第117話 恋はいつでもハリケーン③

 食堂に着くと、予想通り男たちでくつろいでいた。どうやらケン君の過去を予想しているらしい。


 私にとってはケン君そのものが好きだから、過去なんかどうでもよかった。ニーナも同意見のようだ。


 みんな揃ったところでギルドへと向かった。常駐クエのバカ牛を、今日は4体しか討伐してなかったから、ケン君が気を遣ってきた。


 子供なんだから、少しくらいワガママになってもいいのに、大人よりも物わかりが良すぎる。みんなで5等分にしようと言っても、中々納得してくれない。


 それどころか私と同室で宿代を払ってないからと、資金的に余裕があることを理由に拒んでくる。こんなところで、同室になったデメリットが出るとは思わなかった。


 結局私たちが折れることになったが、素材の買取報酬はちゃんと5等分して受け取ってくれた。


 ガルフが言うには報酬が心もとないらしい。それは酒ばっかり飲むからだろう。自業自得だ。


 ロイドも今日の報酬で計算したみたいで、1人あたりの取り分がトントンらしい。そもそも今日はガッツリ狩りをしてないんだから、少ないのは当たり前よ。


「すみません。自分が入ったばかりに」


 ほら、この中で1番気を使う子が気にし始めちゃったじゃない! どうしてくれんのよ! ケン君がいる前でパーティーの取り分とか言い出すからよ。


 そんなところで気が利かないから、ロイドはモテないのよ。ガルフもロイドも今さらフォローしたって遅いわよ!


 そうね、バカ牛のステーキでも食べて気分を変えましょう。バカ牛だけにバカみたいに肉は美味いからケン君もきっと喜ぶはず。


 夕食を楽しく終えて部屋に戻ると、ケン君の様子が少しおかしい。もしかして報酬の件でまだ悩んでるのかな? みんなの前では気を張っていつも通りに振舞ってたのかな?


 部屋に戻って気を張らなくなったのなら、一緒にいる私としては嬉しいけど、元気がないのはちょっと不安だな。いつもならケン君を揶揄いながら着替えるんだけど、今は自重しよう。


 私は部屋着に着替えたあとベッドへと腰かける。


「ケン君、ここに座って」


 自分の隣をポンポン叩くとそこに座ってくれた。やっぱりいつもとどこか違う。優しく頭を引き寄せて、胸へと抱き寄せる。


「ちょっ……」


「しっ、黙って……」


 ケン君には悪いが、今回ばかりは強気にいかせてもらった。


「ね、聞こえる?」


「何がですか?」


「私の心臓の音」


 これは私が小さい頃に、母がよくしてくれたことだった。辛いことや悲しいことがあると、こうしてくれたものだ。


 心臓の音を聞いていたら、不思議と落ち着いてきて、心が安らかになったのを覚えている。


「聞こえます」


「そのまま聞いててね。ケン君は自分のせいで、皆の報酬が減っているのをまだ気にしているでしょ?」


「……はい」


 やっぱりそうだったのね。ケン君は優しいものね。


「ケン君は真面目だから、気にするなって言われても、自分のせいでって気にしちゃうわよね? でもね、私たちは本当に気にするなって思ってるのよ」


「何故ですか?」


「それはね、みんなケン君のことが好きだからよ」


「そうなんですか?」


 ケン君は、いつもどこか他人行儀なところがあった。最初は人見知りで、慣れてないだけかなとも思っていたけど、数日間過ごしていくうちに、どこか他人事のように他人からの好意を受け答えする時があった。


「やっぱりね」


「……?」


「ケン君はどこかチグハグなのよ」


「チグハグ?」


 やっぱり自分じゃ気づいてないみたいだ。無意識に行っているのだとしたら深刻かもしれない。


「私たちの事は信頼してくれてるでしょ?」


「それはもちろん」


 そうだよね。ケン君の考え方だと、そこは即答するよね。


「私たちもケン君のことは信頼しているわ。信頼していなかったら戦闘に参加させられないもの。魔物との命のやり取りでもあるし、みんな自分の命は大事だからね。死にたくないもの」


