第323話 我が名は……チェンジ!

 ダンジョン都市を出発してから1週間、ケビンたちはのらりくらりと乗合馬車を使うわけでもなく徒歩にて旅を続けていた。


「ケビン君、馬車を使わないの?」


「ん? どうして?」


「このままだと到着するのが1年後とかにならない? 目的地は隣国の首都だよ?」


「んー……馬車ってさ、他の人がいたりするよね?」


「当然ね」


「みんなが綺麗どころだから視線を感じるんだよね。町に入った時とかガン見してくる奴もいたし」


 女性たちは「綺麗どころ」と褒められたことで顔を赤らめてしまうが、ティナが思わぬことをケビンへ伝える。


「ケビン君も見られてるって気づいてる?」


「え……俺にそっちの気はないんだけど……」


 まさか自分も見られているとは思わずに、ケビンは漢女を想像してしまい背中がゾクゾクしてしまう。


「ははは、ケビン君の思ってることじゃないよ。ティナが言ったのは女性に見られてるってことだよ」


「俺が? ないない。それはありえない」


 ケビンの言葉に女性たちは呆れる視線を投げかけるが、ケビンはそれに気づかない。


「ケビン、お姉ちゃんの贔屓目を抜いてもあなたはカッコイイのよ?」


「お世辞として受け取っておくよ」


「ちなみにケビン君から見たらどんな人がカッコイイの?」


 ケビンが自分の思うカッコイイ男を想像してみるが、いまいちハッキリしない。だが、過去を遡ってみるとモテそうな男に心当たりがあった。


「あぁぁ……昔、クランを1つ潰す前にティナたちをナンパしてきた奴がいただろ?」


「そんな人いた?」


「記憶にない」


 当事者であるティナとニーナは、全く心当たりがないとばかりに首を傾げてしまう。


「ほら、あの……歯をキラっとさせるキザな奴」


「「……ああ!」」


 ケビンの伝えた特徴でようやく思い出した2人は同時に声を上げるが、それを知らない面々はどんな男か想像もつかなかった。


 クリスに質問されたティナは如何にウザイ男かを説明して、それを聞いた女性たちの反応は様々だった。


「うへぇ……そんな人いるんだね」


「お姉ちゃん寒イボが立った」


「光るところを見てみたいです!」


「騎士団を名乗っておきながら騎士の風上にも置けぬ下郎だな」


「で、ケビン君はあれがカッコイイと思うの?」


「顔だけならモテそうかなって。何だかんだで顔に釣られてついて行った女性たちもいたんだし」


「あぁ、自業自得な人たちね」


「相変わらず辛辣だね」


「ティナが珍しく正しい」


「ちょ、ニーナ!」


 ティナの言葉が気になった他の面々は、ティナの語る自業自得な内容を聞いてティナ擁護派へと回るのである。


「ついて行くのは馬鹿だよ」


「淑女としてどうかと思うわ」


「自分の身を大切にして欲しいです」


「浅はかな……」


 女性たちにとってやはり男たちにホイホイついて行く女性というのは弁護しがたい考えのようで、ケビンのように同情する声は全くあがらないのであった。


 他に誰かいないのかティナが質問すると、次に名前があがったのはロイドとなり確かに好感は持てるが、それは魔導具収集という趣味を除けばという形に終わってしまう。


 何だかんだで話が脱線してしまうのだが、当初の話題であった移動手段へと話が戻されていく。


「ケビン、個人用に馬車を買ってみてはどう?」


 シーラの提案に対してケビンが答えたのは、道中の世話が面倒くさいという自己中心的なものである。


「でも移動手段はあった方がいいかも」


 クリスも移動手段はあった方がいいと思っているようで、アリスとニコルについてはあくまでもケビンの意思が優先であるようだ。そんな時にふと思い出したかのようにニーナが口を開いた。


