第256話 前線の戦い

 サラが暴れている頃、ケビンはある程度戦場から離れるとミナーヴァ魔導王国の王城に転移した。


 目の前に現れたケビンの姿にエムリスを始め、ミラやモニカも呆然としてしまう。


「お久しぶり、時間がないから来てもらうよ」


 ケビンはそれだけ言うと、王城から国王と王妃を誘拐するのであった。


 そして、誘拐されてしまった3人は自分の身に起きていることを信じられずにいた。


 ケビンは3人に結界を張って、その結界ごと荷物のように空輸しているのだった。


 当然、地に足のついていない状態で運ばれている3人は気が気ではない。落ちたら死ぬしかないのだから。


「お、おい、これ大丈夫なんなだろうな!? こんな所で死ぬのはゴメンだぞ!」


「エムリス、それよりもどこに向かっているかが先決よ」


「そうですよ。王城から私たちを誘拐してるんですよ? 誰にも知られることなく平然と」


「そ、そうだ、これは誘拐だぞ! 死罪だぞ!」


「それならここで落として殺せば誰にもわからないよね? いっぺん、死んでみる?」


「誰だっ! 死罪なんて言ったのは! モニカ、お前か!?」


 ケビンの死んでみるかという発言で瞬く間に態度を変えて、あまつさえモニカにその責任を何気に押し付けるエムリスであった。


「あなた、終わったら後でお説教ですよ」


「な、何故だ!?」


「はぁぁ……ケビン君、とりあえず簡単でいいから説明してくれる? 今は大変な時期だってわかってるよね?」


 エムリスのバカっぷりに呆れるミラは、何故連れてこられているのかケビンに尋ねると、ケビンがそれに答える。


「帝国に攻め込まれて大変だよね?」


「そうね、アリシテア王国ほど酷い目に合ってはいないけど」


「へぇーこの状況でも向こうの情報を仕入れてるんだ。中々やるね」


「ありがと。それで?」


「こっちの戦いを強制的に終わらせようと思ってね」


「私たちを差し出す気?」


「違うよ、そんなことをしたらレティが悲しむ。俺が終わらせるんだよ」


「それって私たちが必要なの?」


「おや? 策略家にしては頭が回ってないね」


「相変わらず口が悪いのね」


「印象が最悪だったからな。対応を変えて欲しければ頑張って印象を良くするしかないよ。魔導具の件もアリシテア王国には黙っていただろ?」


「……」


「ちなみにアリシテア王国には改良型を5セット納品した。そっちの持ってる試作型とは段違いの性能のやつを」


「……利益に走りすぎたわね。結局、貴方の作り出した魔導具は解析不能の回答が研究部から上がってきたわ。貴方に関しては全てが裏目になってしまうのね」


「まぁ、自業自得だね」


「これからは印象を悪くしないように努力するわ。で、連れ出した理由は?」


「俺が乱入したところで兵士たちは言うことを聞かないだろ? だから指示役として連れてきたんだよ。国王と王妃の命令に背くやつはいないだろ?」


「そういうことね」


 ケビンによる連れ出してきた説明が終わると、視界の先には次第に戦場が見えてきた。


 ここでも開戦待ちのようで両軍の隊列は完了していた。あとは、口上戦か指揮官の号令待ちと言ったところだ。


 ケビンはそのまま魔導王国軍側の先頭に降り立つと、国王たちに指示を出す。


 ケビンはエムリスにお願いしようかと視線を向けたが、この後のお説教のことしか頭にないようでポンコツと化していて、仕方なく王妃の2人にお願いすることになる。


「エムリス陛下は……使えないな。王妃殿下、どちらでもいいから兵士がここから動かないように言ってくれる?」


 突然空から現れたケビンにもそうだが、自国の国王と王妃の登場に魔導王国軍は唖然としていたのだった。


 そこへ馬に騎乗したまま指揮官が駆けつけてくると、下馬した後に臣下の礼を取って尋ねるのであった。


「恐れながら、陛下と王妃殿下は何故このような場所に?」


「ちょうどいいですね。指揮官、兵を動かすことを禁じます。全軍このまま待機していなさい」


「理由を聞いても?」


「ケビン君が戦争を終わらせるそうです」


「ケビン君?」


 指揮官は訝しげな視線をケビンに投げつけるが、王妃がそれを窘める。


「やめておきなさい。ケビン君は侯爵ですよ。一将軍である貴方よりも位が上なのです」


「!?」


 モニカから伝えられた内容に指揮官は驚愕していた。目の前の少年が自分よりも爵位が上であることに。


「【簡易式結界陣】……使っているのでしょう? あれを作り出したのがケビン君ですよ。その功績を称えて侯爵の地位を得ているのです。他にも親善試合で無敗を誇るなど武力面でも申し分ありません」


