第150話 因果応報②

 サラの名乗りによって正体がわかったギルドマスターは、その事実を受け入れられないでいた。


「そんな……ば……馬鹿な……あの冒険者が、こんな所にいるわけがない……いるわけないんだ! 名前を騙った偽物だ!」


 ギルドマスターは、あまりの事実に愕然とし混乱する。


「ギルドが私に対して討伐依頼を出さないのも、王国が指名手配を掛けて犯罪者にしないのも理解したかしら? ちなみに王妃様には既に手紙を出して、ケビンに起こったことと私のすることは知らせてあるわ。当然、貴方のこともね」


「ありえない……ありえない……」


 ギルドマスターが未だ混乱の最中、サラは事実を淡々と告げていく。


「そして貴方は私の可愛いケビンに対して、こともあろうか討伐依頼を出したのよ」


 ここにきてようやくギルドマスターは、数日前にメイドが言っていた言葉の意味を理解した。


 『手を出してはいけない相手に手を出した』ことと命拾いしたことに、『これからのことを思うと、運が良いのかどうかさえもわかりません』ということを。


「ま、待ってくれ! 依頼は取り下げる! だから見逃してくれ!」


 自分のしでかしたことへの重大さに恐怖を感じて命乞いを始めるのだが、その言葉をサラが一刀両断する。


「その必要はないわ。貴方の知り合いの闇ギルドはもうないから」


「……は?」


「少し違うわね。“今現在、なくなっていってる”の方が正しいわね」


「な……何を……言っている……」


「貴方が依頼した討伐対象のメイドがいたでしょ? あの子が今、殲滅している最中なのよ」


「そんなことがメイド風情にできるわけがない!」


 事実を受け入れることの出来ないギルドマスターは、否定することでしか平静を保つことが出来なかった。


「そう言われてもねぇ……あの子じゃ無理なのかしら? どうなの、マイケル?」


「奥様、心配に及びません。それに……どうやらもう終わったようです」


 マイケルのその言葉の後に1人の女性がギルド内へと入ってきた。その女性は先程まで荒事をしていたとはとても思わせない、使用人の証であるメイド服をきちんと着こなしていた。


「奥様、闇ギルドの殲滅、完了致しました。死体は街の衛兵に頼んでありますので、そのまま事後処理をやってくれると思われます」


「あら、早かったのね? そこのギルドマスターは貴女には無理だと疑っていたのよ」


「そこのクズには理解が出来ないのでしょう。それにケビン様を狙っているゴミどもを、一分一秒たりとて生かしておく必要はございませんので、早々に片付けさせていただきました。ゴミの清掃はメイドの本分ですので」


 ケビンに対するメイドからの鬼気迫る想いを感じ取ったのか、サラは楽しげに言葉を返した。


「ふふふっ。ケビンが貴女たちに人気なのは本当みたいね」


「お、奥様!」


 予想だにしない言葉をサラからかけられて、メイドは顔を赤らめながら慌てふためいた。


「気にしなくていいのよ。直接応援はできないけど影からは応援するわ。頑張りなさい。ケビンのことが好きなら貴女の実力でなんとかしなさい。この言葉が今回の件に関する報酬よ。これからもあの子のことをよろしくお願いするわね」


 その言葉にメイドは歓喜した。仕えている家の子供であるケビンの母親から、ケビンに対して恋慕を抱くことを許されるどころか、影から応援してもらい頑張れと言われたのだ。


 更には、これからもよろしくと言われてしまえば、もうメイド冥利に尽きるというものであろう。


「身に余る多大なる報酬を頂き、ありがとうございます。これからも誠心誠意仕えさせて頂きます」


「あとマイケルに、使用人たちが恋慕を抱いてもいいことを伝えてもいいと言ったから、これから大変ね。貴女はいち早くその情報を手に入れて、更にはケビンを陰ながら見守る役目も継続中だから、他の子に比べたら一歩先を行っているわね」


「はい、全力で任務に当たらせて頂きます」


「それじゃあ、楽しい話はここまでかしら」


 サラはそう言うとギルドマスターの方へと振り向く。ギルドマスターは何とか出来ないかと醜くも命乞いを続けるのであった。


「頼む! 命だけは、命だけは助けてくれ」


 サラは何も言わず、ギルドマスターの両足に刺突を入れた。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


「マイケル」


「はい、奥様」


 サラが二の句を告げなくとも、マイケルは経験からサラが何を望んでいるのかを理解して、ギルドマスターに回復魔法をかけた。


「た……助けてくれるのか?」


 回復魔法を受けたギルドマスターは助けてもらえるのだと思い、心底安堵したのも束の間、サラからまたもや刺突をくらう。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


 ギルドマスターが叫んだかと思いきや、隣で同じように叫び声が挙がった。


「きゃぁぁぁぁぁっ!!」


 サラがうっかりその存在を忘れていたギルド嬢の両足にも、同じように刺突を入れていた。


「マイケル」


 その言葉にマイケルは転がっている2人に対して、素早く回復魔法をかける。


「や、やめてくれ……」


「お願いします、お願いします、お願いします――」


 2人は懇願するが、サラの怒りは収まらなかった。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


「痛い痛い痛い痛い痛い!!」


 サラが何も言わずとも、既に回復魔法が行使されていた。ギルドマスターはまだ大丈夫だが、受付嬢は既にボロボロと涙を流し、鼻水まで垂れ流していた。


「もう2度とあんたらには関わらないから見逃してくれ!」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」


