第272話 みんなでお風呂

 ケビンがジェシカを湯船へと解放して、その入れ替わりにやってきたのは羽と尻尾がある女性である。


「ん? 君は確か……皇帝の奴隷だった人だよね?」


 ケビンは女性の見た目が特徴的であったので、皇帝の奴隷であったことを覚えていたのだった。


「はい、不覚にも人間に捕まってしまい奴隷にされてしまいました」


「故郷へ帰らなくてもいいの? なんなら解放するよ?」


「いえ、私の居場所はご主人様の傍ですので」


「そっか……気分を悪くしないで欲しいんだけど、その見た目って魔族だよね?」


「はい。気持ち悪いですよね、お目をお汚ししてしまい申し訳ありません」


「何でそうなるの?」


 この女性の見た目はあどけなさの残る顔であるのに対して、出るとこは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる完成されたような肢体をしているので、ケビンとしてはどこをどう見たら気持ち悪くなるのか理解できなかった。


「えっと……人間たちは魔族を見ると気味悪がって気持ち悪いと罵るのです……殺すべき対象であると言って男性は殺され、女性は奴隷にされて憂さ晴らしの玩具として拷問されます。それに中には凶暴な魔族もいますので淘汰されてしまうのは致し方ないのです」


「んー……それはその人間たちが馬鹿なだけだな。ところで、名前はなんて言うの?」


「オリビアです」


「そう、オリビアね。オリビアはとても魅力的で綺麗だから自信もっていいよ。気持ち悪いって言う人間のことなんて無視していればいい。俺は気持ち悪いなんて思わない」


「そう……ですか?」


「みんなに聞くけど、オリビアを気持ち悪いって思う人いる? ちなみに主人命令で嘘は禁止する」


 ケビンは女性たちへそう尋ねるも、反応は『何言ってんだこいつ?』みたいな顔をしていた。


「ほら? 誰もオリビアのことを気持ち悪く思ってない」


「……私は気持ち悪くないのですか?」


「そんなに思うほど言われてたの?」


「そう教育を受けますので。気持ち悪くて殺されるから人間に近づいてはいけないと」


「あぁ、なるほど……とりあえず髪から洗っていくね」


「はい……」


 ケビンはオリビアへの返答もそこそこに髪を洗い始めたのは、どうしても羽と尻尾が気になって仕方ないからだ。


 そして、髪を洗い終えたケビンが満を持してオリビアに尋ねる。


「オ……オリビア……」


「何でしょうか?」


「羽と尻尾……触ってもいい?」


「……」


「あ、やっぱダメだよね? 獣人族とかでも大事なところって言ってたし」


「……気持ち悪くないのですか?」


「オリビアの体で気持ち悪いところなんてないぞ。これは断言できる!」


「……では、ご主人様のお好きなようになさって下さい。この体はご主人様のものですから」


 そしてケビンはオリビアの羽から触り始めた。コウモリの羽のような形をしておりジェシカの耳のようなフサフサ感ではないが、スベスベした手触りでずっと触っていたくなるような感じである。


