第352話 俺の名前はアルフレッド

 俺の名前はアルフレッド。以前は奴隷として酷い扱いを受けていたが今は違う。そもそも奴隷に落ちたのだって同僚にはめられたからだ。はめられたと言ってもあっちの方ではないので安心して欲しい。


 「いや、誰に対してだよ!」というツッコミは受け付けないからな。察しろということだ。


 さて、当時からのことを昔話として話しておこう。くどいようだが誰に対してというのは聞かないからな?


 当時、同僚の不正を暴こうと証拠集めに躍起になっていた頃、集めきる前に同僚から虚偽の報告と似たような連中が口裏を合わせたことで、俺は衛兵という立場から一気に犯罪奴隷という立場へ急転落した。


 そして俺が人生最悪の生活を送っていた頃、ある転機が訪れる。


 その日はいつもと変わらず、当時のご主人様から憂さ晴らしにと拷問を受けていたんだ。


 このご主人様の嫌なところは、死なないようにきっちりと回復魔法をかけてくることだ。それがなければ俺は何回死んでいるか数えるのも馬鹿らしくなるほど拷問を受けていた。


 今となってはそのご主人様には少しだけ、ほんの少しだけだが感謝している。生きていたからこそ今の人生を歩んでいるからだ。


 そしてその時も拷問を受けていたはずなのにピタリと止まったことで、俺は顔を上げると目の前にはご主人様ではなく、当時無表情だったケビン様が立っていたのだ。


 そのケビン様が何かを言っていたが、その時に起きている状況を飲み込めなかった俺は混乱していた。だってそうだろ? 目の前の景色がいきなり変わったんだ。混乱しない方がおかしい。それに周りにいる同じような奴隷たちも俺と同じ反応をしていたしな。


 その時の俺が混乱している最中、そんなことなどお構いなしに当時のケビン様が何やら魔法を使った。


「……へ?」


 どこからともなく間の抜けた声がした。いや、もしかしたら俺自身の声だったかもしれない。だがこれは誰であっても仕方がないと言える。失ってた俺の体が元に戻っていたんだ。


 いったいどういうことだ? 当時の俺の感想がこれだ。


 俺の混乱が拍車をかけている時、周りの者たちも似たような反応だったな。それもそうだろう。これはもう神の御業としか思いつかなかったよ。


 その後にも次々と奴隷が現れては目の前のケビン様は治療を施していたんだ。いくらなんでも魔力総量が魔術師のそれを遥かに凌駕していると当時は思ったものだ。といっても、俺の周りにいた衛兵基準でだったが。


 それからケビン様が何やら端の方に詰めて欲しいと言ったり、首輪の効果を無効にしただの主を喚びだすだのと理解の追いつかないことを言っていたな。


 俺たちは言われた通りにゾロゾロとみんなで端の方へ移動すると、今まで自分たちがいた場所にご主人様や他の主と思われるような輩が次々と姿を現したんだ。


 そして俺はその時に現れたご主人様と目が合ってしまい、いきなり怒鳴りつけられてしまったよ。


 だが、どういうことだろうか? 来いと言う命令に従っていないのに体に激痛が走らない。全く意味がわからない。ケビン様は当時から常識が通用しなかったな。


 ケビン様がご主人様に言ったように、一定の場所から外へは行けないようだった。何だか傍から見ているとご主人様がアホに見える動きをしていて笑いたくなったよ。


 その時にケビン様が恨みを晴らす機会を与えてくれて、俺は積年の恨みを晴らすべく真っ先に手を挙げてしまった。他の者たちも恨みがあるようで手を挙げているものがいたな。


 それから女性の奴隷たちも助けていたから、当時久しぶりに見た城の中から次々と現れだしたんだ。彼女たちも積年の恨みがあったんだよ。


 それもそうだろう。女性の奴隷というのは男性と違ってほぼ使い道が決まっている。以前の腐った帝国なら尚更そういう目に合う。


 そして舞台が整った時にケビン様がお手本を見せてくれたんだ。


 最初に見た時は驚いたよ。斬った所が何もなかったかのように元に戻っていくんだぞ。全くもって意味がわからなかった。


 だが、意味がわからずとも俺は剣を取りご主人様の所へ向かったんだ。


「や、やめるんだ! 今ならまだ命令に従わなかったことはなかったことにして許してやるぞ! ……そ、そうだ! これからは温かい食事を3食やるし、ベッドだってつけてやろう! お前専用の個室だ! 服も買い揃えてやろう。だから――」


