第260話 奴隷たちの強がり。でも本当は……

 奴隷たちの復讐劇が終わると、ケビンは女性たちに中へ戻るように指示を出して、男性たちは残念ながらこの場で待機する指示を出した。


「ねぇ、次はどうするの?」


「貴族の大掃除だね。これは奴隷とか関係ないから中へ入ってていいよ」


「いいえ、そばにいるわ」


「見てても気分のいいもんじゃないよ? ざっくり言って人殺しをしていくわけだし」


「人を殺すのも心に傷を負うのよ? 傷が深くならないように他の人が近くにいれば少しはマシになるわ」


「前に似たようなことを言われたよ。俺が人を殺して心を壊していく姿を見たくないって」


「いい人に出会えたのね」


「あぁ、かけがえのない人たちだ」


「その人たちの代わりをしないとね。貴方、放っておいたら無理しそうだもの」


「手厳しいね」


「無理した結果がその顔なのよ。少しは自覚しなさい」


「子供を叱るお母さんみたいだ」


「何よそれ、私は貴方のお母さんじゃないわよ。それにまだ若いんだからね、子供だって産んでないのよ」


 そのような会話をしながらも、ケビンは腐敗した貴族たちをピックアップしていき広場に転移させていく。


 転移させられた貴族たちに皇帝の死体を見せて今から行う内容を告げると、貴族たちは必死に命乞いをするがケビンは聞く耳を持たなかった。


「今まで他者を踏みにじり、甘い汁を吸った者に慈悲はない」


 ケビンはそれだけ言うと腐敗した貴族たちを処分して、悪さをしていない残された家族宛に皇帝を殺したことと、本人たちの犯した罪状と処刑したことを書き綴った手紙を転移させていくのだった。


 そして、残すところは犯罪を犯したその他の人であった。


 最終的には処分した全ての人の残されてしまう悪さをしていなかった家族がいた場合には、貴族同様の手紙と当面の資金を転移させていった。


 兎にも角にもケビンは帝国領から悪人だけを始末して、一旦リセットした上で再スタートさせるつもりなのだ。


 その後もケビンの大掃除は続き、全て終わる頃には夕方に差し迫ろうとしていた。


「疲れた……」


「お疲れさま。頑張ったわね、偉いわよ」


「でも、まだすることが残ってる」


「働きすぎよ」


「君たちの寝床を確保しないと」


「奴隷なんだから屋根があれば充分よ」


「それは俺が嫌だ」


「自己満足ってこと?」


「そう」


 ケビンは寝床確保の作業に入ると帝城付近にあった豪邸などは腐敗貴族たちの持ち物だったので、男性たちにその空き家を使うように指示を出して必要な物が買えるようにお金を渡したら現地解散とした。


