそもケビン様にもそっちの気はないからな? 誤解するなよ? 巷では掛け算と言うらしいが、全くもって俺とケビン様はノーマルだ。


 ベーコンレタス? 俺は知らん!


 おっと、話が逸れたな。今は愛しのヨランダとの会話に集中しなければ。


「どうだ? 無理なら無理で構わないぞ。ケビン様も強制するのは好きな方ではないからな」


「……」


 そうだよな……そりゃ、呆けるわ……皇帝陛下から遊びに行こうって誘われてるんだもんな。


「……他の人は来るの?」


「んー……ビリーたちも自分の彼女を説得しに奔走していたしな。来るかどうかは宿舎に帰って話を聞かないとわからないな」


「じゃあ、こうしましょう?」


 ヨランダの提案した内容は、夜に1度宿舎にて話し合いをしようというものだった。1人だと不安でしかないが5人で行くなら不安も減るとの考えだ。


 早速俺はその提案を受け入れて、アルフレッド隊の他のメンバーへと知らせに帰った。


 ちなみにアルフレッド隊に夜勤はない。本来ならありえない話だが、ケビン様から夜は夜でちゃんと休むようにと仰せつかったのだ。衛兵としては破格の待遇とも言える。


 そしてその夜、それぞれが自分の彼女を迎えに行くと、宿舎にて10人で集まり話し合いを行うこととなった。


 議題は当然、ケビン様から誘われた遊びに彼女たちがついて行くかどうかだ。


 ビリーは今回の件の言い出しっぺでもあり、自分の彼女へ拝み倒して何とか参加する意志を勝ち取ったらしい。


 よって現段階では残りの4人が参加するかしないかという話になる。


 ヨランダはビリーの彼女であるウィロウが参加すると聞いて、俺の顔を立てたいのかすんなり参加する意志を伝えてきた。


 全くよくできた彼女だよ。俺にはもったいないくらいだな。


 5人中2人が参加することに決まると、あとはもうなし崩し的にヨランダとウィロウの参加組が残りの彼女たちを説得し始めて、ヴァネッサやトレッサ、スーザンが仕方がないとばかりに参加する意志を決めた。


 こういう時に男は頼りにならないとつくづく思い知らされる。女性の団結力は帝城の女性たちで復讐の時に嫌というほど思い知らされたしな。


 ううっ……思い出したら倅が縮みこんでしまった……


「それじゃあ、みんな参加するということで明日の予行練習をしておこう」


 気を取り直して明日の挨拶練習をしておかないと、ケビン様へ失礼があってはならないからな。


 それから俺たちは自分の彼女に付いたら、マンツーマンで挨拶を教えていくのだった。


「よし、この仕上がりならケビン様に対して失礼にならないだろう。みんなよく頑張ったな、明日は張り切って参加しよう。では、これよりアルフレッド隊は自分の彼女を家まで送る任務とする。無事に彼女を家まで送り届けるように」


「「「「了解!」」」」


 さて、俺もヨランダを家まで送り届けるとしよう。

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