 『こいつは何を言っているんだ?』と思ったがそんなことは今更どうでもよく、拷問を受けていた俺がやめてくれと言った時には下卑た笑いをしていたので、立場が逆転した今は躊躇わずに斬ってやったさ。


 そして実際自分でやってみて驚いてしまったな。斬った部分が見る見るうちに治っていったからだ。


 それから俺は自分にされたことをご主人様へやり返していった。ある程度気持ちが落ち着くと周りの者たちがどうなのか気になったのでふと見回してみたが、見なければ良かったとすぐさま後悔することになったよ。


 俺の視界に入ったのは女性が恨みを晴らしている姿で、その恨みの矛先は当然男性の大切な所へ向いていたんだ。


「うっ……」


 それを目の当たりにした当時の俺は倅がキュッてなってしまった。


 男ならわかるだろ? 目の前で滅多刺しにされてるんだぞ? 女性の恨みは怖いと誰かに聞いたことがあるのだが、あの光景を見れば納得だ。確かに怖すぎる……


 どうやらケビン様も俺と同じだったみたいで、顔を逸らして倅を大事そうに保護していたんだ。かくいう俺も両手で倅を保護していたしな。周りにいる男たちもそうだった。


 当時のあの場所は、自由に動ける男たちの連帯感というものが完成していたに違いない。


 なぜなら女性の行動によってそれを目にした男性は手を止めて、倅を大事に保護して顔を逸らしていたからだ。


 そして恨みを晴らし終えた女性たちは、スッキリした表情を浮かべていて満足気だった。対して男性たちはどことなく元気がなくなっていたよ。どことは言わないがな。


 最後の仕上げらしくケビン様が死体を【アイテムボックス】から出して、次々とご主人様たちの所へ積み重ねていったんだ。


 そして死体が全て出されたあとにケビン様が何か呟くと、ご主人様たちや死体から次々と火の手が上がった。


 あの光景はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図であったが、恨みのある相手だったからだろうか不思議と可哀想とか酷い仕打ちだとかの感情は湧かず、ようやくあの日々から解放されるのかと安堵していたな。


 それにしても女性たちは凄いと思ったよ。あの光景を忌避するどころか逆に罵声を浴びせていたんだ。女性というのは思ってた以上に逞しいものなのだな。


 その後はケビン様が次々と悪事に手を染めていた者たちを処刑していった。その時に皇帝の死体を初めて見たが驚く他ない。皇帝を殺したということはケビン様が次の皇帝となるのだが、当時は不思議と嫌な気分はしなかったな。今でもしてないからな?


 処刑が終わってからケビン様が俺たちに貴族の屋敷を使うように言うと、必要な物を買い揃えるために金貨を1枚くれた。


 ケビン様は貴族の嫡子なのか? と当時は思ったが、実際は貴族の嫡子ではあったが、自身が貴族位を持っている上に凄腕の冒険者でカジノで荒稼ぎしていたから資金が豊富だったんだとさ。あとから聞かされてビックリしたよ。


 その後は、なんやかんやで落ち着かないまま貴族の屋敷で1泊したあと、翌朝にケビン様から呼び出されて城へと赴いたんだ。


 しかし、呼び出された時にはビックリしたものだ。ケビン様がいないのにケビン様の声が聞こえてくるのだから。


 俺たちが城へついたら女性たちも外へと出てきて、驚くべきことに俺たち男性は奴隷から解放されたのだ。


 それから男性たちは金貨をまた与えられて解散となるが、俺は以前の職にまた就きたいと思ってケビン様に懇願すると、言葉足らずで誤解はあったものの衛兵の仕事をまたすることができるようになったんだ。


 俺の他にも顔なじみだったビリー、カール、デーヴ、エヴァンが同じように再就職を果たし、俺は帝城付衛兵隊のリーダーを任命されて俺たちはアルフレッド隊と命名された。


 その時に心の中でこう思ったんだ。この人の為に命尽きるまで忠誠を誓おうと。


 それからケビン様は何処かへ旅立たれたようで1年以上は戻ってこなかったが、俺たちアルフレッド隊は主不在の帝城や女性たちを守り抜くことを決めて、日々警戒を怠らなかった。


