第332話 二幸訪れてまた一幸
リーマの街を出てから1週間後、唐突にケビンへ通信連絡が入る。
『これ、ちゃんと使えてるのかしら? 初めてだからよくわからないわね』
『使えているぞ』
『あっ、ケビンの声だわ!? 本当に頭の中に聞こえるのね。変な感覚……』
『連絡したってことは何かあったのか?』
『あったわ。とても重大なことが』
『わかった。今すぐそっちに帰る』
『待ってるわね』
ケビンはケイトとの通信を終えると、女性たちに通信があったことを伝えたら旅を中止して帝城へ帰ることにしたのだった。
そしてケビンたちが憩いの広場へ転移したら、ケイトが言ったような重大なことが起こっている雰囲気ではなく、いつものように和やかな雰囲気に包まれていた。
ケビンが困惑して首を傾げていると、通信をしてきたケイトがサーシャとスカーレットを連れて近づいてきた。
「おかえりなさい」
「ただいま。それより重大なことって何だ? いつも通りで平和そうなんだが……」
「それは本人の口からね」
「ん?」
キョトンとしているケビンを他所に、ケイトが下がるとサーシャとスカーレットが前へ出てきた。
「ケビン君、妊娠したわ」
「ケビン様、授かりました」
「……マジ?」
「「マジ」です」
ケビンがたまに使うこの世界では変わった言葉も、いつの間にか周りの者も覚えてしまっていたので、サーシャとスカーレットもケビンと同じ言葉で返すのであった。
「ありがとう、2人とも。嬉しいよ」
「私からもありがとう。嬉しいわ」
「私も嬉しいです。ケビン様、ありがとうございます!」
「よし、今日は懐妊祝いだな。夜ご飯は俺が作るぞ!」
「貴方、それよりも初顔合わせの人がいるわよね? また何処からか引っ掛けてきたの?」
ケイトの鋭い指摘にケビンはクララを前に出す。
「新しいお嫁さんのクララだ。ちなみに人じゃなくてドラゴンだ」
ケビンの言い放った言葉に、旅に同行していた者たち以外の女性たちが全員呆けてしまう。
そして静まり返った憩いの広場で聞こえてくるのは、子供たちが遊んでいる声だけとなる。
「主殿よ、みんな固まっておるぞ?」
「そうだな。まぁ、そのうち元に戻るだろ」
「適当よの」
「それよりもここが俺たちの家だ。これからはクララの家にもなる」
「よもや、人の住む家に私が住まうことになろうとはな。長生きはしてみるもんだな」
ケビンとクララが会話していると、再起動を果たしたケイトがケビンに詰め寄る。
「ちょっと貴方、嫁はともかくドラゴンって……えっ、ドラゴンっ!? ドラゴンなのっ!? どう見ても人よね……? ドラゴンが人なの? 人がドラゴンなの? 嫁がドラゴンになったの? ドラゴンが嫁になったの? そもそもドラゴンって何っ!?」
再起動を果たしたものの絶賛混乱中であるケイトに、相乗りするかのようにサーシャやスカーレットも詰め寄ってくる。
「ケビン君、気は確かなの? 何か悪いものでも食べた? もしかして妊娠したのを知らせたのが原因? ドラゴンがここにいるわけないでしょ? ここにいるのは女性よ。幻惑魔法でもかけられたの?」
「ケビン様、ドラゴンはどこにいるのですか? 私、見てみたいです! 勇者物語で勇者と壮絶な戦いをしていたのです! 是非会ってみたいです!」
矢継ぎ早に喋りかけてくる3人の様子に、クララは面白いものを見たと言わんばかりに笑ってしまう。
「主殿の嫁たちは面白いの。この私が人に対してこれほど好感を持てるとは思わなんだ」
「確かに面白いな」
ケビンは目まぐるしく騒ぎ立てている3人に少し落ち着くように促すと、クララの説明をするが依然として人であると言い、認めようとはしなかった。
「なぁクララ。何かドラゴンみたいなことできるか?」
「ふむ、そうだな……何か、何か……そうだ! 主殿よ、帯を引っ張ってくれ」
「ん? 引っ張ればいいのか?」
ケビンはクララに言われるがまま帯を引っ張り出すと、クララはクルクルと回り始める。
「あぁ~れぇ~」
その言葉だけでケビンはクララが何をしたいのか察して、ノリノリで返すのであった。
「よいではないか、よいではないか」
