第223話 挨拶巡り3

 翌日、俺は陛下たちへ贈り物をあげるため王城へと足を運んでいた。執務の邪魔をするわけにもいかないので、お昼ご飯をご馳走になりつつ渡すことにしようと思って昼頃に訪問した。


 ご飯であれば3人とも揃うと思い、いっぺんに渡せる上に仕事の邪魔をしなくて済むと思ったからだ。


 その目論見は成功して、お昼ご飯が終わると食後のティータイムとなり、『渡すなら今だ』と思って口を開く。


「ちょっといいかな?」


 ケビンの言葉に3人の視線が集まる。


「実は、陛下たちにいつもお世話になっているお礼として、手作りのプレゼントを用意したんだ」


「プレゼントとな?」


「うん」


 ケビンは席を立つと国王と王太子の前に木箱を置いた。2人とも同じ物なのでいっぺんに説明をしようという判断だ。


「見事なものじゃの」


「細かいところにまで綺麗に細工が施されている」


「開けてみて」


 ケビンの言葉で2人は木箱を開けるが、中に入っていた物に大凡の検討もつかず首を傾げるだけであった。


「……何じゃ、これは」


「……装飾された棒か?」


「まず、それを作るに至った経緯は、以前、陛下の部屋で家紋を描いた時に羽根ペンを借りたけど、細くて使いづらいと感じたことがきっかけなんだ」


「あれは見事な絵じゃったの」


「まぁ、そういうのがあったから、執務の負担を減らすべく使いやすいペンを贈ろうと思って作ったのがこれなんだよ」


「ということは、これはペンであると言うのか?」


「ペンには見えぬのぉ」


「今から使い方を説明するね」


 ケビンは【無限収納】からインクと紙を取り出して2人の前にそれぞれ置くと、使い方を説明し始める。


 ケビンの説明が一通り終わった後の2人が、画期的な物を得たと言わんばかりに感想をこぼす。


「よい! これはよい物じゃぞ、ケビン!」


「これは素晴らしい。もう羽根ペンには戻れそうにないな」


「喜んでもらえて良かったよ。そのペンはそれぞれの持ち主にか扱えなくて、汚れないし壊れないようにしてあるから」


「ん? どういうことじゃ?」


「陛下のペンをヴィクトさんは使えないし、ヴィクトさんのペンを陛下は使えないってこと」


「いや、それもそうなのじゃが、何故そんなことになっておる? そんなペンなぞ存在せぬじゃろ」


「確かに。使えば汚れるし、物はいつか壊れるものだ」


「あぁ、そういう意味ね。それには【付与魔法】で効果をつけているんだよ。本人認証と清潔と不朽って効果を付与したんだ」


「……おぬし、何でもありじゃの……」


「ふむ、そのような魔法があったのか、魔術は奥が深いな」


 ケビンの言葉に国王は呆れ、ヴィクトは逆に真摯に受け止めている。その様子を1人蚊帳の外で眺めていただけのマリーが口を開く。


「ケビン君、私のはないのかしら?」


「慌てなくてもちゃんと用意してるよ」


 ケビンは【無限収納】から取り出したケースをマリーの前に置く。


「マリーさんには何を贈ればいいか悩んだ結果、母さんと同じ物にしたんだよ。気に入ってくれるといいけど……」


 目の前にあるケースをマリーが静かに開けると、中にあった物に驚きを示す。


「――ッ!」


「マリーさんの髪色に合わせたんだよ」


「こんな綺麗な細工の宝石は見たことないわ。高かったんじゃないの?」


「それはコアに出してもらったし、細工は自分でしたから」


「コア……?」


「あ……」


 ケビンはここで己の失言に気づいた。うっかりコアのことを話してしまったのだ。


「そ、そういえば、それってマリーさんにしか扱えないから。あと、汚れないし壊れないんだよ! それに、マリーさんの身に危機が迫ったら結界が守ってくれるようになってるんだ、凄いでしょ!」


 早口で捲し立てるケビンに国王が口を開く。


「コアとは何じゃ?」


「コア? 何のこと? 聞き間違いじゃないかな……ハハ……」


 わかりやすく視線を外すケビンに国王が追い打ちをかけていく。


「ケビンよ……ワシは確かに聞いたぞ。とな」


 なおも注視してくる国王にケビンはタジタジとなり、無理矢理感が否めない言い訳をしだした。


「そ、そう! こ、紺か青の髪色だった人に売ってもらったって言おうとしたんだよ」


「……」


 国王の視線はなおも外れず、暗に『本当は?』と問いただしてきているようであるが、横からマリーが口を開いた。


「ケビン君、お義母さんに言えないこと? 秘密にするの?」


「うぐっ……」 


 国王からの視線に加えてマリーからの追撃により、ケビンはとうとう陥落した。ヴィクトは手に入れたペンで何やら書いている様子。


「じ、実は――」


 ケビンはダンジョンを攻略していたら制覇したこと、制覇したらダンジョンの主になったことなど話していき、コアがどういうものか説明していくのだった。


 それを聞きながら国王は頭を抱え、マリーはサラでもやり遂げたことのない冒険譚にキラキラと目を輝かせ、ヴィクトは未だ何かを書いている。


「――ということなんだよ。このことは一緒にいたパーティーメンバーと俺が教えた母さんしか知らないことだから、できれば陛下たちも秘密にしといてくれると嬉しいんだけど……」


「そんなこと公にできるわけがなかろう。簡単に言ってしまえば、魔力さえ供給できれば如何様な物でも作り出せてしまうということだろう? 悪者たちが暗躍して新たな戦争の火種となるやもしれぬ」


