第274話 アリスの卒業式

 翌日、ケビンはアリスを迎えに行くためにソフィーリアを連れて、アリシテア王国王都にある王立フェブリア学院へとやって来ていた。


 卒業式とあってかケビン以外にも、家族と見受けられるような者たちが学院へと足を運んでいた。


 そして卒業式が始まりつつがなく式が進行していく。


「卒業生答辞、卒業生代表3年Sクラス、アリス・ド・アリシテア王女殿下」


 アリスが静かに席を立ち、壇上へと上がって行く。


「綺麗になったな……」


「マリーさんにそっくりね」


 ケビンとソフィーリアは会場入口側の壁を背に立ち、その姿を優しく見守っている中、アリスの答辞が始まる。


「柔らかな日差しが心地よく、段々と春の賑わいが広がってくる今日という日に、私たちはフェブリア学院高等部を卒業します――」


 アリスの答辞は淀みなく進行していき、在学中のエピソードへと入り感謝の言葉へと移り変わっていく。


「――この仲間たちと過ごした輝かしい日々が懐かしく思い出されます。とはいえ、このように素晴らしい3年間を過ごすことができたのも、先生方や保護者の皆さ……ま……」


 アリスが教師陣から保護者へと視線を流していった時に、入口付近に立つケビンの姿をその瞳に捉えてしまい言い淀んでしまうと、ケビンが呆然としているアリスに向けて微笑む。


「――ッ!」


 アリスは押し寄せる感情を制御できずにぽろぽろと涙を流し始めてしまい、会場はアリスの答辞が止まり涙を流し始めたことで少しざわつき始めるが、ケビンがアリスへ風の魔法を使いエールを贈る。


 ――アリス、頑張れ……


 1年数ヶ月ぶりに聞いたその優しい声音に、アリスは涙を流しつつも応えるため答辞を再開し始めるが、その内容はたった1人の愛すべき人へ向けての言葉へと変わっていくのだった。


「……在校生の皆様……そして、貴方様の支えがあってこそです……戦争後、私の胸は悲しみに包まれました……ですが、今は喜びと幸せの気持ちがいっぱいです……そして、今後も温かく私をお導きください。これからもご健勝でご活躍されますことを心からお祈り申し上げます。本日は本当にお越し頂きありがとうございました。卒業生代表アリス・ド・アリシテア」


 アリスが涙する場面はあったものの、ちょうど感謝の言葉を述べる部分であったためか、さほど違和感なく聞き手にも受け取られ後半はスラスラと述べて無事に答辞を終わらせることができた。


 その後、式は順調に進んで終わりを迎えると、卒業生たちは温かい拍手に包まれながら教室へと戻って行く。


「さて、迎えに行くか」


「そうですね」


 ケビンとソフィーリアは会場を後にして、勝手知ったるやで3年Sクラスの教室まで向かうのだった。


 教室では担任による祝いの言葉が贈られている最中である。教室はさすがに生徒の親御が全て入るほどの広さはなく、廊下で立ち見している親御たちが散見される。


 ケビンたちもその輪に加わろうとSクラスへ足を運ぶのだが、周りにいるのは貴族などがほとんどだ。Sクラスに辿りつくまでに自然と親御たちによる貴族礼をとる花道ができあがってしまう。


 ケビンはそんな様子に苦笑いしながらも言葉をかけていく。


「今日の主役は卒業生たちだ。俺に構わず貴方たちの子供の晴れ姿をその目でしかと見届けてあげるといい」


 ケビンもさすがに卒業生そっちのけで自分を優先してくる親御に仕方ないとは言え、せっかくの晴れ舞台を邪魔するわけにもいかず歩みを進める速度を上げて目的地へと向かう。


 やがて辿りついたSクラスの教室前でも同じように対応されてしまうが、ケビンも同じように言葉をかけるに留める。


 やはりケビン自身もそうだが連れている女性がソフィーリアと言うこともあってか、一際人目を引いてしまいチラチラと視線が突き刺さってしまう。


 そのような中で勇気があるのか、はたまた無謀とも言えるのか、1人の貴族男性がもみ手をしながらケビンに近づく。


「これはこれは、エレフセリア侯爵閣下。本日はお日柄もよろしく――」


「誰だ、お前?」


「閣下のような高貴な御方が私のような者を覚えておらずとも致し方ございません。私はゴガマリス子爵家当主のイゴスと申しまして、先の戦による戦功で爵位を陞爵致しました貴族で御座いまして――」