「およしになって、お代官様ぁ~」
いきなり始まった2人の喜劇に周りの者は元ネタを知らず、ぽかんとした表情でその光景を見ていた。
やがてケビンが帯を全て取ってしまうと、クララは着物を脱ぎ捨てて一糸まとわぬ姿となる。
「ちょっと、何で裸になってるの!」
「まぁ、見ておれ」
ケイトの指摘に対してクララが言葉を返すと、クララの体は光に包まれてしまう。そして光が収まったあとそこに現れたのは、背中から白い羽を生やして腰の下辺りから白い尻尾を生やしたクララの姿であった。
「どうだ? 私の羽と尻尾だ」
クララはケイトたちへと伝えたのに、それに反応を示したのはモフり好きなケビンである。
「羽……尻尾……」
ふらふらと誘われるかのようにクララへと近づいたケビンは、言うまでもなくクララの羽を触り始める。
「んっ……主殿、何をしておるのだ」
「スベスベ……」
「こら、やめぬか……」
羽を堪能しているケビンの視界の隅で、ひょこひょこと左右に揺れている尻尾が目に入ると、羽を触っていた片手を伸ばして尻尾も触りだす。
「い、いかん、やめ……やめるのだ……そんな両方同時に……」
「こっちもスベスベ……」
やがてケビンの指先が尻尾の付け根を触り始めると、耐えきれなくなったクララは盛大に達してしまう。
「ダ、ダメだ主殿……ま、待つのだ……」
膝から崩れ落ちたクララが座り込んでしまうと、夢中になっていたケビンもようやく正気を取り戻す。
「あ……クララ、ごめん」
「主殿は酷いのだ……羽と尻尾だけでいかされるなど思いもせんかった」
いつもやってしまうケビンの行動で平常心を取り戻すことに成功したケイトは、溜息をつきつつも口を開く。
「私の知識が正しければ、ドラゴンは災厄を齎す魔物って認識なんだけど? クララさんは本当にドラゴンなわけ?」
「そうだぞ。最初からそう言ってるだろ?」
「貴方、どこの世界に羽と尻尾を触られて、骨抜きにされてしまうドラゴンがいるのよ」
「ここにいるだろ」
「はぁぁ……一緒に旅をしていて嫁って言うくらいだから、当然シたのよね?」
「ああ、当然だろ」
「私たちのご主人様は魔物にまで手を出してしまうのね……好色家もビックリだわ」
「何処からかどう見てもただの美人だろ? 魔物って感覚はないし、嫁にしたから今後は魔物扱いするなよ?」
「わかってるわよ、奥様相手に魔物呼ばわりするわけないでしょ」
「いや、さっき魔物って言ったろ?」
「呆れた行動をする貴方へ向けて言った言葉よ。クララさん……奥様なのだからクララ様ね。クララ様へ向けて言ったわけじゃないわ」
「どこか腑に落ちない……」
「それはそれとして、まさかとは思うけどゴブリンとか連れて来ないわよね?」
「いや、見た目がアレなのは俺も無理だ」
「そうは言っても前例が今できたところじゃない」
「クララは美人だろ? ケイトだって見た目が違えば俺の気持ちもわかるはずだ」
「私は魔物に抱かれたいとは思わないわ」
「そうか? それなら俺の見た目や中身が今の状態で、種族がゴブリンやオークだったらどうする?」
「……ズルいことを聞いてくるのね」
「つまりそういうことだ」
ケビンに言い負かされたケイトは溜息をつきながら、仕返しとばかりにケビンへ指摘をするのだった。
「それよりも貴方、クララ様へ指輪はあげないの? お嫁さんにするのだからちゃんとあげないとダメじゃない」
見事にやり返されたケビンはバツの悪そうな表情を浮かべると、座り込んでいるクララに魔法をかけて後処理をしたら、着物を羽織らせてクララの手を取り指輪をはめる。
「これは嫁たちがつけている物ではないか?」
「ああ、人は結婚をすると指輪をはめる風習があるんだよ。クララにするのをうっかり忘れていたから今渡したんだ」
「ふむ、これは龍化したら壊れるのではないか?」
「サイズが変わるようにしてあるから壊れることはない。改めて言うよ、これからもずっと一緒にいてくれ」
「何だかこそばゆいの。改めなくても私は主殿の傍にずっとおるぞ」
クララはそう伝えると羽と尻尾を消して元の人化状態になると、羽織らされている着物を着直した。
