第121話 危険だけどおいしい話
美しく整えられた中庭を見渡せる窓辺で、美味しいお茶と珍しい果物、シルエラさんお手製の焼き菓子などをいただきながら、会話を楽しむ。
これで中身がスライム製の全身タイツ関連の話でなければ完璧なティータイムなのにね。
――現実は、微妙なタイツの話がまだまだ続くという……。
「そして今は工房にも通っていると」
「ええ、まあ。関わるつもりはなかったんですけど、何となく成り行きでそうなっちゃいまして……」
「あらあら、それはうっかりさんねぇ。冒険者はともかく、領主様の兵士の方々も出入りしているんでしょう?」
「……ううぅっ、そうなんです。当初はそこまで気が回らなくてですね」
なるべく人族の権力者に繋がりそうなところとは接触しないように、目立たないようにと気をつけていたつもりが、知らないうちにまたまたうっかりやらかしていた……らしい。
これだからリノ達にも、危機管理が甘いっていわれちゃうんだよね……。
実は討伐時に全身タイツを着用していた時、装備が色々なもので汚れたのでいつものように全身を聖魔法で『浄化』したんだ。
すると自然にというか自動的に、身体から出た色んな水分を吸収していたタイツも、無意識に新品同様になるまで浄化しちゃっててですね?
――使用済みのはずが、やけに綺麗なまま戻って来たと目立ってしまった。
意図してやったわけじゃないんだけど、あのタイツは使用後すぐに回収される事なってたからさ……うん。いや忘れてたわけじゃないよホントダヨ?
困ったことに、その時、生産元の工房に目をつけられちゃったみたいなんだ……やれやれだよねっ。
冒険者にとっては夢のような多機能型のスーツだってラルフさんも言ってたし、冒険者ギルドも品質向上のために協力してた訳だから……そこから特定されちゃったと言いますかっ。
ギルドが購入して無料貸し出ししてるやつだもん、その可能性があって当然なのに、間抜けにも全然気付けなかったという……。
スライム素材が少ない今はなるべく再利用するしかなく、どうすれば一番いいかの研究材料として集めてたんだから、聖魔法の『浄化』で簡単にクリーニング出来るという方法が見つかったなら、それを逃すはずはないよね。是非ともお願いしますって頼み込まれちゃった……。
他にも一人、人族の使い手がいたらしいんだけど、その人は人族らしく総魔力量がエルフに比べて少なく、全てを対応するには魔力不足らしかった。人族で聖魔法の使い手は希少なので、プライドが高いから本人は認めないだろうけどね。
そもそも『浄化』とは、本来アンデッド系を討伐するのに使うものだからって断わったみたい。
私もそろそろ忘れそうになってたけど、確かに身体や洗濯物をきれいにするのがメインじゃないから、その言い分も分かるけど。
生活魔法の『洗浄』と『乾燥』、『殺菌』を組み合わせれば、ほぼ同じ効果が得られるというのに、何故わざわざ聖魔法の使い手に頼むんだと言われたらしいよ。
まあ、確かにそっちが本来の正しいスキルの使い方だから、反論しにくいよね。
ただ、聖魔法の『浄化』に比べると、生活魔法はその工程にお金と時間が掛かり過ぎるという問題があるみたいでさ。
『洗浄』に高価な聖水を利用する必要があるし、生活魔法とはいえ、一人で完璧に三つの工程を出来る人がフリーで中々いないし。
仮にヘッドハンティング出来たとしても、又々コストが嵩み継続的な生産が難しくなり、出来れば庶民にも手の届く範囲の価格に押さえたいっていう、彼らの想いが叶わなくなる。
三つの工程を分業出来ればよかったんだけど、魔力の質が違うと何故か失敗するみたい。
地味に手入れの要求が高くて、現時点の予算で引き受けてくれる人を探しだせなかったみたいなんだ。
職人さん達が資金繰りも含め、困り切っていた現場を見て、一回だけ実験に付き合うはずが、こう……ズルズルとねっ。
