第95話 歓迎会 



「……で、この大量の食い物は?」


 お互いの自己紹介を簡単に済ませたところで、机の上にデデンっと鎮座している物が気になってきたらしい。


 山盛りの骨付き肉や茸と香草の大葉包み焼き、パンの実にちょっと一手間加えサンドイッチ風にしたもの、色とりどりの果物などがずらりと並んでいる。

 採ってきたものばかりで元手がゼロなのが私達らしいというか。でも『料理』スキルのおかげで味はいいし量だけはたくさんあるから!


「はいっ、親睦を深める為にご用意しました! 私達、新人でお金がないのでお店で歓迎会とか無理なんです! なので料理を持ち込んでここでやりたいって思って作ってきたんです。お酒とかはないんですけど……いいですか?」


「おう、そうゆうことか。何か悪いな、こんなに用意して貰って。で、さっきから気になってたんだがそっちのお茶セットもか?」


 若干、ソワソワしながら問いかけられた。


 端っ子に寄せてあったけど、無視できないほど甘くて魅惑的な匂いを放っているもんね、これ。

 男性は甘いものが苦手な人もいるので、一種類だけ持ってきてみたんだけど……この反応なら大丈夫そう?




 ラグナードが最初に目に留めたのは、初めての休日にリノが町で見つけてきた美味しいお菓子。


「私のお薦めで、ローザも気に入っている『ロカの店』の新作クッキーと甘茶です。よろしければ召し上がってみてください!」


「おおっ、やはり新作か! さっそくいただこうっ」


 店名を聞いた途端、耳がピンっと立って目が期待に満ちたようにキランっと輝いた。


 メインの肉料理とかよりも真っ先にクッキーに手を伸ばすと、美味しそうにバリバリと食べ始める。

 尻尾もブンブンと嬉しげに揺れ出したんですけどすごく気に入ってくださったってことでいいですか? めちゃくちゃ分かりやすいですっ。



「ラグナードさんって……甘いもの、お好きなんですね?」


「うぅっ。まあ、そうだ。ああゆう店はほら、いつも人族の若い女性で溢れているだろ? 中々敷居が高くてな、買いに行けなかったというか」


「確かに男の人一人だと入りにくいかもしれませんよね。私が行ったときも店内は女性ばかりでしたし」


「だろ? それに商品がなくなり次第閉店するから、夕方にはほぼ閉まってる。買いたくても中々買えないんだよな」


「分かりますっ、早過ぎですよね。それだけ人気があるってことでしょうし、仕方がないんですけど。それにこの新作は特に人気で、販売直後に売り切れてしまうらしくて余計に大変でした。なのでこれを見つけた時は嬉しくってまとめ買いしちゃいましたよ!」


「へぇ、そんなに人気のお店なんだ。美味しいもんね」


「そうなんですよ」

 

 リノはともかく、ラグナードも甘味屋さんの情報に詳しいのは意外だったけど、そのおかげですぐ打ち解けられたしこれなら上手くやっていけそう。よかった。




 それから三人で食事をしながら、大食漢が多い獣人族よりもよく食べるリノの食欲にラグナードが驚いたり、ラグナードお薦めのお手頃価格で美味しいお店を教えて貰ったリノが歓声を上げたり、二人から私の料理の腕前を誉められたりして盛り上がった。話題が尽きない楽しい歓迎会になったよ。


 時間とともに十分すぎるほどの量があった料理も粗方リノの胃袋へと消えていき、食後に甘茶を飲みながら、討伐した魔物の事、お互いのスキルの事などパーティー戦に必要な情報も交換していく。


 その後は、せっかくだからと冒険者になった経緯なんかも順番に話す事に……。


「俺は成人の儀式の一環として修行の旅をしている。冒険者になったのは、人族の町から町へと移動するのに都合がいいからだな。故郷では見つからなかった番も探したいし、いずれはこの町も出ていくつもりだ」


