第259話 後始末という名の自己満足

 帝城の謁見の間に転移してきたケビンは、1番近くにいた子供に優しく声をかける。


「貴女たちはどこから連れてこられたの?」


「ヒィッ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」


 ケビンは声をかけた少女がいきなり謝りだして戸惑ってしまうが、代わりに隣で鎖に繋がれた女性が答えた。


「その子は鞭で叩かれすぎて壊れたのよ。ちなみに私たちはこの国で奴隷にされたのよ。首輪がついてるでしょう?」


 ケビンは全く気にもしていなかったが、言われてみればその通りだと周りの女性たちを見て気づいた。


「奴隷か……」


「貴方、その顔どうしたの? ここに入ってきた時はそんなんじゃなかったよね?」


「これは皇帝を殺すために力を得た代償だよ。それにしても怖がらないんだね? 怖くないの?」


「私たちを助けてくれた人をどうして怖がらないといけないの? それに、そんな顔は奴隷の中じゃ当たり前の常識よ。心に傷を負って笑わなくなってしまう人なんて当たり前のようにいるんだから」


「そりゃあ、大変だね」


「だから貴方も気にしなくていいわ。上手く表現できないけど、どちらかと言うと元気のなくなった顔って感じね。完全に無表情じゃないのだからまだ元に戻る見込みはあるわよ」


「それはいいことを聞いた」


「表情の乏しい奴隷とかも時間はかかるけど、環境次第では笑ったりするまで回復するもの」


「そっか……ありがとう。それじゃあ、みんな鎖を取るよ」


 ケビンは鍵を作り出すと1人1人鎖を外していき、謝り続ける少女の鎖は別の女性に外すようにお願いして女性たちをひとまとめに集めた。


「ねぇ」


 先程話していた女性がケビンに声をかけると、ケビンは近づいて返事をする。


「何?」


「何か布とか持ってない?」


「布?」


「ほら? 私たちってボロボロじゃない? 丸見えの人もいるし、恥ずかしいから隠せる物が欲しいのよ。貴方が見たいなら別にこのままでいてもいいわよ」


 そこでケビンは初めて何も感じずに作業をしていたことに気づく。これも力を求めた弊害なのかとふと疑問に思ったが、隠すものならいくらでも持っているので【無限収納】から毛布をどんどん取り出しては、女性たちにかけていく。


「ごめん、全く気にもなっていなかった」


「それはそれでちょっと女として自信を失くすんだけど?」


「多分、代償のせいだと思う。わからないけど」


「苦労するわね」


「それとみんなを回復させるよ《ヒール》」


 ケビンが女性たちを回復させると、鞭で打たれた傷跡が綺麗に消えていく。


「凄いのね。皇帝を殺してしまうくらいだし凄いんだろうけど」


「あっ……」


「どうしたの?」


「皇帝の死体、そのままだった。それにやることがあるんだった」


「何か手伝う?」


「必要になったら呼ぶからここでみんなと一緒にいて」


 それからケビンは皇帝の死体を【無限収納】にしまって帝城前に行くと、騒ぎを聞きつけたのか貴族街の人たちが通報したのかは知らないが、帝都の衛兵たちが大勢で帝城へと駆けつけてきていた。


「貴様か、この惨事の原因は!」


「だったら何だ?」


 表情の乏しいケビンからの視線で問いかけてきた衛兵は怯んでしまったが、街を守る者として心を奮い立たせる。


「捕縛させてもらう!」


「この国は実力至上主義だよな?」


「それがどうした?」


「これでも俺を捕まえるのか?」


 ケビンは【無限収納】から皇帝の死体をその場に出して、集まっていた衛兵たちへ見せつける。


「皇帝陛下!?」


「こいつを殺したのは俺だ。で、捕まえるのか?」


「……い、いえ、皇帝を実力で倒したのなら貴方が新しい皇帝です」


 誰も勝つことのできなかった皇帝をケビンが殺していることで、既に自分たちの力では到底捕まえることなどできないと思い、衛兵はすぐさま新皇帝として迎え入れるのであった。


