第89話 子豚はチャールストン
第89話 子豚はチャールストン
「ばんごっはん~、晩御飯~」
「おにく~、お肉~、おいしいお肉~」
ハイ。変な歌を歌いながら晩飯ですね。
出かけていた時間のほとんどをマーヤさんとの話に取られてしまったけど、それでもいくばくかの獲物をしとめるのは難しくなかった。
魔力を探れば森の中から獲物を探すのは難しくないし、ライフルがあるから普通はできない長距離狙撃もできるのだ。
その結果。
『きゃーーーーっ、チャールストンです!!』
とネムが歓喜の雄叫びを上げた。このネーミングは何なんだ。
『うそ…私初めてです…』
シアさんも茫然とそう呟いた。
過去に一度見かけたことはあったらしいが、当然のようにしとめることはできなかったらしい。
「でも本当の名前は『
と、マーヤさん。チャールストンは俗称らしい。
蜃気楼のようにつかみどころのない獣の意味で、豚ではなく〝ビースト〟なのは最初豚だということすらわからなかったかららしい。
その後何度か捕獲成功例が報告され、食べた人がおいしさのあまり軽快なステップで踊りだす。という話が広まって、俗称としてチャールストンと呼ばれるようになったのだとか。
さすが勉強家。
こういうどうでもいい知識を好んで仕入れる人を私は決して嫌いじゃない。うん、嫌いじゃないぞ。
が、まあ、ネム待望の豚が手に入ったわけだ。そしてご機嫌の晩御飯となったわけだ。
少し熟成させた方がいいのでは?
という俺の意見は却下された。
この豚は落としてすぐと数日熟成させた後と、一〇日間ほど熟成させたときでおいしさが変わるので、新鮮なのは新鮮なのでいいんだってさ。
魔物の肉というのはそういうものらしい。
さて、メニューはミラージュビーストが獲れたためにバーベキューに決定した。
主食はナンもどきだ。
この世界はお米があって、町ではご飯が食べられるのだが出先で用意するには時間がかかるし、水もかかる。
対して小麦粉はコネコネして焼けば食べられるので手間がかからない。
なので冒険者は出先ではナンとかガレットとかを好んで食べる。
まあ俺の場合はおむすびを大量にしまってあるんだけどね。しまうぞう君に。
でもナンに野菜や肉をはさんで食べるのはおいしい。非常に美味しい。っていうかこの豚本当にうまいな。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ・・・・・・
しかしお邪魔虫はやってくる。
◆・◆・◆
あお―――ん。
ここは魔境だからな、バーベキューやればそりゃいろいろ来るわな。
またフォレストウルフだった。
「仕方ありません」
「そうですよね。ミラージュビーストには代えられません」
ええ?! そういう認識なの?
「おいしいは正義」
まあ星の数ほど正義はあるというからな。
そんなことをしているうちに狼たちはこちらを取り囲みうーうーと唸り始める。今度は一〇匹くらいだ。
「×××・××・×××・××・×××××・アイスショット」
ぎゃいん!
シアさんが氷の魔法を放った。うん、やっぱりここの人たちは普通に魔法を使うな。
彼女の魔法は氷の塊が出て、それが砕けて散弾のように飛んでいくというものだ。
散弾なので結構当たったが威力がいまいち。まあそれでも3匹ほどは倒した。
「×××・×××××・××・×××××・××エアロストーム」
続けてマーヤさん魔法を放つ。竜巻魔法だな。巻き込まれた一頭が振り回されて木にたたきつけられた。
だがそれだけだ。
「あー、うまく当たらない」
「落ち着く。落ち着いてやれば何とかなる」
先日のワイバーン戦の時の影響か、とにかく早く敵を倒そうというのが出ているみたいだ。
でもそんな必要もないんだけどね。
「準備完了」
「よし、撤収」
シアさんたちが狼とやり合っているうちにネムは焼けたお肉たちを救出〔?〕してタッパのようなものに詰めて屋内に運び込んだ。
俺はしまうぞう君でかまどやテーブルなどを回収して、最後に二人を回収する。
小屋の中にポイポイと放り込むとネムが襟首をつかんでおくにズルズル。ハイ完了。
俺たちが逃げると見た狼たちが慌ててとびかかってきて、見ていたシアさんが悲鳴を上げたけど狼は俺の歪曲フィールドで跳ね飛ばされてリタイヤだ。
その隙に俺も入って扉を閉めて閂をかける。もうこれで大丈夫。
あおーん
コン、コン。
狼たちが小屋に攻撃をかけるが全く効いていない。体当たりとかしているはずなんだが衝撃もほとんどなかった。
うん、想像以上に頑丈だ。
「もう焼き終わってますからね、あとは中で食べましょう」
そう言ってネムが焼肉をテーブルの上に広げた。
「バーベキュー、屋内に運べばただの焼肉」
「ぶっ!」