「ん……ぁ……」


 無我夢中で触っているケビンの視界に、右へ左へと動いている尻尾がその存在感を顕にしている。


 ケビンも釣られて視線が右へ左へと動いていると、おもむろにその尻尾へ手を伸ばして掴むと、羽とは違ったツルツルした感触がケビンの手に訪れる。


「んっ!」


 不意に尻尾を握られてしまったオリビアは体をビクンっと跳ねさせるが、ケビンの意識は既に尻尾に移っており、その先端のハート型の部分をなでなでしている。


「ケビン君って魔族もいけたのね」


「人間にないものにそそられる?」


「可能性としてはあるね」


「要検証です」


「ふふっ、幸せそうね」


 ティナたちがケビン観察を行っている中、当の本人はオリビアの尻尾をこれでもかと言うほどに弄り回していた。


「ご……ご主人様……これ以上は……」


 オリビアの懇願虚しくケビンの興味は尻尾の付け根へといき、『一体どうついてんだろ?』と付け根をサワサワとしだした。


「お、お待ち下さい……そこは……」


 一際大きくオリビアの体が跳ねると、ようやく夢中になってたケビンも気づいて慌ててオリビアを抱きとめる。


「はぁはぁはぁ……」


 肩で呼吸を繰り返しながら小刻みに痙攣しているオリビアを見て、ケビンは『やっちまった!』と思うのであるが、もう後の祭りである。


「あなた、どうせ気持ちよくさせてあげるなら、ベッドの上でしてあげないとダメじゃない」


「いや、まさかこうなるとは……」


「その手の人たちの人間にない部位は性感帯になってるのよ。獣人族も魔族もね」


「初めて知った」


「お風呂でするのが好きなら止めないけど、ちゃんと柔らかいところに寝かせてあげるのよ」


 ソフィーリアからの言いつけを守り、ケビンは魔法でお湯を作り出すと体が沈み溺れないように形を整えたら、ウォーターベッドの如くその上にオリビアを寝かせるのであった。


 そして、子供たちに気づかれてないか確認すると、どうやら遊びに夢中なようでこちらであったことなど気づきすらしていなかった。


 ケビンは念のために子供たちの周りに幻惑効果付きの結界を張って、いつもと変わらぬ光景が見えるように施した。


 急遽ケビンの行為によって脱落者が出たので、次の女性がケビンの前に現れる。


「よろしくお願いします。ご主人様」


「ああ、よろしく」


 柔らかい微笑みを浮かべるその女性は、これまた非の打ち所のない肢体をしており、ケビンはその体に見とれてしまう。


「こんな使い古しの体に興味があるのですか?」


「使い古し?」


「私は生娘ではございませんので。しかもあそこに娘までいますから」


 その母親の視線の先に湯船で泳いでる子供の姿があった。


「ああ、親子なんだ。良かったね、娘さんと離れ離れにならなくて」


「ご主人様のお陰です。ご主人様に拾われてから再会できたのです」


 母親が言うにはその当時、夫となる者から酒代欲しさに母娘共々その手の商売をしている奴隷商人に売られたそうだ。


 ちなみにその夫や奴隷商人はサナから悪人指定を受けて、ケビンによって処分されている。


 そして奴隷商で、先に母親が買い取られて娘と離れ離れとなり、当時の主人に懇願すると頑張り次第で考えてやると言われて、娘を買い取って貰えるように主人の指示に忠実に従っていたが、その日が来ることはなく体の傷が増えて傷痕を残していくばかりであった。


