第344話 ハンド〇ワーです……

 ケビンがクズミとの顔合わせから数日が経ったある日のこと、おもてなしの準備が整ったとのことで夢見亭経由で報せが入った。


「それじゃあ行ってくる。帰りは何時になるかわからないから先に休んでていいよ」


 ケビンは留守番組のクララやメイドたちに伝えると、夢見亭を出発してクズミ邸へ向かうのであった。


 ケビンが訪れたクズミ邸で出迎えてくれたのは使用人とかではなく、クズミ本人である。


「ようこそお越しくださいました」


「今宵のお招きありがとうございます」


 クズミの衣装は食事とあってかスーツ姿ではなく、青色のイブニングドレスに身を包んでおり、オフショルダーで惜しげもなく晒されている谷間によってケビンは目のやり場に困るのであった。


「とてもお似合いですよ」


 誰しもが使う月並みの言葉ではあったが、ケビンが現状でできる対応はこれが精一杯である。


「ありがとうございます」


 クズミに先導されて向かった先はそれなりの広さをした食堂で、広さの割にはテーブルなどはこじんまりとしていて、そこには既にグラスとワインが準備されておりいつでも始められるようになっている。


 テーブルへ向かうとケビンは客という立場であったが、クズミが座ろうとする席へ回るとイスを引いてエスコートをすると、その後に自身も対面の席へと座る。


「不躾ですが使用人の方とかは?」


「私の屋敷には使用人などおりません。全て自分の手で行うことが可能ですから」


 クズミはその言葉を証明するかのように力を行使すると、ケビンの目の前ではワインボトルが空中に浮かびあがり栓が勝手に抜けて、そのまま移動したらケビンのグラスへとワインが注がれていく。


「う……浮いてる……」


 目の前で起こるマジックショーにさすがのケビンも驚きで目が点となってしまい、その様子を見たクズミは柔らかく微笑むのだった。


「英雄と言われるケビン様でも驚かれることがあるのですね」


「いや、だって……浮いてるし……驚かない方が無理ですよ」


『ハンド〇ワーです……きてます、きてます……』


『余計なことを言うな。笑ってしまうだろ』


「私からすれば1人で帝国兵数万をいとも簡単に倒してしまうケビン様の方が驚きなのですが」


 クズミがそう言いつつワインが注がれたグラスを持ったので、ケビンも同じように持って言葉を待った。


「では、ケビン様と私でこうして縁を結べる機会ができたことを祝して、乾杯」


「乾杯」


 それからケビンは、料理がワゴンから空中へ浮かんでは運ばれてくる現象に目を奪われながら、クズミと楽しく会話をしては食事を進めていく。


 しばらく時間が経って料理も全て終わってしまうと、2人はお酒を飲みながら楽しく時を過ごすことになる。


「それにしてもケビン様はお酒に強いのですね」


「そうみたいです。あまり飲むような機会はないのですが」


「晩酌はされないのですか?」


「はい、気が向いた時……というか、そういう雰囲気になった時くらいです。前回飲んだのは綺麗な満月を見ていた時ですね」


「まあ、月を見ながらだなんて風情がありますね」


「その時は家の屋根に登っていましたから、周りも静かでそういう雰囲気になったのです」


「静かな中、月に近い場所でのお酒ですか……ご一緒してみたいものです」


「機会がありましたら是非」


「その機会が訪れることを願って、今は部屋の中ですけど今宵のお酒を楽しみましょう」


「そうですね」


 それから2人はワインボトルを空けたら、『次はこのお酒を』とクズミが用意した高級品を呑んでは空けてを繰り返して、スキルのおかげで全く酔わないケビンとお酒に強いクズミのペースが落ちることはなく、次々と空のボトルが増えていく。


 そして2人が時間も忘れて呑んでいると宴もたけなわとなったところで、ケビンがクズミへ切り出した。


「そろそろお暇しようと思います」


「ああ、もうそんな時間ですのね。本当に楽しい時間というものはあっという間に過ぎてしまいますね」


「全くその通りです」


 ケビンとの会話で少し考え込んだクズミが、ふとケビンへある提案をする。


「……あの……実は客室をご用意させていただいているのですが」


「客室ですか?」


「はい。ケビン様がここまでお酒に強いとは思わず、もしご気分を悪くされたり、酔いつぶれてしまった時のためにお部屋を用意しておいたのです」


「それはそれは。ご配慮痛み入ります」


「いえ、お招きしたのは私ですから当然のことです。それで、もしお泊まりいただけるのならば、このままお酒をお付き合いいただけたらと」


「お世話になってもよろしいのですか?」


「はい。私としましても誰かとお酒を呑むという機会がありませんので、この楽しい時間に終わりを告げてしまうことがもったいなくて」


「それではお言葉に甘えて、今日はとことん呑み明かしましょう」


 ケビンはそれからクララの通信魔道具伝いに帰らない旨を伝えると、クズミと心ゆくまでお喋りをしながらお酒を楽しんだ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 翌朝になるとクズミは自室にて目を覚ました。