 ここでようやくサラが口を開くが、それは赦しではなく絶望だった。


「貴方、忘れたのかしら? 王妃様に伝えてあるって言ったわよね? つまりこれは、王国が認めた処刑なのよ? 貴方に“関わらない”という自由意志はないの。むしろ2度と関われない。貴方はここで終わるのだから」


「嘘だっ! 王国が認めるわけがない! ギルドは独立組織で、俺はギルドマスターだぞ! 王国とギルドは協力関係なはずだ! その王国が認めるわけがないだろ!」


「認めないのだとしたら、どうしてここに衛兵がいないのかしら? 私がやることを知った時点で、王国騎士は間に合わないにせよ街の衛兵には連絡して先回り出来たはずよね? そもそも、王都ギルドから連絡は来たの? ギルド間の通信魔導具があるでしょ? それを使えば私が来る前に通達があったはずよ?」


 淡々と告げられる内容にギルドマスターは理解が及び、認めたくなかった王国の処置に愕然とする。自分は王国から処刑されて当然と判断を下されたのだ。


「そもそも貴方、自分の命と他人の命、どちらが大切なのかしら?」


「……」


「質問の意図が掴めていないのかしら? それなら貴方と受付嬢の命、どちらかを差し出せば残った1人は助けてあげるわ」


 それを聞いた受付嬢の対応はありえないほど素早かった。


「私を助けてください! 私は脅され無理やり命令されて従っていただけなんです! 子供を討伐対象にするとか嫌だったんです! 無理やり夜の相手もさせられました!」


「て、てめえ! 裏切りやがったな! 無理やりじゃなくて嬉嬉としてやっていただろうが! 金目的の売女が!」


「わかったわ。それなら、ギルドマスターを殺せばいいのね」


「ふざけるな! 俺じゃなくてこの売女を殺せ! 金のためなら何でもやる薄汚い売女だぞ!」


「何よっ! 貴方だって金が全てじゃない! 横領を隠してあげる見返りに、金を要求して何が悪いのよ! 今までだって気に食わない相手は、闇ギルドに依頼していたのを隠しててあげたのよ!」


「てめえだって気に食わない相手は、自分の体を餌に貴族に始末させていだろうが! 何人もの貴族と寝た淫売女が!」


 互いに罵り合う2人は、頼んでもないのに自分の罪をペラペラと喋りだしていた。


 それを聞いている周りの冒険者たちや受付嬢たちは、幻滅を通り越してゴミでも見るような目付きに変わってしまっていた。


「今のでわかったかしら? あなたたちの命と陛下の命を天秤にかけたら、どちらに傾くと思うのかしら? 私も一応元冒険者だからギルドマスターが決まる時には、陛下の承認も絡んでいることくらい知っているのよ?」


「「……」」


「理解したようね。陛下が自分の命を差し出して、あなたたちを助けると思うのかしら? そもそも、犯罪者を助ける国王なんていないのだけれど」


 それでもなお受付嬢は、サラに執拗く食い下がった。


「私の今まで貯めたお金を全て差し上げますので、命だけは、命だけは許してください!」


 サラは何も告げることなく、受付嬢の両腕を貫いた。


「い"あ"あ"あ"ぁぁぁっ!!」


 マイケルからの回復魔法ですぐさまその傷が癒える。


「な……何で……どうして……」


「貴女が私から買ったのは全財産で命だけでしょ? それ以外はどうしようと私の勝手じゃないかしら?」


「お、俺は全財産で身の安全を買う! だから見逃してくれ!」


 その言葉を発したギルドマスターの四肢は、サラの細剣によって穿たれた。


「いでぇぇぇぇぇっ!!」


「貴方、馬鹿なのね。貴方は何を差し出そうとも終わりなのよ。ケビンに手を出した時点で、死ぬしかないの」


 そこからは、会話することなくサラの拷問が続いた。ギルドマスターはわめき散らし、受付嬢は目や鼻や股間から水を垂れ流し、あまりの凄惨さに周りの者たちは目を背ける者も出始めた。


 たとえ目を背けていても耳から音は拾ってしまうので、耳すら塞ぐ者も出始めていたのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――宿屋の食堂


 ケンたちはお昼ご飯を食べてからしばらく部屋でのんびりしたあとは、ガルフたちやパーティーの新メンバーも一緒交えて、食堂にて楽しく会話をしていた。


「へぇーサイラスさんは以前のパーティーで近接戦闘の人が抜けたから、メンバーを募集していたのですか」


「そうなんですよ。ですから近接戦闘のできる方がパーティーメンバーに欲しかったのです」


「それにしても張り紙を見たときは、てっきりパーティーを組んでいると思っていたのですが」


 ケンの言う通りで張り紙にはパーティーが出来ているように書いてあったが、実際はサイラス1人だけだったのだ。


「張り紙を出していた当初は近接役のメンバーが抜けただけだったのですが、その後に中々メンバー募集が上手くいかなくて他のメンバーも抜けてしまい、結局ソロになってしまいました」


