第六十六話 騎士団壊滅事件の真相
若い男子二人からすれば、気になることが多すぎた。特に好奇心の塊のネスにしてみれば、何から聞いたものかと頭の中で優先順位を着けるのに、いっぱいいっぱいになっていた。
「待て……待て待て二人とも! 寄るな寄るな寄るな! ちょっと……やあああっ!」
亡霊のような顔付きで、フラフラとアンナに詰め寄ったウェズが、唐突に彼女の両肩をがしっ、と掴んだ。彼の行動に驚いたアンナは若干引きぎみに、唇をひくひくとさせている。
「なあネス……
「は……? え、なに、知らない」
アンナの肩を掴んでおきながら、まさか自分に話を振ってこようとは。ネスにはウェズの思考が全く理解出来なかった。
「アンナさん」
「ど……どうしたのよ、ウェズ」
ウェズはアンナの肩から手を離し、すっと屈み込んで右膝を床につき、左手を胸に当てた。それはまるで、騎士のような──紳士のような、普段のウェズからは想像もつかない、美しい所作だった。
「アンナ様。御結婚並びに、御懐妊──おめでとうございます」
ワントーン程下げた、落ち着きのあるウェズの声に、ネスとアンナは驚く。
胸に手を当てて困惑した顔のアンナは、黙ってウェズを見つめている。
「おめでとう──ございます」
新たな声の主はエディンだった。彼もまたウェズと同様に膝をつき、
「……ありがとう二人とも」
完全に場の空気に飲まれてしまったネスは、どうしたものかと狼狽した。やっとのことでアンナの視線を捉えると、彼女の手を取りゆっくりと微笑んだ。
「おめでとう、アンナ」
「……ありがとう、ネス」
「色々聞きたい」
「待って、その前に」
アンナはネスから手を離すと、「もういいわよ」と言って二人の紳士を立ち上がらせた。
「一体何だったの、
「今のって?」
「ウェズとエディンの行動だよ」
「ああ……あれね」
あからさまに面倒臭そうな声でアンナは言う。そして案の定、「面倒だな……ウェズ、説明してやって」と、ウェズに丸投げしたのだった。
「俺とエディンがファイアランス軍にいたことは知ってるんだっけか?」
「ああ。エディンから聞いたよ」
ある日の晩。エディンがレイシャのことを語ったあの夜、エディンはそんなことを言っていた。彼はアンナとレイシャの姿を重ねて見ていた──とも言っていた。
「俺はまだガキだったから、軍には入隊せずに見習いをしていたんだけどよ。王家の方々の事は勿論『様』をつけて呼んでいたし、敬語だったから、アンナ様って言ったんだ」
「お……おぅ」
(ウェズはともかく、エディンがアンナに対して敬語? 想像もつかないな……)
「んで、祝い事があるとさ、ああいう風に膝をついて祝辞を述べてたんだよ。懐かしいな……アンナさん、俺が昔『いつかアンナ様が御結婚したら、こうやって祝辞を述べますからね!』って言ったの覚えてます?」
絶対覚えてないだろ、とネスはアンナを見た。こういうことに彼女が疎いというのは、なんとなくネスには分かっていた。
「あんた、あたしが覚えてないって言うと思ったでしょ」
アンナにも、ネスがそう考えるだろうということは、なんとなく分かっていた。
「べ……別に」
「ふん、まあいいけど。ちゃんと覚えていたわよ、ウェズ」
アンナの答に、ウェズは喜んで顔を綻ばせた。
「というかさ、よく王族に対して敬語から、今の言葉遣いに移行できたよな、特にエディン」
「なんで俺だよ」
「いや、だってさっきアンナを殴ろうとしてなかったっけ?」
「うう……」
ネスの追い詰めるような口調に、エディンは言葉を返せない。
「あれは……悪かったよ」
「別に気にしてないわよ。あんたが態度を変えるのに苦労したのは分かっているから、あのくらいしてくれた方が、あたしとしては嬉しい」
「そうか」
三人の間に何があったのか──気になって仕方のないネスは、じいっとした目付きでアンナを見た。彼女は「はいはい、分かったわよ」と言いソファに深く腰掛けた。
「こいつらが軍から抜けて海賊になるって言った時にね──もう主従関係はなくなるんだから、普通に接しろって言ったのよ。勿論無理だって言われたけどね。エディンには、騎士団壊滅事件の時から『敬語は使わなくていい』って言っていたのに、こいつもなかなか
「騎士団壊滅事件……」
「そ。それはあとで話してあげるけど──最終的に『この船の支払いをしたのはあたしなんだけど、いいの?』って脅したような記憶があるわね」
「脅したのかよ!」
「ああ、流石にあれは堪えたな」
そう言ってエディンは苦笑した。
「あのまま軍に残っていたら──エディンなら王族の臣下にまで出世していたでしょうね」
目を細めながらアンナは言う。その瞳は遠くに向けられ、視線は何も捉えていなかった。
「軍で活躍すると、そんなに出世出来るんだ?」
「ええ……フォードも軍上がりだったしね」
と、ネスはアンナの顔に影が差していることに気が付く。フォード──ファイアランスの内乱時、アンナの兄レンによって殺された、彼女の臣下だ。
(このままでは、いけない──またあの時のような──彼女が苦しむ姿は見たくない)
「ていうかこの船の支払いってアンナがしたのか?」