「娘がまだ幼かったお陰でその手の買取手が現れるまで、運の良かったことに奴隷商で管理されていました。そんな時にご主人様がお救い下さったのです」


「多分、貴女の元夫は俺が殺してると思う。結果的にあの子の父親を奪った形になるな」


「構いません。あんな奴は父親失格です。その点、ご主人様は子供に優しくて百点満点です。湯船で泳いでも怒らずに微笑んでいらっしゃいますから」


「俺も1人だったら泳いでいるかもしれないしな。泳ぎたくなる気持ちがわかるんだよ」


「ふふっ、ご主人様は子供なんですね」


「俺は子供のままでいいよ。大人に比べると気楽だしな」


「では、甘えたい時は私を頼って下さいね。いっぱい甘やかして差し上げます」


「そうさせてもらう。さ、洗うからこっちにおいで」


 ケビンは母親をイスに座らせて髪を洗い始めると、まだ聞いていなかったので名前を尋ねた。


「アンリと申します。娘はアズです」


「アンリとアズか……いい名前だな」


「ご主人様は使い古しでもお気になさらないのですか?」


「その言い方は好きじゃないな。自分を卑下するな」


「すみません……」


「アンリは綺麗な女性だし、その柔らかい雰囲気とか好きだな」


「あまりお褒めにならないで下さい。年甲斐もなく本気にしてしまいます」


「本気になればいいだろ? それくらいの魅力はあると思うから褒めたんだ」


「良いのですか? 奥様方がいらっしゃるのに」


「ケイトとの話は知ってるんだろ?」


「……はい。ですが私は子持ちですから関係のない話だと」


「やれやれ……」


 ケビンはアンリの頭にお湯をかけて泡を洗い流すと、後ろを振り向かせて強引に唇を奪う。


「っ……ん……」


 そしてケビンが顔を離すとアンリに尋ねた。


「これでも俺が子持ちなんて細かいこと気にするようなやつだと思うか?」


「……いいえ……」


「それなら自分に自信を持て。他の女性たちに引け目を感じるならそれを感じなくなるまで自身を磨いてみるんだ。まぁ、今のままでも充分魅力的だが」


「ご主人さまぁ……」


 アンリは体ごとケビンに向き直ると蕩けた表情のままケビンの唇を奪ったのだが、その様子を見ていたティナたちは呆れ返っていた。


「ケビン君って罪作りよねぇ」


「ある意味女の敵」


「あれは完全に堕ちたね」


「凄いテクニックです」


「ここはもうケビンにとっての後宮ね」


 ティナたちの感想を他所に、ケビンたちの熱い口づけが終わりを迎えていた。


「ご主人様……お慕いしております」


「ああ、その気持ちは伝わった」


 それからもケビンは残りの女性たちを洗い続けて、ようやくティナたちの番となりそそくさとティナが1番手を取った。


「もう、凄い待ったよ!」


「ごめん、思いのほか時間がかかった」


「ケビン君が1人1人口説き始めるからよ」


「いや、口説いてはいないけど……お悩み相談的なやつじゃない?」


「結果的に彼女たちはメロメロで、ケビン君にベタ惚れしちゃったじゃない。だいたい同年と年下キラーを持ってないのに、どうしてそう年上以外までコロコロ落とせるのよ」


「そう言われてもねぇ」


「とにかく洗って。優しく丁寧に念入りで」


「はいはい」


 ケビンはティナのご要望通りに髪から洗い始める。それはもう優しく丁寧に念入りで。


「ダメよ……みんな見てるから……」


「ティナさんのご要望通りに念入りにしてるんだけど?」


「そんな意味で……言ったんじゃ……」


「ほら、念入りに洗わないと。ね?」


 そしてケビンが念入りにした結果、堪えきれなくなったティナが達してしまい、ケビンはティナをウォーターベッドもどきに寝かせると次のお相手を呼ぶ。


「次はニーナさんかな?」


「私は普通でいい」


「了解」


 ニーナはティナの惨事を見て、みんなの前であんな姿になる訳にはいかないと普通のコースを選択したのだった。


「待たせてごめんね」


 特に主語のない言葉であったがニーナには伝わったようで、その言葉に対しての返事を口にする。


「寂しかった……いっぱい泣いた……だけどケビン君の心を守れなかったのが1番悔しかった」


「あれはニーナさんの責任じゃないよ。自分で求めた結果だから」


「でも癒してあげたかった……怖がった自分が許せなかった」


「誰でも怖いと思うよ? 気にすることじゃない」


「でも……でも……」


 ニーナは当時を思い出してしまったのか、嗚咽混じりに泣き始めてしまう。


 そんなニーナをケビンは後ろからそっと抱きしめて想いを口にする。


「俺はね、みんなを悲しませるとわかっていても力を手にすることをやめなかったし、その結果立ち去ることになっても仕方ないと思ってた。だけど、みんなが待っていてくれると思ってたからできたことなんだよ」