「ですが……子供の試合と戦争では中身が違います」


「貴方は空を飛べるのですか?」


「……」


「大陸一の魔術国家を自負している私たちですら知らない魔法を、彼は容易に使いこなすのですよ? 魔導学院では全ての科目を修得して【パーフェクトプロフェッサー】とまで言われているのです。貴方に彼の代わりができるのですか? わかったら大人しく命令に従いなさい」


「御意」


 指揮官はモニカの有無を言わせぬ口調にただただ従うしかなかった。何をどうしても自分では魔導具を作り出すことも、未知の魔法も使いこなすこともできないからだ。


 それから指揮官は他の指揮官にも内容を伝えて、全軍がこの場から動くことのないように徹底した。


「ケビン君、これでいいですか?」


「ご協力感謝します。少しだけ見直したよ」


「それは良かったです。未来の息子に嫌われては母として立つ瀬がないですから」


「いつもそれくらいだったら好きになるんだけど」


「ふふっ、どうやってあの大軍を退けるのですか?」


「地形が変わるのって困るよね?」


「そうですね……多少は構いませんが恒久的に変わってしまうのは困りますね」


「わかった。あまり壊さないように努めるよ」


「何をするのか楽しみです」


「ここから見学してればいいよ」


 ケビンはそれだけ言うと、1人で前へと歩き始める。その様子に魔導王国軍は一体何が始まるのかと、隣りの者と会話しながら眺めるのであった。


 逆に帝国軍はトコトコ歩いてくるケビンを見て、何事かと首を傾げるのである。


「《遮断結界・極大》」


 目に見えないケビンの結界が四方を囲み帝国軍を丸ごと閉じ込めるが、目に見えないために帝国軍は何をされているのかもわからない。


 故に帝国軍の取る行動は当たり前とも言える。


「全軍、突撃ぃぃぃ!」


 ケビンが1人で歩いてくる様を見て、指揮官は意味がわからなくなったものの、予定通り全軍へと攻撃指示を出した。


 だが、帝国軍が駆け抜ける中、歩兵部隊は見えない壁にぶつかり顔面を強打しては、そのままひっくり返り衝撃のあまり気絶してしまう。何もないと思って全力で走ったのだ。その痛さは計り知れない。


 騎馬隊は馬がその被害を受け、騎乗している兵士は馬もろとも倒れて潰されてしまう。


 魔術師部隊も魔法を撃ち放つが、そのことごとくが結界にぶつかるだけで、何の意味もなさない。


 その光景を後方で目にしていた魔導王国軍は驚愕し目を見開く者や、ありえない光景にポカンと口を開いたまま呆然とする者で埋め尽くされていた。


「何なのだ、あれは?」


「ケビン君の魔法でしょうね」


「帝国軍を閉じ込めているのかしら? 一定のラインよりこちらには来れないみたいですね。迂回しようにも横に出ることもできていないみたいですし、恐らく後ろに下がることもできていないのでしょう」


「つまり箱の中に閉じ込めたってこと?」


「そういうことになりますね。【簡易式結界陣】の魔法版といったところですかね。規模が全然違いますが」


 エムリスたちが会話しているのを他所に、ケビンは次の段階へと移行していた。


「《コズミックレイ》」


 結界内上空に数多の魔法陣が展開されると、地上へ向けて無数の光が降り注ぐ。


 帝国兵は結界内で逃げ惑うが光に体を穿たれて倒れる者や、そのまま致命傷となり息絶える者、倒れたあと更に降り注ぐ光で穿ち続けられる者と阿鼻叫喚の地獄と化していた。


 魔導王国軍は轟音に続く轟音で耳なりを起こし、土煙は舞い上がって何も見えなくなり、現場では一体どうなっているのか想像だにできていない。


 唯一わかることと言えば、帝国軍は無事では済まないということだけである。


「何があっても敵に回してはいけないわね。帝国軍の光景はそのまま私たちの未来とも言えるわ」


「これからは印象を悪くしないように心掛けましょう」


「戻ってきたらまずは労うわよ」


「……お説教が近づく……」


 エムリスはさて置き、ミラとモニカはケビンの恐ろしいまでの戦闘力に戦慄し、今後は何があっても機嫌を損ねないようにと心に刻みつけるのであった。


 帝国軍の始末を終えたケビンがエムリスたちの所へ戻ってくると、ミラとモニカは以前とは180度違う対応で出迎えるのであった。


「ケビン君、お疲れさま」


「お疲れさまでした、ケビン君」


 2人がニコニコと労ってくるのでケビンは訝しく思い、若干引いてしまう。


「急に何? 気持ち悪いよ」


「もう、気持ち悪いって何よ。感謝の気持ちなのよ」


「ミラ、やっぱり急すぎたのでは?」


「新たな悪巧みでも思いついたの?」


「いえ、ケビン君があまりにも強すぎるので怒らせないようにしようって、ミラと話し合っていたのです」


「あぁ、そういうこと。殺すつもりならとっくに殺してるよ。みんなはレティの家族だからそういうことはしないよ。何かしたらちょっと痛い思いするだけだから」


「それが怖いのよ」


「大丈夫だよ。2時間耐久正座とかだし。エムリス陛下はよく正座とかしてるんだよね? レティが以前に教えてくれたから」


「していますね。お説教中は正座が基本です」


「そう、それを2時間ずっと2人にしてもらうから。その後で足をツンツンして遊ぶ。要はエムリス陛下がいつもされていることを2人にするのが、今のところ考えている罰だね」