「ケビン君……召喚は?」


「?」


 ニーナが提案してきた内容にケビンは何のことか理解できず、頭を傾げるのであるが、その意図を察してかニーナが続きを口にする。


「ミナーヴァで学んだよね? 使い魔召喚」


 その言葉に得心のいったケビンは手をポンと叩いて、納得した表情を見せる。


「その手があった! 相変わらず手の届かないところにピンポイントで助言をくれるね」


 ケビンはお礼と言わんばかりにニーナへ近づくと、少しかかんで口づけをする。


「ん……」


 そんな2人の様子を見ている周りの者は、自分もして欲しそうに眺めるのであった。


 そしてケビンはニーナから離れると、早速召喚のために【無限収納】から当時使っていた教科書を取り出して読み始めた。


 ケビンが何かに集中している姿を見るのが好きなのか、はたまた先程のキスが尾を引いているのか、ニーナは頬を赤らめてぽーっとケビンを見つめている。


 やがて教科書を【無限収納】にしまい込んだケビンを見て、ニーナが声をかける。


「できそう?」


「んー……正規通りにやると材料となる魔力粉がない」


「ごめんね、いい案だと思ったんだけど」


「いや、ないなら作ればいいだけで、ニーナは気にしなくていいよ」


「魔力粉を作るの?」


「1回1回魔法陣を描くのが面倒くさいから、スキルとして新しく作る」


「ケビン君、他の人たちもそんなことを一々しているの?」


 ミナーヴァの教材を貰って学習中であるクリスが、当然の疑問をケビンに投げかける。


「他の人はスクロールを使っているよ。魔法陣を予め描いているやつを」


「ケビン君は持ってないの?」


「持ってないし、描くために必要な魔力インクもない」


 クリスの質問に答えたケビンは、早速サナへとサポートを頼んで【創造】を使って【召喚】スキルを新たに取得するのであった。


「よし、無事にスキルを作れたから試してみよう」


「ケビンって何でもありね……」


「さすがはケビン様です!」


 ケビンが正面に向かって【召喚】を発動すると、魔法陣が現れて輝きを放ちだす。


 そして光とともに現れたのは、角、羽、尻尾を持つ明らかに普通じゃない魔族っぽい出で立ちをした者であった。


「フハハハハハッ! 我が名は大「チェンジ!」」


 ケビンの言葉とともにその者は送還された。


「……ねぇ、ケビン。今の……何?」


「……知らない。とりあえず乗り物じゃないから帰した」


 何とも言えない雰囲気の中で、気を取り直したケビンが再び召喚を行う。


「ッ!? フハハハハハッ!「チェンジ! 【召喚】」」


「!? フハハハハ「チェンジ! 【召喚】」」


「!! フハ「チェンジ! 【召喚】」」


「くっ、我が名はっ「チェンジ! 【召喚】」」


「おいっ!「チェンジ! 【召喚】」」


「お前っ!「チェンジ! 【召喚】」」


「少しは「チェンジ! 【召喚】」」


「人の話を「チェンジ! 【召喚】」」


「聞け「チェンジ!」」


「……ケビン……遊んでるわね?」


「ソンナコトナイヨ」


 最初に現れた時のインパクトが強くてケビンが呼び続けて遊んでいたのを、しっかりとシーラに見抜かれていたのだった。そしてそれはシーラだけではなかったようである。


「鬼畜……」


「さすがに同情するわ」


「面白い人だったね」


「魔族の方でしょうか?」


「くっ……口癖を真似されてしまった……」


「ケビン、次はちゃんとするのよ?」


 気を取り直して……取り直す必要もないのだが、ケビンが再度召喚を行った。


 その光景は先程とは違い、魔法陣が見る見るうちに大きくなり一際輝き出すと、光とともに現れたのは大きな白いドラゴンである。


「え……」

「「「……」」」

「「「……」」」


 予想だにできなかった召喚対象に誰もが言葉を失ってしまう。


「ケ、ケ、ケビン……あなた、何を喚び出してんの……」


「いや……みんなが乗れる生き物って思って喚び出しただけなんだけど……」


 ドラゴンという災厄認定の生物が目の前に現れたことで、ケビン以外の者はガクガクと震え出している。そして、そのドラゴンが鎌首をもたげるとケビンに視線を向けて口を開いた。