「ケビン君……」


「みんな待っていてくれただろ? 俺にとってはそれがとても嬉しかった。ニーナさんはちゃんと俺を癒してくれたよ。だからもう、あの時のことで思い詰めないで」


「……うん」


 そして、ニーナを洗い終えたケビンは次の婚約者を待つ。


「お願いします」


「クリスさんとお風呂に入るのって初めてじゃない?」


「……そうだよ」


「だから、そんなに緊張してるの?」


「ふ、普通だよ」


「いきなり一緒に入って体を洗われるのは、クリスさんにはハードルが高かったんじゃない?」


「だ、大丈夫だから。それよりも私の体、変じゃない?」


「緊張してるところ以外は変じゃないけど?」


「本当?」


「合ってるかどうかわからないけど、抱きたいくらいには好きな体型してるよ」


「……良かったぁ」


「もしかして、体型を気にしてたの?」


「だって私って前衛で槍振ってるから腹筋とかもよく見れば割れてるし、結構筋肉とかも所々ついてるから、女らしくない体つきでケビン君がガッカリしないかなって」


「ここは大きいから充分に女らしいと思うよ?」


 そう言ったケビンは不意に後ろから揉み始めた。


「あんっ……そこはダメだよ……んんっ」


「ほら、可愛らしい声も出るからクリスさんはちゃんと女の子だよ」


「もう、確認の仕方がエッチだよ」


「ごめんごめん。それじゃあ、洗っていくね」


 クリスは悩みが解決したことで、それからは上機嫌でケビンと楽しく会話をしていた。


 そして、クリスの番が終わりスカーレットの番になると、ソフィーリアと2人でやってくるのだった。


「2人同時?」


「レティが恥ずかしいからついてきて欲しいって言ったのよ」


「あぁ、レティとも風呂は初めてだもんな。しかも洗われるなんてハードルが高いだろ?」


「が、頑張ります」


「それよりもあなた、初めて見るなら何かあるでしょう?」


「そうだったな。綺麗だよ、レティ」


「はうっ……」


 ケビンの言葉でノックアウトされる前にソフィーリアがイスへ座らせてスカーレットの準備を整えると、その隣へソフィーリアも腰を下ろした。


「ん? 湯船に戻らないのか?」


「どっちみち次は私の番だからここで待ってるわ」


「それもそうか。レティ、髪から洗うからな」


「はい、お願いします」


 ケビンはお湯をスカーレットの髪にかけ流すと優しく洗い始めた。


「気持ちいいです」


「そりゃ良かった」


「ケビン様」


「何だ?」


「迎えを待たずに行動して怒ってないですか?」


「俺がティナさんたちと行動するように薦めたから、どこにも怒る要素なんてないだろ?」


「良かったです」


「これからもここにいていいからな。でも、ちゃんとエムリス陛下たちには手紙を出すんだぞ」


「はい、手紙はよく出しています。今日も書く予定です。ケビン様がご帰還されましたので」


「クリスさんと違ってレティは偉いな」


 それからはケビンがいなかった時の出来事を話したりして、スカーレットは終始ご機嫌で最初に抱いていた恥ずかしさはどこかへと行ったようであった。


「さて、最後は奥さんの番だな」


「よろしくね、あなた」


 ケビンはソフィーリアのサラサラとした銀髪を優しく洗いながら、気になっていた話題を振る。


「ティナさんたちとはもう馴染めたみたいだな」


「ええ、とってもいい子たちね。奴隷の人たちもいい子だわ」


「良かった。ソフィの嫌う人がいたらどうしようかと思ったよ」


「私が嫌う人は基本的にあなたが嫌う人よ。あなたが選んだ人たちなら問題ないわ」


「奴隷の彼女たちは成り行きだけどな」


「それでも嫌な相手なら、どうにかして放り出していたでしょう?」


「確かにな」


「心配しなくても嫌な人がいれば、ちゃんと隠さずに言うわ」


「そうしてくれ。さ、お湯をかけるぞ」


 ケビンはソフィーリアの髪にお湯をかけて洗い流すと、次は体を洗い始めて会話を楽しむのだった。


 そして女性たちを洗い終えたケビンは自分の体など気を使う必要性もないので、サクサク洗ってようやく湯船に浸かることができた。


「疲れたぁ……」


「お疲れ様、あなた」


「途中でケビン君が邪なことしなければもっと早く終わってたのよ」


「ん? 嫌だった?」


「い、嫌じゃないけど……」


「じゃあ、問題なし」


「もう……」


「あぁぁ……癒されたい……」


 ケビンの癒されたい発言にいち早く動いたのは、癒し担当のジェシカではなくパメラであった。


 パメラは断りもなくケビンの体に乗っかるとそのまま抱きついた。


「……いや……し……」


「おお、パメラ。癒してくれるのか? いい子だな」


 ケビンはパメラの頭を撫でながらその身を支えてあげると、ジェシカがじわりじわりと寄ってくる。


「ご、ご主人様……」


「ジェシカもか?」


「私の耳をお使い下さい」


 こうしてケビンは近寄ってきたジェシカの耳を触りながら、パメラを抱っこして至福のときを過ごしていると、その光景を眺めている周りを囲む女性たちは、ホンワカとした空気に癒されてケビンと同じように至福のときを過ごすのであった。

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