第185話 急な来訪者②

 国王たちと月光の騎士団ムーンライトナイツたちで見事な温度差が広がる謁見の間にて、たまたま王都勤めをしていたアランドロン子爵家当主が、騎士に付き添われて謁見の間に連れてこられた。


 半ば強引に国王命令として召喚された当主は、混乱も然る事乍ら近づいていく玉座の前に、自分の娘がボロボロの姿になって倒れているのを目にして驚いていた。


 当主は玉座の前まで来ると臣下の礼をとって、国王の言葉を待つ。


「急な呼び出しをして悪かった。お主に聞きたいことがあって召喚したのだ」


「私で答えられるようなことであれば何なりと」


「そこに倒れているのはお主の娘で間違いないか?」


「はい。家を出奔して久しく会っておりませんが、間違いなく私の娘であります」


「出奔とな?」


「お恥ずかしながら娘は騎士を目指しておりまして、家内と2人で反対したところ、そこのサバトとともに数年前に出奔した次第であります」


「そうか。それならば知らなくても同然か。早い話がな、お主の娘がケビンに不敬を働いたのじゃ」


 そこで改めてこの場にケビンがいることに気づいた当主は、跪いたまま手に汗を握っていた。ケビンがカロトバウン家の子息であることと、報奨の儀において伯爵位を賜っていたことも知っているからだ。


「……誠でしょうか?」


「ふむ、本人に確認を取るべきじゃの。ケビンよ、そこの娘を起こしてくれんか? お主ならできるであろう?」


「えぇーコレを起こすの? うるさいし、ウザいよ?」


 ティナたちと話し込んでいたケビンは、この場の長引く話し合いですっかりオフモードとなり、普段通りの口調に戻ってしまっていたが、国王は父親扱いを受けてからケビンに対して激甘な感情を持っており、特に咎めもせず年齢差もあることから、息子というより孫に対するような甘さを取るのだった。


「そう言うでない。これが終わったら今晩は食事会をするでな、好きなものを頼むとよい」


「わかったよ。《ヒール》」


 ケビンがアイナに対して回復魔法を唱えると、気を失っていたアイナが意識を取り戻した。


「……ん……」


 アイナは起き上がりながら辺りを見回すと、真っ先に目に入ったのは自身の父親であるアランドロン子爵家当主であった。


「……パパ? ……パパ!」


 ガバッと立ち上がり当主に抱きつくと、アイナは思いの丈を口にした。それが最悪の展開に結びつくとは知らずに。


「パパ、聞いてよ! 私、酷い夢を見たの。子供が偉そうにアランドロン子爵家を馬鹿にするのよ! 子供の貴族なんていないのに王様に爵位を貰ったって言うのよ! 子供に爵位をやる無能な王様なんて想像しただけでも笑えるでしょ!」


 次々と捲し立てるアイナの言葉に、問いただすどころか自身で事実を認めてしまう内容を喋っているそんな様子が滑稽に映ったのか、国王たちは唖然としていたがケビンはうんざりとした様子で口を開く。


「ね、言ったでしょ? こいつ起こすとうるさい上にウザいんだよ」


 その聞き慣れてしまった声音にアイナは当主から顔を離して、声の聞こえた方に視線を向けるとケビンの姿をその瞳に捉えた。


「あ……あ……」


「ようやくお目覚めか? 起きて速攻で陛下を侮辱するとは、どんだけ馬鹿なんだよ。ゴミだな、お前」


 ケビンの姿を見た途端アイナの体は震えだして、当主の服を掴むその手はギュッときつく握りしめられていた。


「ここがどこだかわかるか? ここは謁見の間だ。そしてお前は、陛下や王妃殿下、家臣の前であるにも関わらず陛下を無能呼ばわりにした。それだけに飽き足らず、その陛下を笑えるらしいな? ほら、笑えよ。そこに陛下が座っているぞ。さぁ笑え、本人を目の前に指でもさしながら笑ってみせろ」