 そしてケビン様がいない間に、アリシテア王国の国王夫妻が来た時にはビックリしたものだ。


 だって相手は1国の王だぞ? ペーペーのいち衛兵であった俺がお目通り叶う相手ではないのだ。


 その国王様が言うには、ケビン様から帝国の平定を任されたみたいだった。証拠としてケビン様が送った手紙も見せていただいたのだが、ただの衛兵が中身を読んでもいいのかどうか判断しかねていると、国王様から読んでも構わないと言われてしまい、代表として俺だけが読むことにしたんだ。


 結果、俺はその場で泣いた。男泣きってやつだ。


 奴隷で拷問を受けていた俺は戦争が起こっていたなんて知らず、ケビン様がその身を費やして終結させていたのだ。三国戦争をだぞ? 前皇帝は頭がおかしかったとしか言いようがない。


 当時ケビン様の表情が乏しかったのは、どうやら前皇帝から姉君を助け出すために力を使い過ぎたせいだったんだ。他には捕らえられていた兄君を救い出したみたいだ。当時は面識はないがちゃんと助け出せて良かったと思ったよ。


 いったいどれだけの人をその身で殺してしまったのか俺には想像もつかない。少年には荷が重すぎることだと思ったよ。大人である俺が代わりにしたとしても精神をちゃんと保てているかどうかわからないくらいだ。


 俺はこの時に再度誓うことにしたんだ。助けてもらったこの命はケビン様のためだけに費やすと。


 それから俺は帝城の玄関に入ったらケイトさんを呼び出したんだ。この帝城はケビン様の力で守られていて、当時俺が入れるのは玄関までだったからだ。これは他の衛兵たちも同じだ。


 ただ違う点を挙げるとするならば、当時俺たち衛兵以外は何人たりとも男であればこの帝城へ入ることはできなかった。それがたとえケビン様から頼まれて訪れた国王様でもだ。


 玄関までとはいえ帝城の中へ入れることは、俺たち衛兵にとっては誇りでもある。それほどまでに俺たちをケビン様は信頼していると受け取れるからだ。


 本来ならば俺たちも男であるために、1歩たりとて帝城内へ入ることは許されないのだ。これを誇りと思わず何だと言うのだ。


 ちなみに女性であれば難なく入れる。問題があるとすれば悪意を抱いているということだ。どういう仕組みなのかさっぱりだが、悪意のある女性であれば帝城の中へ入ることができないのだ。


 もしケビン様の帝城へ悪意を持って近よる女性がいるならば、入れなかった時点で即刻斬る覚悟を俺たち衛兵は決めていた。


 そしてケイトさんと国王夫妻の顔合わせが終わったら、それ以降は王妃様がちょくちょく伝達事項とかで帝城を訪れるようになったんだ。


 そのような日々が続いていく中で、とうとう俺たちを救ってくださったケビン様が帝城へ戻ってきたんだ。


 最初は軽い感じで外出をしたから今までの報告やら、助けてもらったことへの感謝などを改めて伝えることができなかったが、夕刻には食事を持ってこられたケビン様から今までの労いを受けてしまい感無量だった。


 その時に不在時の報告等をしたがケビン様は以前とは違い、表情が戻られていたんだ。改めて見たケビン様は年相応の穏やかな少年という印象を受けたな。


 そこからは凄かった。とにかく凄いとしか言いようがなかった。


 ある日ケビン様が帝城を改造されたんだ。信じられるか? 外観は変わらないのに中身がごろっと変わるんだぞ?


 これによって俺たちは1階へ自由に入れるようになったが、ケビン様が呼び出し魔導具を作ってくださったので、入る必要がある時以外は今まで通り玄関までしか入らなかったんだ。


 主に1階へ入る時は貴族会議が開かれる時で、危険がないことはケビン様の結界で重々承知なのだが、形だけでも取っておこうと警備として配置についたりしたな。


 次に驚くべきことはケビン様は商人でもあって、城下にお店を立ち上げたことだ。そのための準備に帝城周辺の土地は全てケビン様が買い取られた。


 余ってるからといって全て買うとは、全くもってスケールが違うよな。


 その買い取った土地の一部に魔導具製作工場を建てられたんだ。そう、建築を依頼したのではなく、ケビン様が建てられたのだ。


 信じられるか? 建物を1人で建てたんだぞ。


 更に驚くべきことに、城下のお店もケビン様が土地を買って建てられたんだ。


 お店が開店してからは帝城から働きに出る女性がいるので、行きと帰りはアルフレッド隊の護衛がついているんだ。


 他には空き地に畑も作られてしまい、女性たちの気晴らしにと農作業を薦めていた。


 ちなみにジェシカさんの作る人参は至高の味だ。いつもアルフレッド隊用にお裾分けをいただいている。他の野菜も市場より遥かに美味しくて同じくお裾分けをいただいているのだ。


