第89話 迷惑をかけた代償?
アインによる拙い援護射撃に合わせながらも、ケビンとの剣戟を繰り返しているサラに、アインから報告が上がった。
「母さん、そろそろ魔力切れを起こすから、次の1回が最後になるよ」
「早いわね。もうちょっと頑張れないの?」
「もう使う魔力が残ってないから無理だよ」
「貴方もカインとは別の教育的指導が必要ね。鍛錬が足りないわ」
「えっ? 教育的指導……?」
アインの額から冷や汗が落ちる。サラから最後通告を言い渡され、どうやって回避するか、思考のほとんどを使って考えだす。
そんな時、肩にポンッと手を置かれ振り返ると、首を横に振り全てを諦めたようなカインの表情が見えた。
言葉はなくともこう言われた気がした。「諦めろ……」と……
反対側を振り返りシーラに助けを求めるが、サッと目線を逸らされてしまった。
周りに味方がいない状態になり、『ギギギッ』と動きの悪い機械の効果音がつきそうな感じで、サラの方へと視線を戻すとニッコリと笑っている。
『……終わっ……た……』
アインが無我の境地へと至った時、事態は動き出した。今まで拮抗していた戦いが僅かにケビンに傾いたのだ。
今まで単発の魔法で応戦していたケビンだったが、ここにきて新たに同時詠唱を成立させていた。
それにより、1種類の魔法に対応していれば良かったものが、2種類の魔法に対応せねばならず、手数が増した相手の猛攻を、紙一重で躱していくが、反撃の糸口が見えずに手をこまねいていた。
「お兄ちゃんたちはダメダメなのに、ケビンはどんどん成長しちゃうのね。偉いわよ、ケビン。2人にも見習って欲しいわね」
こちらをチラ見するサラに、苦笑いでしか対応出来ない、情けないお兄ちゃんが2人……
2人にとってはもう笑うしかない。この後、無事に解決できたとしてもサラ主導の元、《教育的指導》が待っているのだ。
そんな中、アインがなけなしの魔力で最後の魔法を放つ。それに合わせてサラが剣閃を飛ばす。
だが、ケビンには今一歩及ばなかった。アインの魔法はケビンの魔法で迎撃され、飛んできた剣閃は難なく躱し、カウンターでサラに肉薄する。
やっぱりダメだったと兄たちが落胆する中、シーラだけはこの時を待っていた。
「《
ケビンに油断はなかったのだが、戦線離脱した者にまで意識を回してはいなかった。
アインの場合は、攻撃してきたので意識の隅に置いて対応していただけだった。
カインやシーラに関しては、全くもって意識してなかった。それが今回仇となった。
ケビンの足元は凍りつき、動きを封じられた形となった。これが兄や姉が相手であったなら全く支障にならないのだが、目の前にいるのは引退した元A級冒険者と言っても、その中で伝説となった存在だ。
この僅かな隙をサラがみすみす見逃すはずもなく、すぐに攻勢に移るかと思われたその時、思いもよらぬ行動に出た。
サラはこともあろうか、武器を収めてケビンを抱きしめたのだった。あまりの光景に子供たちは呆気に取られ、戦いの行く末を見守るしか出来なかったが、相手はあのケビンである。すぐさま長男が再起動し、言葉を発する。
「母さん! 何やってんだ! ケビンに殺されるぞ!」
そんな息子の心配を他所に、サラは穏やかに答える。
「もし、ケビンが私を殺そうとするなら、もう既に殺されているわ。貴方は気づかなかったの? 感情を捨てながらも、心の何処かでケビンが手加減していたのを」
「そんな馬鹿な……」
「ケビンが本気で殺そうとしていたら、私は間に合わず貴方たちは死んでいたのよ? 戦っていて不思議に思わなかったの? 私と渡り合えるような子が貴方たちを倒すのに然程時間を必要としないのを」
そう言われて3人は考え込み初めて気づく。戦いが始まって今までケビンは初級魔法しか撃ってこなかったことを。
教室の壁を爆破した時のような、謎の魔法を使ってこなかったことを。カインと斬り結んだ時だって、サラの時のような鋭さがなかったことを。
「そんな……まさか……」
「だから最初に言ったでしょ? ヤンチャしちゃダメだって」
「母さんは最初から気付いて……?」
「当たり前でしょ? 貴方たち、私と本気の殺し合いをして、長い時間立っていられると思ってるの?」
具体例を出されてしまい3人は改めて実感した。自分たちはケビンと長い時間戦っていたことに。
途中から楽しくなって本気で挑んでいたことに。周りを見てもそのことを悠々と物語っていた。魔法の乱発で地面がボコボコになっているのだ。
「だけどケビンは、兄さんが気絶していた時に、斬り殺そうとしていたぞ」
アインとしては、気を失っていた時の出来事であったので、他人事のように『そんな事があったの?』ぐらいにしか考えていなかったが、シーラは意識が朦朧としていながらも、その場面は見ていたので覚えていた。
「あれのこと? あれは足を斬ろうとしていただけよ。足を怪我していれば、走って追いかけられないでしょ? 貴方が回復魔法を使えるのは知っているんだし、回復に時間が掛かるように仕向けようとしたのよ。3人揃ってないと追いかけようとはしないでしょ?」