「え……?」


 アイナは恐る恐る視線を周りに流すと、玉座に座った国王とその隣にいる王妃、周りに立っている騎士たちと、その他全ての者が冷たい視線をアイナに向けていた。


「え?……え?……」


 アイナの視線は月光の騎士団たちにも向いた。しかし、月光の騎士団たちのアイナを見るその視線は、とても今まで団長として敬ってくれていたものではなく、軽蔑の思いが込められているものであった。


「アイナ……」


 当主がボソッと呟くと、アイナは当主に向かい咄嗟に言い訳を始めるのだった。


「ち、違うの。違うのよ、パパ! 私悪くないの! 悪いのはあの子供よ! あいつは、何十人も人を殺してるのよ。犯罪者なの!」


「アイナっ!」


 当主の怒気を孕む声に、アイナはビクッと体を震わせて黙ってしまい、そんなアイナに当主は語り聞かせた。


「お前が子供と侮り罵っているあのお方は、あの歳で伯爵位まで上り詰めたお方だ。決して軽んじたり侮っていいお方ではない。それにあのお方は、カロトバウン家でもある。いくらお前でも、この名ぐらいは聞いたことがあるだろう?」


「う……うそよ……そんなはずない……カロトバウン家なはずが……」


「おいおい、とうとう俺の出生まで否定しだすのか? 母さんがこの場にいたら、お前死んでるぞ?」


「嘘よ! 全部、全部、全部、嘘よ! 皆で私を騙してるんだわ!」


「あぁぁ……アランドロン子爵家当主殿、そいつ黙らせていいですかね? いい加減うんざりなんですよ」


「……お願いします」


 心痛な面持ちで答える当主に対して、ケビンは特に感情を揺らすこともなくその場から消えると、周りの者が気づいた時には既にアイナの呻き声だけが聞こえるだけであった。


「ぐぶぁ!」


 こうしてアイナは再び眠りにつくのである。


「はぁぁ……やれやれ。陛下、わかったでしょ? こいつは、起こしたらダメなタイプなんだよ。今のでどっと疲れたよ」


「確かにのぅ……アランドロン子爵家当主よ、お主はちゃんと教育を施していたのか? よその家庭の教育方針をとやかく言うつもりはないが、あれは弁護し難いものがあるぞ?」


「誠に申し訳ありません。言い訳のしようもありません」


「どうするかのぉ……本来なら儂に働いた不敬で死罪なのじゃが、疲れてしもうたわい。ケビンの気持ちもわかると言うものじゃ」


 国王は今まで行っていた政務に加え、ケビンの急な来訪により転がり込んできた事案まではよかったが、アイナの周りを省みない自己中心的な主張にどっと疲れが出てしまい、既にどうでもよくなってきている。


「ケビンよ、そなたが罰を考えよ」


「えぇー俺が決めるの? 面倒くさいから陛下に沙汰を決めてもらおうと連れてきたのに。こんなことなら殺しておけばよかった」


 ケビンがあっさり“殺す”と言った殺伐とした内容に、周りの者は息を飲み様子を窺うが、そんな中、アリスは勇気をだしてケビンを窘めた。


「ケビン様、いくらなんでもすぐに人を殺すという考えは良くないです。救いようのない罪人なら仕方ないですけれど、殺人を繰り返していきケビン様の心が壊れていくのを私は見たくありません」


「……」


 アリスの言葉を耳にして、ケビンは似たようなことをティナやニーナにも言われたことを思い出して、殺人に対する忌避感どころか、当たり前に邪魔なら殺そうと考えている自分に嫌気がさしてしまうと同時に、そんな自分を止めてくれる大事な人たちの存在に内心とても感謝した。


「な、生意気を申しましてすみませんでした!」


 ケビンが黙っていることで腹を立ててしまったと勘違いをしたアリスは、慌てて謝罪を口にするが、そんなアリスの様子にケビンは感謝やら愛おしさを感じて、アリスの頬を両手で包み込むと優しくキスをした。