「はぁ」


「それでね、私が気付いたのはね、ケン君は他人からの好意を、どこか拒絶しているところがあるの。もしくは無意識に恐れているか」


「そうなんですか?」


 やっぱり他人事のように答えるわね。


「厚意とかならケン君も受け取るから、私たちと信頼関係は結べたりもするけど、それが好意になると、いきなり受け取らなくなるから、早い話がいい人止まりになるのよ」


「いい人止まり?」


「そう。例えるなら、好みの女性がケン君を助けてくれたら、無条件にいい人だと思うでしょ?」


「はい」


 あ、即答しちゃうんだ。自分で言っておいてなんだけど、なんか私としては複雑だわ。


「そこから友達関係とかになったとしても、その人のことはいい人だと思うけど、きっと好きになることはないし、相手から好きだと言われても、どこか違う感じに受け取ってしまうのよ」


 何か悩み出したわね。まだ自分自身のことを、理解しづらいのかしら?


「色々と混乱してきました」


「ごめんね。押し付けがましい言い方だけど、ちゃんとケン君のことを考えて言っているから」


「はい」


「それでね、私が感じたのは、ケン君の中で人の愛を受け入れられない、信じられない、そんな出来事があったんじゃないかと思ったの。だから相手を好きになることや、親密になることを避けているんだと思う。本当の意味での、相手を信じることができないから」


 そう、ずっと心に引っかかってた、ケン君のチグハグな態度。


「でも皆さんのことは信じていますよ」


「本当にそう?」


「そうですよ。でなきゃ、所持スキルのこととか言わないですよ」


 やっぱりそう答えてしまうのね。ケン君にとっては、それが日常で当たり前になってしまっているのね。


 ケン君に嫌われてしまわないかちょっと怖いけど、踏み込んで行かないと、きっとこの子はこのままだと思う。どうか私の事を嫌わないでね?


「……それなら、私たちの誰かに心の内を明かした? 全てとは言わずとも、ほんの少しだけでも打ち明けた?」


「……」


「ね? 浅い関係しか築いてなかったでしょ?」


「……でも、知り合って間もないし……」


「そうね。それなら、今までにそういう人はいた? 何でも話し合えたり、少しだけでも話し合えたりする、そういう人が……」


「……」


 あぁ、ケン君の沈黙が辛い。踏み込みすぎたかな? 嫌われたかな?


 色々と考えてるんだよね? 記憶がないって言ってたし辛いよね? もしかしたら、わからないかもしれないのに、必死に考えてくれてるんだよね?


 どのくらいそうしていただろうか? ケン君が考えてる時も、何も言わずに黙って優しく抱いていた。そんな静寂の中で、止まっていた時間が動きだす。


「くっ……痛みが……」


 えっ!? いきなりどうしたの? 頭を押さえているけどそこが痛いの?


「ケン君!? 万物を照らす光よ 彼の者に癒しを《リリースペイン》」


 ケン君の体を優しい光が包み込む。いきなりの事で動揺してしまったけど、ちゃんと魔法が使えて良かった。


「ケン君、大丈夫!? 痛みは治まった!?」


「まだ少し痛みますが問題ないです」


「一体何があったの?」


「最初は話し合えるような人がいたのか、思い出していたんです」


「それで?」


 私は急かせるような真似はせず、ゆっくりでもいいからちゃんと話してもらえるように語りかけた。


「いませんでした。ただの1人も……」


「そう。いなかったんだ……」


 ケン君の過去に一体何があったのか私は知らない。ケン君は過去を語ったりしないから。それでも、気の許せる相手が、1人もいない世界なんて悲しすぎるよ。


「そうしたら世界の全てが色褪せて、何の為に生きていたのかわからなくなりました」


 そうだよね……そんな世界に、生きる意味なんて見いだせないよね。


「わからないんです。原因も、理由も、何もかもが。思い出そうとしても穴が空いているんです。でもそれは、何となく予想はつくんです。きっとこの体の、記憶を失う前の思い出なんだろうと。この世界で生きてきた記憶なんじゃないかって。その時に頭痛がし始めたんです」


「……」


 やっぱり記憶がない事が原因なのかな? 元々生きてきた部分がなくなったから、おかしくなっちゃったのかな?