「確かに……1人でケビンの相手をしようとは思わないし、傷ついた2人を放っておいて、先に行こうとも思わない」
「ところで母様、ケビンがさっきから暴れているのですが、よろしいのですか?」
当のケビンはというと、抱きしめられた時からサラの見事な双丘に顔を包まれていて、今現在は暴れている最中であった。
「ケビンったら、まだまだ元気ね」
優しく語りかけるサラの表情は、いつもの様に最愛の息子を慈しむ母親の顔であった。
「母様? 何か唸ってるように聞こえるのですけど?」
「そう? みんなの前だから恥ずかしいのかしら? でも、離して先程みたいに暴れられても困るから、暫くは落ち着くまで抱いているわ」
先程の暴れっぷりを3人は知っているので、そうなっては困ると思いそのまま放置する事にしたのだが、シーラだけは何故か苦しんでいるように見えていた。
「とりあえずは解決って事でいいかな? 学院の中は散々な有様だけど」
「そうだよな。ほとんどの生徒はぶっ倒れてるぜ。教職でも無事な人はいないようだし」
「そうね。街中も大変な有様だったわよ。たまたま別宅にいたから駆けつけられたけど、本宅だったら知らないまま、王都は大惨事になってたわね」
「ケビンは何処へ行こうとしてたのかしら?」
「今となっては、わからないよ。何処かに行く前に止めに入ったから」
「多分、家に帰ろうとしたのよ」
「えっ? 何で?」
「家にはケビンに害なす人はいないでしょ? 私と使用人しかいないんだし」
「ケビン……私のこと嫌いになっちゃったかな?」
「シーラ……貴方がケビンに何かしたの?」
突如、サラの威圧が放たれた。
「――っ!」
「か、母さん落ち着いて! シーラは悪くない! 今回は運悪く状況が重なってそうなったんだ!」
アインの必死な弁明で、とりあえず威圧を解いたサラが、シーラに問い質す。
「シーラ、何があったのか説明しなさい。嘘は許しませんよ」
いつものホンワカとした態度から一変、凛とした険しい表情に切り替わっていて口調もそれに伴い変化した。
「実は今日、ケビンのクラスで闘技大会のメンバー決めがあってたみたいで――」
シーラは、兄たちにしたような簡単なあらましを話し、アインやカインも静かにそれを聞いていた。
「そういうことね。ターニャちゃんの早とちりも、今回ばかりは裏目に出たわね。」
「早とちりですか?」
事態の全貌を聞いたことにより、シーラ自体が引き金になったわけではなかったので、いつもの雰囲気に戻ったサラが説明を始める。
「ケビンは『嫌われますよ?』と言ったのでしょ?」
「はい、そうです」
「それならケビンはターニャちゃんの為を思って、そういう事をしていたらいつか嫌われてしまうと教えたのよ。ケビンはターニャちゃんの事を『嫌いだ』って言ってないのだから、ただの早とちりね。寧ろ感謝しなくちゃ。人の事を自覚がないにしろ、ペラペラと喋って回る人なんて嫌われて当然なのよ? そうならないように注意したんだから。ケビンの優しさに感謝こそすれ、泣いた挙句、周りから責められるのは間違っているわ。そりゃケビンも幻滅するわよ」
サラからの説明で、漸く自分たちがあの場で行った行為が、ケビンを悩ませ追い詰めていたのだと自覚した。
もし自分が同じ立場だったら、ケビンのように幻滅して、周りがどうでもよくなるだろう。
「まぁ、僕たちも駆けつけた時には、話を聞いて腹を立てたんだけど、女子ってそういうところがあるよね。僕は諦めているから、ケビンみたいに全てがどうでもよくなる事にはならないけど。ケビンはまだ小さいからね。今回の事で学院を辞めなきゃいいけど」
「俺はケビンが辞めるって言っても反対しないぞ。そこまでの事を、クラスの連中にされたんだ。あと、シーラ! お前は後でケビンの前で説教だ! 要因が重なったとはいえ、お前もその中の一部なんだからな」
「わかってるわよ。ケビンが元に戻ったらちゃんと謝るわ」
「じゃ、話も纏まったところで帰りましょうか。腰を落ち着けてから、詳しく話を窺うとするわ。ケビンも漸く落ち着いて大人しくなったし」
3人が視線を向けた先のケビンは、暴れていた事が嘘かのように脱力していた。
いや、寧ろ脱力するにしても手足が垂れ下がっていた。サラが抱いているおかげで地面に倒れていないが、どう見ても無事であるような気がしない。
「「母さん?」」「母様?」
「ん? 何かしら?」
「「「ケビンが動いてない!」」」
そう、ケビンは脱力しているのではなく、真実動いてないのだ。慌てて駆け寄る3人がケビンを見ると、顔面が蒼白していた。
「母さん! ケビンの意識がないよ!」
「兄さん、回復魔法!」
「あ、ああ! 任せろ!」
「あらあらあら、困ったわねぇ……」
『『『あんたがやったんだろうが(でしょ)!』』』
この時ばかりは、3人のツッコミも息ぴったりだったのだが、サラが怖くて声に出していないのは、それぞれの秘密だった。
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