 そのあとの1大行事といえばやっぱり戴冠式と結婚式だろう。あの時のケビン様の皇帝姿はとても素晴らしかった。


 その時に法律を変えてしまってこの国から表立った差別がなくなったんだ。なんでも奥様のために新たに作ったとか。愛する女性のために新たな国の法を作ってしまうとか、男として尊敬するしかない。


 それに奴隷制度の改革があったり、納税の改革も発表されていたな。もうこの国は昔のような腐った国ではない。ケビン様によって新たに生まれ変わった新生エレフセリア帝国だ。


 長くなってしまったがここまでがだいたいのあらましだ。ケビン様のことを語るとなると全くもって語りきれないが、それは俺にあまり学がないせいだろう。


「隊長、なに物思いにふけってるんだ?」


 おお、いかんいかん、今はまだ勤務中だった。俺としたことが勤務を疎かにするなど……


 さすがはケビン様だ。姿がなくとも思い出だけで人を惹きつけて勤務を疎かにさせるとは……


 ケビン様は今旅に出ておられるからな。しっかり主不在の帝城を守らなければ。


 そうか……最初の頃と同じで主不在の帝城を守っているから、昔のことを思い出してしまったのかもしれんな。


 これは初心を忘れるなという神からの試練に違いない。気を引き締めて勤務に当たろう。


「おーい、アルフレッドー」


「っ!?」


 ここにいないはずのケビン様から声をかけられたことで、不覚にも俺は心臓が止まるかと思った。


 物思いにふけって勤務が疎かになっていたのがバレたのか!? いや、ケビン様は旅に出ておられたんだ。バレることはないはず。でも、ケビン様のことだ。何か不思議な力で知っておられるかもしれん。


 色々な思考が巡ってしまうが、どうやらお咎めに来たわけではなく明日みんなで外出することを伝えに来たようだ。


 しかも俺たちアルフレッド隊まで連れて行くと言うのだ。なんて懐の深い方なんだ。


 だが、主不在の帝城を守らねばならないのでお断りを入れるのだが、皇帝命令として休めと言うんだ。


 普通、1国の皇帝がたかが衛兵である俺たちを外出に誘うか? 護衛として付き添えとかならあるかもしれないが、遊びに連れて行くと言うのだぞ。


「……では……大変厚かましいお願いで失礼だとは思うのですが、明日の外出に知人を連れて行きたく!」


 おいおい、ビリーよ。さすがにそれは厚かましくないか? しかも知人て……もしかしてあの子を連れて行くつもりか? いくらなんでもそれはないだろう?


 ケビン様からの問い詰めでビリーが顔を赤くした。いったいどこに顔を赤らめる男の需要があるんだ。


 しかも、ビリーのお願いをケビン様は易々と受け入れた。俺たちはケビン様にとって家族みたいなものらしい。なんと恐れ多いことか。


 更には帝城の女性たちを嫁にしたと言うのだ。ほとんどが奴隷だというのに、奴隷を嫁に迎えるなどケビン様の底が見えない。


 元より女性たちはケビン様に夢中だ。同じ助けられた仲間としての認識はあるが釘を刺さずとも恋慕を抱くことはありませんよ。


 それに今となっては元奴隷の俺でも好いてくれる人がいますからね。あの人を裏切ることはできない。


「ビリー、明日は朝食後少ししてから出発だからな? 今のうちに彼女へ伝えてこい。遅れたら気まずくなるだろ? アルフレッドも彼女がいるなら伝えてこいよ? ついでに非番の者たちにも伝達してくればいい」


 ケビン様の計らいによって俺とビリーは勤務中でありながらも、明日の外出を知らせるために持ち場を離れることを許された。


 これは急いで皆に知らせないと。


 彼女は来てくれるだろうか? さすがに無理だよな。俺だったら断る。だって皇帝陛下と一緒にお出かけだぞ? 無茶言うなと言ってしまうだろう。


 だが、何としてでも説得せねば。こんな機会は滅多にない。俺たちアルフレッド隊は貴方に救われてからちゃんと幸せに過ごせているということをお見せせねば。


 はやる気持ちを抑えて、俺とビリーは街へ向けて走り出すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る