「俺はまだやることがある。この城には近づくなよ? 後始末も俺がするからこのままでいい」


「かしこまりました! 皆の者、詰所へ戻って通常勤務へ戻れ」


 他の衛兵たちに指示を出していることから、どうやらこの衛兵はそれなりの地位にある者だとケビンは推測したのだった。


 衛兵たちが立ち去ったあとのケビンは念の為に帝城へ結界を張ると、国境沿いに待機している帝国兵がまだいたので、その場に転移してから皇帝を殺したことを伝えて死体を見せる。


『サナ』


『……』


『止めてくれていたのに無視してすまなかった』


『マスターはサナの悲しさがわかっていないんです』


『皇帝を殺すのにどうしても力が必要だったんだよ』


『それは……そうですけど……』


『ソフィにもちゃんと謝んないとだよな』


『絶対泣いていると思います』


『あとで何とかする。で、この兵士たちの中に悪人はいるか? 俺に敵意を向ける奴じゃなくて根っからの悪人』


『いますね。【マップ】に表示させます』


「お前らに言っておくがこの死体は本物だぞ。でだ、これから何かしら救いようのない罪を犯した悪人を殺していく。異論は認めない」


 ケビンはそれだけ言うと、サナのピックアップした悪人を全て殺した。


「今死んだやつは何かしら重罪を働いたやつだ。まぁ、ほとんどが強姦や快楽殺人だが。それで生き残ったお前らは軽罪か罪なき善良な民ということになる。兵をまとめて引き上げて通常勤務に戻れ。戦争は終わりだ」


 無表情のケビンが淡々と作業をしていくのが効いたのか、兵士たちはケビンに対して恐怖を抱いてすぐさま作業に取りかかった。


 やはり、実力至上主義というのが根底にあるため、皇帝を殺したケビンに何も言う気になれないのだろう。


 それからケビンは各地を転々としては同じ作業を繰り返していく。途中、善人が挑んでくる場面もあったが、軽くねじ伏せるとそれ以降は従順になり指示に従うようになった。


 ケビンによる帝国兵の大掃除が終わると、再び謁見の間に戻ってきた。


 その場にいる女性たちに腹が減ってるだろうと思い、【無限収納】に買いだめしていた軽食を振舞っていく。


 最初は訝しんで手をつけようとしなかったのだが、色々と会話をした女性がなんの躊躇いもなく食べていたのを見て、他の女性たちも少しずつ口にするようになった。


 ケビンもその場で一緒にご飯を食べていると、ふと会話をしたことのある女性から質問される。


「ねぇ、どうしてここまでしてくれるの?」


「自己満足」


「それって貴方の利益にならないでしょ?」


「利益度外視の自己満足」


「変わってるわね、貴方」


「じゃあ、俺のために働いてもらう。それが飯の対価だ」


「何をさせるの? 夜のお相手? 言っておくけど、ここにいる女性たちはみんな生娘よ? テクニックなんてないわ」


「ん……? 皇帝に犯されていないのか? あいつはさも犯しているみたいなことを言ってたじゃないか」


「あの皇帝は鞭でいたぶるのが趣味なのよ。泣きわめく姿がそそるんだって。もっと俺にその感情をよこせって言ってたわね」


「あいつ、とんだ変態だな」


「あの少女がお気に入りだったのよ。反応が凄いから」


「あぁ、話しかけたらいきなり謝られたもんな」


「それで、何をさせるの?」


「奴隷の仲介役」


「何それ?」


「この国の扱いが酷い奴隷たちを持ち主から盗む」


 ケビンの言った言葉にその女性は疑問を顔に浮かべていたが、とりあえずは飯が先だとケビンは食事をさっさと済ませることにした。


 それからケビンは帝城の敷地内にある死体を全て【無限収納】に回収すると、魔法を使ってボロボロとなっていた城を元に戻していく。


 元通りになったところでよく喋る女性を連れ出して、帝城外の広場に出てくると準備を始めだした。


『サナ、帝国領内にいる奴隷ってわかるか?』


『わかります』


『じゃあ、その中から――』


 それからケビンはサナに頼んで、重罪を犯した犯罪奴隷を省く悪人の主人に買われた奴隷をピックアップしていき、作業中に邪魔が入らないように広場に結界を張って次々と転移させていった。


