82話
歓喜の声に包まれるカツオフィレとランドベルク国境の開いている門。
つい先程まで激しく撃ち合う金属音と共に魔法の破裂音や衝撃音が、野次馬と化した冒険者達の歓声と共に俺に伝わっていた。だが、それも無くなると今度は、歓喜に包まれていた空気が一変する。
「殺せっ殺せっ。 殺せ」
「殺せぇっ殺せっ、殺せぇっ」
野次馬達の声が、嫌悪の対象の排除を求める声が一斉に上げる。
その野次馬達の雰囲気で見えない俺でも現在のユカリ達の状況を容易に想像できる。
「倒したという事だな」
「そうね。 あの第七騎士団団長って言ってたけど。 今のユカリ達なら余裕なんじゃないの」
「そうだな。 第八のあの団長と戦ったユカリよりも今は、遥かに強くなっているしな。 レベル的に」
ペルセポネとの会話の流れの中、「殺せ殺せ」と野次馬が荒らげていた声が消え、更に高まる歓喜に包まれる。
「殺ったって言う事ね」
「そうだな。 それにしても人が簡単に魔族になれるのか?」
「いま、そこ? なれるんじゃないの? 私からみたら人種が違うだけしかみえないし」
「俺もそれを考えていた。 だとしたら何故分けるし何故敵対するのか……やはり神の存在がか」
「まぁ、この世界の事を考えるなんて必要ないわ」
「俺らの世界から勝手に転移や転生されるのを阻止出来れば、それで良いがな」
「終わったのね。 野次馬共が去るわ」
喜びに満ち溢れる笑顔をする冒険者達が、ざわめきと共に疎らに去っていく。それを眺めていると目の前の光景にユカリ達の姿が。
腰を下ろし杖でやっと体を支えるミミンが、初めに目が付くと横たわるフルプレートを身にまとった騎士の遺体にユカリが、見下ろしている。
リフィーナとフェルトは、その遺体に少し離れた所で崩れるように地面に座り込んでいた。
「はぁ、はぁ」
「こいつ、そんなに力強くないのに反応が速すぎ」
「はぁ〜。 まだ口開けるならまだリフィーナは、余裕あるわ」
「ユカリなんてもっとあるわよ。 それにしてもフェルト、ミミン大丈夫?」
「むぅーっ。 もうムリぃ。 早くおねぇさまに抱きついて癒されたい」
「本当にミミンってペルセポネさんが、好きね」
「むっ。 柔らかいし、常に良い香りするし」
疲労困憊の顔をした三人が談笑に変わると、その中でリフィーナが、横たわる騎士の遺体を見下ろしているユカリの顔を見詰め声を掛ける。
「ユカリ、どうした?」
「この団長って言ってた人……元々、人族だったんだよね」
「魔族になったとか言ってたし、そうらしいね」
「それじゃぁ、魔族と人族ってなんなんだろうかと……同じ人なんじゃ」
「ユカリ……魔族は、人族を殺す者なのよ。 魔族になるということはエウラロノース様を裏切った者って言う事だわ」
フェルトが、立ち上がってユカリを安堵させるかのように肩を軽く叩く。
「あまり考えない方が良いんじゃない? ユカリは考え過ぎ」
「そうかな……」
「そうよ。 魔族であれ魔物であれ敵意が、ある者は敵だと思えば良いんじゃないかなぁ」
リフィーナが、諭すように無い胸を張って誇らしげに語ってくるのをフェルトやユカリは、笑うと一瞬しかめっ面になるリフィーナだが、ユカリの笑顔を見て笑いに変わる。
そこに俺とペルセポネも歩み寄るが、もう一人この街の冒険者ギルドのマスターである筋骨隆々の髭面中年男性が、ユカリ達に話し掛ける。
「まさか、魔族が。 いや、あのカツオフィレ軍の騎士団長が、魔族になるとは驚きだ」
「何故、人族から魔族に」
「分からん。 変われることすら不思議だ。 でもな噂と言うか言い伝えがあってな」
「言い伝え?」
ギルドマスターの言葉に首を傾げるユカリ達。
そして、俺とペルセポネもその言葉に耳を傾ける。
「人の弱みに付け込んだ魔の王は、人を魔に変えると言う言い伝えがある」
「それ、子供が悪さした時に親が言うヤツじゃないの」
「私も、聞いた事あるわ。 『悪い事すると悪魔がやってきて魔族にされるわよ』と何度も親から言われたわ」