「工房の人達も新しい技術に張り切っていましたし。それに彼らの中にもその、水虫に悩んでいる人がいて他人事じゃないらしくて。あんなに毎回喜ばれるとちょっと断りにくくなっちゃいました……。せめて早朝の来客がいない時間帯に、こっそり行ってやってるんですけど、ね」
私の懐事情的にも全身タイツのリサイクルは、安全な町中で、短時間で高額を稼げる仕事だから、出来れば続けたいんだけど。
危険なのは、主に権力者や商人に目をつけられる事だけで、それさえなければおいしい話だし。
「もう、ローザったら。仕方のない子ねぇ」
「す、すみません……」
「ここの領主様は良心的な方だけど、目をつけられたら厄介だわ。十分気を付けるのよ?」
「はい、シルエラさん」
「でもそうなってくると益々、身を守るためにも早めに四属性魔法を身につけて欲しいわね。今日もこれからやっていくでしょう?」
「ええ、出来ればそうさせていただきたいと思ってます」
「いいわ。じゃあ、遠慮なく鍛えるわよっ」
「よろしくお願いします!」
頑張ろう! シルエラさんに心配をかけ続けるのは心苦しいし。早く強くなって安心してもらわなきゃねっ。
「じゃあ早速だけど、店舗の方へ行きましょうか。あと覚えていないのは土属性だったわよね?」
「はい。四属性魔法の中で、それだけが唯一、取れてないので……」
エルフは魔法が得意な種族なので、四属性魔法は一通り出来るようになっておきたい。レベル1の習得なら他種族より簡単だし、早く身につくからお得だ。
「いつものように中庭を使っていいですからね。頑張って」
「ありがとうございますっ、お借りしますね」
貸本の手続きをしてくれたシルエラさんの励ましを受け、差し出された土属性魔法書を受けとる。よしっ、頑張ろう!
気合いを入れて、借りてきたばかりの魔法書を一通り読み込むと、さっそく中庭に出て練習を始める。
土魔法レベル1で 覚えられるのは『
風魔法の時と違って目に見える分、私には土魔法の方がイメージしやすく、覚えやすいかもしれない。
集中して魔力を練り、的に向かって『
土魔法はラグナードが得意な魔法なので、実際に使っているのを間近で何度も見させてもらっている。だからなのか尚更、スムーズに覚えられていっているというか……。
暫く何度か練習を重ねていると……。
おおっ、出来た!
やけにあっさりと取ることができてしまったかも?
土魔法レベル1の獲得は大して苦労しなくて、ちょっと拍子抜けしちゃった。
懐中時計を引っ張り出して見てみたところ、一時間も経っていなかったんですけどっ。これは上出来じゃないですか!? うれしい!
「あら、もうできたのね」
「はいっ。何だか想像しやすくって予想以上に上手く行きましたっ」
「おめでとう! 凄いじゃないっ。エルフとの親和性が高い属性だったとはいえ、この短時間でよく頑張ったわ!」
「ありがとうございます!」
シルエラさんから、キラキラ笑顔付きのお褒めの言葉をいただきました! ふふっ、この笑顔が見れただけでも頑張ってよかったっ。
「この調子ならレベル2も、比較的取りやすいんじゃないかしら?」
「そうだといいんですけど。風魔法の時は苦労しましたから」
「確かにね。ただ、このところ中級クラスの魔物との実戦もいくつか積んでいたでしょう? 経験値が高くなっている可能性があるからその分、パーソナルレベルが上がっているのでしょう」
「なるほど、そういったことも関係しているんですね」
つまり、今回は色んな要因が上手く組み合わさって、いい結果がすぐ出たってことなんだね。
「あ、そうだ。スキルを覚えたお祝いに、せっかくだから差し入れしてもらった白チーズ茸を食べましょうよ。これを使って一緒にお昼を作らない? 美味しいメニューを教えてあげるっ」
「うわぁ、いいですねぇ。喜んで!」
「ふふっ、じゃあ中に入りましょうか」
「はいっ」
と言うわけで、シルエラさんと初めてお料理をすることになりました。どんなのを作るんだろ? 楽しみだなぁ。
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