「それなら、ガルフさんたちから声が掛かった時は渡りに船だったんですね」


「はい。むしろ私をパーティーに入れてくださいと頼んだぐらいですから。私1人ではソロとして厳しいですからね」


 張り紙の内容からケンはブラックな印象を受けてしまっていたが、サイラスと会って人となりを知ると、中々の好青年であり礼儀正しかったこともあり、先入観で決めつけるのは良くないのだと実感した。


 そんな中、他のテーブル席の客が気になる話をしていた。


「おい、聞いたかよ? この街に潜んでいた闇ギルドが潰されたらしいぞ」


「マジかよ!?」


「マジだよ! 今も衛兵があちこち走り回ってて、事後処理に追われているそうだ。しかも……生き残りゼロだとよ」


「すげえな! 全員殺されたのか」


「まぁ、闇ギルドだから同情の余地はねえな」


「そうだな。むしろ平和になってありがたいことだ。その潰してくれた人には感謝だな」


「正義の味方に乾杯だ!」


 その話を聞いたガルフは、ケンに視線を向けて話しかける。


「闇ギルドっていやぁ、ケンのことしか心当たりが思いつかないんだが……」


「そうですね。ギルドマスターが依頼を出すって言っていたから、多分そうなんでしょうね」


「でも、ケン君になにかする前に潰されちゃったね」


「ラッキー」


 知らず知らずのうちに闇ギルドが潰されたことにより、心配をしていたメンバーたちは客と同じように正義の味方に感謝した。


「俺としては戦ってみたかったんですけどね。どのくらいの強さなのか知りたかったですから」


「ダメだよ。ケン君が危険じゃない」


「安全第一」


「ケンだと相手の方が危険だと思うよ。蹴散らしてしまいそうだし」


「ケンさんはそんなに強いのですか?」


 サイラスはケンとともにまだ戦ったことがないので、当然の疑問を口にした。


「なぜCランクなのか不思議なくらい強いよ。僕の予想ではAランクの実力が確実にあると思う」


「Cランクなのはしょうがないじゃない、ランクアップの確認とか知らなかったんだし」


「まぁ、それが原因でギルドマスターと揉めたんですけどね」


「あれは、あいつが悪いのよ。ケン君はちっとも悪くないわ。それに私たちのためにあんなに怒ってくれたんだから」


「惚れ惚れした」


「聞いていた通り、おふた方はケンさんのことが大好きなんですね」


「もちろんよ! もうケン君なしじゃ生きていけないわ」


「一生一緒」


 そんな和やかなムードの中、場違いなほど慌ただしく宿屋に入ってきた住民がいた。


「おい、大変だ! 大事件だぞ!」


 そこで、闇ギルドの話をしていた客が答える。


「闇ギルドの話ならもう聞いてるぞ。知らせるのが遅かったな……もうそのネタは新鮮じゃない」


「そうじゃない! ギルドの方だ!」


「ギルド? あの胡散臭いギルドマスターの面白ネタでも仕入れてきたのか?」


 ケンたちとの一件は瞬く間に街に広まり、住民たちの間では笑い話として語られていた。もちろん、本人のいないところで。


「全然面白くねぇよ! むしろ悲惨だ! 公開処刑されてんだよ!」


「馬鹿も休み休み言えよ。ギルドマスターのことは気に食わないが、それでもギルドマスターだぞ。そんな大物相手に公開処刑できるやつなんかいねえよ。やれるとしたら王様ぐらいなもんだろ?」


「ホントだって! やってるのは身なりのいい冒険者なんだよ! 召使いとか控えてたから大物だぞ」


「嘘だったら今晩の酒はお前の奢りだからな?」


「嘘じゃなかったら逆にお前が奢れよ?」


 そんなやり取りをしたあと、客は野次馬としてギルドへと向かって行くのだった。


「……なぁ……ケン。お前、実は王族か?」


「藪から棒になんですか」


「これも確実にケン絡みだろ? さっき闇ギルドが潰された話を聞いたと思ったら、今度はギルドマスターだぞ? さっきのやつが言った通り、ギルドマスターに手を出せるやつなんか王族しかいないだろ?」


「俺は王族じゃないですよ。もしそうなら捜索隊が捜しているでしょ?」


「それもそうか。今まで検問で止められたことないしな」


「ねぇ、ケン君。それよりも見に行こうよ」


「どうでもいいんですけど」


「私は見たいよ。ケン君に暴言吐いたんだから、ざまぁみろってしたいもん」


「私もしたい」


「はぁぁ……」


 ケンは心底どうでもよかったのでため息しか出ないが、2人の野次馬根性にガルフが乗ってきた。


「よし! 面白そうだから皆で見に行くぞ! ギルドマスターの公開処刑なんて2度と見れないだろうしな」


「そうだね。良くない噂が立つくらいなんだから、きっと天罰が下ったんだよ」


 それからの流れで皆が見に行くことを主張し、ケンは渋々承諾するのだった。

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