「言い伝え、伝承として残ってるのなら俺たちが目の前にしているあの騎士は、それ通りに心に付け込まれ魔族になってしまったのかもな」
「魔王……が、人を弱らせそれに付け込まれ魔族にされる。 なんて酷い」
「あぁ、確かに酷い。 魔族にされて家族からも仲間からも白い目で見られると。 コイツはどうだったんだろうな……。 これはギルド全体に情報共有しなくてはならん。 お前達はこれからどうするんだ?」
ユカリは、転がる騎士団長の遺体を見下ろした後ギルドマスターへ視線を変える凛々しい顔で答える。
「私達は、相手の情報が無いから直ぐには攻められ無いけど……。 このままカツオフィレに向かって魔王と対峙します」
「そうか……。 それが良いかもな、空が再び元の青さに戻った今、慎重に進むのが良い。 相手が人族を魔族に変えるほどの魔王。 隙をつかれてしまっては元の木阿弥だからな……。 すまぬが、セレヌの街とランドベルクがこんな状態で何の協力も出来んが。 応援はしている」
ギルドマスターが、頭を下げると困るユカリだが、それに合わせ軽く会釈をする。
「カツオフィレは、まだまだ赤い空なんですね」
「人族の姿が少なく魔族か魔物が蔓延っているんだろう。 それに魔王……」
「えぇ、だから勇者がいるんですね」
「勇者ユカリよ。 頼んだぞ」
かかとを返しギルドマスターは、俺達の元から去っていく。ユカリ達は、カツオフィレ側の空を見上げているが、その空は赤い。
――――魔族と人族。 元は同じ人なのかもな。環境で人種に変化か……。 対立関係なら何故『魔』の反対に『人』と名乗るのか?普通なら『聖』を持ってくると思うのだと。 まぁ、人族が魔族になるのなら逆もあるのか。
そんな考えをしながら俺とペルセポネは、ユカリ達に近づくとトンドが、息を切らして汗だくになりながらぽっこりお腹を上下に揺らして走ってくる。
「はぁっ。 はぁっ。 きっつぅ」
「なによ。 こっちがキツい」
「魔族が出たと聞いてな。 ポーション持ってきたんだが。 要らんみたいだな」
「ありがとうトンドさん。 でももう結構休んだから」
「フェルトも言っているし。 ミミンは?」
「むーっ。 もう大丈夫。 魔法はちょっと無理だけど。 普段なら問題ないなぁ」
「まぁ、それ見ればわかるよ」
「そうね。 ミミン早いわ」
俺とペルセポネが、近づいたのを視野に入ったミミンが目を光らせ、疲れていた事すら分からないぐらいペルセポネに飛びつき抱きついている。そしてユカリは、フェルト達に目配りをしながらトンドに問題無いと返事をしていた。
「コベソは?」
「あいつは出てこん。 集中しているなか張り切っているのか分からんが」
「私達の武具を作っているんです。 それぐらい真剣になってくれていると言う事ですね」
「フェルトぉ。 あなた変わった感じがする」
「そう?」
「そう思わない、ユカリ?」
「落ち着きが増したような。 気がする」
「気がする……かぁ。 そうね、ポジティブな考えが更に増したような」
「ふふ、それはいい事よ。 状況を認知して冷静な判断をする事が大事なのよ」
微笑むフェルトの言葉に若干困惑気味を隠せない顔をするリフィーナは、腰を上げ背伸びをすると座るフェルトも立ち上がる。
リフィーナ、フェルト、ミミンはユカリの姿を凝視し逆にユカリも三人を見つめる。
「相手が、どんな魔王であっても倒す。 でもどんな魔王か分からない今。 ゆっくりと慎重に相手に向け進むわ」
「人族を魔族に変える魔王……」
「アンデッドに変える魔王……」
「魔王ノライフ……」
「まだ、それしか分からない。 それに異常なまでに高レベルの魔物スペクターを扱う魔王。 それ以上強いと思う」
ユカリの言葉に溜飲する三人だが、その言葉を真剣に受け取っているように見える。
そして、赤い空を見上げていた。
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