第七十一話 女に嘘を、男には真実を
重なっていた荒い息のうちの一つが整ったものになると、その
「ハァ……うっ」
「ぐえっ!」
その主がベッドに突っ伏したことにより、
「折角の雰囲気をぶち壊すなよ、レダ……」
「ハァ……レン様が急にのし掛かるから……いけないんですよ」
片肘を立てて上半身を起こすと、レンは重なっていた体を浮かせ、レダの横にごろん、と仰向けに倒れた。
「全く、ボスに叱られたからって、私で発散するの、いい加減止めてくれません?」
横になった体勢のまま、レダは長いスカイグリーンの髪を緩く横結びにすると、仰向けのレンの体に覆い被さった。
「嫌なのか?」
「嫌とは言ってません」
「ならいいじゃねえか」
レダの頭を一撫でし、レンは身を起こす。それにつられて起き上がったレダは、乱れた彼の長い髪を指で
「ねえ、レン様。妹に殺されたかったって、どういう意味だったんです?」
そう言ってレダは、レンの背中にぴったりと自分の上半身をくっつけた。
レダの言う
「あの時確かに言いましたよね? 妹に──
体を更に押し付け、レダは長い指をつつ、とレンの腹から下に這わせる。彼の肩に顎を乗せると、彼女は優しく耳に噛みついた。
抵抗するようにレンは小さく声を漏らすと、レダの手を振りほどき、彼女をベッドに押し倒した。
「知らねえ」
「何で嘘を吐くんですか?」
「……お前がそれを知って、どうするってんだよ」
「そんなに怖い顔しないで下さいよ」
「質問に答えろよ」
ぐい、とレダの頭を力任せに掴むと、レンは緩く結んであったレダの髪を乱暴に鷲掴みにする──そして。
「う"ぅ……苦しいんでずげど」
「首を絞めてるからな」
「で……す……ね、はい、答えますよ」
レダの白く細い首から手を離したレンは、彼女に跨がったまま、その答えを待つ。
「ハァ……内容によっては、ボスに報告しないといけないからですよ。レン様、私はあなた様直属の兵ですけど……忠誠を誓っているのは、あくまでも創造主たるあの方なんですよ」
「わかってるさ」
「だったら素直に──って、ちょ────また、そうやっ──て、ん────ごまっ────かす──んっですか」
「誤魔化されるのが嫌なら、逃げるさ」
レダの体を突き放し、徐にレンは立ち上がった。彼女に背を向けたまま、椅子に掛けてあった服をさっと身に付けると、足早に部屋から出て行こうとする。
「ちょっと、レン様!」
空しく宙を舞うレダの声を気に留めることもせず、レンは激しく扉を閉める。
淡い色に包まれた、広く簡素な部屋に、レダはいつものように取り残されたのだった。
*
「違う違うー! そーじゃないって」
古びた洋館のような屋敷の、暗く幅広な廊下をレンがずんずん歩いて行くと、角を曲がった更に遠くから、セノンの声が聞こえてきた。
「だーかーらー、違うよルーク!」
どうやらセノンは、ルークと話をしているようだった。「少しアジトを離れる」と言って飛び出して行ったルークは、いつの間に帰還したのだろう──レンがそんなことを考えていると、廊下の壁一面に連なっている大窓の外側からも、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「ちょっとお~! カリスト! 顔は狙わないでって言ってるでしょ~」
「もー、ダフニスはいちいちうるさいなあ、ねえ、テーベ!」
「そうだよ、ダフニスうるさいよっ」
つるつるとした剥き出しの岩肌のような足場で、六人の人間──否、五人の改造型アグリーと、一人の人間が、何やら刀を手にし騒ぎ立てていた。
「ん、ありゃあエウロパと……クロウか……それに、ナルビーか?」
レンのいるこの洋館は、暗い洞窟の中に建てられている。洞窟の中には灯りは殆どない上、彼等とレンの距離は離れているので、目を凝らさなければ、声を出していない残りの人物が誰なのか判別することが出来ないのだ。
「テーベはともかくとして……うわ、ダフニスの奴、殺されて創り直されたくせに外見も性格もそのままなのかよ……」
改造型アグリーは、人でいう心臓と脳の内部に、二つの
それを成すのが、彼等の言うところのボスなのである。
「エウロパは……性格が変わったのか? クロウにべったりじゃねえか」
レンが目を凝らして窓の外を見ると、クロウの腕に自分の腕を絡め、頬を寄せニコニコと嬉しそうに微笑むエウロパの姿が見えた。
「あいつ性格変わりすぎだろ……ナルビーは……あいつも性格が変わってるっぽいな」
