第224話 指輪物語1

 サラと話し終わって作戦を立て終えたケビンは、久方ぶりの夢見亭にあるマイルームへと転移した。


 部屋の中は綺麗に整えられており、コンシェルジュたちがきちんと管理していることが窺えた。


「これはお礼をした方がいいな」


 ケビンは【無限収納】から材料を取り出してコンシェルジュたちに贈る物を作り出すと、魔導通信機にて早速コンシェルジュたちを呼び出した。


 現れたコンシェルジュたちが整列すると、代表でケイラが口を開く。


「お久しぶりです、ケビン様。本日は如何様な御用向きでしょうか?」


「今日から3日間この部屋を使わせてもらうからその示達と、ケイラさんたちにいつもここを管理してくれているお礼を渡そうと思ってね」


「私どもはケビン様専属ですので、いついかなる時も最高の部屋を用意しておくのは当然のことです。お礼を頂くようなことではございません」


「その流れか……もう慣れたから動じないけど」


 ケビンは贈り物を受け取って貰えないのは、散々使用人たちで慣れてしまっていたので、ここでも同じように強引に渡していくことに決めた。


「みんな、そのまま動かないように」


 ケビンはそう言うとケイラの前に立つ。ケイラはケビンが前に立ったので自然と視線はケビンに向いた。


「ケイラさん、いつもみんなをまとめてご苦労さま」


 ケビンは橙色の宝石がついたブローチを取り出して左の胸元につける。ブローチにした理由は、首元にスカーフを巻いているのでネックレスだと邪魔になってしまうだろうと思い至ったからだ。


「はい、これケースね」


 つけ終えたケビンはケイラの手を取りケースを渡すと、隣に移動してマヒナの前へ立つ。


「マヒナさん、今日もピシッとしてて素敵だね」


 マヒナには薄く黄色掛かった白色の宝石がついたブローチを。


「フォティアさん、ちゃんと仕事頑張ってるかな?」


 フォティアには赤色の宝石がついたブローチを。


「ネロさん、相変わらずお姉さんっぽいね」


 ネロには青色の宝石がついたブローチを。


「シーロさん、今日もボーッとしてるね」


 シーロには薄く茶色掛かった宝石のブローチを。


「アウルムさん、今日は大人しめだね」


 アウルムには濃ゆい黄色の宝石がついたブローチを。


「ラウストさん、大人っぽくなったね」


 ラウストには深い茶色の宝石がついたブローチを。


 ケビンが全員にブローチをつけケースを渡し終わると元の位置に戻り、それぞれの顔を見ながら説明を始める。


「今、取り付けたブローチはその本人にしか扱えない物で、汚れることはないし壊れることもない。身に危険が迫ったら結界が発動してその身を守るようにしてある。だから、みんなにはそれをいつも身につけてて欲しい」


 ケビンからの説明が終わると、コンシェルジュたちは自分の胸元にあるブローチを眺めては感嘆とした声を上げて、眺めたり触ってみたりと思い思いに行動していた。


「喜んでくれてるみたいだね。では、これからもよろしく、解散!」


「はい! ありがとうございます!」


 コンシェルジュたちが揃って返事をしてお礼を述べると、それぞれの仕事へと戻っていくのであった。


 ケビンは再び1人になるとディナー用の料理を頼み、ちょっとした飾り付けをしつつ、椅子とテーブルを用意する。


 食事が届いたらテーブルにセッティングし始めて、それが終わると以前に購入したタキシードが小さかったのでお店で新調して着替え始めた。


 そして、準備が滞りなく終わったところで、ティナたちを迎えに行くため転移するのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――ケビンの部屋


 この部屋に、最近ケビンに置いてけぼりをくらっているティナとニーナがいた。


 ニーナは基本的にケビンを縛りつけるようなことは控えているため、ケビンがダメと言えば従うが、逆にティナは押せ押せの性格なので不満たらたらでニーナに愚痴っていた。


 ニーナは今日も今日とて魔術本を読みながら、話半分にティナの愚痴を聞き流していた。


「最近、ケビン君の行動が怪しいよね?」


「ケビン君も単独行動くらいはする」


「どうしてついて行っちゃ行けないのよ?」


「1人になりたい時もある」


「絶対女! 女よ! 新しい女の所なのよ! 昔、知人に聞いた行動パターンと一致するもの。いたかと思えば知らず内に姿を消してて、帰ってきても何処に行ってたのか教えてくれないのよ?」