 色々と考えるのが面倒くさくなったケビンは簡単に考えた結果、帝城の無駄に多い部屋を女性用の居住スペースに改造していく。


 1部屋に4人で住めるようにベッドを作り出して配置するだけで終わろうとしていたが、レイアウトを考えていると結局無駄に凝ってしまうようになる。


 色々とやっている内に、部屋の中には4人それぞれのクローゼットを作り出して、ベッド脇には化粧台をそれぞれ設置することにしたのだった。


 これでクローゼットの取り合いにならず、化粧台で身だしなみを整えるのにも取り合いにはならないはずだろうとケビンは納得するのである。


 作業が終わると無駄に広い謁見の間に入って行き、ケビンが女性たちに説明をしようとしたら、よく喋る女性に引っ張られて玉座に座らされてしまう。


 改めて見る女性たちの年齢層は様々で、小さい子も中にはいるようだったが大半は若い年代といったところだ。親子らしき奴隷も中にはいて一緒に固まって座っている。


「皇帝って感じよ」


「俺は皇帝にはならない」


「じゃあ、何になるの?」


「なりたいものにはなってる」


「それは何?」


「冒険者」


「貴方、冒険者だったの?」


「あぁ、Aランクだ」


「それなら皇帝じゃなくて冒険王とかどう?」


「なんか嫌だ。名乗りたくない……」


「ワガママね」


「仲介役さんはネーミングセンスがないんだよ」


「もう、貴方だって仲介役さんとか言ったりして、ネーミングセンスないじゃない」


「名前知らないし」


「そういえば自己紹介がまだだったわね。ここまでしてもらっておいて貴方の名前すら知らなかったわ」


「俺はケビン・エレフセリア侯爵だよ」


「……は?」


 ケビンが言った侯爵という言葉に、その女性は理解が追いつかず呆然としてしまう。そして周りの女性たちも呆然としている。


「俺は名乗ったよ。そっちは?」


「ま、待って! 貴方、Aランク冒険者って言ってたじゃない。なのに侯爵なの!?」


「そうだけど」


「どこの国? 帝国でその家名は聞いたことがないわ」


「アリシテアとミナーヴァの2国」


「2国で侯爵なの!?」


「まぁ、色々あってそうなってる」


「2爵卿じゃない」


「何それ?」


「2つ爵位を持っている人のことよ」


「まんまだね。やっぱりネーミングセンスないよね」


「もう、そんなことはどうでもいいでしょ」


「どうでもいいなら早く名前を教えてよ。そうしないと仲介役って名前にするよ」


「私の名前はケイトよ」


「じゃあ、よろしくケイトさん」


「奴隷に“さん”付けしてはダメよ。立場ってものがあるんだから」


「いや、奴隷から解放するから別によくない?」


「私は拒否するわよ」


「何で? 自由になるんだよ?」


「自由になってどうするの? また捕まって奴隷になればいい?」


「いや、そこは逃げようよ」


「私はね、奴隷狩りにあって奴隷落ちしたの。家族はその時に目の前で殺されたわ。自由になっても帰る場所なんてないのよ」


「ごめん、辛いこと思い出させた」


「いいのよ、もうふっ切れたから」


 目の前で家族を殺されたというのに悲痛な面持ちではなく、淡々と過去の出来事として話すケイトに、ケビンは強い女性だと感じるのであった。


「恐らく私と似た境遇の人は多いと思うわよ」


「つまり奴隷から解放されたくないってこと?」


「そうね。貴方が主人なら酷い目に合うこともなさそうだし、安全に生活できるならそっちを選ぶと思うわよ?」


「はぁぁ……とりあえず部屋は用意したから今日はそこで寝て。部屋の割り振りはケイトに任せる」


「また丸投げなのね?」


「女性同士の方が何かと都合がいいだろ?」


「そういうことにしておくわ」


 ケビンはそれだけ伝えると溜まった疲れを取るために、ひとまずお風呂に入ることにして浴室へと向かう。


 風呂場に向かうとさすが皇帝の風呂と言うだけあって無駄に大きな造りであった。広さは謁見の間と同じくらいで、たった1人のためにこれほどの風呂は無駄としかいいようがないと感じるのだった。


 ケビンは隅っこで小心者らしくひっそりと体を洗ったあとは、『ちょっとした体育館並か?』と思えるような広さのある浴槽にもったいないと思いながらもお湯を張り、『誰もいないし泳ごうかな?』と思いつつも足を伸ばしてボーッと風呂を満喫するのであった。


「どうするかなぁ……」


 奴隷たちの問題をどうするか悩んで独り言ちるケビンに、歩み寄る人影が迫る。


「貴方の好きなようにすればいいのよ」


 ケビンが咄嗟に振り返るとケイトが一糸まとわぬ姿でそこに立っていて、その後ろにはこれまた一糸まとわぬ姿で女性たちがゾロゾロと中へ入ってきていた。


「何で裸なの?」


「ここはお風呂よ? 使用するのに服を着て入る人なんて聞いたことがないわ」


「今は俺が使ってるんだけど?」


「見たらわかるわよ」


「恥ずかしくないわけ?」


「私たちは奴隷なのよ? それにお風呂なんて奴隷になってから入ることがなかったのだから、それがあるなら入りたくなっても仕方ないでしょ」


「はぁぁ……最初は恥ずかしいからって隠す物を要求してただろ」


「みんな貴方の傍がいいのよ。酷い生活から助け出してくれたのだから、貴方の傍が1番安心できるのよ」


「わかった。確かに無駄に広いからもったいないとは思ってたんだ。存分に風呂を楽しんでくれ」


「ありがと」


 ケビンはそれから女性たちのことは気にせずにこれからのことを考えていると、体を洗い終えたのかわらわらと女性たちが湯船に入ってきた。


 そして何故かこれだけ広い湯船なのにケビンの周りへ集まろうと寄ってくる。小さな子は母親が止めるのを聞かず泳いで遊んでいるようだ。


「なぁ、何でこの広い湯船の中で、態々せまっくるしい感じでたむろするんだ?」


「さっき言ったでしょ。貴方の傍が落ちつくのよ」


「そういうもんか?」


「そういうものよ。それに貴方だって選り取りみどりで眼福でしょ?」


「うーん……」


 ケビンは周りにいる女性たちに視線を向けるが、これといって欲情するような感覚が沸いてこなかった。


 そして、ある女性のところで視線が止まる。


「あの子が気に入ったの?」


 ケイトが目ざとく気づきケビンに声をかけて女性を手招きすると、ゆっくりとその女性が立ち上がり近づいてくる。


「どう? 中々のスタイルでしょ?」


「……いや、それよりもその耳に触ってみたい」


 ケビンの視線は女性の頭上でピクピクと動いている耳にロックオンされていた。


「耳なの!? 目の前の裸体より耳なの!?」


「あ……あの……」


「貴女の名前は?」


「ジェ……ジェシカです」


「ジェシカ……耳に触ってもいい?」


「それは……その……」


「獣人にとって耳や尻尾は大事なところなのよ。家族とか伴侶くらいにしか触らせないの。まぁ、今は奴隷だから関係ないけど」


「ごめん、知らなかった。戻っていいよ」


「あの……こんな耳で良ければ……」


 ジェシカはケビンが触りやすくなるように湯に浸かってから頭を下げて湯面を見る姿勢になると、ケビンはジェシカの手を引いて自分の上に後ろから抱いて座らせる。


「こっちの方が首が疲れなくていいでしょ?」


「はわわ……」


 ケビンがジェシカを左手で抱きしめてホールドし、右手でピクピクしている白く長い耳を触り始めると、ジェシカの耳は白いのだが顔は真っ赤に染まっていた。


 実のところケビンの興味を引いたジェシカの耳はウサミミだったのだ。


「ぁ……ん……」


 前世でも野良猫や犬などは触ったことのあるケビンでも、ウサギはテレビでしか見たことがなく興味が尽きなかった。


「んん……」


 そして今、テレビでしか見たことのなかったウサミミをしっかり堪能していると、お腹の辺りでピクピク動いている尻尾がどことなく可愛く感じて自然と僅かだが笑みがこぼれる。