「いや、それにはダンジョンを制覇するという課題があるんだけど」


「そんなもの金にものを言わせて戦闘奴隷を使えば、いくらでも確率はあげれるであろう?」


「そう上手くはいかないと思うけど。現役の冒険者でも手こずってるみたいだし」


「何はともあれ、ありがとう、ケビン君。大事にするわね」


 そう言って王妃は早速指輪をはめるのであった。指の上でキラキラと輝くそれを見ながら終始ご機嫌の様子である。


「喜んでもらえたようで良かったよ。それじゃあ、次は母さんに渡す予定だから帰るね」


「また、遊びに来るのじゃぞ」


「次も何か冒険譚を聞かせてくれ」


「待ってるわね」


 挨拶を済ませたケビンはその場から別宅へと転移するのであった。ケビンが去った後、国王はため息とともに言葉をこぼす。


「はぁ……ダンジョンを制覇したのがケビンで良かったわい」


「あの子なら悪用することもないでしょう。ふふっ、次はどこを制覇するのかしら」


「して、ヴィクトよ、何をそんな熱心に書いておるのじゃ?」


「ケビンの伝記ですよ、父上」


「伝記とな?」


「はい、私からすれば到底達成できるものではないことばかりですから、記録に残して読み返そうと思いまして」


「それよりも、儂としては嫁探しの方を熱心になってくれれば良いのじゃが」


「ははっ、耳が痛いですな」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 別宅に戻ったケビンはリビングでくつろぐサラの元へとやってきた。


「ただいま、母さん」


「おかえりなさい、ケビン」


 ケビンはサラの横へ腰掛けると【無限収納】からケースを取り出す。


「はい、これ。母さんへのプレゼントだよ」


「あらあら、まあまあ。お母さんの分もあるの? 開けてもいいのかしら?」


「いいよ」


 サラがケビンから受け取ったケースの中身を確認すると、それを見たケビンが横から話しかけた。


「母さんをイメージして作ったんだ。俺から見た母さんは、お日様のようにポカポカしてるから」


「ケビン、はめてくれる?」


「いいよ、どの指にする? 自動で調節されるからどの指でも大丈夫だよ」


「もちろん、右手の薬指よ」


 ケビンはその指を選択するとは思わずに、『ん? それってどうなんだ?』と思い至り、サラに質問を投げかけた。


「その指って恋人だったり、婚約する時じゃないの?」 


「ふふっ、違うわよ。この指にはね、心の安定って意味があるの。婚約指輪は左手よ。左手だと愛を深めるって意味になるわ」


「へぇー初めて知ったよ。だからマリーさんもその指にはめてたんだ。てっきり婚約の意味だと思ってたから、ツッコんだら負けだと思ってスルーしてたんだよ」


「だからケビンの指輪がここにあると、お母さんはケビンを感じられて落ち着くのよ」


「そっか……それじゃあ、はめるね」


 ケビンが納得して指輪をはめると、指輪のサイズが変わりサラの薬指にピッタリとフィットした。


「ふふっ、素敵……素敵よ、ケビン」


「それは母さん専用だから汚れないし壊れないよ。あと、ほぼほぼないけど、もし母さんに危機が迫ったら結界が守ってくれるようになってるから」


「もしもの時はケビンの魔法が守ってくれるのね。ますますケビンを身近に感じられて落ち着いていられるわ」


「喜んでくれて良かったよ」


「使用人たちが似たような装飾品を身につけているのも、ケビンが贈った物なの?」


「そうだよ。お世話になっている人にあげて回ったから。執事が懐中時計で、メイドの若手がネックレス。若手以外にはブローチを贈ったんだよ」


「ふふっ、みんな喜んでいるわよ。手に取ったり触ったりしているからとても嬉しかったのでしょうね」


「ちゃんと身につけてくれて良かった。みんな受け取るのを渋ってて強引に渡していったから、大事にしまい込まれていたらどうしようかと思ってた。マイケルさんだけが素直に受け取ってくれたんだよ」


「あとは誰にあげるの? ティナさんたちはまだよね? 指輪をしていないから」


 サラから残っている人のことを聞かれ、ケビンはその人たちの姿を想像しながら答えた。


「残ってるのは婚約指輪を贈る人たちだよ。人生初の大勝負で緊張するから後回しにしてたんだ」


「緊張しなくてもちゃんと受け取って貰えるわよ」


 恐らく受け取ってはくれるだろうとケビンも思っていたが、どういった感じで渡せばいいのかがわからず、サラに質問を投げかける。


「やっぱりちゃんとした正装とかがいいかな? 初めてだから勝手がわからなくて」


「そうねぇ……正装の方がいいわね。お母さんが指輪を貰った時もお父さんはいつもと違う服に身を包んでいたわよ」


「そっかぁ……父さんも大勝負で張り切ったのかぁ……」


 ガチガチに緊張しながらサラに指輪を贈る父親の姿を想像してしまい、ケビンは自然と頬が緩むのであった。


「雰囲気とかも大事かな?」


「そうね、お母さんは食事の後に渡されたわ。お店で跪かれて告白されたの」


「衆人環視の中で!? 父さんカッコイイな」


「ふふっ、その時にね、ケースを持つ手がプルプルしてたから可愛かったわよ」


「物凄く緊張してたんだね」


 ケビンはその後もサラと話し合って色々とアドバイスを受けながら、それぞれに合わせて作戦を立てていくのであった。


 途中、サラから「こうしたら? ああしたら?」と提案される内容を吟味しながら、ケビンの作戦は決まった。

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