俺の名俳句にマーヤさんが噴き出した。
ほかの二人には韻をふむというのが理解できなかったみたいで流されてしまった。
「さあ、食べよう。この小屋は防御力高いから戸締りさえしっかりしとけば狼ぐらい問題にならないよ」
「ん。食べる」
ネムも俺も気にしていなかったし、マーヤさんが俳句で気を取り直したから三人が平常運転になった。
そうなると残りの一人も落ち着かざるを得ない。
もう外も気にならない。
楽しい晩飯はまだ続くのだ。肉がうまいからね。
◆・◆・◆
食事が終わればお風呂である。
ここまで平常運転だとシアさんたちもあきれていた。
まずマーヤさんを連れてお風呂を沸かしに行く。
水ははっきり言って俺のしまうぞう君に頼るしかない。
じゃあ、なんでマーヤさんを連れてきたかというとお湯を沸かす魔法を教えておこうと思ったからだ。
「というわけで、レッツゴー」
「・・・」
マーヤさん唖然茫然。この子もこういうリアクションできるんだな。
なんでこういうことになるかというとマーヤさん。勇者なので能力値が高い。
会うのは初めてだけど加護を与えてくれる神様の恩恵でスキルも色々取れるらしい。
神様が何を考えているかわからんが、まあ、自分の世界から落っこちてしまった哀れな子にお慈悲をくれたのかもしれない。
だったら俺が落ちたあそこは管轄外だったのかも。なんて思いついた。
案外当たってそうだ。
さてそれはさておき。
【フレイムボルト】
これは魔力を炎に変換し、矢のようにして打ち出すというか打ち込む魔法だ。
飛び道具だが近接でも使える。
ちなみにショットは散弾型。バーストは破裂型。ボールは…打撃? みたいだね。
マーヤさんの魔法で炎が飛んで水の中にはいる。
当然消える。
もちろん熱交換は行われるから多少は温まる。でもそれだけ。
「じゃあ見本を見せます」
俺はボール〔風呂桶のことね。ケロ●●とか書いてある〕に水を汲み、指を突っ込んで着火の魔法を範囲を広げて実行する。
『【加熱】』
あっという間に水はお湯になった。
「え? え? え? どういう理屈?」
当然そうなるだろう。俺は原理を教える。これは原理を理解した場合マーヤさんにもこれが使えるかの実験でもある。
魔法は呪文と魔力とイメージで出来ている。
そしてイメージには裏付けが必要だ。理解というべきかな。
「摩耶さんは熱運動って知ってる?」
「えっと、はい、高校で…教わりました。授業ではなかったけど…」
さてもう一度熱運動のおさらいだ。
この世の物質はどんなものであれ細かく振動している。
ガッチリ固定されている金属のようなものでもミクロの世界では細かく振動しているのだ。これを分子運動とかいう。
この時発生している運動エネルギーこそが『熱』の正体だ。
なのでこの運動を加速してやれば物はどんどん熱くなるし、逆に減速してやればどんどん冷たくなる。
「あっそうなんだ。漫画で火魔法を加速系、氷魔法を減速系って呼んでいたのそのためなんだ」
マーヤさん感動中。
「そんでね、【着火】の魔法っていうのは一点に絞って熱運動を加速して物体を発火点以上に持っていくという魔法なんだよね。
だから範囲を広げて加速してやれば水はお湯になります。
というわけで練習」
俺はボールに水を汲んでマーヤさんに渡し、俺自身は風呂桶の中の水を加熱する。
その間着火の魔法を使って水を加熱していたマーヤさんだったがうまくいかない。
見ている限りこれは呪文の所為だ。
呪文には細かい指示が組み込まれていて、指示にないことは起こりづらいのだ。
「無詠唱って使えたでしょ? その方がいいよ」
と、ちょっとアドバイス。
無詠唱というのは呪文で行われる魔力への指示をイメージで代行するというもので、魔法になれてくるとできたりするらしい。
でもマーヤさんは神様の加護で無詠唱のスキルを持っているらしいからね。
そしたら。
「あっつい」
無事成功。
ちょっと沸かしすぎたな。
「じゃあ、あとはシアさんと入ってね。トイレの使い方とかも教えてあげて。お風呂の水をどんどん流せばいいから。
あと水の心配はしなくていいよ。まだたくさん持っているし、沸かすのもすぐだから」
「ありがとう」
どういたしまして。
そのまま出ていこうとしたら袖をつかまれた。
「あの、魔法、頑張る。無詠唱とか」
口下手な彼女のことだから何を言いたいのかうまくは伝わらなかったけど、何か思うところがあったのだろう。
今までは魔法もかなり限定的に使ってきたみたいだしね。
俺はひらひらと手を振って風呂場から出てシアさんを代わりに送り込んだ。
ではごゆっくり~。である。
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