第175話 カジノへ行くために……
無事に(?)30階層まで攻略したケビンたちは、夢見亭で夕食を終えて寛いでいた。
「ねえ、ケビン君。私、カジノに行ってみたい」
ティナは唐突に提案すると、対するケビンはどうしようかと悩みだす。
「……確かに興味はあるけど、そんなに行ってみたいの?」
「だって折角1階にあるんだよ? 楽しまないと損じゃない?」
「うーん……」
「それにケビン君だって、私たちのお金は自分の好きなことに使えばいいって言ってたじゃない」
「それなら、服を買うとか装飾品を買うとかあるんじゃない? 何でギャンブルに走るかな……」
「やったことがないから、興味があるのよ」
「行くにしても服装とかあるんじゃない? 持ってないよね? ドレスとか」
「……買いに行きましょ!」
「はぁぁ……2人はどうする?」
「ケビン君が行くなら行く」
「ケビン様のいるところが、私のいるべき場所です」
ケビンは先程戻ってきたにも関わらず、ティナの要望で外へと出るハメになってしまった。
とりあえず、そういう服が売っている場所を教えてもらうために、コンシェルジュを部屋へと呼び出すのであった。
「お初にお目にかかります。夢見亭、専属コンシェルジュのマヒナと申します。本日は私が担当となりますので、以後、お見知りおきを」
ケビンたちの部屋に現れて見事なお辞儀をして見せたのは、タイトスーツに身を包んだ長身の女性であった。
キリッとした顔つきに眼鏡を掛けていて、傍から見ればエリートな女教師にも見えるが、首にはスカーフを巻き付けており、ケビンは心の内で赤色なら昭和のラ○ダーだなと、ふと思ってしまったのは秘密である。
「こちらこそよろしく。今日呼んだのは、これからカジノに行くためのドレスを買いたくてね。いい店を紹介してもらえるかな?」
「カジノであれば、普段着でも利用可能でございます。当店には、ほとんど冒険者しかおりませんから、TPOを説くこともあまりできませんので」
「まぁ確かに、冒険者にそれを求めるのも違う気がするしね。けど、折角の機会だからちゃんとした服装で行きたいんだよ。まさか職員まで普段着で対応しているってことはないだろ?」
「それはございません。職員は制服を着用しておりますので」
「それなら店を紹介してくれる? きちんとした格好で雰囲気を楽しみたいのもあるし」
それからケビンたちは、コンシェルジュから教わった場所の服飾屋へと足を運んでいた。
店の中には選り取りみどりな服が展示されており、以前に行ったことのある服飾屋とは明らかにランクが違うようだ。
「いらっしゃいませ。本日は、どのような御用でしょうか?」
受付店員は至って普通の対応だったが、視線が如何にも訝しんでおり、場違いな奴が来たとでも思っているのだろう。
「カジノに行くためのタキシードとドレスを買いたいんですけど、装飾品込みで彼女たちに合うものを数点見繕って欲しいのです」
「失礼ですがお客様。当店は都市内でも1番ランクが高く、とてもお客様の意に沿えるようなものをご用意できる自信がございません」
遠回しに貧乏人は帰れと言わんばかりの対応に、さすがのケビンも黙っていられなかった。
「お前、見かけで客を判断するのか?」
ケビンたちの服装は至って普通の服装であり、これといっておかしなところはないが、高級店に足を運ぶような服装かと言われればそうでもないので、訝しむ気持ちはわかれど、それを口に出して言ったことによりケビンは我慢するのをやめた。
ケビンの纏う雰囲気が変わり、後ろで待機している女性陣たちは、ハラハラとしながらどうしたものかと状況を見守っていた。
「そのようなことはございません。ただ、お客様がご購入できるような品を当店が扱っておらず、誠に申し訳ないのですが他店へと足を運んだ方が宜しいのではないかと、愚考したまでです」
「そうか……責任者を呼べ。お前では話にならん」
「責任者はただ今席を外しておりますので、お会いになることはできません」
「ほぉ……奥にいる人は責任者じゃないんだな?」
「……対応職員にてございます」
ケビンは【マップ】にて奥に人がいることを既に確認していた。数人集まっているのは、確かに職員なのだろう。
しかし、広めの部屋に1人だけ居座っているのは、どう見ても責任者としか言いようがない。
そんなことを知らない受付店員は、本当のことを言われて一瞬言い淀んだものの、責任者はいないと答えてしまった。
「わかった」
ケビンはそれだけ言うと、踵を返して店を後にした。ティナたちはどうしたものかとオロオロしながら後へと続く。
外に出たケビンは携帯用通信魔導具を使い、マヒナをこの場に呼び出した。