何やら叫びながら両手で拳を作り、それを上げたり下げたりしながら同時に、屈伸運動をしているナルビーは、どう見ても熱血漢そのものだった。
「あいつも変わりすぎだろ……カリストがああならなくてよかったぜ」
廊下の角を曲がり、さらに突き当たりを左に曲がるレン。
──と。
「だからあ、変なアレンジしなくていいから、そのまま歌えばいいじゃん?」
「それでは独創性がないだろう?」
「独創性とか知らねーからさ」
セノンとルークが、何やら言い争っていた。
「お、レンさん良いところにー」
明るい茶髪頭を軽く振り、真っ黒な瞳をレンに向けながらセノンは言った。
「おお、レンか良いところに」
長い黒髪を揺らし、
「面倒事に巻き込むんじゃねえよ」
「失礼だなー、面倒じゃないって」
セノンは暑苦しいファーの着いた短い丈の上着、それにロングパンツを身に付けている。一方のルークは、それとは対照的にノースリーブのトップスに、若干足首の出るパンツスタイルだ。
「お前らの服装、あべこべ過ぎてわけがわからん」
腕を組んでレンは唸った。そんなレンはというと、ラフなシャツに細身のパンツ姿で、どちらかというと、ルークの服装に近いものだ。
「だってさー、この世界寒すぎるよ。特にこの洞窟なんて、寒さ半端ねえって、マジで死ぬ」
「ハンパネエッテマジデシヌ?」
「あー、気にしなくていいわ」
顔の前でぶんぶんと手を振った後、セノンは両手で二の腕を擦った。
「いつも思うけどルークさん、寒くねえの?」
「寒いのが好きだから、大丈夫だ」
「そういう問題?」
「つーかお前ら、こんな所でぎゃーぎゃー騒いでる場合かよ。セノン、お前、ボスの所に顔は出したのか?」
「レンさんこそ、女とや────あ、はい、すいません」
セノンが言いかけると、ニヤリと嫌な笑みを浮かべたレンが、拳を握りしめていた。
「殴られるのは勘弁なんだけど」
「そういうことばかり言おうとするお前が悪い」
「年頃なんだから、仕方ないんですよー」
年頃、と言って頭を掻いたセノンの顔立ちは、その場にいる二人に比べると、やや幼さが残っている。十代の半ば──といったところだろうか。
「じゃあ俺はこれで! ボスの所に行ってくるから」
無垢な笑顔を振りまくと、セノンはくるりと身を翻し、駆け足でその場を後にした。赤黒い絨毯を、たったったっ、と蹴る軽い音が徐々に遠退いて行く。
「ルーク」
静寂が二人を飲み込もうとした直後、端正な横顔にレンは不意に声を掛けた。
「なんだ」
「お前は──まだ
「いきなりどうした?」
「いや──死期が近いし、はっきり聞いておきたいと思って」
「死期?」
「あー、それは深く聞くな。で、どうなんだよ」
「恨んでいるに決まっているだろう」
「だよな」
二年ほど前、レン達はライル族の里を滅ぼした。戦闘民族である彼等は、『無名』の野望──世界の終焉──を叶える為には、脅威でしかなかった。だから強すぎる彼らを、二度に分けて徹底的に滅ぼそうとした。
「お前は──お前達は、俺の大事な人を死に追いやった。こうやって話しているのも不愉快なんだ。さっさと死んでくれ」
「ひでえ言いようだな。お前もその時が来たら死ぬっていうのにな」
無名が野望を叶えれば──せかいのおわりが果たされれば──
「俺はそうなることを望んでいるからな」
そう言い捨ててルークは、この場から去ろうとする。
「俺はどうせ、今回の戦いで妹に殺される。先に地獄で待っててやるからよ」
レンに背を向けて、歩き出していたルークの足がぴたりと止まる。
「どういう意味だ」
「そのままさ」
訝しげに、ルークはレンを見据える。
「あいつは俺が憎くて憎くて仕方がないからな。あれこれ手を回して、そうなるように仕向けたんだ──最後くらい、俺は」
「レン、それ以上は言うな」
背を向けたまま、ルークはレンを制した。
「どこで誰が聞いているかも分からないのに、そういうことを軽々しく口にするな」
「ご忠告どうも」
「俺は行くぞ」
「ああ、時間取らせて悪かったな」
廊下を控え目に照らす、蕾形の間接照明に髪を照らされながら、ルークの影はレンから遠ざかって行く。
「別にいいんだ、俺は。役目を済ませて、さっさとアンナに殺されたい」
小声で呟くも、その告白に反応する者は誰もいない。
窓の外で戦闘訓練を開始した六人をぼんやりと眺めながら、レンは叶うかどうかも分からぬ望みに想いを馳せた。
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