「大人しく待てる私はデキる女。ティナは愛想つかされてポイされる女」


「ちょっと! それどういう意味よ!」


「そのまま」


 ティナが騒いでニーナが受け流しているところへ、タキシードに着替えたケビンが姿を現した。


 その姿を見た2人はいきなりの登場にも驚いたが、いつも楽な服装に身を包んでいるケビンが、いきなりタキシード姿で現れたことが更に驚きを呼んでいる。


「2人ともどうしたの? 面白い顔してるよ?」


「それはこっちのセリフよ、ケビン君! タキシードなんか着てどうしたのよ!?」


「やっと準備が整ってね、2人を連れ出しに来た」


「どういうこと?」


「ここ最近、準備とか色々とやっててね。それがさっき終わって呼びに来たんだよ」


「ティナはここで待つといい。私だけ行ってくる」


「ちょっと! 何でよ!」


「ティナはケビン君を疑ってた。私は大人しく待ってた」


「え? 疑ってた?」


「他所の女と浮気してるって」


「え……?」


 ケビンはその言葉にティナの方へ視線を向けるが、ティナはつい先程までその話をしていたこともあり、バツの悪そうに視線をそらすのであった。


「マジ?」


「マジ」


「よし、ティナさんは置いていこう! ニーナさん、2人きりでディナーを楽しもうか?」


「うん」


 ケビンの言葉にティナは慌てふためいた。やる時はやる男から置いていくと言われたのだ。もう、気が気ではない。


「ち、違うの! ケビン君が最近構ってくれないし、理由を聞いても教えてくれないし、寂しかったの! 不安だったの!」


 ティナは離れたくないとばかりにケビンの胸に縋って気持ちを吐露した。ケビンはそんなティナの頭をポンポンと叩き、言葉を口にする。


「今日の主役は2人だから置いて行くことはないよ。さっきの言葉は俺のことを浮気者扱いしたティナさんにやり返しただけだから」


「ごめんなさい」


「いいよ、秘密にしてたのは事実だし、忙しくて構ってあげられなかったのも事実だから。それじゃあ、立って。転移するよ」


 ケビンはちゃんと立ったティナを確認すると、ニーナに視線を送りこれを受けたニーナが問題なしと頷いたので、夢見亭のマイルームへと転移したのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 転移先を知らされなかった2人は視界が切り替わると、目の前に広がる光景を目にして言葉を失った。


 魔導具の明かりはつけられておらず、照明代わりに使われているのは部屋の彼方此方に設置されているキャンドルだった。テーブルには既に食事が並べられており、いつでも食べられるようになっていた。


「たまには違う雰囲気での食事でもどうかなって準備したんだよ。お店に行って食べるのも考えたけど、何だかんだでこっちの方が落ち着いて食事ができるかなって思ってさ」


「凄い……凄いよ、ケビン君」


「綺麗……」


「ドレスは以前のまま部屋に置いてあるから着替えておいで」


 2人は早速部屋へと向かって行き、しばらくしたら着替え終わって出てきた。


 ティナが選んだドレスは青色ベースに花柄が全体的にあしらわれた、チューブトップになっているマーメイドドレスだ。太腿までスリットが入っており惜しげもなく生足を晒していた。


 ニーナが選んだドレスは黒色ベースの胸元が開いたオフショルダーのタイトドレスで、こちらも深くスリットが入っており惜しげもなく生足を晒している。


「素敵だよ、2人とも。凄く綺麗だ」


 ケビンは2人に近寄るとそう口にして、テーブルまでエスコートする。それぞれ椅子に座らせて、ケビンも対面の椅子に腰を下ろす。


「さぁ、食事にしよう」


 ケビンの言葉と共に始まった食事は、他愛ない会話をしながらも進んでいく。2人は日頃ないようなムードの中でとる食事に感嘆としながらも、その雰囲気を満喫していた。


 やがて食事も終わりワインと雰囲気でほろ酔い気分に浸っている2人に、ケビンが決意して立ち上がり声をかける。


「さて、2人とも少しこっちに来てくれるかな?」


 ケビンは2人の手を引き、テーブルから少し離れた場所まで誘導する。キャンドルの火で揺らめく明るさの中、ケビンは2人の前で片膝をついた。


 いきなり畏まったケビンの態度に、2人もほろ酔い気分から少しずつ醒めていき、困惑の中でケビンの行動を見守る。


「私、ケビン・エレフセリアはティナ、ニーナの両名と正式に婚約を結ぶことをここに誓います」


 ケビンは両手それぞれにケースを持ち、器用に蓋を開けて中の指輪を2人に見せた。


「「――ッ!」」


「これはその証です。受け取って頂けますか?」


「「……はい!」」


 ケビンは立ち上がると、それぞれの左手に指輪をはめていく。


「わたッ……私……ッ……これでやっと……ケビン君の……本当の婚約者になれた……ッ……ずっと不安だったの……ッ……束縛しすぎて……嫌われてないかなって……でも、自分を抑えられなくて」


「俺がティナさんを嫌うわけないだろ。嫌いな人なら寝食を共にしないよ」


「グスッ……私も……ッ……本当は寂しかった……ッ……いつも一緒にいたかった……だけど……ケビン君は束縛されるの嫌うし……ッ……我慢していようって……嫌われるのはもっと嫌だから」


「ニーナさんは遠慮しすぎなんだよ。もっとワガママ言ってもいいんだよ」


 2人はポロポロと涙をこぼしながら、思いの丈をケビンに打ち明けたのだった。


 ケビンは2人をソファに連れて行き両サイドに座らせると、落ち着くまでゆったりとしていた。


 その後、落ち着いた2人はハニカミながら指輪を眺めたり、弄ってみたりしながら幸せそうな笑みを浮かべるのだった。


「ねぇ、ケビン君」


「何?」


「私、この上なくとても幸せよ」


「それはないね」


「……え?」


 ケビンの否定の言葉にティナはキョトンとしてしまうが、ケビンが笑みを浮かべながら言葉の続きを話した。


「将来は結婚して家族になるんだから、今以上の幸せが訪れるよ。当然、ニーナさんにも」


「「――ッ!」」


「だから今までの中で1番幸せってところで留めておいてね」


「「ケビン君、大好き!」」


 少しのんびりと過ごした後は3人とも着替えて普段着に戻ると、またのんびりとくつろいでからお風呂へと入る。


 湯上りで火照った体を冷ますために冷えた飲み物でしばらくくつろいだら、その後は3人で仲良くベッドで寝るのであった。

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