お店の場所が万が一にもわからなかった場合にと、マヒナが持たせてくれたものだった。
「如何なさいまし――ッ!!」
駆けつけてきたマヒナがどうしたのか尋ねようとしたが、ケビンの纏う雰囲気を察して二の句が告げずにいた。
「この店の店員に締め出されたんだよね。俺が買うようなものは店に置いてないってさ。それに――」
ケビンからことのあらましを聞き、マヒナは冷や汗が止まらなかった。この店を紹介したのは自分であり、何かの間違いであって欲しかったと願うばかりだ。
「も、申し訳ございません!!」
マヒナはこれでもかと言うぐらいに腰を折り、謝罪の言葉を口にしたが、ケビンはマヒナのせいではないと思っているので、気にしなくてもいいように、やんわりと声をかける。
「マヒナさんは悪くないよ。ここに比べて対応も迅速で丁寧だし、とてもいいコンシェルジュだよ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます! これからも、誠心誠意尽くさせて頂きます!」
「ははっ、大袈裟だなぁ」
「では、中へと一緒に参りましょう」
マヒナを筆頭に再度店の中へと入って行くが、ケビンはこれから起こることをこっそりと覗くために、気配隠蔽を使えないニーナもいることなので、気配を隠蔽する結界を張ってみんなを包むと、ことの成り行きを見守る準備を終えた。
このことは事前にマヒナにも説明をしており、そんなことが起きていることなど露ほどにも知らない受付店員は、マヒナの姿を目にして顔見知りの反応を示す。
「あら、マヒナさん。今日はどういった御用ですか? 制服の新調でもするのですか?」
そう言ったのも束の間、マヒナは冷めた口調で言葉を返した。
「いえ、責任者を呼んで頂けますか? 幾つか窺いたい点が御座いますので」
「大口の依頼ですか? 少々お待ちください」
受付店員が責任者を呼んでくると、奥から身なりのいい中年の男性が受付店員とともに姿を現した。
「これはこれは、マヒナ殿ではないですか。何か注文でもございましたかな?」
「不躾な呼び出しに対応して頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、夢見亭には今後ともご贔屓にして頂きたいですからな。して、如何様なご用向きで?」
「実は……そこの受付店員が客を追い払ったと聞き及んだもので、良い関係を築かせて頂いていたこの店が、果たしてそのようなことをするのかと疑問に思いまして、確認に参ったのでございます」
マヒナの言葉に、責任者は眉をひそめる。
「君、客を追い払ったというのは本当かね?」
「いえ、その様なことはございません」
受付店員は、ケビンたちのことを客とすら見ていなかったようで、慌てる様子もなくごく自然に答えた。
その堂々とした様子に責任者も怪訝に思うことはなく、マヒナに言葉を返した。
「どうやら誤解があったようですな。大方、ライバル店が流した噂ではないでしょうか?」
「そうですか……その様子から察するに、客とすら見ていなかったようですね。この様な店員がいるとは本当に嘆かわしい」
しかし、マヒナが答えた内容は責任者の意図せぬものであった。聞きようによっては、自分の雇う従業員やこの店自体、更には自分の力量すら貶されているのだが、そこは長年の経験からか心を落ち着かせて表情には出さなかった。
「さすがにマヒナ殿でも、その言葉は聞き捨てなりませんぞ? 確たる証拠でもあるのですかな?」
「では、証拠をお見せしましょう。……ケビン様」
マヒナの呼び掛けに、ケビンは結界を解いてその場に姿を現した。いきなり現れた子供に責任者は驚くが、受付店員の方は現れた子供にガタガタと震えていた。
それもそのはず、つい先程自分自身で追い払った子供が目の前に現れたのだから。
「ケビン様、お手数ですがご説明を」
マヒナの言葉に、ケビンは説明を始めた。
「貴方が責任者ですか?」
「はい。この店を構えている、責任者でございます」
「先程、この店を訪れて服を買おうとしたのですが、そこの店員にすげなくあしらわれてしまい、責任者を呼んでもらおうとしたら、“いない”と言われたのですよ」
「それは、本当でございましょうか?」
「どうやら、そこの店員は見かけで客を判断するようで、ここには俺が買えるような品はないと言われましてね、身の丈にあった他の店に行けとまで言われてしまいましたよ」
ケビンが次々と語る内容に、受付店員は顔を青ざめさせて責任者の様子を窺っていた。
「君、本当かね?」
「……」