「私を喚び出したのはそなたか?」


「しゃ……喋った……ドラゴンが喋った……」


 まさかドラゴンが喋るとも思わずにケビンは唖然としてしまう。それは周りの者も同様であった。


「ただの人間如きに私を喚び出せるとは思わなんだ。そなたは何者じゃ? 名を名乗ることを許そう」


「え、何……その上から目線……」


 ドラゴンから名乗りを許されるとは思わずに、ケビンは『何様だ、こいつ?』と思った通りの感情をそのまま口にしてしまう。


 そんなケビンの対応に女性たちは、震えながらも信じられないものでも見るかのような視線をケビンへ向ける。


「痴れ者が!」


「ッ! 《結界》」


 ケビンの態度が腹に据えかねたようでドラゴンがブレスを放つと、ケビンはすぐさま女性たちを含めて結界を展開した。


「ふぅ……あいつ短気だな……」


 のんきに感想をこぼしているケビンへ、シーラがもの凄い勢いで怒鳴りつけるのだった。


「ケビン! 何でドラゴンに喧嘩売ってんのよ! 殺されるわよ!」


「ん? 殺される前に殺すけど?」


「へ……?」


「たかが羽が生えててブレスが吐けるだけのトカゲだよ?」


「そういえばケビン君ってドラゴンを単独で何匹も殺してたね」


「あ、お義兄さんのお祝いでドラゴンを出してたわね」


 ケビンが余裕の態度でいるとクリスが思い出したかのように口にして、ティナもその時のことを思い出して口にした。


 やがてブレスが止まると、今度はドラゴンが信じられないものでも見るかのような視線をケビンへ向けている。


「……」


 ケビンの展開した結界を除く周りの草原が、ブレスの威力によって地面より煙を上げながら凄惨な光景を映し出していると、なんてことのない感じでケビンが口を開く。


「あぁあ、周りが焼け野原になってる」


「そなた……」


「殺る? 殺らない? 確か白は持っていなかったはずなんだよね」


「ケビン、何のこと?」


「カイン兄さんのお祝いを準備していた時に、色んな色のドラゴンを手に入れたけど、白は持っていなかった気がするんだよ」


「【無限収納】の中を見たらどうかな? ケビン君ならパッとわかっちゃうんでしょ?」


 クリスの提案にケビンは【無限収納】の中をチェックすると、白いドラゴンはコレクトしてないことに気づく。


「……ない。白は持ってない。欲しいなあいつ……」


 コレクター気分が前面に出てきてしまったケビンから並々ならぬ殺気が漏れだしてくると、蛇に睨まれた蛙ならぬケビンに睨まれたドラゴンとなり、白いドラゴンは未だかつてない死の恐怖を感じてしまい硬直してしまう。


 例え相手に攻撃を加えようとしても、先程の結界が使える限り無傷でやり過ごしてしまうのは言うまでもなく証明されている。さすがに瞬殺はされないだろうが、間違いなく自分が死んでいるであろう未来が予想できた。


 どういう殺され方をされるのか攻撃方法を見ていないため判断つかないが、相手の余裕な態度を見ている現状では楽に殺してはもらえないだろうと予測するのにさほど時間はかからなかった。


 色々と悪い思考が巡ってしまう白いドラゴンは、言い表せない感覚に身震いしてしまう。目の前の人間が悪い笑みを浮かべているからだ。


 それもそのはず、白いドラゴンは知らないがケビンは手持ちにない色のドラゴンをコレクトするために攻撃手段は窒息死と決めていたので、手に入る喜びが表情に出てしまい気づかぬうちにニヤけてしまっていたのだ。