ネスが唐突に話を逸らすと、その意図に気が付いたアンナは、彼の頭をポンポンと、優しく叩いた。ありがとう、と感謝の意味を込めて。
「そうね、全額出したわ……っと」
こめかみを押さえ、俯きかけたアンナの背に、駆け寄ったウェズがそっと手を添えた。
「大丈夫かよ、アンナさん」
「ああ……ごめん、ちょっと」
「大丈夫か、アンナ」
少し顔の青いアンナに、ネスも体を寄せた。
「大丈夫……頭痛がしただけ」
「横になったら?」
「そうね、そうするわ……」
ネスは
「じゃあ話の続きはよろしく、エディン」
「……俺かよ」
ヒラヒラと揺れるアンナの手を目の端で捉えると、エディンは少々気だるそうに話し始めた。
「船の話から始めると、ごちゃごちゃとわけが分からなくなるから、騎士団壊滅事件の真相から話す」
「騎士団壊滅事件が、最終的にそこに繋がるのか?」
ネスは首を傾げながらエディンに問うた。
「ああ、そうだ──簡単に言えばだが、騎士団壊滅事件の原因はウェズだ」
「え!?」
ネスは首を振ってウェズを見た。彼は面食らって「はは……」と頬を掻いた。
「ファイアランス王国とその周辺諸国一体は、第四騎士団長、デニア・デュランタの管轄区なんだ。どういう理由か今になっては分からないが、あの時
デニア・デュランタ──アンナと仲の良い、優しげな顔の騎士団長だ。
「そのうろついていた奴のうち三人が、ウェズに目をつけた。六歳そこそこのガキが、あの名高いファイアランス軍の軍服を着ていたことが気に食わなかったんだとよ。それで奴等は、ウェズに激しい暴行を加えた」
「あれは本当に死ぬかと思ったぜ」
軽い調子で言いながら、ウェズはソファに座った。今となっては何とも思っていないのだろう、ウェズは顔色を変えることもなかった。
「あれは半殺しに近かったよな、なぁエディン」
「そうだな。お前を見つけて駆け寄った俺にも暴行を加えた奴等は、騒ぎを聞いて駆けつけたシナブル様──シナブルさんに取り押さえられた」
「シナブルが……」
アンナ直属の臣下、シナブル・グランヴィ。美しい髪の、目付きの悪い男をネスは思い出す。これからファイアランスに向かうのであれば、ひょっとしたら再会出来るかもしれない。
「そうだ。しかしそれをアンナとエリックが目撃した。事情を聞いたアンナは、そりゃあ怒った……怒ったな、物凄く。そして、その三人の首をその場で
「おいおいおいおい……」
「野次馬の国民からは、アンナの行動を称賛して、拍手が飛び交っていたな」
ソファで横になるアンナをちらりと見ると、ネスに向かって、ぐっ、と得意気に親指を立てていた。
(違うと思う……誇ることじゃねえよ……)
「ウェズは……
指を下ろしてアンナが呟いた。その事実を知らなかったのか、エディンとウェズも驚いて顔を見合わせている。
「そうだったのか」
「ええ、まあ……気にしなくていいわ。続けて」
「ああ……。それでだ、怒りの収まらないアンナは、俺とエリックを連れて、まあ途中から
「すげえな……」
感心することではないということくらい、ネスには分かっていた。しかし、全世界に二十四ある騎士団の内、三分の二の団を壊滅状態に追いやったのだ。凄いという言葉しか出てこない。
「陛下から──アンナの父から止めるよう連絡が入り、事件は収束したが、国に、軍に多大な迷惑をかけた俺達が軍に戻れるはずもなかった。アンナは自分のやったことだからと寛大な処置を求めたが、軍に戻ることは叶わなかった。まあ、殺されなかっただけマシだったけどな。結局俺達は追放される形で国を出た」
「でも何で海賊?」
エディンの言葉が一区切りしたので、ネスは頭に浮かんだ疑問を挟み込んだ。
「特に理由はないんだが……海賊ってほら、自由な感じがするだろ? 陸で騎士団と顔を会わせて嫌な思いをするくらいなら、海で自由に生きたほうがマシだと考えたんだ」
「ふうん……それでその罪滅ぼしに、アンナが船を贈ったのか」
エディンは驚き、一瞬目を見開くと「正解だ」と言い、乱暴に頭を掻いた。
「しかしなあ……それまで『アンナ様』って呼んでいたのを呼び捨てにしろ、敬語も止めろ、態度も同等にしろっていうのは、なかなかキツかったな」
「だよなあ」
「敬語も止めろって言ったくせに『なんか敬語止めると腹立つ感じがするわね』とか言うしな」
「ああ……それ、俺も言われたよ」
ネスは故郷ガミール村でのアンナとのやり取りを思い出した。確かにあれは酷かった。
と。
「誰だ!」
ソファで仰向けになっていたアンナが、勢いよく身を起こした。その叫びに呼応して、エディンとウェズが入口のドアに視線を送る。
(まさか──無名の追手か……?)
ネスはごくりと唾を飲み込み、
腰の刀を抜き、息を飲むと、エディンは勢いよくドアを開けた。ドアの外側にいる人物の首もとに刀を突きつける。
「な……レ、レスカ!」
口を僅かに開いて、わなわなと震えるレスカの姿がそこにはあった。
エディンの顔からは血の気がサッと引き、真っ青になっていた。
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