(うーん……なんや、頭が重い……今日は何の仕事が入っとったかいな……)


 クズミは頭がハッキリしないことで頭が重い理由や今日の予定も思い出せず、とりあえずスッキリするためにお風呂へ入ることにすると寝巻き代わりに着ている着物を羽織っては、帯も締めずに裾をズルズルと引きずりながら風呂場へと向かったのだった。


(なんや、大事なこと忘れとる気ぃするけど……思い出せへんいうことは大したことやあらへんな……とりあえず風呂行こか……)



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ところ変わってクズミが風呂へ行ってからしばらくすると、ケビンもようやく目を覚ます。


「……知らない天井だ……」


 大きなあくびとともに体を起こしたケビンは、辺りを見回しながら状況を整理した。


(あぁ……昨日はクズミさんと呑んでそのまま客室を借りたんだった……)


「とりあえずクズミさんが自慢していた風呂にでも入るか」


 ケビンは昨晩クズミが自慢していた『普通の風呂とはひと味違うから是非朝にでも使ってスッキリして欲しい』と言われた風呂場へと赴くべく、ベッドから立ち上がって使った部屋を魔法で綺麗にするとその場を後にする。


 そして、場所は教わっていたので迷うことなく脱衣所に到着したケビンは衣服を【無限収納】の中へしまうとそのまま浴室へ続くドアを開けたのだが、そこには風呂から出ようとしていたクズミがわがままボディを隠すことなく呆然と立ち尽くしている姿があったのだった。


「「……」」


 それは奇しくも初対面の時と同様で、音のない静寂が2人を包み込んだ。聞こえてくるのは自身の早まる動悸だけ。


 そのような中で、ケビンはクズミの体を余すことなく脳内フォルダに保存していきながら、対するクズミは男の象徴に目を奪われながら2人とも微動だにしなかったが、やはり最初に動いたのはクズミである。


「見んといて、見んといてぇ!」


『ラッキードスケベ……』


 バッとその場で胸を隠してしゃがみ込むクズミに目を奪われたケビンは、サナの言いようには返す言葉もなく沈黙を持ってして回答とした。


「ご、ごめんなさい!」


 ケビンは謝ると直ぐに浴室から出てドアを閉めたら【無限収納】から衣服を装着させて、そのまま風呂場を後にしてリビングへ向かった。


 そして浴室では残されたクズミが頭を抱えながら、昨日のことを思い出したのだった。


(昨日はケビンはんと酒をぎょうさん呑んだんやった……どないしよう……うちの体の全部を見られてもうた……せっかくここまで上手くいってたのに……また姿を変えなあかんやないの……うちのバカ……バカバカバカっ!)


 完全に気を抜いていたことで、クズミは誰にも見せてはいけないものを見せてしまい、大いに悩んで凹むのである。


 クズミが浴室でうんうん唸っている頃、ケビンはソファに座って悶々としていた。


(『普通の風呂とはひと味違う』って、確かに普通の風呂には女性が全裸でいないけど、それはひと味どころじゃない違いじゃないか。『是非朝にでも使ってスッキリして欲しい』って、逆に悶々としてスッキリできない)


 ケビンの一部は固く主張しており思い出されるはクズミの全裸のみで、中々治まりそうにはなかった。


(もしかしてクズミさんからのOKサイン……そういう意味でのスッキリしてって言葉だったのか? おもてなしの一環なのか!?)


 完全に予想外な展開でケビンもクズミと同様に頭を抱え込んで混乱していたが、とりあえず冷静になろうと素数を数え始めて昂りを鎮めるのである。


「ダメだ……全然治まらない……」


『そういう時は漢女を想像するんですよ。マスターを掘ろうとしている漢女を……』


 サナからの助言で一気に冷めていくケビンは、逆に冷めすぎて寒気を感じてしまい鳥肌が立つのであった。


「お……漢女……怖すぎる……」


 そのようなところへとぼとぼと歩いてくるクズミの姿があった。


「ケビン様……」


 現れたクズミの姿は帯がないため着物が開かないように手で押さえていて、ケビンにとってはそれが逆に扇情的に見えてしまい、また治まっていた一部が主張してしまいそうになる。


「クズミさん……」


「ケビン様、正直に答えてください。私の体を見ましたか?」


 ケビンは初対面の時の二の舞にならないよう同じ轍を踏むような真似はせずに、正直にクズミへと答えるのである。


「本能に逆らえず隅々まで見ました。申し訳ございません」


「……そうですか……」


「こういうのもどうかと思われるのですが、とても綺麗でした……」


「……お世辞などよいのです。あのしっぽを見て不気味だと思わない方は過去を含めていませんでしたから」


「ん? しっぽ……?」


 ケビンがクズミの言葉でキョトンとしていると、対するクズミもケビンの言葉でキョトンとしてしまう。


「「……」」


 なんとも言えない気まずい雰囲気が2人の間に生まれて、静寂に包まれてしまうのであった。

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