 そのような一触即発の場面で口を開いたのは、ことの成り行きを見守っていた女性たちの中のアリスであった。


「ケビン様、殺しちゃうのですか?」


「んー……アリスは反対?」


 白いドラゴンが逃げ出さないよう意識をそらさずに、ケビンはアリスへと問い返していた。


「喋れるのでしたらお話をしてからでも遅くはないと思いますよ?」


「でもあいつ、攻撃してきたんだよ?」


「手懐けられたら乗れますよ?」


「……乗りたいの?」


「……はい……」


 アリスは理性なく襲ってくるドラゴンとは違い、話のできるドラゴンだったので機会があるなら乗ってみたいという好奇心に負けて、顔を赤らめながら返事をするのであった。


「わかった。アリスが乗りたいなら殺さないことにするよ」


「ケビン様、大好き!」


 ケビンがアリスの要望を受け入れたことで、いつものようにアリスはケビンへまっしぐらで抱きつくのだった。


「おい、お前。殺さない代わりに従属してもらうぞ?」


「私を降すと言うのか?」


「じゃあ、死ぬか? それとも隷属にするか?」


「……せめて名前を教えて欲しい。誰かも知らぬ者に従いとうない」


「ああ、そうだったな。最初からそう言えば名前くらい教えたのに、上から目線でお前が聞いてくるのが悪いんだ」


「ケビン君……ドラゴンは最強種の災厄なんだから上から目線が普通だよ。最強種を難なく殺しちゃうケビン君がおかしいんだからね?」


「クリスの言う通りよ。ケビンとお母様が強過ぎるのよ」


「いや、冒険者の中でドラゴンを殺せる人は俺や母さんの他にもいるよ」


「ケビン様、ドラゴンさんがお待ちですよ」


 アリスの中では既に仲間認定になっているようで、目の前のドラゴンを“さん”付けで呼ぶのだった。


「そうだった。俺の名前はケビンだ。ケビン・ヴァン・エレフセリア。冒険者をやってて商人をやってて皇帝をやっているどこにでもいる人間だ」


「ケビン君……それだけやっている人はケビン君しかいないんじゃない?」


「そうかな?」


「冒険者と商人の掛け持ちならいそうだけど、それに皇帝を加えるとなるとケビン君だけだよ。この大陸に帝国は1国だけだから」


「それもそうか。で、お前の名前は?」


「ない。ドラゴンに名前はない。人とは違う」


「え……じゃあ、どうやって仲間たちを区別しているんだ?」


「何となくだ」


「すげぇ適当……」


「長く生きているとそうなる」


「ちなみに何歳なんだ?」


「千年より先は忘れた」


「おお……スケールが違う……」


「では、従属の契約をするとしよう」


 白いドラゴンが大きな光に包まれて次第に光と体が小さくなりやがて収まると、そこには背丈がケビンより少し小さく白髪のロングストレートで青眼が特徴的な裸の女性が現れた。


「え……どういうこと……」


 ケビンたちが混乱し唖然とする中、女性はヒタヒタと歩いてケビンへ近づきながら唇を噛み血を流すと、そのままケビンへ抱きついて口づけをした。


「んっ!?」


 驚くケビンを他所に女性は舌をねじ込んできて、ケビンの口の中へ自らの血を流し込む。


 そして、ケビンがゴクッと飲み込んだのを確認したら、女性は唇を離してケビンへ告げる。


「契約は終了した。これより私はそなたのものだ」


「……マジ……?」


「ちょっと貴女、何でキスなんかしてるのよ! それと、いつまで私のケビンに抱きついているのよ!」


「何か問題があるのか? 人とは訳のわからぬ生き物よな」


「それよりも服を着なさいよ、服を!」


「ふむ、久方ぶりで忘れておったな。どれ」


 女性がケビンから離れると体が光に包まれて、それが収まると白い着物を着こなしている絵に描いたような女性となっていた。


 その姿は豊満な胸が収まりきらないのか、胸元は緩くなっており見事な谷間がその姿を主張していた。


「完全に人だな……」


「凄いわね……」


「意味不明……」


「名前付けてあげようよ」


「乗れなくなってしまいました……」


「私より大きい……だと……」


 シーラと女性がやり取りしている中で、他の者たちはありえない現実に驚いていたり、理解が追いつかなかったりと様々な感想をこぼしていた。


「ケビン君、名前がないと呼ぶときに不便だよ」


「んー……じゃあ、クララで」


「随分と可愛らしい名前をつけてくれるな」


「女の子だから可愛い方がいいだろ?」


「私を女の子扱いか。そんなことを言うのはそなたが初めてだ」


「光栄だな」


 こうしてケビンは乗るための生物を召喚しようとして、白きドラゴンを召喚した上に契約をしてしまうのであった。

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