 ケビンは何故か視線を感じたので耳から目を離すと、ケイトや他の女性たちがケビンを凝視していた。


「……何?」


「貴方……今……微笑んでいたわよ」


「え?」


 ケビンは表情が戻ったのかと、名残惜しくもウサミミから手を離して自分の顔を触ってみるが、どこも変わってるような感覚はなかった。


「今は元の顔よ。さっきは柔らかい表情を浮かべていたわ」


「……」


「周りを見なさい。貴方の微笑みでみんなやられているから」


 ケイトからそう言われたケビンは周りの女性たちに視線を向けると、どことなく頬を赤らめているように見えたが、お風呂に入っているのだから上気するのは当然だろうと、さして違いがよくわからなかった。


「本来の貴方はとても優しい顔をするのね。ちょっとだけキュンとしちゃったわ」


「そりゃ、どうも」


 そう言ったケビンは再びジェシカのウサミミを触り出すのであった。耳を触られ続けるジェシカはヘロヘロとなっている。


「そこまでその耳が好きなの?」


「そうだな……今は風呂場だからしっとりしているが、乾いていたら触り心地がいいだろうな」


「皇帝でも見向きすらせず鞭で打っていただけなのに、貴方って変わってるわね」


「そうか……この人は皇帝の奴隷だった人か」


「気づいてなかったの? てっきり生娘とわかっていたから選んだんだと思ったのに」


「生娘だろうがそうじゃなかろうが俺にとっては関係ない。ただ単に触りたかったんだ」


「変な人」


 ケイトがケビンの返答に呆れていると、ふと思い立ったケビンがケイトに気になることを聞いてみるのだった。


「気になったんだが……」


「何が?」


「ケイトはただの一般人女性じゃないだろ? 色々と知っているし、落ち着きがある」


「……元男爵家令嬢よ」


「奴隷狩りに遭ったと言ってなかったか?」


「そうよ、うちの家を快く思わなかった敵対勢力が、裏で奴隷狩りを雇って襲わせたのよ。それで家を潰された感じね。そして晴れて私は皇帝に献上されたってわけ」


「……」


「ちなみに貴方が始末した人の中に、その貴族と雇われていた奴らがいたわ。これで父も母も弟も浮かばれる、ありがとう」


「……寂しくないのか?」


「私たちを解放して野放しにしようとしていたのに、寂しいって言ったらずっと傍に置いてくれるわけ?」


「……」


「寂しくないわけないじゃない! 家族が目の前で殺されたのよ。こんな気持ちになるなら私もあの時に殺して欲しかったわよ!」


 今までの溜め込んだ感情が出てしまったのか、ケイトは声を荒らげてケビンに胸の内を吐き出した。


 そのようなケイトを見たケビンはジェシカを隣に座らせると、ケイトを向かい合わせに抱きかかえて包み込んだ。


「すまん……踏み込みすぎだったな。辛かっただろ?」


「……会いたい……家族に会いたいよ……」


 ケビンの耳にはケイトのすすり泣く声が聞こえてきて、その身をギュッと抱きしめるのだった。


 似たような体験や辛い過去を思い出したのだろうか、周りの女性たちからもすすり泣く声が聞こえてくる。


 やがて何とも言えない雰囲気の中、全員で風呂から上がっては女性たちは纏まってゾロゾロと歩いていく。


 そのような女性たちを他所に、ケビンは寝床に皇帝の部屋を選んだが皇帝の使い古したベッドには嫌悪感があったので、それを材料にして新たに新品のベッドを作り出すのであった。


 そして、皇帝サイズの大きなベッドにてポツンと1人だけで眠りにつこうとしたら扉を叩く音が聞こえてきた。


「誰だ?」


 ガチャっと扉を開けて入ってきたのはケイトであった。


「お願い……今日は一緒に寝かせて……寂しいの」


 ケビンがベッドをポンポンと叩いて了解の意を示すと、ケイトはケビンのベッドに潜り込む。


「皇帝の使い古したベッドじゃないから安心して眠るといいよ。俺の作りだした新品ベッドだ」


「今はあいつのことは思い出させないで。余計に悲しくなる……」


「悪かった……」


 ケビンが目元を腫らしたケイトを抱きしめると、ケイトは安心したかのように次第に眠りへとついた。


「何とかしないとなぁ……」


 独り言ちるケビンの言葉は、誰に聞かれることもなく静かな帝城の中へと消えていくのであった。

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