抑揚のない声で、振り返りもせず責任者は受付店員に問いただすが、対する受付店員はそれどころではなく、どうやってこの場を回避するか冷や汗を流しながら思考を巡らせていた。
「答えたまえっ!」
責任者の怒気を孕む大きな声に、何事かと奥の方から店員がワラワラと駆けつける。
「オーナー、どうされたのですか!?」
駆けつけた店員の1人が声を掛けるが、返ってきたのは思いもよらぬ言葉だった。
「お客様の言い分によると、うちの店員が無礼を働いたようでね、問いただしているのだよ」
その言葉に店員たちの視線が受付店員へと向き、当の本人は針のむしろであった。
「さあ答えたまえ。先程の話は事実なのかね?」
「………事実です」
何も打開策が思いつかなかったのか、とうとう受付店員は諦めて事実であることを認めてしまった。
「お客様、この度は当方の職員が無礼を働いてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
事実であることを知った責任者は深々と頭を下げて、ケビンへの謝罪を口にした。
それに合わせて、駆けつけた他の職員たちも次々に頭を下げるが、受付店員だけは呆然としてその光景を目にするだけであった。
「今後、この様なことのないようにして頂けますか? このお店を紹介した私は恥ずかしくてたまりません。都市最高のお店を紹介したはずが、サービス内容は都市最低ときたものですから」
「誠に言い訳のしようもございません」
「ケビン様、服のご用意は如何なさいますか?」
「あんな店員がいるような店はねぇ……さっきも、責任者と職員がみんな頭を下げていたのに、1人だけ下げなかったし」
ケビンの言葉に、店の関係者全ての視線が受付店員へと向いた。
「ひっ!」
受付店員は他の者からの冷めた視線にたじろぐが、ケビンはそんなことなどお構いなしにマヒナへと質問する。
「別に店は、ここだけじゃないんでしょ?」
「はい。私としましては最高のお店を紹介したかったのですが、このようなことになってしまい、誠に遺憾であります。今後は、関係を改めなければならないでしょう」
マヒナの言葉にいち早く責任者が反応して動いた。夢見亭はこの都市1番の宿泊施設であり、大口のお客様なのだ。
「マヒナ殿! この度のことは誠心誠意償いをさせて頂きますので、今後ともお付き合いをさせて頂けないでしょうか!?」
「どのような償いをお考えで?」
「お客様の意に沿えるようなものをご用意させていただき、1着ずつプレゼントさせて頂きます!」
「装飾品は付かないのですか?」
「付けさせて頂きます!」
「ケビン様、如何なさいますか?」
「責任者さん、大口の顧客を繋ぎ止める前に、先ずするべきことがあるんじゃないですか? 他の関係なかった人たちが謝罪しているのに、当の本人であるあの人だけは、未だに1度も謝罪していない。そういうところで、教育が行き届いてないんですよ」
「確かにその通りでした。私もようやく話が進むと思い失念しておりました。さすがはケビン様ですね、とても勉強になります」
ケビンの言うこともご最もだと、またしても愚を犯してしまったと思った責任者は、すぐさま受付店員へと声をかけた。
「君、何をしている! 早く謝罪したまえ!」
責任者としては、いち早く謝罪をさせなければと思っていたが、ケビンが否定の声をあげる。
「いえ、謝罪は結構ですよ。謝罪されたところでその人がここにいる以上、この店は使いたくありませんから」
「では、ケビン様。別のお店を紹介致しましょう」
「お、お待ちを! おい、君は今日限りでクビだ! 2度とうちの店に来なくていい、今後一切近寄るな!」
「オーナー! そんなっ! 私は――」
「くだらん言い訳はするなっ! それなら君は、夢見亭がうちに上げる利益をその身で支払えるのか!? そもそも、お客様へのサービスを蔑ろにするような奴はうちの店には要らない! お客様に対する接遇は商売をする上で基本的なことだろ!」
「……」
高級宿泊施設との取引と問題のある受付店員を雇い続ける……その双方の利益を天秤にかけた上、更には、サービス内容に問題がある受付店員をこのまま雇い続けたとしても、今後も似たような不利益に繋がるのではないかと思い至った責任者は、即座に受付店員を切り捨てた。
「ケビン様、どうやら、あの受付店員はクビになったようです。如何なさいますか?」
「あの店員がいなくなるなら、ここで買い物をしようかな。マヒナさんが薦めたぐらいだから、良い店には違いがないだろうからね」
「色々とお手数をお掛けして、申し訳ございませんでした」
「いいよ。マヒナさんのことは気に入っているし」