 まず転移させたのは部位欠損になっている女性たちで、いきなり自分のいる場所が変わったことに混乱していたが、連れてきた女性に仲介役をやってもらい、失った部位を元通りにするために魔法をかけていく。


 その女性たちは手足のいずれかを失っている者や、顔や体に残る酷い火傷の痕、女性の象徴とも言える胸を削ぎ落とされた者、1番軽くても焼きごてを押しつけられた痕など様々であった。


『酷いな……』


『主人が悪人だと大抵こうなります』


 奴隷たちはケビンの魔法によって失った部分が元に戻り、またしても混乱していたので仲介役に宥めてもらおうとしたら、仲介役も同じように混乱していた。


「貴方って何者?」


「今はやることがあるからあとで」


 治療が終わって戸惑う女性たちへ帝城の中へと移動するように伝えると、全員が中に入ったところで次の作業に取りかかる。


 ケビンは次に状態の悪い女性たちを転移させて治療を施すと、仲介役に説明を丸投げする。


 その次は普通の女性たちを転移させて、これまた丸投げ。


「よし、みんなは帝城の中に入って」


 ケビンの号令でゾロゾロと女性たちが帝城の中へと入っていくのを確認したら、次は酷い目にあっている男性の奴隷たちを転移させて同じように処理を済ませていくのだった。


「君らはここで待機していてくれ。あと、まだ作業があるから隅の方に寄ってくれると助かる。それと今から君たちの主人をこの場に転移させるが、心配しなくてもその首輪の効果は無効にしたから、命令を無視しても痛い思いはしなくて済むよ」 


 男性陣が困惑しながらも隅に寄ったのでケビンはその周りに別の結界を張り、更には転移させる場所にも別の結界を張って奴隷を所持していた悪人たちを次々にこの場へ転移させていく。


 転移させられた悪人たちは、自分たちの身に何が起きたのかわからず混乱が後を絶たない。


「混乱しているところ悪いけど、話を聞いてもらえるかな?」


 ケビンの呼びかけに悪人たちは自身の奴隷が目に入ったのか、怒鳴り声を撒き散らして奴隷を呼び寄せていた。


「おい、早くこっちへ来い! 聞こえないのか? 来ないなら自害の命令を出すぞ!」


 主が奴隷にいくら命令しても反応せず、怒鳴り声をあげた者は苛立ちを募らせるばかりだった。


「そこのおっさん、いくら叫んでも無駄だから」


「何だと!?」


「首輪の効果は俺が無効にした」


「貴様、奴隷商人か!?」


「違うけど」


「なら何故そんなことができる!?」


「できるからできるんだよ。面倒だから説明はしない」


「何だと!」


 ケビンはその男性の相手は面倒だと感じたら、それ以降は会話すらせずに無視を決め込んだのだが、その男性が我慢ならんとケビンに詰めよろうとすると、結界に阻まれてしまって見えない壁を触りパントマイムをしている状態となる。