「――ッ!?」


 いきなりのケビンの行動にアリスは驚き目を見開くが、次第に受け入れて瞳を閉じるとケビンに身を委ねるのであった。


「……ぷはぁ……ケビンさまぁ……」


 とろんと蕩けた表情でケビンを見つめるアリスに、ケビンはお礼の言葉を素直に口にする。


「アリス、ありがとう。お陰で令嬢のせいで苛立っていたのに冷静になれて、道を踏み外さなくて済んだよ。これからも、俺が間違っていたら構わずに注意してくれるかい?」


「……ふぁい……」


「アリスは本当に可愛いね」


「んふふ……」


 ケビンがアリスから視線を外して国王へその視線を向けると、呆れた表情の国王とニヤニヤとした表情の王妃がこちらを見ていた。


「ケビンよ、言った内容は褒められるものだが、やった内容は呆れるしかないぞ?」


「アリスが可愛すぎるのがいけないんだよ。これは、アリスを可愛く育てた陛下とマリーさんにも責任があるよ?」


「あらヤダ。褒めても何も出ないわよ?」


「して、ケビンよ。そこの娘の処罰はどうする?」


「あの娘の処罰は教会にでも出家させることにするよ」


「その程度で良いのか?」


「いいよ。子爵令嬢の処罰は、冒険者資格の永久剥奪と教会での奉仕作業で俗世との関わりをある程度絶って、もし、性格が矯正されたなら身寄りのない孤児とかの世話をしてもらう。アランドロン子爵家当主殿には令嬢をきちんと育てきれなかった処罰として、令嬢が代表だったクランが犯した犯罪行為の被害者である女性への賠償と、その中で奴隷として売り飛ばされた女性の身元を捜し出して、その身元を子爵家で引き受けたら一般的な生活を本人たちが自立できるまでは保障すること」


「ふむ。中々に良い裁断であるの。お主もそれで良いか?」


「はい。ケビン様、本来なら不敬罪で死罪となるところ、寛大なるご処置ありがとうございます」


「あ、奴隷になった子の情報はあそこの犯罪者たちに聞いて下さい。ウシュウキュにもまだ犯罪奴隷として仲間が売れ残ってると思うから、そいつらからも聞いた方がいいですよ」


「わかりました」


「ついでに用が済んだら、そいつらを犯罪奴隷に落としておいてくれると助かります」


「売却金はどのように?」


「被害者女性の賠償に使って下さい。俺はお金の心配はしなくていいほど持っていますので」


「ありがとうございます」


「サバトさんはそこの月光の騎士団たちを頼むよ。解散するなり冒険者を続けるなり、好きにして構わないから。ただし、次に俺の邪魔をした場合はそれ相応の報いを受けてもらう」


「わかりました」


 ケビンは後始末を人に押し付けていくと、ようやく終わったとため息をつく。


「ケビン様、お金をいっぱいお持ちなのですか?」


「そうだよ。カジノで一山当ててね」


「カジノがあるんですか!? やってみたいです!」


「それは、アリスが成人してからね。今は学校を頑張って卒業するんだよ?」


「はい! そしたら連れて行って頂けるのですね?」


「いいよ」


「約束ですよ!」


「あぁ、約束だ」


 アリスとの会話が終わると、今度は国王が話しかけてきた。


「ケビンよ、夕食は食べていくのじゃろ?」


「もちろん、折角の家族団欒だからね」


「良かったわね、あなた?」


「今日は疲れることがあったが一気に吹き飛ぶようじゃ」


 それからケビンたちは、国王の私室にて夕食までお茶を楽しむのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 夕食中の話題は専らケビンのことで、あとどれだけ嫁が増え続けるのか、ケビンを除いた他の者たちで予想されていき、ケビンとしては何とも言えない状況であったが、皆が楽しくしていたのでそれはそれでいいかと、一緒に楽しい時間を過ごすのである。


 ある程度団欒も満喫したところで、ケビンは以前の約束を果たすために皆で王城に泊まることを国王に伝えると、それを聞いたアリスは物凄く喜び一緒に寝ようと誘ってきた。


 ケビンは国王に同衾しても大丈夫なのかと尋ねるが、人前でキスをしておいて今更だろうと呆気なく許可が下りた。


 そんな形でアリスと一緒に寝ることが決まり、ケビンはその夜アリスに抱きつかれながら眠りにつくのであった。

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