「ありがとうございます。では、今後このようなことがないように、この店にも知らしめたいと思いますので、カードキーとギルドカードをお借りしても宜しいでしょうか?」
「これで何かするの?」
ケビンから受け取ったものを、マヒナは店のカウンターに置いた。
「そこの元店員が見かけで判断した客がどのようなお方なのか、しっかりと目に焼き付けておいて下さい。こちらは、当店の最上階専用のカードキーとなります。そしてこちらは、Aランク冒険者の証であるギルドカードです」
カウンターに並べられたカードに、店のものたちは目を見開いた。
今まで誰も借りることのなかった、夢見亭の最上階専用のカードキーを初めて目にしたことに。更には、偽造不可能と言わしめるギルドカードが、金色に輝いていることに。
「付け加えますと、ケビン様は当店の最上階を1泊ではなく、1ヶ月分借りるとともに宿泊代金を一括で前払いしております」
「――ッ!」
とんでもない相手に無礼を働いていたことがわかり、責任者及び職員たちはハッと息を飲んだ。
「わかりましたか? そこの元店員が見た目で判断したお方が、どれだけ凄いお方なのかを。それがわかりましたら2度と愚行は犯さぬように」
マヒナの態度が何処となく、ルルの狂信者的な態度と似ているような気がしてきたケビンは、若干引き気味にその光景を見守っていた。
「マヒナさん、その辺でいいよ。あまり時間をかけているとカジノで遊べなくなる」
ケビンはこのままだと、第2のルルが出来上がってしまうのではないかと危惧し、ここへ来たそもそもの用件を終えるためにマヒナへと声をかけた。
「――ッ! 私としたことが、ケビン様を待たせてしまい、誠に申し訳ございません」
「……(もう……手遅れか?)とりあえず、責任者さん。そこの元店員はすぐさま追い出してくれますか? 見ているだけでも不快ですから」
「か、畏まりました! おい、そいつを早く店からつまみだせ!」
責任者から声を掛けられた職員は、すぐさま行動に移して元店員を店から追い出した。
「それと、俺のタキシードと彼女たちのドレスに、追加でマヒナさんのドレスを数点見繕って下さい。彼女たちの意見を参考にして、あとは装飾品もよろしくお願いします」
「直ちに!」
「ケビン様、何故、私の分が含まれているのですか?」
「今日は迷惑をかけたからね。そのお詫びだよ」
「しかし――!」
「今日はマヒナさんが専属なんだろ? だったら、今日1日はマヒナさんを独占出来るわけだ。当然、カジノにもついてきてもらうよ?」
「あ、ありがとうございます!」
マヒナが感極まっていると、ティナとニーナは無自覚に女性を引っ掛けてしまうケビンの、その手練手管は既に諦めていてことの成り行きを見守っていたが、ふとケビンに気になることを聞き出した。
「ケビン君、何であそこまで怒っていたの? いつもなら無視するのに」
「俺だけのことだけだったら無視したけど、ティナさんたちを下に見たのが許せなかったんだよ。俺は子供だから舐められるのは自分でもわかってる。でも、ティナさんたちはみんな綺麗なんだから舐める方がおかしい。普通にこの店を利用したところで、違和感ないくらいにはみんな綺麗なんだから」
「「「――ッ!」」」
ケビンの無自覚な殺し文句に、ティナたちは全員頬を赤らめた。そんな光景を職員たちは羨ましそうに見つつも、それぞれの要望を聞くために行動に移していた。
その中には例に漏れず羨むマヒナの姿もあり、ケビンに視線を向けていたのを気づかれてしまいサッと逸らすが、ケビンはそんなマヒナにも声をかける。
「マヒナさんも当然綺麗だよ。ティナさんたちに負けないように、おめかししておいで」
顔を真っ赤にしたマヒナは、店員に連れられて奥へと入って行った。女性陣がドレスを見に行ったことで、この場にはケビンと責任者しか残っていない。
「さて、責任者さん。俺のタキシードを見繕う前に、1つ頼みがあります」
「何なりと」
「彼女たちの今日着るドレスは既存品を買うとして、残り2着分はオーダーメイドでお願いします。センスの良い物を作り上げて下さい」
「畏まりました。全力で対応させて頂きます」
「仕上がったら夢見亭の最上階宛に届けてくれればいいですから。最高の仕上がりを期待しています」
ケビンは、適当にサイズの合うタキシードを選ぶと、女性陣の分も合わせて支払いを済ませた。
ティナたちの荷物はケビンが【無限収納】に入れて、ようやくカジノへ向かうことになると、一旦部屋で着替えるためにみんなで戻っていくのだった。
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