「おぉ! ケビン、お前はやっぱり良い奴だな。よし、帰ったらすぐやろう!」


 ケビンの思いついているお仕置き方法に、被害者のエムリスはケビンに賛同し調子に乗ってそれに乗っかろうとするが、早くもケビンに裏切られる。


「いや、俺はすることあるし、エムリス陛下は帰ったらモニカさんからお説教なんでしょ?」


「そうですね。今の件も含めてゆっくりと話し合いましょうね、あ・な・た」


「嫌だ……帰りたくない……」


 その後、ケビンは嫌がるエムリスを結界の中に閉じ込めて、行きと同様に帰りも空輸便で城へと3人を送り届けるのだった。


 そのままケビンはサラの様子を見に行くため飛び立ったが、エムリスがその後どうなったかは定かではない。


 ケビンが再びアリシテア王国の戦場に降り立つと、未だにサラは1人で戦いを続けていた。


 視線の先にはおびただしい数の死体が転がっており、それでもまだ帝国軍の3分の1程度で半数にも達していなかった。


 ケビンはとりあえず遮断結界で帝国軍を閉じ込めると、風の魔法に声を乗せてサラに送り届ける。


「母さん、帝国軍は結界で閉じ込めたから一旦戻ってきて」


 ケビンの声に応えてサラは瞬時に戻ってくると、ひと仕事終えたケビンに労いをかける。


「お疲れさま、ケビン。ミナーヴァは終わったのね?」


「終わらせたよ」


「お母さんはまだまだかかりそうだわ。逃げ出した兵もいるみたい」


 サラの言葉にケビンが【マップ】で確認すると、確かに散らばって逃げている帝国兵がいるようであった。


「《ホーミングレイ》」


 ケビンが手のひらを上空にかざすと、無数の光線が放物線を描きながら彼方此方に飛び出していった。


「これで逃げ出した帝国兵は始末したよ」


「さすがケビンね!」


 2人の会話を聞いていた周りの者たちは次元の違う強さというものに、最早現実感を感じとることができずに対岸の火事の如く『そうなんだぁ』と受け入れてしまうのであった。


「母さんはまだ続ける? 一応、結界の出入りはできるようにしてあるけど」


「そうねぇ、あとはケビンに任せようかしら。お母さんは満足だわ。カインの様子も気になるから帰ろうと思うの」


「じゃあ、あれは始末しておくよ《コズミックレイ》」


 帝国軍の頭上に展開された魔法陣から数多の光が地上へ向けて降り注ぐと、ミナーヴァの時と同様で帝国軍はなすすべなく死体へと変わるのであった。


「カーバインさん、帝国兵の死体はどうしますか? 放っておくと魔獣や魔物が寄ってきますよね?」


「極めて癪だが神官を呼んで埋葬するしかないだろ。アンデッドになられても面倒だ」


「それじゃあ、片付けておきますね《煉獄》」


 ケビンがそう伝えると帝国軍がいた場所では赤々と炎が揺らめき、帝国兵たちを燃やしていく。


「何だ、あれは?」


「対象にだけ作用する火ですよ。燃やし尽くせば勝手に消えますので放置してて大丈夫です」


「……相変わらず規格外だな。ミナーヴァでもそうしたのか?」


「あっちは嫌がらせで国王や王妃に働いてもらいます」


「地味に嫌な仕打ちだな」


「では、俺は姉さんを救いに行きますので、これで失礼します。母さん、一旦家に帰るよ」


「空の旅ね」


 サラは待ってましたと言わんばかりに両手を広げ、ケビンに抱きかかえられる準備をする。


 ケビンは人気がなくなったら転移で一気に帰ろうと思っていたが、何気にサラが空を飛ぶことを気に入ってしまったので、最後まで飛び続けることにするのだった。


 サラが喜んでいるとはいえ、帰りは行きよりもスピードを上げたのは致し方ないことだろう。サラもスピードが上がったことで、益々ご機嫌になり結果的に良かったと言える。


 ケビンは逸る気持ちを抑えつつも、ニコニコ顔のサラへ空の旅を満喫させるのであった。

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