「君たち、見ての通りあの主人たちはあそこから出ることができない。もしこの中で恨みを晴らしたいって人がいるなら手を挙げて。恨みを晴らす機会をあげるから」


 ケビンの言葉を聞いてチラホラと手を挙げる男性たちがおり、そのほとんどが部位欠損を起こしていた人たちだった。


「ねぇ、中にいる女性たちにも恨みを晴らしたい人がいるか聞いてみてくれる?」


「貴方の力で何とかならないの?」


「あ、やっぱりダメ? 面倒だから丸投げしようかと思ったんだけど」


「貴方って人は……内容はアレだけど、その正直さはいっそ清々しいくらいね」


「……仕方ないか」


 ケビンは風の魔法を使い城内にくまなく行き届かせると、女性たちに語りかける。


「みんな聞こえるかな? ちなみに返事をしても俺には聞こえないから。俺はさっき外にいた男だけど、みんなの主人を今広場に閉じ込めてるんだよね。恨みを晴らしたいって人がいたらちょっと外まで出てきて。首輪の効果は無効にしてあるから心配ないよ」


「ねぇ、普通に喋ってたけど、それで聞こえてるの?」


「まぁ、見てればわかるよ」


 ケビンは【マップ】で既に動き出している女性たちが見えているので、余裕の態度で待ち構えていた。


 やがてゾロゾロと女性たちが外に出てくると、仲介役は目が点となってしまい、その光景に唖然としてしまう。


 女性たちも男性たちと同じようで、そのほとんどが部位欠損を起こしていた人たちだった。


「よし、みんな揃ったね。どんな感じで恨みを晴らしたい? 自分の身にされたことと同じことする? 簡単には死なないようにしてあげるから思う存分恨みを晴らしていいよ」


 奴隷たちから上がった声は、やはり自分の身にされたことをやり返す内容であった。


「わかった。チョロチョロ動き回られても面倒だから、まずは動けないようにするよ」


 ケビンがそう伝えると、悪人たちは地面に磔にされて身動きが取れないようになってしまう。


 そして結界の効果に自動回復を付け加えて簡単には死なないように施すと、デモンストレーションでケビンがお手本を見せた。


「こうやって剣で斬ると……」


 すると斬られた悪人は痛さで悲鳴を上げるが、斬られた部分は見る見るうちに回復してしまい、何もなかった状態となる。


「こうなるわけだよ。ちなみにこの広場の外には声が漏れないようになってるから、思う存分やっても大丈夫だよ」


 それからゾロゾロと奴隷たちは武器や焼きごてを手にそれぞれの主の元へ行くと、自分たちがやられたことをやり返すのであった。


 女性たちの中には酷い犯され方でもしたのか、男の股間に思う存分剣を突き立てて恨みを晴らしている人もいた。


 ケビンはその光景を目にして股間がキューッとなってしまい、股間に手を当ててその光景から目をそらすのであった。


「ふふっ、女の恨みは怖いわよ?」


 ケビンがキューッとなってしまったのに気づいたのか、仲介役は揶揄うようにしてケビンへ言葉をかけるのだった。


 すると、広場の光景を覗き見ていたのか城内にいた女性たちがチラホラと現れて、自分も参加すると言い出しては恨みを晴らしに主の元へ向かう。 


 やがてスッキリしたのか奴隷たちが主の元から去っていくと、ケビンが終了の確認を取った。


「もう、みんな満足したかな?」


「「「ありがとうございます」」」


 転移された直後とは違い元気な声で女性たちは返事をして、男性たちも同じように返事をしていた。


「それじゃあ、この人たちにはこの世界から退場してもらおう」


 ケビンは【無限収納】から皇帝以外の死体をどんどん出していくと、その死体を見た悪人たちは悲鳴を上げるのだった。


「《煉獄》」


 ケビンが魔法を唱えると、広場にいた悪人たちや死体から次々と火の手が上がっていく。


「あぢぃぃぃぃっ! 助けてくれぇ!」


 当然のように助けを求める声が上がるのだが、それに反応したのはケビンではなく女性たちだった。


「私がやめてって言ってもやめなかったじゃない!」


「助けてって言っても嬉しそうに酷いことしたわよね?」


「ざまぁみろ!」


 次々に上がる女性の声に、ケビンは逞しいなと感想を抱くのであった。

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