「イゴス」


「はっ、何で御座いましょうか?」


「アリスの晴れ姿を見に来た俺の邪魔をするのか?」


「いえ、そのような意図では決してなく……」


「では、喋りかけるな。お前も自分の子供の晴れ姿をしっかり見届けていろ」


「閣下に比べたら私の子供など霞んでしまい――」


「イゴス、2度は言わんぞ?」


 ケビンは軽く威圧を放ちイゴスを牽制すると、顔を青ざめたイゴスはハンカチで額の脂汗を拭きながらすごすごと距離を取るのだった。


「あなた、少しくらい話してあげればいいじゃない」


「取り入ろうとする魂胆が見え見えだ。あの手の輩は前世で嫌というほど見てきた。相手の力がなくなった途端に手のひらを返して去っていくからな」


 イゴスという変な輩に絡まれつつも、ケビンはアリスの姿を目に焼き付けて心を落ち着かせるのである。


 やがて卒業証書を受け取って解散となると、アリスは教室をすぐさま出て行きケビンへと抱きついた。


「お会いしとうございましたっ……」


「綺麗になったね、アリス。答辞も素晴らしいものだった」


「……もう……離れたく……ありません」


 嗚咽混じりに涙を流しては言葉を紡ぐアリスを、ケビンは優しく頭を撫でながら落ち着かせるのである。


 やがて落ち着いたアリスを連れたケビンは、ソフィーリアと共に校舎の物陰に入ると帝城へと転移した。


「ここが俺の今住んでいる家だよ」


「実家より大きいです……」


 そのままアリスを連れ歩いて門を通り抜け、すれ違いざまにアルフレッド隊へと挨拶を交わすと4階へと歩みを進める。


「ここがアリスの部屋」


 その部屋はアリスの好みに合わせるためにまだ家具や調度品とかは置かれておらず、何もない状態ではあったがそこへケビンがテーブルとイスを取り出して席に座らせる。


 そして始まるは定番となったソフィーリアとケビンについてだった。


 アリスはソフィーリアが女神だと聞いて目を白黒させていたが、次第に落ち着きを取り戻すと恭しさが天元突破して、姿すら視界に入れるのも烏滸がましいという程にケビンだけを凝視するその姿に、ケビンとソフィーリアは苦笑いで返していた。


 アリスへの説明が一通り終わるとその部屋を後にして、ライル国王たちのいる屋敷へと赴き、アリスの学院卒業を報告する。


「――で、戴冠式に合わせてソフィたちとの結婚式もしたいんだけど」


「あら、あなた。私はもう妻になってるのよ?」


「1人だけ仲間はずれはしたくないんだよ。やるなら全員一緒に、やらないなら全員なしだ」


「そうね、ソフィさんだけ無しにするのは頂けないし、やらないというのは論外ね。村人とかでも村を挙げてのお披露目会やパーティーくらいはするのよ」


「それにお主は皇帝になるからの。この国の貴族とかを招待せねばいかんじゃろ」


「うわぁ……一気に面倒くさくなった……」


 ケビンはさして会ったこともない貴族たちを呼ばなくてはいけないのかとゲンナリするのである。


 そして、戴冠式のあとそのまま結婚式も開くことになり、午前中に戴冠式を済ませたあとに結婚式の流れへと進み、遅めの昼食という形でパーティーを開くのがいいだろうということに決まっていく。


 やはり経験者とあってか、国王夫妻はテキパキと段取りを組んでいき、ケビンは特に何もすることがなかった。


 戴冠式と結婚式の流れは国王夫妻に任せて、ケビンは屋敷を後にすると帝城へ戻って憩いの広場へと顔を出す。


「アリス!」


「みなさん!」


 アリスはティナたちの所へと駆け寄っていき、祝いの言葉を受けながら挨拶を交わしていく。


 そこへケビンも遅ればせながら近寄っていき、これからのことをみんなに報告するのであった。


「戴冠式のあとにみんなと結婚式を挙げることになったから」


 ケビンの唐突な言葉を聞いて、先に知っていたソフィーリアとアリス以外の女性たちが驚き呆然とする。


 女性たちへ視線を流すと真剣な表情を浮かべたケビンが言葉を綴る。


「ティナ、ニーナ、アリス、サーシャ、クリス、スカーレット。だいぶ待たせてしまったけど俺のお嫁さんになって欲しい」


「……はい……幸せになろうね」


「……はい……ケビン君、愛してる」


「……はい……いつまでもケビン様のお傍にいます」


「……はい……これからはずっと一緒よ」


「……はい……お嫁さんにしてくれてありがとう」


「……はい……ケビン様をずっと支えていきます」


 ティナたちは瞳からぽろぽろと雫を流しながらケビンへ返答していき、対するケビンはソフィーリアがやっていたことにちなんで、1人ずつ婚約指輪を外しては右手の薬指へはめ直して、左手の薬指へ新たに結婚指輪をはめていくのだった。


「本当は結婚式ではめる予定だったけどいつになるかわからないしね、そこまで待たせるわけにもいかないから今渡しておくことにした。ソフィもだけど、結婚式の時だけでいいから一旦外してね」


「そうなの? 指輪交換をなくしてしまえばいいじゃない」


 どうあっても外したくないのか、ソフィーリアがケビンに提案する。


「どうしても嫌?」


「嫌よ。いくらあなたの頼みでもこればかりは譲れないわ」


「はぁぁ……わかった。陛下にそう伝えておくよ」


「愛してるわ、あなた」


 指輪を外さなくてもいいということを見事勝ち取ったソフィーリアは、満面の笑みを浮かべるのである。


 後日ケビンはそのことを伝えに国王夫妻を尋ねると、特に問題もなくいけるだろうと、すんなりと許可が降りるのであった。


「その気持ちわかるわぁ……」


 やはり同じ女性ということもあってか、マリーはソフィーリアの意見に賛同していた。


「さすがに誓いのキスは省かんじゃろ?」


「それは絶対にします」


「なら、問題ないじゃろ。当日呼ぶ予定の神官にも伝えておくでな」


「ご迷惑おかけします」


「よいよい、息子となる者の頼みじゃからな」


「理解あるお義父さんを持てて幸せですよ」


「儂も王位を早く譲ってお義父さんと普通に呼ばれたいの」


 今はまだ国王ということもあって、ケビンからは“陛下”と呼ばれることの多いライルは、国王でなくなった時の“お義父さん”という呼ばれ方に胸を躍らせるのであった。

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