「でも、わからなかったのはそれだけじゃなかったんです。上手く表現できないんですが、もっと奥の方に思い出してはいけないような、虚無に包まれた闇があったんです。おかしいですよね? さっきはぽっかり空いた穴だったのに、今度は穴ですらない。俺が思い出そうとしたら体が拒絶しているみたいなんですよ。体の持ち主は俺のはずなのに……結果、その時に激しい頭痛に襲われたんです」


 えっ、どういうこと? もしかしてケン君は2回記憶を失っているってことなの!? その内の1度目は、思い出してはいけないほどの拒否反応を、体が出しているってこと?


「ティナさんが言っていた通りですね。上辺だけの付き合いしかしてなくて、親密な関係の人なんていない。そのままでも問題ないし、特に必要と感じることもない、その事に悩み揺れ動く心すらない……人間の皮を被った魔物なんですよ、俺は」


 どうして……どうしてそんな悲しいことを言うの? そこまで君の心は壊れてしまっているの? 一体誰がケン君の心をここまで壊したの? もしかして1度目の記憶がない部分に関係しているの?


 悲しい……悲しいよ! なんでケン君がこんな目に合わなきゃいけないの! 人のことを気遣えるとっても優しい男の子ってだけなのに。それなのに、それなのに!


「……ない……そんなことないっ!」


 気づいたら私は、涙を流しながら声を上げていた。


「何故泣いているんです?」


 私が何故泣いてるのかもわからないくらいに、心が壊れてるの?


「悲しいこと言わないでよ……ケン君は魔物なんかじゃない、ちゃんと人の心を持った人間よ……」


「そうなんですか? 今回考えさせられたことにより、記憶とは別でティナさんが言っていた通り、どうにも人として欠陥している部分があることがわかったんですが、それでも人と言えるんでしょうか?」


 自分のことなのに、そうやってまた他人事のように話すのね。そうやって生き続けてきたのね。


「言えるわよ! みんなで過ごした時には、楽しければ笑ってたじゃない! 私が抱きついたら焦ってたじゃない! ケン君はちゃんと人として生きてるんだよ!」


 そうよ、ちゃんと笑ってくれたし、私のスキンシップに慌てふためいてくれた。おっぱいが好きでチラチラと、私の胸も見てることもあった。


 ケン君は壊れていても、心のかたちは失ってないし、魔物じゃなくてちゃんと人のかたちを保っているんだよ。


「泣かないでくださいよ。綺麗な顔が台無しですよ?」


「泣かせたのは……ケン君じゃない……」


 こんな時でも綺麗って言ってくれるのね。


「それで、ティナさんからの話はもう終わりですか?」


「終わりじゃないよ……」


「まだ他にも話があるんですか?」


 そう、ここからが本番! このままだと、今のままのケン君で終わってしまう。それではダメだ。私がケン君を変えてみせる。生きる意味を思い出してもらう。


「ケン君の心が壊れるくらいの、何かがあったのはわかったわ。だから、これからは1歩進んで、少しずつ人を受け入れて欲しいの。1歩が無理なら半歩でもいい。それでも無理ならつま先を動かすだけでもいいの。少しずつでいいから歩み寄って欲しいの」


「自己分析が終わった現状、無理な気がするんですが。そういう気が起こらないというか、必要と感じていないのが表面化してしまったので」


 やっぱりそうなるのね。今までの繰り返しをしていくのね。


「そんな事ない! ケン君は今はその考えしかできなくても、いつかきっと人を好きになることができる。私はそう信じてる!」


「わかりました。ちょっと頑張ってみることにします。それに、ティナさんはどこか気になる存在ですから」


 よかった……ケン君が少しだけ前へ進んでくれた。ケン君にとって新しい変化が今始まったんだ。


 それよりも、“気になる存在”って! もうそれ、告白してるのと同じじゃない! よかった……ケン君に認めてもらえた!

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