「あ、消しちゃうの?」
「出しておったら主殿がまたイタズラをするであろう? オアズケは辛いのだぞ?」
「はぁ……仕方ないか……」
「寝る時になったらたまに出してやるからの、落ち込むでない」
「いつもじゃないんだ……」
「私を快楽堕ちにするつもりか? 主殿の指先のテクニックは危険だぞ」
クララの紹介が終わって落ち着いたところで、ケビンは「せっかく帰ってきたのだから」とケイトから言われて山のような書類業務を処理させられる。
ケビンは仕方ないと諦めつつも書類を処理していくと、いつの間にか夕暮れどきとなっており、懐妊祝いのための準備に取りかかるのだった。
働きに出ていたアビゲイルや奴隷たちがクララの姿を捉えた時に周りの者が説明をするのだが、やはり理解が追いつかず呆けてしまったようである。
「いくら旦那様のすることとはいえ、これはいささか理解の範疇を超えてしまいます」
アビゲイルが再起動を果たした時の第一声がこれであった。
「問題ない。恐らく俺以外はみんなそう思っていたからな。そのうちアビーも慣れる」
そのような中で開かれた懐妊祝いのプチパーティーは、ケビンが【創造】で創り出した料理が所狭しと並んでいて、子供たちは大はしゃぎで食べていくのだった。
一方で他愛ない会話をしながら食事をする嫁たちのテーブルで、ティナがニーナへ声をかける。
「元々少食だったけど、今日はやけに食べないわね? ワイバーン戦の疲れが残っているの?」
「そうかも。ちょっと食欲がない」
「あまり無理はしないでよ。旅はまだ途中なんだから」
「わかってる」
少しずつ口に運んでいたニーナがいきなり口元を押さえて、憩いの広場から飛び出していく。
「ティナ!」
「わかってる!」
ケビンの呼びかけにティナがすぐさま反応して、ニーナの後を追いかけて行った。
「もしかして……」
「可能性はありそうです」
ニーナの様子に心当たりがありそうなサーシャとスカーレットは、2人して言葉を交わしていたが、確定ではないためにケビンへ伝えることはしなかった。
やがて青い顔をしたニーナを支えながらティナが戻ってくると、ケビンが声をかけた。
「今日はもう休んだ方がいい」
「そうね、部屋へ連れて行くわ」
ケビンとティナがやり取りをしていると、サーシャが待ったをかける。
「ケビン君、その前にニーナの状態を【鑑定】で調べて。病気とかだったら早めに治療した方がいいでしょ?」
「それもそうか……」
ニーナの状態がわからない以上、サーシャは迂闊なことを伝えずに在り来りな内容でケビンへと鑑定を使わせる。
そして指示通りに鑑定を使ったケビンが、目を見開いて止まってしまうのだった。
「……うそ……だろ……」
「ケビン君……私……もしかして……」
「ああ……妊娠してる。俺の子供を……」
ケビンの回答を聞いたニーナは、その場で座り込んで泣き始めてしまう。
「……嬉しい……嬉しいよ、ケビン君……」
「俺もだよ、ニーナ。ありがとう」
また1人懐妊した嫁が増えたことで、女性たちはお祝いの言葉をニーナへかけていく。
「先を越されちゃったわね」
「ごめん、ティナ」
「いいのよ。ニーナとは何だかんだで腐れ縁だし私は種族違いでできにくいから、ニーナが代わりに身篭ってくれて自分のことのように嬉しいわ」
「頑張って元気な子を産むね」
「産まれたら私にも抱っこさせてよ」
「もちろんよ」
その後、体調不良ということでニーナは先に部屋へ戻って休んだが、懐妊パーティー自体はつつがなく継続されたのであった。
翌日、ケビンは旅のメンバーに数日間は帝城で過ごすことを伝えて、その期間中は妊娠した嫁たちの傍で過ごして書類を消化していったり、たまたま開かれる予定だった貴族たちとの定例会議に出席したりなど、珍しく皇帝として業務をこなしていた。
その定例会議の場でケビンは嫁たちが妊娠したことを伝えて、祝いの品を用意しようとしていた貴族たちに言葉だけで充分として、贈る品にかけるお金を領地経営に回すよう指示を出すのであった。
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