 と、ラグナード。そっか、パーティー組めるのも一時的なものになるかも知れないんだね。


「私は自分で稼いだお金で、お腹一杯美味しいものを食べたかったからですね。あとは家族に仕送りをしたいっていうのもあります」


 うんうん、リノはそうだったよね。


「……ローザが冒険者になった経緯って何ですか? 私それ、聞いてなかったかも?」


 う~ん、別に話したくないわけじゃないんだけどね? 異世界から来たとかの、一部不都合な情報があって、それを隠して話すとどうしても誤解を生むからさ。私の精神安定の為にも、話さなかったんだけど……。


「そうだね。ちょっと言いにくいし秘密にしておいて欲しいんだけど、実はこの町に来るまでの記憶がなくって……なので冒険者になったのは、特に目的があった訳じゃなくて成り行きでそうなったというか」


「……なるほど、そうだったのか。何か事件に巻き込まれたのかもしれないな。他には誰もいなかったのか?」


「う、うん。気がついた時は一人で森の中にいたよ」


「そうか。何が起きたか分からないんだよな、だとすると安全のためにも一つの町に留まらない方がいいかもしれない」


「ですよね、私もそう思います。ローザはエルフですし、やたらと綺羅きらしい美貌をしてますから何か厄介事に巻き込まれていても不思議じゃないです」



 ――これ、シルエラさんの時と同じパターンだ。訂正出来ないからどんどん誤解されてってるよ……。



 二人に心配をかけるのは心苦しいけど本当に嘘は言ってないんだよ……言えないことがあるだけで。

 ただあの真っ白な部屋にいた時には他にも人が居たっぽいんだけどね、例の声だけの神だか邪神だかの話を信じるなら。あの人達は今頃、どうしてるんだろ?


「この町まで誰にも見つからずに無事に辿り着けたのは幸運だったな」


「本当そうですよね……。でもこれでローザがしっかりしているようでちょっと抜けたとこがある理由が分かりましたよ、記憶が曖昧だからだったんですね」


「え? 私ってリノから見てそんなだったの?」


「俺から見てもそうだな。初めて会ったとき外套を外してただろ、すぐにエルフだって判った」


 いやいやそれはなりふり構わずゴブリンの群れから逃げてたせいで偶然フードが取れちゃったってだけでね、不可抗力というか!?




「目立ちたくないって言ってる割には、エルフとはいえ新人なのにソロで迷いの魔樹をバンバン討伐してましたよね。採取しにくい虫根コブ草は、指名依頼を受けてましたし、多分貴重な『鑑定』スキル持ちだって事も気づかれてるんじゃないですかね? あ、スライムの素材をあんなに早く上手に取って持っていったのもまずかったかもしれません」


「……そんなに色々やってて短期間で昇級しちまったら、そらギルド職員に目をつけられるって」


 何かめっちゃダメ出しされてるしっ。若干違うのも混じっているけどでもこれ私のせいじゃないってば。ほぼ全部成り行きでそうなっちゃっただけだと言いたい!


「……いつも受付のエドさんにはお世話になってるし、その人に頼まれたら何とか出来そうな事はしようと思うでしょ?」


「あのな、それがあいつらの手なの。見所のある冒険者を上手いこと言って信頼させて転がして鍛えるんだよ。厄介な指名依頼をこなせるようにな。職務に忠実ないい奴らだけど、完全に信用し過ぎるのはよくない」


「へぇ、私もそれは知りませんでした。新人だから丁寧にサポートしてくれているとばかり。けど、見事に二人して誘導されちゃってたんですねぇ」


「……ソウミタイダネ」




 私って転生したのか転移したのか記憶がなくていまいちはっきりしないんだけど、地球的に見ても甘々な環境である日本で暮らしていたので、常に危険と隣り合わせなこの世界の人達から見れば危機管理能力は無いみたいなものなんだろう。


 気をつけているつもりでも、雰囲気とか警戒心のなさとかの隙がいろんな人に伝わっちゃっているんだろうなぁ。 


 エドさんが有能なのは感じてたし、一人で心細い思いをしている時に色々と積極的に助言とサポートをしてくれたから、単純に期待に応えるのが嬉しかった。


 自分を守る為にも早く強化がしたくて、指名依頼でギルドの信用も得られるなら一石二鳥だとか思って単純に喜んでたんだけど……。


 このままいくと、お近づきに成りたくない権力者からの指名依頼コースまっしぐらだったみたいです。





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